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43.協力者たち(2)
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テロ発生数時間後 アッティカ刑務所 ニューヨーク州
ニューヨーク州アッティカにあるアッティカ刑務所は、最高の警戒態勢が敷かれたレベル4の刑務所である。
合衆国の刑務所は、収容された服役囚の犯罪の度合いにより、レベル1から4に分類される。すなわちレベル1は軽犯罪者、レベル4になると殺人・強盗殺人などの凶悪犯罪に手を染めた懲役囚か、他のレベル1~3の刑務所に服役していたものの、そこで規律を乱す問題行動ばかりを起こした者が移送されてくる。
特に、このアッティカ刑務所は、今から47年前(※2018年から)、刑務所内の劣悪な待遇に囚人たちの不満が爆発し、約1000人の囚人が暴動を起こして、看守たちを人質に取って立てこもるという凄まじい事件があった。
最終的には、州知事が州軍を派遣して制圧したが、そのやり方については「南北戦争以来、アメリカ人同士の間で行われた最も血塗られた1日」と言われ、悲惨な虐殺行為があったのだ。
独房No.「A02478」
「起きろ!ヨハン!ヨハン・セバスティアン・バッハ!」
「うるせーな、なんだよ」
ヨハン・セバスティアン・バッハ。
「音楽の父」と呼ばれるバッハと同性同名のこの男は、懲役2年半の実刑判決を受け、アッティカ刑務所に収容されているドイツ系アメリカ人の服役囚である。
ヨハンは銀盤とは無縁だが、PCのキーボード操作は、天才音楽家並みのハッカーだ。アメリカ中央情報局(CIA)に逮捕されるまでの数年間、主にNASAや国防省などのコンピューターに侵入し、合衆国の重要機密を消去し続けて、大きな損害を与えた。
それゆえ、殺人などの凶悪犯人と同レベルとみなされ、レベル4のアッティカ刑務所に収監されるはめになったのだ。
身長177センチ、痩せぎみで外出せずに一日中室内でPCと向き合っていたため、極度に顔色が悪い。おまけに今は、突然、たたき起こされたので機嫌も悪い。
ヨハンは看守に悪態をついたが、いつもと様子が違うことに気がついた。
独房の鍵を開けて、看守たちが中に入ってきたのだ。彼らは無言でヨハンに手錠をかけると、外に連れ出した。
「なんだよ、おい!どこに連れて行く気だよ!」
恐ろしくなったヨハンは力の限り暴れたが、手錠をされ、屈強な二人の看守に両側から腕を取られて、文字通り引きずられながら廊下を進んだ。
それでも暴れるヨハンに、後ろから付いてきた三人目の看守が「あまり騒ぐなら、軽く麻酔を打ってもいい」と、恐ろしいこと告げたので、彼は背筋が凍った。
そして、刑務所の地下1階駐車場に引きづっていかれたヨハンは、頭に黒い布袋をかぶらされて、囚人護送車に乗せられたのだ。
視界が遮断され、時間の感覚がマヒしたヨハンにとって、移動の間は、まるで永遠に感じるほど長かった。
光は突然、戻ってきた。と同時に、目の前に見たこともないほど立派な軍人が一人座っており、その胸には多くの勲章が、パズルのように付いていた。
ヨハンは、その軍人と対峙する形で無機質なテーブルを挟み、肩を抑えて座らせられた。
目の前の男の圧は凄まじく、ヨハンから「抵抗」の文字を奪った。彼は無意識にツバを飲み込むしかなかった。
逮捕した捜査官も、尋問した捜査官も、それぞれいかにも政府のお役人という臭いがプンプンしたが、目の前の男の圧は、彼らと比べようもなく、例えるなら価値のないガラス製のダイヤモンドもどきと、世界最大のそれとを比較するようなもので、特に眼力には軽々しさが一切なかった。
絶対に逆らってはいけない人種だと、ヨハンは感じた。ここがどこで、目的は何かなど、聞きたいことは山ほどあったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。
唐突に、その軍人が話し始めた。
