139 / 1,121
獣 3
しおりを挟む
ハインと、夕飯の賄い作りを終えたサヤが戻り、マルとサヤが、情報交換の時間を取ることとなった。
おかげで夕飯が一時間ほど遅れてしまった。ギルが空腹の限界を訴えて、やっと夕飯となったのは、八時を過ぎてから。
マルは久々だと大喜びでサヤの料理に舌鼓を打った。
「なんかねぇ、やっぱりサヤくんの料理は美味なんだって実感したんですよ。
食べるのが面倒くさくなるのは、わざわざ美味しくないものを、頑張って食べる気が起きないからなんだって分かりました」
「今更だな……」
「僕、一生餌付けだけはされないと思ってたのに……サヤくんにはされちゃいましたねぇ」
「御託はいいから黙って食え」
マルとギルがしょうもない会話を繰り広げている。この二人は、なんやかんやいいつつ、二人でこんな風に話していることが多い。
けれど、今日はギルが乗り気ではないから、いまいち会話に発展性が無い。理由は分かっている……ハインだ。
ハインは黙々と食事をしている。
特に話すことがない時は、いつもそうではあるけれど、今日は特に、寡黙だった。
昨日、マルが人足の中に兇手を潜ませていた話をした時、彼は激怒した。マルが帰ったら斬って捨ててやると口走り、人足に紛れた彼も、斬りに行こうとした。
必死で止めたのだ。言葉を尽くして、体も張った。ギルは殴られ、口内を切ってしまった程だ。
それで結局、最後にはとうとう、命令する……という形になった。
マルや兇手の彼を害することを禁止したのだ。
俺が、兇手を利用した作戦を提案した時は、まるで絶望したかの様に打ち拉がれ、蒼白になっていた。
それ以後、この状態だ。ハインは、周りの空気がヒリついていると感じる程に、張り詰めていた。
「ご馳走様。美味でした。さぁて、英気も養ったことですし、この後の準備を始めないとねぇ。
レイ様って本当に運が良いですよぅ。通常、交渉役を呼ぶには、数日掛かるんですから。
今回は、僕が一人借りてるので、連絡役が一人メバックに滞在してくれてたんですけどね、その方が交渉役を買って出てくれました」
食器を重ねつつマルが一人で喋っている。
それに合わせて、ハインの鬼気が膨れ上がる。
言葉は発しないが、眼はおかしなほどにギラついていた。
まるで内側に、炎を燃やしているかの様。
「サヤくん、お茶だけ用意しておいてもらえる?
場合によっては数時間話し込むことになるだろうから」
「はい。あの、お茶受けも用意できますよ? クッキーでしたら、半時間ほどあれば」
「えっ⁉︎ じゃあお願いしても良い?」
のほほんと平和な会話を交わすマル。ハインの殺気を感じていない訳ではないだろうに……マルも大概、物事に動じないよなぁ……。そう思いつつ、俺も食事を終え、食器を片付けに掛かる。サヤに手渡そうと席を立つと、ハインの後ろを通り過ぎる時、押し殺した声が俺に問うて来た。
「…………兇手と関わるという意味が、分かっているのですか……。
一度踏み込んでしまったら、もう引き返せないのですよ。二度と」
「勿論、分かってるよ。
だけど万年人手不足の俺が使える手段は限られる。兇手でもなんでも、使えるなら使うと、決めたんだよ」
「エゴンなどの為に、そこまでする必要がどこにあるのです……」
「エゴンの為だけじゃない。工事を無事終わらせる為でもあるし、俺が自分を守る為でもある」
「何故、私に言って下さらないのです⁉︎ 黒幕は、突き止めたのでしょう? 誰でも、私が始末をつけて来ます。必ず。命に代えても!」
「俺は、お前をそんな風に使う気はない。それに、誰かの命を絶つ様な解決を図る気も無い」
食器を、サヤに手渡す。
不安そうな顔のサヤに、大丈夫だよと笑いかけておく。
ギルとマルを伴って、先に戻っておくよと伝えて、俺は自室に向かった。
「……胃に穴が空きそうだ…………」
腹を摩りつつ、渋面のギルがそう零す。
俺も少々疲れていた。そりゃ、反対されるだろうなってことは分かっていた。ハインは過保護だしな。けど、まさかあそこまで頑なだとは思っていなかったのだ。
むしろ……違和感が強い。
ハインは、手段を選ばない。俺を守る為なら、自分は卑怯な手だって平気で使う。
なのに、なんで俺が、兇手を使うことにあそこまで拒否反応を示すのか……。
普段のあいつなら……使えるものはなんでも使おうとする筈だ。
「まあ僕は、彼がああなる可能性は高いと、思ってましたけどねぇ。
あの反応があるってことは、僕の予想は当たってるのかな?
