王宮の書類作成補助係

春山ひろ

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30. 王妃様の夏の晩餐会予算申請と地雷を踏んだカスハラ子爵令嬢②

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 声の主は、アン・モニング子爵令嬢18歳。
 縦ロールにした金髪にぱっちりした瞳は美少女の部類に入るだろうが、化粧が濃くて初々しさは皆無。ドレスだけは水色のデイドレスで、いかにもお嬢様というファッションだが、化粧の濃さとバランスが取れておらず、残念な感じが漂っている。

 アンの父であるモニング子爵は、子爵という下位貴族ながら頭脳明晰で宰相府の中間管理職を務め、27歳の嫡男は外交院、26歳の次男は財務院に勤務と、二人とも優秀で、いわばキャリア官僚一族。
 しかし、末娘のアンだけは別物だった。
 まず、嫡男次男とは母親が違う。上の二人の母は19年前に亡くなった。息子たちが8歳と7歳の時だ。子爵は後妻をもらうつもりはなかったが、親戚連中が子供のためにとごり押しし、ペナン男爵の娘マーサと再婚した。
 マーサは美しかった。だが美しいだけだった。
 前妻は子供の家庭教師選びから実際の教育までしっかり行う賢妻だったが、マーサは真逆。生まれた娘を溺愛するだけで、ろくな家庭教師すらつけようとしなかった。「レディに教育が必要かしら」と真顔で宣う毒親。自分がそのように育てられたのだろう、娘も同様に育ててしまった。

 子爵や上の兄たちが口を出そうものなら「虐め!」といって頑なになる。子爵はここで諦めず(何しろ自分の娘なんだから)、当主の威厳でなんとかできれば未来は変わったであろうが、めんどくさいとそれを放棄。嫡男次男も関与を放棄。
 その結果、母マーサにそっくりな娘が出来上がる。身分の下の者を見下す傲慢さ、振る舞いの品のなさに加え、マーサが「可愛い」と煽てた事による容姿に対する自惚れ。
 まさに、嫌な女性をてんこ盛りに体現したのがアンだ。

 そんなアンが16歳の社交界デビューの日、王宮で一目ぼれ。
 相手はレオンだった。面食いだったアンはピラニアが餌に飛びつくごとくレオン一択。
 しかしそこには悲しいかな、身分という壁が立ちはだかった。アンは子爵令嬢、かたやレオンは公爵当主。どうあがいても埋められない巨大な壁。

 王宮に上がれる侍女は伯爵家以上、女官なら男爵以上でもあがれるが、T大並みの頭脳でなければ試験に受からないので、逆立ちしてもアンには無理。
 この身分差さえ恋の障害として都合よく解釈したアンは、「もし閣下が私を一目でも見て下さったら、私たちは恋人同士になれるのに」と、根拠なく思い込む粘着体質のストーカーに成長していった。

 貴族の令嬢なら18歳にもなれば婚約者がいる者が大半だ。
 しかしアンにはいなかった。
 かつて父が、自分の伝手の中から同じ宰相府に勤務するゴビン男爵を勧めたことがあった。
 男爵は優秀な官僚ではあったが、容姿は十人並み。一応、アンが16歳の時にお見合いをセッティングしたものの、アンは男爵の容姿と自分より下位という身分に失礼三昧を仕出かし、男爵から「私ごとき者では御令嬢のお眼鏡にかないません」と、婉曲に断られた。
 以来、アンは社交界に出るも婚約者の「こ」の字も出ない有り様。

 ここまできたら、常識ある令嬢なら自分の振る舞いを反省しそうだが、アンは別世界の住人だ。「やはり、私に相応しいのはレオン閣下しかいないのだわ」と、ストーカーまっしぐら。

 そんなアンがある時、邸宅で父と兄二人の会話を盗み聞きしてしまう。それは王族方が「マルコ」という平民に夢中で、レオン閣下もそうらしいという内容だった。
 もっとも子爵や嫡男次男は、マルコが大陸一の両替商の三男で、王都が壊滅的なハリケーン被害を受けた際、家族と共に献身的な働きをしたことを知っているので、その口調には恭しい気持ちが込められていたのだが、自分の都合でしか考えられないアンは、レオンにマルコなる平民が付きまとっていると解釈。

 沸き上がった電気ケトルのごとく、怒り心頭のアンだったが、そのマルコという不埒者の情報を入手すべく、さらに耳を澄まし、マルコが書類作成補助係に勤めていることを知ると、突撃を決意。

 身分をわきまえない平民から公爵閣下を守るために。うまくすれば、これで閣下にお近づきになれるかもしれないという浅はかな事も考えて。

 しかし、いざ補助係に行くとしても、手ぶらで行けるはずがない。すると都合良く、子爵領で架橋工事をすることになり、執事が工事申請書類を持って補助係に行くという情報を入手。
 アンにとってはチャンス到来である。
 ろくな教育は受けていないものの、ずる賢さは母親から引き継いだアンは、執事に申請書類を見せてもらい、申請には同じ書類が二枚必要で、さらに書き直しとなった場合に備えて、執事が白紙の書類も持っていることを突き止めた。
 アンは、言葉巧みに「勉強のために」といって執事から書類をゲット。既に出来上がった書類2枚を元に、もう1枚、同じ書類を作成したのだ。ただし、こちらはわざと未記入欄を残したまま。

 そして執事に同行して、本日午前中に補助係に出向き、地方の土木係に完璧な2枚を提出。
 それを受け取った補助係が確認後、「こちらで大丈夫ですので、本店にいって提出してください」とのお墨付きを得ると、その足で本店の地方土木係に行き、アンは隠し持っていた1枚(未記入欄あり)と、補助係確認済の2枚の書類のうちの1枚、合わせて2枚を提出。
 しかし当然、未記入欄があるので「はい、やり直し」と戻された。

 こうして「マルコ」なる人物を糾弾できる証拠?を手にしたアンは、意気揚々と補助係に舞い戻って、「ちょっと!午前中にここで確認してもらった書類、ミスがあったじゃない!」と、怒鳴り込んだわけである。


「王宮の地方土木係に提出したら、未記入欄があるので受け取ってもらえなかったわ!どういうことなの?責任を取ってよね!」


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