「ヨハン・セバスティアン・バッハ。我々には時間がないので、単刀直入にいう。我々は君と取り引きがしたい。君のハッカーとしての能力が必要だ。もし君が、我々の望むことを成し遂げられたら、君の懲役はなしだ。すぐに釈放する」
ヨハンは心底、ビビッてはいるものの、彼のハッカーとしてのプライドが「内容を聞け!」と催促したので、とりあえず彼は、犬のように従順になる前に、かろうじて言った。
「…な、何をハッキングするんだ」
「君は服役していたので知らないだろうが、本日午後3時、ワシントンの自然史博物館で爆破テロが発生した」
そう軍人がいうなり、彼の後ろの巨大なスクリーンには、おそらく時系列で爆破の瞬間、その直後、そして現在へと自然史博物館の無慚な姿が、次々に映し出されていった。
最後の画像は、一か所に集められた人質たちの様子だろうとヨハンが当たりをつけたところで、そのまま動画は静止画になった。
そして軍人がいう。
「この中の、このブルーのパーカーの男性。彼だけは民間人ではなく、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)所属のレイ・アームストロング少尉だ」
英国ナンチャラ部隊と言われても、ヨハンには全く理解できなかったが、とりあえず「ああ」とだけ答えた。
「このアームストロング少尉からの情報で、ソマリアの組織がテロの実行犯だと確定した」
素朴な疑問として、ヨハンは聞いた。
「ど、どうやって知らせてきたんだ」
「モールスだ、モールス信号。そう言われても分からないか。アームストロング少尉は、まばたきでモールス信号を送ってきたんだ。そして、彼の情報は、テロリストたちと接触した民間人から得た情報とも一致した」
偉い、きっとものすごく偉い目の前の軍人は、ここで言葉を切り、ヨハンを見つめた。
まばたきでモールスを送る方もすごいが、それがモールスだと気づき、解読した方もすごいと、ヨハンは思った。
「…で、俺に何をさせたいんだ」
「我々は、アームストロング少尉にコンタクトを取りたい。取る方法は、やはりモールスだ。監視カメラには録画中であることを示す赤いランプが常時点灯しているが、それを点滅させ、モールス信号にして少尉に指示を出す」
ヨハンは、ここまでは理解したことを示すために頷いた。
「やってもらうことは4つだ。1つ目はヤツらのPCをハッキングする。2つ目、ヤツらが監視している、この映像を」と、偉い軍人が振り向かずに親指だけでスクリーンを指差し、「30秒間だけ差し替える。3つ目、その間に録画中ランプを点滅させ、モールス信号を少尉に送る。4つ目、その後、また差し替え前の映像に戻す。そしてハッキングを維持したまま、彼に」と、今度は振り返ってスクリーンの前に座っているアジア人を見て「PCの操作を代わる」
「…なんで、なんで俺なんだ。他にも」
「我が国のレベル4、つまり最高機密情報にアタックして、あと数十秒でアクセス成功いうところまで辿り着いたのは、お前だけだ。こちらの確保が遅れたら、お前はCIAのレベル4文書を見ることができたはずだ」
合衆国の機密文書は、レベル1から4に分類され、レベル4が最高機密扱いの文書だ。
そして、目の前の軍人に「できるか」と問われたヨハンは答えた。
「成功したら、刑期はチャラにすると言ったが、別のにしてくれ」
軍人は、椅子の背もたれにくつろぐように深く座ると、「金か?」と聞いてきた。
「金じゃない。金ではなく、ケネディ大統領が暗殺された時の資料があるだろ。それはレベル4の文書で非公開だ。CIAが持ってる、その文書が見たい。見せてくれるだけでいい」
ここからヨハンは早口になった。
「見た資料のことは誰にもしゃべらないし、ネットに書き込みもしない。俺が信用できないってなら、『機密保持契約書』とか、そんな文書を作れよ、サインするから」
軍人はヨハンから目を逸らすことなく言った。
「父親のせいか?」
「おやじは関係ない!おやじのことなんか言うな!」
しかし、軍人はお構いなく続けた。
