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39. マルコ、オリン公爵邸でマリ閣下と対面す①
しおりを挟む公爵邸の表玄関が騒がしい。どうやらマルコとレオナルドを乗せた馬車が戻ったようだ。
「マルコ様、レオナルド様、ようこそオリン公爵邸へいらっしゃいました」
家令を先頭に、全使用人が馬車停に勢ぞろいした出迎えは圧巻。
マルコとレオナルドは、先に降りたレオンの介助を受けて馬車を降り、二人で並んで「こんにちは!これ、お土産です」とご挨拶。
ちっこくて可愛い若者二人の様子に使用人たちが目を細める。中には既に涙ぐんでる者までいた。
目の前には壮大な公爵邸、白亜の大殿堂。歴史は古くはなく、広さは王宮よりも小さいが、王都名物お屋敷観光コースの目玉となっている豪華な邸宅だ。
「誠にありがとうございます」
手土産を受け取った家令が丁寧に挨拶し、「どうぞ、こちらへ」と、使用人の海を分け入り、表玄関へ。そこは緋色の絨毯が敷き詰められ、飴色の木材が由緒正しき公爵家であることを物語る。
正面には二階へ続く階段。
その階段の踊り場の壁には、ある人物の肖像画が掛かっていた。
前オリン公爵マリ閣下の肖像画だ。
レオナルドは鼻をくんくん。「これ、出汁の匂いだ!」と独り言。
しかしマルコは、レオナルドへの相槌を忘れるほど、その肖像画に見入っていた。
玄関から心地よい風が吹き抜ける中、マルコは引き寄せられるように、一歩踏み出す。
すかさずレオンがマルコに手を差し伸べた。ごく自然なその仕草に、子供の頃から師匠たちの誰かといつも手をつないでいたマルコは、そっと手を取る。
周囲ではため息と共に嗚咽がちらほら。
レオンとマルコが二人で並んで階段を昇ると、「まるで結婚式のよう」と、誰かが囁いた。
「気が早い」、「ちょっと黙って!」、「目に焼き付けるの!」という、使用人から漏れる声は、家令の咳払いで静かになる。
踊り場にてマリ閣下の肖像画を見入る二人。
「後光が…」、「よもやこんな日が…」との囁きは、本日二度目の家令の咳払いにより、再び静寂へ。
「この人は?」
「私の父だ」
「え?若い!」
マルコにとって肖像画とはお年寄りの絵姿という認識だ。事実、実家には先祖の絵が飾ってあるが、全員白髪のおじいさんで、それは母の実家も同じ。だからこんなに若い男性の肖像画を見たことがなかったのだ。
「父は…18年前に亡くなったんだ。25歳だった」
レオンは絵から目を離すことなくいう。
25歳…。それはあまりにも若すぎる。
「…すみません」
「マルコが謝ることはない」
見つめ合う二人。
そして二人でもう一度、マリ閣下の絵に向き直る。
マルコが肖像画に見入る様子を、固唾を飲んで見守っていた後方に控えた全ての者の胸中は尊い!の一言である。
レオンは感無量!
マルコはというと、肖像画の中のマリが持つメダルとその手元に目が釘付けだった。やや大きめのそのメダルには、リンリンの手首にあった入れ墨の図柄が描かれていたのだ。
それだけでなく、袖口で少し隠れているとはいえ、マリの左手首の上、つまりリンリンと同じ位置に、同じ昆虫の図柄の入れ墨があったのだ!
マルコは、ほうと息を吐いたあと、「すごくかっこいいお父様ですね」と、絵から目を離さずにいう。
レオンの目から一筋の涙。
「そうか。…父が亡くなった時、私は4歳だった。実はあまり父のことは覚えていないんだ。庭で遊んでもらったような、本を読んでもらったような、そんな曖昧な記憶しかない。その記憶も年々、薄れていくように思う…」
マルコがレオンを見上げると、レオンの顔に涙が光っていた。
「お父様は、ずっと副団長の傍にいますよ、絶対!」
マルコはレオンを励ましたくて言っただけだった。
しかし、そのマルコの一言で、レオンだけでなく周囲の人々まで嗚咽からむせび泣きへ。
さらに必殺咳払いを発動して制止していた家令が、ついに堰を切ったように号泣。
あたり一面、大泣きする人々で溢れかえった。
その中に当然、伊賀の三上忍、リンとサファとエメもいた。
リンは慟哭、サファは咆哮、エメは啼泣!
阿鼻叫喚の様相になった周囲に、マルコは仰天!
しかもレオンに抱きしめられたので、さらに仰天!
「そうか、父上はずっと、ずっと私の傍にいてくれるのか!」
「え、あ、は、はい。絶対、副団長の傍にいます。副団長のいるところにお父様はいます。いつも一緒です!」
「そうか!」
「はい!」
「もう一回、もう一回言ってくれ」
「え、はい。お父様はいつも一緒にいます!」
「もう一回」
「はい。いつもお父様は副団長と一緒にいます!絶対です!」
「一生、離れることはないな!」
「は、はい!」
「それは生まれ変わっても変わらないな!」
「え?」
マルコは思った。
生まれ変わっても?