なら、全部を詳らかにしてなかったのは正解でしたねぇ」
ギルの呟きに、意味深な言葉を返すマル。
その言葉に胃を刺激されたのか、ギルが渋面になる。じっとりと半顔でマルを見下ろすが、マルはそんな視線など意に介さない。にんまりと笑って、ギルを見上げた。
「全部伝えてたら、絶対僕、生きてないですよ」
「お前……まだ他にも何か企んでやがるのかよ……。ハインを刺激して楽しいか?」
「楽しいわけないでしょ!
ガクブルですよ、正直本当に生きた心地しないんですから。
けどまぁ……僕ら、一蓮托生なんでしょう? それなら、ハインにだって幸福になってもらわないと困っちゃうのでね」
「ガクブルってなんだよ……」
「あ、サヤの国の言葉です。ものすっごい怖いのを表現する言葉だそうでねっ」
パッと顔を輝かせて、ガクガクブルブルすることの略式だそうでと語り出すマルに、ギルが真面目な話ししてたんじゃないのかよ⁉︎ と、溜息を吐く。
その言葉にマルは、あ、そうでした。と、我に返った様子を見せて、更にギルの精神を削っていた。
全部を伝えてたら……か。それはつまり、俺の思惑とは別に、マルの思惑も、今回のことには含まれている……ってことだよな……。
「マル……兇手を俺が使おうとすることに、ハインがあんな風に抵抗する理由を、お前は知っているのか?」
そう問う。
と、たぶんね。という返事が返った。
普段、基本は陽気なマル。
どんな物事にも動じないし、状況を楽しんでいる。彼にとって、目の前で起こることの全てが情報なのだ。だから、予想外のことが起こると、とても楽しそうにしている。そして、考えに没頭すると、頭の中の図書館に意識が篭るから、表情が固まり、抑揚に乏しい喋り方になる。
食べることよりも知識に貧欲で、食事を忘れてすぐにぶっ倒れる。
そんな奇怪な所が変人だと評されていたわけだが……。
そんな彼が、珍しく、無表情でも、楽しげでもない視線を、俺に向けた。
「僕はね、期待しているんですよ、レイ様に。
ねぇ、レイ様。貴方はハインのこと、どう思ってますか?」
「どう……って? ハインは、ハインだよ」
「彼が何であれ、彼を受け入れられると、自分を信じることが出来ますか?」
「???」
急に真面目に、そんなことを言い出したマルについていけない。
同じ質問を、マルはギルにも贈った。
「九年の時間を信じることができますか?
僕はね、全部が全部、幸せにならなきゃ駄目だと思うんですよ。
だからね、ちょっと痛いくらいは、我慢してもらわないと。
ハインの為だと思うんですよ? ずっとひた隠しにしておけることじゃないとも、思うんです。
特に、レイ様はこれから、人目を引くことになりますからね。自ずとハインもその視界に収まってくることになるわけで、そうすると、彼のことに察しがつく人間も、きっと皆無じゃない。
その時になって、第三者からもたらされた情報が、悪意によるものだったら……僕が今からやることより、酷い結果を招くと思うんですよ」
それ、つまり酷い結果を招くこと自体は決定されてるってことなのか?
だけど、それでも必要だって、言うんだな。
「それはそうと、俺が人目を引くことになるって、どういうこと……」
「あはは、そりゃそうでしょう。そうする為に動くって、僕、前言いましたよ?
貴方の立ち位置をフェルドナレンに作るんですよ。そうなるに決まってるじゃないですか」
「え゛っ、決まってるってどういうこと⁉︎」
「身分でレイ様を守るんじゃないんですよ。人の目を向けることで貴方を守るんです。
ですから、人の目が貴方を注目するのは必然です。避けられません」
駄目だ……説明されても全然意味がわからない……。
だけど、もう進み出してしまっているわけだから、今更どうにもならないんだよな……。
「……まぁ、良いけどね……。
とにかく、今からハインにとって、知られたくないことを俺は知らされて、でもマルはそれを必要だって思ってるんだね?」
「はい」
「それは、前もって教えてもらうわけには、いかないんだ?」
「たぶんって言ったでしょう? 僕は特殊な嗅覚とか持ってないですから、情報からの判断しか出来ないんですよ。
十中八九、僕の考え通りだと思いますけど、確実ではないので、言いたくないです。それに、見ないと分からないとも思うんですよ」
「?」
「当事者同士でないと、分からないんですよ。
それに、思ってても見てみたら違った……なんてことになるのも嫌なので」
「………言ってることの意味が全然分かんねぇよ……」
ギルも分からないか……だよね。
けれど、マルが、必要なことだって言うのなら……それは、信じて進むしか、ないってことだよな。
ギルを見上げると、ギルも俺を見ていた。
ハインとの九年。それは、ギルも同じく共有した九年だ。
喧嘩ばかりしているけれど、二人に絆があることは、知ってる。
「俺にとって……ハインは、ハインだよ。何を知らされようと、俺の知ってるハインが、そうじゃなくなるわけじゃないだろ。俺は、ハインが好きだよ」
「……今更だろ。今から何が出てきたところで、たいして変わらねぇと思うけどな」
「じゃあ、それを、事実を知った後、ハインに伝えてあげて下さい。
そうすれば多分、僕の首の皮も繋がります……。正直僕の命が掛かってるのでホント、お願いしますよ。
一応サヤくんにも守ってってお願いしておいたんですけどね……ハインが本気だと卑怯な手を駆使してきますから、サヤくんの腕を掻い潜ってくる可能性もあるんですよ!