「4年前、お前の父は、自宅のリビングで倒れていたところを発見された。脳梗塞だった。すでに死後15時間は経過していた。脳梗塞は発見が早ければ後遺症は残るものの、助かる可能性はある。しかし、一緒に住んでいながら、お前は自室に引き籠り、PCと遊んでいたから父親が倒れたことさえ、全く気付かなかった。そればかりか、お前は働きもせず、清掃の仕事をしていた父の稼ぎで生活していながら、顔を合わせれば親に暴力を振るっていた。その父が死ぬ前に見ていたのは、ケネディ暗殺のドキュメンタリーだった。そうだろ?」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
どれほどヨハンが怒鳴ろうと、目の前の軍人は微動だにせず続けた。
「お前はハッカーとしては天才だ。その天才的な頭脳は誰にもらった?」
無言のヨハンに構わず、軍人は当然のように答えを言った。
「優秀な両親に貰ったんだ」
「は!?あんた、俺の調書を読んだんじゃないのか?!どんな親だか知ってるだろ?父親は掃除夫だ!掃除夫なんだよ!学歴なんかない!しかも、しかも、おやじがお袋を殺したんだ!」
「ヨーゼフ・セバスティアン・バッハ、マサチューセッツ工科大学博士課程卒業。ソフィア・エリザベート・バッハ。同じくマサチューセッツ工科大学博士課程卒業」
「嘘だ!嘘だ!」
立ち上がって叫ぶヨハンを、後ろに控えた二人の若い将校が肩を押さえて、また座らせた。
「二人とも博士号を持っていた」
「嘘だ…。そんなこと」
「聞いたのか?おやじさんに、聞いたことはあるのか?学歴は?若いころ何をしていたのか?どうして掃除の仕事をしているのか?それを聞いたことはあるのか?」
父親と話したのはいつだったか。もう、ヨハンは思い出せない。
「大学を卒業してから、お前の母親は、統合失調症を発病したんだ。少し前から症状は出ていたそうだが、どんどん悪化していった。これは妄想・幻覚・幻聴を伴う病だ。お前が1歳の時、母親は極度の被害妄想に陥り、お前に包丁を突きつけ、殺そうとした。止めに入った父親にも容赦なく包丁を突きつけ、結局、二人でもみ合っているうち、それが母親の胸に刺さったんだ。検察は父親の過剰防衛など、まったく疑わなかった」
ここで男は言葉をつぐんだ。ヨハンにより多くのインパクトを与えるように。
「なぜなら、父親の手や腕、脇腹に太もも、さらに背中に多くの刺し傷があったからだ。どうして背中に傷が多かったのか。父親が赤ん坊のお前を腕に抱いて、背を向けて必死で守ったからだ」
オレハ ナンド オヤジ ヲ ナグッタ ダロウ
軍人は話し始めた当初と、まったく変わらない感情の読めない顔色と声色で続けた。
「私は、お前のような人間は嫌いだ。だが仕事の才能があるから呼んだ。これ以上、お前のカウンセリングをする時間はない。受けるのか受けないのか。もし受けるなら、お前が欲しいといったケネディ暗殺の非公開情報へのアクセス権をやろう」
「…やるよ」
ヨハンが答えると、男は少しだけホッとしたような安堵の声色になった。
「…父親がどうしてドキュメンタリー番組を見ていたのか。ケネディ暗殺の真相が知りたかったわけではない、おそらくは。…お前の父は、小道具なしで見られる3Dホログラム映像の実用化を目指し、それの研究開発をしていたそうだ。ケネディ暗殺の瞬間を捉えた動画は不鮮明だから、それをクリアで鮮明な映像に処理したかったのかもしれない。…いずれにせよ、引き受けたからには、自己嫌悪・自己憐憫、なんでもいいが、これからお前を襲うであろう、内面の地獄と向き合うのは、後にしろ。今は」といって、振り向くことなく後方スクリーンを親指で指した軍人は、より厳しい声で「仕事しろ」と言った。
ヨハンは茫然としながら、目の前に映っている多くの人質を見た。
たった一人の父親を救うことが出来なかった自分に、多くの人を救えるかもしれない機会が与えられたのだ。
「なあ、あんた、アクセス権をやると言ったが、できるのか?」
「私は、レベル4の最高機密文書へアクセスする権利を持っている」
これまで見ているようで、見ていなかった目の前の軍人を、ヨハンは初めてちゃんと見た。軍人は立ち上がりながら言った。