例えばAが父で、Bが息子。AがCに生まれ変わり、BがDに生まれ変わって、CとDは赤の他人になっており、CはかつてAだったことを知らず、DもかつてBだったことを知らない。
この状況で、CとDが絶対に離れないと言い切れるのだろうか?
マルコは真面目なのでちゃんと考えるのだ。師匠たちの教育の賜物である。
「え、えっと、生まれ変わったら、生まれ変わった時の人間関係が適用されると思うので、前世の人間関係をそこに持ち込むのは、どう、どうなの」
しかしマルコの回答は、言い終わらぬうちに、レオンの喜びの声にかき消された。
「そうだ、マルコ!その通りだ!生まれ変わったら、前世の関係に囚われる必要はない!今の関係が優先されるんだ!」
あれ?と、マルコは思った。
このマルコの回答が、「禁断の親子の愛」の淵に勝手に堕ちたレオンを救い上げたとは、これっぽっちも知らないが、やっぱりちゃんと考えた。
僕の回答は、副団長の「生まれ変わっても変わらないな」に対してのもので、僕的には副団長の考えを、やや否定ぎみに言ったつもりだったんだけど。
でも、今の副団長の言葉だと、それを否定とは取っていないよね?
いいのかな、その回答で良かったのかな…。
さらにレオンが畳みかけるように、さっきと同じことをいった。
「マルコ、生まれ変わっても変わらないな!」
あれ?と、またマルコは思った。
また同じことを言ってる?
この場合はどうすれば…。
マルコには400人の師匠はいる。
しかし!
実は恋愛について師匠たちは、何も教えてくれなかったのだ!
レオンの震えが伝わる。
その震える体を慰めたいとマルコは思う。
だからマルコは「ずっと一緒です」といった。
それが正解なのかどうかわからないけれど、ただ震えるレオンを慰めたくて。
レオンを抱きしめて言った。
堪えきれずレオンも号泣。
マルコが子供の頃、転んで泣くとチコリ師匠は背中をトントンしながら抱きしめてくれた。だからマルコは、自分よりはるかに大きな体格ではあるものの、レオンの背中をトントンした。
それを見た家令ファブは驚愕の表情。
オリン公爵邸の家令ファブこと、ファブレス・ファブ伯爵。マリが公爵位を賜る前の殿下時代からの側近で、王家の影の財務部門を牛耳る参謀の一人。冷静で頭脳明晰、マリに対する忠誠心は地球のマントルより厚く、レオンがダダン公爵家に一時期引き取られた時も傍を離れなかった男だ。
「レオン閣下がお小さい頃、お庭で転ぶと、マリ閣下が飛んで行って、あ、あのように背中をトントンして、慰めておられた」
そのまま泣き崩れる家令ファブ。
保護者が子供の背中をトントンする行為は、一般的によく見られるものだが、今のファブにそれは通用しなかった!
「陛下がマルコ様はマリ閣下の生まれ変わりと仰せになったそうだが、恐れながらこの目で見るまではにわかに信じられなかった。しかし、間違いない!」
マジョリカ妃殿下といい、家令ファブといい、頭脳明晰な者さえ引き込む、マリ閣下の生まれ変わり説。
その浸透力はどんな高級化粧水よりも高かった!
ファブはひとしきり号泣したあと、涙をふき、姿勢を正して本来の彼の姿を取り戻すと、踊り場にいるレオンとマルコに近づいた。
「レオン様、マルコ様にマリ閣下の執務室をご覧に入れたらいかがでしょう」
マルコを抱きしめていたレオンは、「あ、そうだ」といいながら、「父上の部屋も見て欲しい」と、マルコにいう。
「僕なんかが、お父上様のお部屋に入っていいのでしょうか?」
レオンは「マルコだからこそ、見て欲しいんだ」と力強く答えた。
「レオナルド様におかれましては、当家の料理人スフィとのご面談をご希望されておられるとか。ご案内いたします」
階段の登り口で、周囲に飲み込まれて、わけも分からず泣いていたレオナルドにファブが声をかけた。
途端にレオナルドは泣き笑い。
レオナルドが「マルコ!こっちは大丈夫だから!」と声をかけると、「あ、はい。先輩!」と答えるマルコ。
その場をちゃっちゃと仕切った家令ファブは、レオナルドを連れて厨房へ。レオンはマルコと一緒に二階へ上がる。
二階の廊下も緋色の絨毯で、廊下が真っすぐに続いている。
「二階に父上の部屋があるんだ」
レオンはマルコと手をつなぎ、マリの執務室を目指した。
二人の後には執事に侍従、そして侍女に変装した服部半蔵、百地丹波、藤林長門守の三上忍が、ちゃっかり警護していた。
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