シルクワーム

春山ひろ

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24、ホワイトハウス(5)

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テロ発生4時間後 ホワイトハウス ワシントンDC 合衆国 

 キートン英国首相と電話会談していたファーガソン大統領が、理久にスマホを戻した。
それを見ながら、ノアール・アイルランド大尉は、自分の発言を振り返る。

誰かを励ましたことなど、これまであったか?
 アフガンで自爆テロに巻き込まれ、片足を失った同僚にさえ、かける言葉がなく固まっていた俺が?
 いったいどうした?
 眞には、俺が声をかけなくても、励ます人間はたくさんいるだろう。首相夫妻に両親、駆け付けたイギリスと日本の両大使。「ずっと立ってる刑」の判決を受けたかのように、生真面目に直立している忠実なガードたち。
誰かを励ましてあげたい、泣かないでほしいなどと思った自分に、ノアールは内心、戸惑っていた。そんなそぶりは微塵も見せなかったが。

 目だ。あの目がいけない。まるで純度の高い水晶のような目。そこに水の膜など張られたから、らしくない言動をしたのだ。きっとそうだ―。

 そんなことをノアールが考えていたとき、シュミレーションルームの巨大な液晶モニターに、自然史博物館の内部と思われる映像が映し出された。
 その前でキーボードを操作している士官がいった。
「自然史博物館の監視カメラです」
 ダリー・フィッツランド大尉が、すぐさま反応する。
「監視カメラは、すべて破壊されたと聞いたが」
 キーボードを操作しながら、士官が答える。
「一台だけ、生きていたようです。博物館のメインゲートから入った、一番奥の天井のカメラです」
 そこに写っていたのは、多くの人質たちだった。床に直接、座らされていた。大きな柱が向かって右にあり、このモニターの前面の5分の1近くをふさいでいた。
映し出される、いくつもの頭、頭、頭。ほとんどが俯いている。当然といえば、当然の反応だ。
 ノアールがいった。
「一台だけ、破壊し損なったということか?」
 キーボードを操作している士官が答える。
「その可能性もありますし、この柱が陰となり、見つけそこねたということも考えられます。いずれにせよ、この映像だけが内部の様子を確認できる、唯一の手段です。博物館の頭脳ともいえるコントロールタワーは、完全に破壊されていますし、警備員が所持していたモバイルやスマホも、全く反応しません」

 理久と眞は、大きな目をさらに大きく見開き、画面を注視していた。世界各地でテロ行為は多発しているが、残酷で異常な事件を、目の当たりしたのは初めてだったのだろう。
 眞の目に、またもや水の膜がはったが、それは理久の目にも伝染したようだ。

 理久の瞳を見たダリ―は考えた。何か話さなければ。
そうしなければ、今にも泣きそうだ。

「冷酷」と呼ばれる男が、誰かの涙を止めたいと、人生の中で初めて思った瞬間だった。
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