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交流 3
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とりあえず、商業広場に向かいながらも、基本的な知識を頭に入れておいてもらうことにする。
「黙って歩いててもつまんねぇな……通貨について、説明しながら歩くか。この国の通貨は、フィルドナレン通貨だ。
この通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類がある。銅貨十枚が銀貨と同等。銀貨十枚が金貨と同等だ。
あ、銅貨だけは半銅貨、四半銅貨という割り貨がある。銅貨の半値が半銅貨。半銅貨の半値が四半銅貨だな」
俺の説明をサヤは黙って聞いていた。
ちゃんと分かってるか? と、顔を覗き込んでみるが、サヤは簡潔に「はい」とだけ答える。
……本当か? 今の説明だけで? そう思ったが、買い物させてみれば分かるか。と、考え直した。
裏通りから、路地を抜けて表通りに。バート商会の前を素通りして、しばし歩けばすぐに商業広場だ。
サヤは思いの外、歩幅が広いな。貴婦人方の様にちまちま歩かないから楽だ。
きっちり一歩半の距離間を保ったサヤは、逸れることなくついてきている。
さてと。
俺の視界には、色とりどりの頭髪がひしめいている。
頭が飛び抜けている俺には、屋台の屋根と、屋台骨に引っかけられた看板がよく見えるので、どこに顔を出すかは迷わない。
「そうだな、まずは……あの店にするか。
サヤ、右側の屋台列の、三軒先だ。あそこに行こう」
一歩を踏み出すと、人がすっと、俺で分岐する。
図体がでかいので人通りを歩く時は楽だ。大抵周りが避けてくれる。
今日はサヤがいるので、女性方の視線もあえて無視させて頂くことにした。サヤが腕でも組んでくれれば話が早いんだがなぁ……サヤにそれは期待できない。とりあえず、話し掛けてきそうな相手は事前に避ける様にしよう。
目指した屋台には、すぐに到着できた。
飾り紐の屋台だが……最悪の展示状況だな相変わらず……。ここの店番は頓着しなさすぎなんだよほんと……。
飾り紐が、大体の色ごとに分けられ、台の上で団子の様に絡まっている。色ごとといっても、赤っぽい。青っぽい。程度の、ざっくりした分けられ方だ。しかも、もつれ合っているのだから、ただの奇怪な塊でしかない。
うわ、来やがったみたいな顔した店員に、俺は片眉を上げて答える。おお、来たとも。何度も同じこと言われんのが嫌なら、ちょっと手間かけて商品を並べるくらいのこと、いい加減覚えろと思うわけだが、今日はサヤがいるので、控えておく。
色が分かれる様になっただけマシだしな……。そんな訳で、サヤに声を掛けた。
「サヤ、良いと思うものを、三つ選んでみろ。色も、織りも、好みのものでいい」
俺の背後に控えていたサヤが、ひょこりと顔を出す。
俺が一人でないことに、店員がまた女連れかよみたいな表情をする訳だが……今日は小煩いルーシーではないし、交流のあるご婦人方でもない。外套で顔を隠したサヤだったので、身分の良い人のお忍びかと思った様だ。余計な口は挟まないと決めたらしい。ぺこりと頭を下げるだけの挨拶にとどまった。それにサヤも、ぺこりとお辞儀で答える。
サヤの物色は、まず赤い飾り紐の塊から始まった。暫く眺めた後に、迷いなく一本に手を伸ばす。若干悪戦苦闘しつつ、引き抜いた。
それは何の変哲も無い様に見える、丸紐だ。両はしは解かれた糸が房状にされて、始末してある。中に一筋だけ白い糸が使われているな…。なかなか良い腕だ。始末の仕方も丁寧な感じだしな……。
サヤの手元を上から覗き込みつつ、俺はそんなことを考える。
次にサヤが手にしたのは、白い、編み紐。典型的なやつだな……あまり特徴のない……というか、見栄えのしない……というか……。編み目自体は均等で、綺麗だと思うがな……。
特徴といえば、等間隔にある細長い穴だろうか……。
で、最後は更に何の変哲も無い……藤色の、無地の平織り紐だった。
糸は絹なんだろう。光沢があり美しい。が、細い。先ほど選んだ編み紐の半分ほどの細さだ。感想として述べることができるのはそのくらいだ。
「これで良いですか?」
