シルクワーム

春山ひろ

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25、ホワイトハウス(6)

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テロ発生4時間以上後 ホワイトハウス ワシントンDC 合衆国
 
 理久の涙を止めたいがために、ダリ―・フィッツランド大尉は早口に述べた。
「ワシントンの中心部にある博物館を襲撃した組織だ。博物館員や警備員の中に内部協力者がいたことは、大いに考えられる」
 これにはマティス国防長官が答える。
「それは、真っ先に考えた。今、国家安全保障省が動いている。彼らは全米本土のタンゴ(テロリスト)の動きを把握している」
 レーチェル・ケビン国務長官が、唇の左側を吊り上げ、皮肉たっぷりに反論した。
「把握していたなら、こんな事件は起きなかったでしょう!むしろ、本当に仕事をしていたのかどうか!」
 辛辣で舌鋒厳しいと、周囲の評判はよくないが、的を得ているだけに、誰も反論しなかった。
 理久と眞は、この三人のやりとりに気をとられ、瞳の水分量が目減りしてきたようだ。
 これでいい。
 ノアールとダリ―は、二人の気を削ぐことができるのであれば、合衆国首脳陣を巻き込んでの口論も、やぶさかではないと考えていた。
 しばらくは、国家安全保障省の無能ぶりをネタに、派手にやりあっていればいい。
 さて、画像の分析だ。
ノアールとダリ―は、ただ、監視カメラに映し出された画像に集中した。そして、二人でほぼ同時につぶやいた。
「何か、違和感があるな」

 一同は、黙った。
 緊迫した現場を、幾度も潜り抜けてきた、本物の軍人だけが感じる、違和感。

 軍人を「単なる兵隊」と受け取る政治家は多い。自分は安全な場所で、ピシッとスーツを着込み、ただ兵隊がタンゴを制圧する様を、まるで当然のように確認し、それをさも自分の手柄のように思う奴ら。
 
 しかし、素晴らしいことに、ここにはそんな奴らはいなかった。きな臭い現場とは、全く無関係に、有能な弁護士として生きてきたレーチェルであっても。
 ファーガソン大統領は、影で「金で大統領の椅子を買った」、「恥知らずな成り上がりの大富豪」と呼ばれているが、彼なりに愛国心は強かった。
 彼は、背は低く肥満体で、右目の視力が極端に悪かったので、軍人にはなれなかった。「合衆国は世界の警察の地位を降りる」と宣言し、派兵を極端に少なくした裏には、「優秀な軍人はアメリカ本土を守るべきだ」という気持ちがあったのだ。
 これを知っているのは、ライスだけだが。
 ちなみにライスは、ファーガソン大統領が、第二次大戦を舞台に、アメリカ軍パラシュート連隊の、隊内での人間模様を描き切ったテレビドラマの大ファンで(それはエミー賞を受賞した)、そのドラマを泣きながら見たことも知っていた。

 しばらくの沈黙の後、ダリ―がいった。
「実際、館内の人質の数は、2000人は超えていたと聞いている。他の場所にも人質たちはいるのだろうが。」
 それには誰も答えず、ただ全員でモニターを注視した。ダリ―も、誰かの返答を聞きたかったわけではなさそうだ。ただ、感じた違和感を口にしたに過ぎない。
 突然、ノアールが声を上げた。
「黒髪!」
「それがなんだというのだ」と、ファーガソン大統領が答える。
ダリ―も気づいたようだ。
「それだ!ここに映っているのは、全員が黒髪で、しかも男性しかいない!」
ノアールが続ける。
「それだけじゃない。おそらくここに映っているのは、全員が東洋系か、もうしくは東洋系と思われる者ばかりだ」
 マティスが答える。
「おかしいだろう。夏休みで世界中から観光客がきていたはずだ。どうして、黒髪の東洋系の男性だけしか映っていないのだ」
「人種ごと、あるいは性別で人質を分けているのか」と、ダリ―。
「それをする意味は何か?」と、ノアール。
 ダリ―が続ける。
「行動の裏付けには、必然性があげられる。タンゴは、その行為が異常であろうと、彼らなりに、行動には必然性があるものだ」
 理久が、言葉をはさんだ。
「必然性?」
 ダリ―は、答えた。
「そう。テロリストには、テロリストなりに、彼らの主義主張の根本に、必然性がある。どうしても、ここでテロ行為をせざるを得ないという必然性。それが多くの人命を奪うことになったとしても。もちろん、そんなことは許される行為ではない。一つの主義主張、もしくは、彼らなりの理想と言い換えてもいい。例えば、ある人物の理想とする世界を構築するために、別のある人物の命を奪うことは、許されるのか。それは理想実現のためには、許される犠牲なのか。」
 理久は、じっとダリ―の目をみながら、「それは許されないと思います」という。
ダリ―は、その答えに満足したように、
「そうだ。しかし、テロリストにとっては、人命を奪うことは、簡単だ。全て、必然性で片づける」

 マティスは、そんな二人のやり取りを見ていた。驚異をもって。一切、顔には出さなかったが。
ダリ―は、優秀な、非常に優秀な軍人だ。しかし、これも、ノアールと同様、けっして部下から慕われるというタイプの軍人ではない。
 マティスは密かに、「合衆国自慢の息子たち」の筆頭に挙げられる、ダリ―とノアールは、朝起きて、日が落ちるまで、何億年か前のアンモナイトのように、「話すな」と言えば、ずっと話さずにいられるだとうと思っていた。それが数ヶ月、もしくは数年単位であっても、苦も無く、ずっと静かに話さずにいられるのだろうと推測していたのだ。やがて発声部位が退化しても、恐らく二人は気付くまい。この推理は、我ながら当たっていると思っていた。

 それがどうだ。そのダリー・フィッツランド大尉が、タンゴから「冷酷」と言われる軍人が、理久にレクチャーをしているのだ。しかも、微笑みさえ浮かべて。

 この地球には、約75億人の人間がいる。この事件がなければ、ダリ―と理久、ノアールと眞の人生が交差することなど、絶対になかったであろう。
まるで陳腐な表現だが、いわゆる「住む世界が違う」というやつだ。それがどうだ。
 
 この不思議な光景に気づいたのは、マティスだけだった。
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