「私は、キンバリー・マティス。肩書は国防長官だ」
ニューヨーク州アッティカにあるアッティカ刑務所は、最高の警戒態勢が敷かれたレベル4の刑務所である。
合衆国の刑務所は、収容された服役囚の犯罪の度合いにより、レベル1から4に分類される。すなわちレベル1は軽犯罪者、レベル4になると殺人・強盗殺人などの凶悪犯罪に手を染めた懲役囚か、他のレベル1~3の刑務所に服役していたものの、そこで規律を乱す問題行動ばかりを起こした者が移送されてくる。
特に、このアッティカ刑務所は、今から47年前(※2018年から)、刑務所内の劣悪な待遇に囚人たちの不満が爆発し、約1000人の囚人が暴動を起こして、看守たちを人質に取って立てこもるという凄まじい事件があった。
最終的には、州知事が州軍を派遣して制圧したが、そのやり方については「南北戦争以来、アメリカ人同士の間で行われた最も血塗られた1日」と言われ、悲惨な虐殺行為があったのだ。
独房No.「A02478」
「起きろ!ヨハン!ヨハン・セバスティアン・バッハ!」
「うるせーな、なんだよ」
ヨハン・セバスティアン・バッハ。
「音楽の父」と呼ばれるバッハと同性同名のこの男は、懲役2年半の実刑判決を受け、アッティカ刑務所に収容されているドイツ系アメリカ人の服役囚である。
ヨハンは銀盤とは無縁だが、PCのキーボード操作は、天才音楽家並みのハッカーだ。アメリカ中央情報局(CIA)に逮捕されるまでの数年間、主にNASAや国防省などのコンピューターに侵入し、合衆国の重要機密を消去し続けて、大きな損害を与えた。
それゆえ、殺人などの凶悪犯人と同レベルとみなされ、レベル4のアッティカ刑務所に収監されるはめになったのだ。
身長177センチ、痩せぎみで外出せずに一日中室内でPCと向き合っていたため、極度に顔色が悪い。おまけに今は、突然、たたき起こされたので機嫌も悪い。
ヨハンは看守に悪態をついたが、いつもと様子が違うことに気がついた。
独房の鍵を開けて、看守たちが中に入ってきたのだ。彼らは無言でヨハンに手錠をかけると、外に連れ出した。
「なんだよ、おい!どこに連れて行く気だよ!」
恐ろしくなったヨハンは力の限り暴れたが、手錠をされ、屈強な二人の看守に両側から腕を取られて、文字通り引きずられながら廊下を進んだ。
それでも暴れるヨハンに、後ろから付いてきた三人目の看守が「あまり騒ぐなら、軽く麻酔を打ってもいい」と、恐ろしいこと告げたので、彼は背筋が凍った。
そして、刑務所の地下1階駐車場に引きづっていかれたヨハンは、頭に黒い布袋をかぶらされて、囚人護送車に乗せられたのだ。
視界が遮断され、時間の感覚がマヒしたヨハンにとって、移動の間は、まるで永遠に感じるほど長かった。
光は突然、戻ってきた。と同時に、目の前に見たこともないほど立派な軍人が一人座っており、その胸には多くの勲章が、パズルのように付いていた。
ヨハンは、その軍人と対峙する形で無機質なテーブルを挟み、肩を抑えて座らせられた。
目の前の男の圧は凄まじく、ヨハンから「抵抗」の文字を奪った。彼は無意識にツバを飲み込むしかなかった。
逮捕した捜査官も、尋問した捜査官も、それぞれいかにも政府のお役人という臭いがプンプンしたが、目の前の男の圧は、彼らと比べようもなく、例えるなら価値のないガラス製のダイヤモンドもどきと、世界最大のそれとを比較するようなもので、特に眼力には軽々しさが一切なかった。
絶対に逆らってはいけない人種だと、ヨハンは感じた。ここがどこで、目的は何かなど、聞きたいことは山ほどあったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。
唐突に、その軍人が話し始めた。
「ヨハン・セバスティアン・バッハ。我々には時間がないので、単刀直入にいう。我々は君と取り引きがしたい。君のハッカーとしての能力が必要だ。もし君が、我々の望むことを成し遂げられたら、君の懲役はなしだ。すぐに釈放する」