「おう、じゃあこれな」
懐から通貨を取り出し、サヤの手の辺りに落とす。
手渡しすると逃げるかもしれないからな。サヤはちゃんと、落ち切る前に掴んだ。
それを指で摘んで、まじまじと見つめる。
銀貨だ。さあ、ちゃんと理解してるかどうか……。
店番に、飾り紐を差し出すサヤ。手の中のものを広げて見せた感じだ。店番をそれを見て、銅貨七枚半と答えた。
「お釣りは、銅貨二枚と半銅貨一枚ですね」
「……計算は問題無いな」
「このくらいなら、大丈夫です」
俺の呟きにも律儀に返答して、サヤが銀貨を差し出した。
店番がホッとした顔で手を差し出すが、俺はそれで済ますつもりは毛頭無い。
「ところで、これに銅貨七枚半は高いだろ、五枚でもぼったくりだ」
やっぱり来たか! という顔をする店員。おう、覚悟しとけ。
展示方法が悪い。こんなごちゃ混ぜじゃ、良い物があっても埋もれてしまう。管理方法が悪いから、編み紐に歪みが出てる等、苦言を呈する。店員はげんなりした顔だ。最終的に、銅貨五枚半に落ち着いた。
原価や手間賃考えれば妥当だな。もっと高く売りたいと思うなら、管理の仕方を考えるべきだ。飾り紐が絡まって塊になっている様では、七枚半の価値は無い。
選んだ紐を受け取り、サヤがお辞儀をして、屋台を離れる。
俺はそれを待って、また通りを歩き出したのだが、少し興味があって、サヤに聞いてみた。
「サヤ、因みに、どの紐が一番高いと思った?」
サヤの紐の選び方は独特だった。
美しいものはそれなりにあったと思う。平織り紐に、色糸で刺繍してある飾り紐なんて、連れて行く女性が大抵手に取るのだが……サヤはそれに見向きもしなかった。
一見、服に縫い付けでもするのかというような、細い飾り紐が二本。
そして、赤い丸紐も、地味といえば地味だしな……。
「え?……丸い、飾り紐かなって……」
キョトンとした顔のサヤがそう答えてくる。
ふーん……当たってる。丸紐は織り方が特殊だから尚のことだ。しかも編む途中で歪みやすい。
同色一本でもそれなりの難易度だ。そこに白い糸が一筋だけ。更に難易度を上げてる感じだ。歪むとすぐ目立つからな。
なかなか見る目がある感じだ……。
「じゃあ次、
………あそこだな。七軒先に、俺の懇意にしている屋台がある」
「黙って歩いててもつまんねぇな……通貨について、説明しながら歩くか。この国の通貨は、フィルドナレン通貨だ。
この通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類がある。銅貨十枚が銀貨と同等。銀貨十枚が金貨と同等だ。
あ、銅貨だけは半銅貨、四半銅貨という割り貨がある。銅貨の半値が半銅貨。半銅貨の半値が四半銅貨だな」
俺の説明をサヤは黙って聞いていた。
ちゃんと分かってるか? と、顔を覗き込んでみるが、サヤは簡潔に「はい」とだけ答える。
……本当か? 今の説明だけで? そう思ったが、買い物させてみれば分かるか。と、考え直した。
裏通りから、路地を抜けて表通りに。バート商会の前を素通りして、しばし歩けばすぐに商業広場だ。
サヤは思いの外、歩幅が広いな。貴婦人方の様にちまちま歩かないから楽だ。
きっちり一歩半の距離間を保ったサヤは、逸れることなくついてきている。
さてと。
俺の視界には、色とりどりの頭髪がひしめいている。
頭が飛び抜けている俺には、屋台の屋根と、屋台骨に引っかけられた看板がよく見えるので、どこに顔を出すかは迷わない。
「そうだな、まずは……あの店にするか。
サヤ、右側の屋台列の、三軒先だ。あそこに行こう」
一歩を踏み出すと、人がすっと、俺で分岐する。
図体がでかいので人通りを歩く時は楽だ。大抵周りが避けてくれる。
今日はサヤがいるので、女性方の視線もあえて無視させて頂くことにした。サヤが腕でも組んでくれれば話が早いんだがなぁ……サヤにそれは期待できない。とりあえず、話し掛けてきそうな相手は事前に避ける様にしよう。
目指した屋台には、すぐに到着できた。
飾り紐の屋台だが……最悪の展示状況だな相変わらず……。ここの店番は頓着しなさすぎなんだよほんと……。
飾り紐が、大体の色ごとに分けられ、台の上で団子の様に絡まっている。色ごとといっても、赤っぽい。青っぽい。程度の、ざっくりした分けられ方だ。しかも、もつれ合っているのだから、ただの奇怪な塊でしかない。
