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16. 王族係・マルコ⑫(過去)
しおりを挟む⑧王宮内両替ショップの設置
「陛下、王宮内に両替所を作りましょう!」
母は常々思っていたのだ。
騎士団や侍従は王族方が外遊されるときに必ず随行する。その際、全く自由時間がないということはないだろうと。
そうすると、彼らはその時間に街に出かける。出かけてもオリアナの通貨は使用できないので、必ず両替する。彼らが帰国するとき、両替した他国通貨を全て使いきれるならいいが、恐らく使いきれず、そのままオリアナに持ち帰っているのではないか。
つまり、騎士団と侍従はかなりの額の他国通貨を自宅に保管しているはずだ。
王宮側が王都内にマーケット等を整備したため、彼らはほとんど王都には出ないものの、夜ともなれば酒場に飲みにくる。
つまり騎士団と侍従が王都に出るのはほとんど夜だけ。夜はマルコの実家は営業していない。彼らが他国通貨を両替するには、昼間、王都に出て、マルコの実家に来るしかないが、昼は仕事で王都に出るのは無理だろう。
実際、騎士団や侍従がこの両替商に来たことはない。両替するには氏名と住所、職業を記載する両替申請書に記入するので、その申請書を見ている母は、職業欄を確認して知っていた。
そうなら王宮内に両替商の支店を出せば、相当な需要があるのではないか。
区役所内設置の銀行の出張所、あるいは空港内の両替ショップと同じだ。
母はこれらをかいつまんで陛下に説明した。それを聞いた陛下が振り返って「そうなのか?」と騎士たちに確認すると、「母上様のおっしゃる通りでございます」と答えた。
陛下は母を見据え、「よく気づいてくださいました。さっそく王宮内に両替商の出張所を作りましょう。王宮勤務者の生活環境改善に適切なアドバイスをいただき、ありがとうございます」と、にっこり。
陛下は基本的に善性だ。だから、この母の意図を正確にくみ取ったのは父だけだろう。
両替には必ず手数料が発生する。繰り返すが銀行とは手数料を取るところなのだ。
父は「オリアナ一の嫁をもらった」と内心ほくほく。
ちなみにこの王宮内に出来た両替商の出張所は、騎士団と侍従だけでなく、貴族たちからも大変喜ばれることになる。わざわざ王都に出ずとも王宮にいったついでに両替できるからだ。
毎月25日の昼休みとなれば長蛇の列が出来る銀行のATMのように、王宮内両替出張所は大繁盛していったのである。
⑨退職金制度の設定
「陛下、9つ目は王宮勤務員が仕事を辞めるとき、これまでの功績に応じた報奨金を出しませんか?」
母にそういわれても陛下はすぐに理解できなかった。
「報奨金?毎月、払っている給金とは別に?」
陛下はケチろうとして、こんなことを言ったのではない。生まれてこの方、ただの一度もお金に困ったことがない陛下には分からなかったのだ。
そんな陛下に母は諭すように言った。
「老いたら、若い頃のように仕事はできません。肩が痛い、腰が痛いとかね。いつかは仕事が出来ない時がきます」
オリアナには定年という考え方はない。職人は自分が希望するなら、それこそ80代でも仕事をしている。
しかし侍従や騎士団、文官や補助係はどうだろう。母は侍従を例えに分かりやすく説明。
「例えば侍従なら、侍従から執事、執事から家令へと昇進して上に行く者もいるでしょうが、それはほんのごく一部です。
ほとんどの侍従が侍従のままで終わるんです。彼らは貴族の次男三男四男がほとんで、婿に入れた者は大ラッキーでしょうが、そういった話はあまり多く聞きませんし、実家に帰っても継げる爵位はなく、嫡男を頼りに王都で使用人のように働くか、領地で働くことになるんです。
それでも働き口がある者はまだまし。実家に余裕がない場合は、王都で家を借りて仕事を探すんですよ」
両替商の顧客は貴族と商人が大半なので、母は貴族の事情に精通していたのだ。
母の話を聞いた陛下は衝撃を受けた。自分に当たり前のように仕えている侍従について、侍従を辞めた後のことまで、全く考えたことがなかったのだ。
陛下はしばらく沈黙。
そして絞り出すように「私はダメな国王ですね。そばで仕える者たちのことを知らな過ぎた」と言った。
「知らないことが分かって良かったじゃないですか!今、知ったんですから、これから変えていけばいいんです!身近に仕える者を幸せに出来ない者が、全ての国民を幸せにできようはずがありません!」
母の言葉に涙ぐむ陛下。
さらに母は続けた。
「王宮勤務員一人ひとりに、金で積み立てをしていくんです。勤務員の数は多いですが、毎月少しづつ王家で一人ひとりの分として金を買い、それを積み立てていきましょう。
そして勤務員が辞める時には、報奨金として金を渡したらどうでしょう。金を貨幣にするのも、そのまま金として持ち続けるのも、それは本人の自由ということで。
報奨金を出すまでは金はうちで保管しておきます」
オリアナ通貨が暴落?しても、金の価値は不変。つまり純金積立である。
「その手がありましたか!さっそく明日にも宰相と話し合います!」
陛下は満面の笑顔だ。
金はどこから買うのか。
マルコの実家からだ。金の購入には手数料がかかる。当然、保管にも手数料が発生し、貨幣にするにも同様だ。
純金積立はどう転んでもマルコの実家の一人勝ちである。
しかしマルコの母は守銭奴ではない。守銭奴ではないが、商売人ではある。
貰うべきものはその対価に沿った金額を徴収する。
こうやって財産を増やしていったから、自然災害で王都が危機に陥った時にどこよりも早く、これでもかと多額の援助ができたのだ。
母は、侍従を例に挙げて王宮勤務員のその後の厳しい人生を陛下に説明したが、実は補助係は退職後に困窮することはあり得ない。なにしろ実家が裕福な者だけを雇用しているからだ。
この母の手管に父は感心しきりだ。
「オリアナ一の嫁」との評価は、この時点で「大陸一」に昇格した。
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