王宮の書類作成補助係

春山ひろ

文字の大きさ
22 / 59

22. マルコの同僚、レオナルド田中くん②

しおりを挟む

 マルコの初めての登山?は、チコリ師匠の背中だった。ハイハイが出来るようになった頃だ。
 ふかふかの絨毯の上にチコリ師匠が肘をついて腹ばいに寝そべり、マルコは「ばぶ」とか「あう」とか言いながら、師匠の脹脛ふくらはぎあたりをよじ登る。そこに登るだけで時間がかかった。
 周囲には双子の兄のカイトとカリム、そして他の師匠たちが握りこぶしを作って甲子園並みの大声援。
 チコリ師匠の脹脛によじ登るのが、マルコの最初の大冒険だ。

 そうしてやっと登って見上げた先には、はるか彼方に頂上とうぶがそびえていた。その様はチョモランマを見上げた登山家のそれ。

 ちっちゃなマルコは、そこから登山だ。ゴツゴツした岩場(筋肉と骨)に、ときおり側溝(古傷)があった。師匠は肘をついているので、頂上とうぶまでは急勾配!その勾配は、当時のマルコにとっては、富●急ハイランドの絶叫アトラクションのよう。

 ちっちゃなマルコは、最初はまったく登りきれず、小さな爪で師匠の背中をひっかいてばかり。成長してからマルコがこの時のことを兄たちから聞いて、「師匠、痛くなかった?」と尋ねたことがあった。
 師匠は「蚊に刺されたほどの痛みさえなかった」と言ってくれた。でもほんとは痛かったよねとマルコは思っている。
 いや、そこは師匠の言葉を信じようか、マルコ。この怪物チコリ師匠はまったくこれっぽっちも痛くなかった。

 山ガールならぬ山ベイビー?としてデビューし、悪戦苦闘しながら初めて登頂に成功して、山頂(頭部)から下を見たマルコは、盛大に涎を垂らしつつ、師匠の頭をぺちぺち叩いて勝利の舞。
 師匠は満面の笑みで(迫力あり過ぎて他の師匠は目を逸らしたという)、「よくやった!マルコ!」と褒めてくれた。

 チコリ師匠はマルコの成長に合わせて背中の勾配を変えてくれていた。
 例えるなら登山初心者ための高尾山からはじまり、中級クラスの赤城山、上級者の穂高連峰、そして最難関のK2への道というべきか。
 こうしてマルコはハイハイの頃から物事をやり遂げることの大事を学んだ。

 それからもうちょっと成長して歩けるようになると、さんざん遊んだ後はチコリ師匠に抱っこかおんぶで移動。ほんとは肩車をしてもらいたかったマルコだが、師匠の首から肩にかけては、どこまで首でどこから肩なのか判別不能なデザインで、筋肉隆々、その首の太さは今のマルコの胴回りより立派だ。これでは180度開脚ができないと、首に足を回せず、肩車を断念したという悲しい?思い出もあった。

 それから18年。マルコは相変わらずチコリ師匠を心の底から尊敬している。

 午前8時の鐘がなり、王宮がいっせいに動き出した。

 補助係の大扉が開いて、どどっと人が入って、いやこなかった。チコリ師匠が先頭に並んだ時に起きるこの現象は、係員たちが「王族の行進」と呼ぶものだ。
 のっしのっしと先頭を歩くチコリ師匠を追い越して、我先に所内に入れる強者はいない。みなチコリ師匠の後についていく。そして師匠が目指す部署につき、楽々と片腕に抱える木箱をカウンターに置くと、そこからぱっと蜘蛛の子を散らしたように、後方の人々は自身の目指すカウンターに走るのだ。

 いつの間にかダダン公爵がカウンターに立っていた。相変わらずのフットワークの軽さ。
「おはようございます、チコリ博士」
「おはようございます。サマーフェスティバルのテント設営と舞台設営の申請書類です」
「いつもまとめて持ってきていただき、ほんとうに助かります」

 ダダン公爵は振り返り、「叔父上!レオナルド!」と声をかけた。お行儀よく公爵から声がかかるまで待っていたマルコは、カウンターにダッシュ。

「チコリ師匠!おはようございます!」
「おはよう。マルコ」
 チコリ師匠はマルコの頭をクシャっと撫でる。マルコは満面の笑みだ。

 その様子を笑みをたたえて見ていた公爵が、フロアにいる警備員を呼んでチコリ師匠がカウンターに置いた木箱を後方へ運ぶように指示。チコリ師匠は片腕で抱えて持ってきたが、警備員は4人がかりで後ろのテーブルに運んだ。
 どんだけ力持ちなんだ、チコリ師匠!

「叔父上、レオナルド、それにガッシュとレビン!申請書類の確認を!」
 呼ばれた4人は、「はい!」と返事して、後方のテーブルで各々が木箱から書類を出す。

 公爵はチコリ師匠に向き直り、「確認作業が終わるまで時間がかかりますので、椅子に座ってお待ちください」
「宜しくお願いします」といって頷いたチコリ師匠は、フロアに設置された椅子に座る。目はずっとマルコを追っていた。

 マルコは書類に赤ペンでチェックを入れていく。この赤インクのペンも師匠たちのアドバイスで取り入れたものだ。これまではインクといえば、黒しかなかった。
 しかし、師匠の中には赤いインクを使っていた国の者がおり、それを聞いた両親がいち早く両替商で取り入れ、マルコ入職時に王宮でも使用するようになったのだ。

 商店街主催のサマーフェスティバルは夏の恒例行事なので、申請する店も書類作成には慣れており、大きな間違いはない。
 しかし思い込みは禁物。「だろう運転、ダメ、絶対」と気持ちは同じだ。

 マルコと一緒に作業するガッシュとレビンは入職2年目でマルコと同期だ。
 ガッシュは、ガッシュ・ノーザン子爵の三男で貴族。ノーザン領は肥沃な土地でオリアナの穀倉地帯。小麦の出荷量はオリアナ一を誇っている。
 またレビンは、広大な葡萄畑を持つワイナリーの経営で財を成した商家の三男坊。

 申請書類は、まったく同じ書類を二通作成し、一通は提出用、もう一通は申請者の控えとなる。

 マルコの隣のレオナルドが呟く。
「あ~あ、複合機があれば、同じ書類を2枚も手書きしなくて済むのに!」
 マルコは、目は書類から離さず「ふくごうき?」と聞いた。
「そうだよ!」
 
 「ふくごうき」というのは初めて聞いたマルコは、「また夢、見たんだ」とレオナルドにいう。
「そ!今回は仕事編だったよ。だからこっちの不便さに、暗くなっちゃった」

「また始まったよ、レオナルドの前世語り」と、ガッシュ。
「そんなことばっかり言ってると、見落とすから集中しようか」と、レビン。

 マルコのペア、レオナルドは前世?の記憶があるのだ。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

処理中です...