うわ、来やがったみたいな顔した店員に、俺は片眉を上げて答える。おお、来たとも。何度も同じこと言われんのが嫌なら、ちょっと手間かけて商品を並べるくらいのこと、いい加減覚えろと思うわけだが、今日はサヤがいるので、控えておく。
色が分かれる様になっただけマシだしな……。そんな訳で、サヤに声を掛けた。
「サヤ、良いと思うものを、三つ選んでみろ。色も、織りも、好みのものでいい」
俺の背後に控えていたサヤが、ひょこりと顔を出す。
俺が一人でないことに、店員がまた女連れかよみたいな表情をする訳だが……今日は小煩いルーシーではないし、交流のあるご婦人方でもない。外套で顔を隠したサヤだったので、身分の良い人のお忍びかと思った様だ。余計な口は挟まないと決めたらしい。ぺこりと頭を下げるだけの挨拶にとどまった。それにサヤも、ぺこりとお辞儀で答える。
サヤの物色は、まず赤い飾り紐の塊から始まった。暫く眺めた後に、迷いなく一本に手を伸ばす。若干悪戦苦闘しつつ、引き抜いた。
それは何の変哲も無い様に見える、丸紐だ。両はしは解かれた糸が房状にされて、始末してある。中に一筋だけ白い糸が使われているな…。なかなか良い腕だ。始末の仕方も丁寧な感じだしな……。
サヤの手元を上から覗き込みつつ、俺はそんなことを考える。
次にサヤが手にしたのは、白い、編み紐。典型的なやつだな……あまり特徴のない……というか、見栄えのしない……というか……。編み目自体は均等で、綺麗だと思うがな……。
特徴といえば、等間隔にある細長い穴だろうか……。
で、最後は更に何の変哲も無い……藤色の、無地の平織り紐だった。
糸は絹なんだろう。光沢があり美しい。が、細い。先ほど選んだ編み紐の半分ほどの細さだ。感想として述べることができるのはそのくらいだ。
「これで良いですか?」
「おう、じゃあこれな」
懐から通貨を取り出し、サヤの手の辺りに落とす。
手渡しすると逃げるかもしれないからな。サヤはちゃんと、落ち切る前に掴んだ。
それを指で摘んで、まじまじと見つめる。
銀貨だ。さあ、ちゃんと理解してるかどうか……。
店番に、飾り紐を差し出すサヤ。手の中のものを広げて見せた感じだ。店番をそれを見て、銅貨七枚半と答えた。
「お釣りは、銅貨二枚と半銅貨一枚ですね」
「……計算は問題無いな」
「このくらいなら、大丈夫です」
俺の呟きにも律儀に返答して、サヤが銀貨を差し出した。
店番がホッとした顔で手を差し出すが、俺はそれで済ますつもりは毛頭無い。
「ところで、これに銅貨七枚半は高いだろ、五枚でもぼったくりだ」
やっぱり来たか! という顔をする店員。おう、覚悟しとけ。
展示方法が悪い。こんなごちゃ混ぜじゃ、良い物があっても埋もれてしまう。管理方法が悪いから、編み紐に歪みが出てる等、苦言を呈する。店員はげんなりした顔だ。最終的に、銅貨五枚半に落ち着いた。
原価や手間賃考えれば妥当だな。もっと高く売りたいと思うなら、管理の仕方を考えるべきだ。飾り紐が絡まって塊になっている様では、七枚半の価値は無い。
選んだ紐を受け取り、サヤがお辞儀をして、屋台を離れる。
俺はそれを待って、また通りを歩き出したのだが、少し興味があって、サヤに聞いてみた。
「サヤ、因みに、どの紐が一番高いと思った?」
サヤの紐の選び方は独特だった。
美しいものはそれなりにあったと思う。平織り紐に、色糸で刺繍してある飾り紐なんて、連れて行く女性が大抵手に取るのだが……サヤはそれに見向きもしなかった。
一見、服に縫い付けでもするのかというような、細い飾り紐が二本。
そして、赤い丸紐も、地味といえば地味だしな……。
「え?……丸い、飾り紐かなって……」
キョトンとした顔のサヤがそう答えてくる。
ふーん……当たってる。丸紐は織り方が特殊だから尚のことだ。しかも編む途中で歪みやすい。
同色一本でもそれなりの難易度だ。そこに白い糸が一筋だけ。更に難易度を上げてる感じだ。歪むとすぐ目立つからな。
なかなか見る目がある感じだ……。
「じゃあ次、
………あそこだな。七軒先に、俺の懇意にしている屋台がある」
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