ヨハンは心底、ビビッてはいるものの、彼のハッカーとしてのプライドが「内容を聞け!」と催促したので、とりあえず彼は、犬のように従順になる前に、かろうじて言った。
「…な、何をハッキングするんだ」
「君は服役していたので知らないだろうが、本日午後3時、ワシントンの自然史博物館で爆破テロが発生した」
そう軍人がいうなり、彼の後ろの巨大なスクリーンには、おそらく時系列で爆破の瞬間、その直後、そして現在へと自然史博物館の無慚な姿が、次々に映し出されていった。
最後の画像は、一か所に集められた人質たちの様子だろうとヨハンが当たりをつけたところで、そのまま動画は静止画になった。
そして軍人がいう。
「この中の、このブルーのパーカーの男性。彼だけは民間人ではなく、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)所属のレイ・アームストロング少尉だ」
英国ナンチャラ部隊と言われても、ヨハンには全く理解できなかったが、とりあえず「ああ」とだけ答えた。
「このアームストロング少尉からの情報で、ソマリアの組織がテロの実行犯だと確定した」
素朴な疑問として、ヨハンは聞いた。
「ど、どうやって知らせてきたんだ」
「モールスだ、モールス信号。そう言われても分からないか。アームストロング少尉は、まばたきでモールス信号を送ってきたんだ。そして、彼の情報は、テロリストたちと接触した民間人から得た情報とも一致した」
偉い、きっとものすごく偉い目の前の軍人は、ここで言葉を切り、ヨハンを見つめた。
まばたきでモールスを送る方もすごいが、それがモールスだと気づき、解読した方もすごいと、ヨハンは思った。
「…で、俺に何をさせたいんだ」
「我々は、アームストロング少尉にコンタクトを取りたい。取る方法は、やはりモールスだ。監視カメラには録画中であることを示す赤いランプが常時点灯しているが、それを点滅させ、モールス信号にして少尉に指示を出す」
ヨハンは、ここまでは理解したことを示すために頷いた。
「やってもらうことは4つだ。1つ目はヤツらのPCをハッキングする。2つ目、ヤツらが監視している、この映像を」と、偉い軍人が振り向かずに親指だけでスクリーンを指差し、「30秒間だけ差し替える。3つ目、その間に録画中ランプを点滅させ、モールス信号を少尉に送る。4つ目、その後、また差し替え前の映像に戻す。そしてハッキングを維持したまま、彼に」と、今度は振り返ってスクリーンの前に座っているアジア人を見て「PCの操作を代わる」
「…なんで、なんで俺なんだ。他にも」
「我が国のレベル4、つまり最高機密情報にアタックして、あと数十秒でアクセス成功いうところまで辿り着いたのは、お前だけだ。こちらの確保が遅れたら、お前はCIAのレベル4文書を見ることができたはずだ」
合衆国の機密文書は、レベル1から4に分類され、レベル4が最高機密扱いの文書だ。
そして、目の前の軍人に「できるか」と問われたヨハンは答えた。
「成功したら、刑期はチャラにすると言ったが、別のにしてくれ」
軍人は、椅子の背もたれにくつろぐように深く座ると、「金か?」と聞いてきた。
「金じゃない。金ではなく、ケネディ大統領が暗殺された時の資料があるだろ。それはレベル4の文書で非公開だ。CIAが持ってる、その文書が見たい。見せてくれるだけでいい」
ここからヨハンは早口になった。
「見た資料のことは誰にもしゃべらないし、ネットに書き込みもしない。俺が信用できないってなら、『機密保持契約書』とか、そんな文書を作れよ、サインするから」
軍人はヨハンから目を逸らすことなく言った。
「父親のせいか?」
「おやじは関係ない!おやじのことなんか言うな!」
しかし、軍人はお構いなく続けた。
「4年前、お前の父は、自宅のリビングで倒れていたところを発見された。脳梗塞だった。すでに死後15時間は経過していた。脳梗塞は発見が早ければ後遺症は残るものの、助かる可能性はある。しかし、一緒に住んでいながら、お前は自室に引き籠り、PCと遊んでいたから父親が倒れたことさえ、全く気付かなかった。そればかりか、お前は働きもせず、清掃の仕事をしていた父の稼ぎで生活していながら、顔を合わせれば親に暴力を振るっていた。その父が死ぬ前に見ていたのは、ケネディ暗殺のドキュメンタリーだった。そうだろ?」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
どれほどヨハンが怒鳴ろうと、目の前の軍人は微動だにせず続けた。
「お前はハッカーとしては天才だ。その天才的な頭脳は誰にもらった?」
無言のヨハンに構わず、軍人は当然のように答えを言った。
「優秀な両親に貰ったんだ」
「は!?あんた、俺の調書を読んだんじゃないのか?!どんな親だか知ってるだろ?父親は掃除夫だ!掃除夫なんだよ!学歴なんかない!しかも、しかも、おやじがお袋を殺したんだ!」
「ヨーゼフ・セバスティアン・バッハ、マサチューセッツ工科大学博士課程卒業。ソフィア・エリザベート・バッハ。同じくマサチューセッツ工科大学博士課程卒業」
「嘘だ!嘘だ!」
立ち上がって叫ぶヨハンを、後ろに控えた二人の若い将校が肩を押さえて、また座らせた。
「二人とも博士号を持っていた」
「嘘だ…。そんなこと」
「聞いたのか?おやじさんに、聞いたことはあるのか?学歴は?若いころ何をしていたのか?どうして掃除の仕事をしているのか?それを聞いたことはあるのか?」
父親と話したのはいつだったか。もう、ヨハンは思い出せない。
「大学を卒業してから、お前の母親は、統合失調症を発病したんだ。少し前から症状は出ていたそうだが、どんどん悪化していった。これは妄想・幻覚・幻聴を伴う病だ。お前が1歳の時、母親は極度の被害妄想に陥り、お前に包丁を突きつけ、殺そうとした。止めに入った父親にも容赦なく包丁を突きつけ、結局、二人でもみ合っているうち、それが母親の胸に刺さったんだ。検察は父親の過剰防衛など、まったく疑わなかった」
ここで男は言葉をつぐんだ。ヨハンにより多くのインパクトを与えるように。
「なぜなら、父親の手や腕、脇腹に太もも、さらに背中に多くの刺し傷があったからだ。どうして背中に傷が多かったのか。父親が赤ん坊のお前を腕に抱いて、背を向けて必死で守ったからだ」
オレハ ナンド オヤジ ヲ ナグッタ ダロウ
軍人は話し始めた当初と、まったく変わらない感情の読めない顔色と声色で続けた。
「私は、お前のような人間は嫌いだ。だが仕事の才能があるから呼んだ。これ以上、お前のカウンセリングをする時間はない。受けるのか受けないのか。もし受けるなら、お前が欲しいといったケネディ暗殺の非公開情報へのアクセス権をやろう」
「…やるよ」
ヨハンが答えると、男は少しだけホッとしたような安堵の声色になった。
「…父親がどうしてドキュメンタリー番組を見ていたのか。ケネディ暗殺の真相が知りたかったわけではない、おそらくは。…お前の父は、小道具なしで見られる3Dホログラム映像の実用化を目指し、それの研究開発をしていたそうだ。ケネディ暗殺の瞬間を捉えた動画は不鮮明だから、それをクリアで鮮明な映像に処理したかったのかもしれない。…いずれにせよ、引き受けたからには、自己嫌悪・自己憐憫、なんでもいいが、これからお前を襲うであろう、内面の地獄と向き合うのは、後にしろ。今は」といって、振り向くことなく後方スクリーンを親指で指した軍人は、より厳しい声で「仕事しろ」と言った。
ヨハンは茫然としながら、目の前に映っている多くの人質を見た。
たった一人の父親を救うことが出来なかった自分に、多くの人を救えるかもしれない機会が与えられたのだ。
「なあ、あんた、アクセス権をやると言ったが、できるのか?」
「私は、レベル4の最高機密文書へアクセスする権利を持っている」
これまで見ているようで、見ていなかった目の前の軍人を、ヨハンは初めてちゃんと見た。軍人は立ち上がりながら言った。
「私は、キンバリー・マティス。肩書は国防長官だ」
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