レイ様、お願いします。僕が刺される前に必ず止めて下さい」
「いや、もう命令してあるから……マルは刺されないよ。兇手の彼も」
「流石レイ様! 頼りになますねぇ‼︎」
だから僕の首、まだ繋がってたんですね! 実は六割の確率でハインに殺されると思ってたんですよ! と、いつもの調子に戻ったマル。
言動が軽いからいまいち信憑性に欠ける……。けれど、彼が俺たちを一蓮托生だと言い、みんなが幸福にならなければいけないと言ったのは、その通りだと思うから……その言葉を信じることにする。
……まぁ、もうさ、マルの奇行は今更だし。部下にするって決めた時点で覚悟はしてる。だから、あれも用意したんだけどね……。
「交渉役は、何時頃来るの?」
「深夜です。人目を避けるとどうしてもそれくらいの時間になるのでね」
「そうか……で。兇手を使ってエゴンを救出するって話、マルは却下って言ったけど、結局どうしようと思ってるんだ?」
兇手の彼らに『忍』という別の生き方を模索する話。
そのついでに、エゴンを救出し、黒幕の殻を奪うと共に、横領の証拠を確保しようと提案した俺だったが、マルには、それでは足りないと言われ、却下されたのだ。
結構良いこと思いついたと思ったのにな…。俺の天啓ってその程度でした。
「んふふ。レイ様の案も悪くはないんですよ? だけどね、もっと貧欲にならなきゃと思うんですよ。
これも前、言いましたよね?最大限の利益を得るべきだって。
わざわざ兇手まで使うんですよ? 相手と同じ土台に立つんです。なら、実力の差を見せつけてやらないとねぇ。反抗する気が起きないように」
兇手社会は実力が全てですからね。と、マルは言う。
使う兇手の実力差を見せるってことなのか?何か違う意味にも聞こえたが……マルの考えてることは複雑すぎて読めない……。
「まあ、任せて下さいよ。そこは僕がきっちり詰めときます。
悪い様にはしませんから、大船に乗ったつもりでいて下さい。そのかわり、ハインの舵取りは任せますから。ホント、頼みますから」
兇手よりハインが怖いのか……。まあ、あいつ恨むと長いしな……。
エゴンを救出したら、サヤの腕の怪我についても謝罪してもらう方が良いかな……多分あれもまだ根に持ってるよな……。
そんな風に考えながら、交渉役が出向いてくるまでの時間を待つこととなった。
おかげで夕飯が一時間ほど遅れてしまった。ギルが空腹の限界を訴えて、やっと夕飯となったのは、八時を過ぎてから。
マルは久々だと大喜びでサヤの料理に舌鼓を打った。
「なんかねぇ、やっぱりサヤくんの料理は美味なんだって実感したんですよ。
食べるのが面倒くさくなるのは、わざわざ美味しくないものを、頑張って食べる気が起きないからなんだって分かりました」
「今更だな……」
「僕、一生餌付けだけはされないと思ってたのに……サヤくんにはされちゃいましたねぇ」
「御託はいいから黙って食え」
マルとギルがしょうもない会話を繰り広げている。この二人は、なんやかんやいいつつ、二人でこんな風に話していることが多い。
けれど、今日はギルが乗り気ではないから、いまいち会話に発展性が無い。理由は分かっている……ハインだ。
ハインは黙々と食事をしている。
特に話すことがない時は、いつもそうではあるけれど、今日は特に、寡黙だった。
昨日、マルが人足の中に兇手を潜ませていた話をした時、彼は激怒した。マルが帰ったら斬って捨ててやると口走り、人足に紛れた彼も、斬りに行こうとした。
必死で止めたのだ。言葉を尽くして、体も張った。ギルは殴られ、口内を切ってしまった程だ。
それで結局、最後にはとうとう、命令する……という形になった。
マルや兇手の彼を害することを禁止したのだ。
俺が、兇手を利用した作戦を提案した時は、まるで絶望したかの様に打ち拉がれ、蒼白になっていた。
それ以後、この状態だ。ハインは、周りの空気がヒリついていると感じる程に、張り詰めていた。
「ご馳走様。美味でした。さぁて、英気も養ったことですし、この後の準備を始めないとねぇ。
レイ様って本当に運が良いですよぅ。通常、交渉役を呼ぶには、数日掛かるんですから。
今回は、僕が一人借りてるので、連絡役が一人メバックに滞在してくれてたんですけどね、その方が交渉役を買って出てくれました」
食器を重ねつつマルが一人で喋っている。
それに合わせて、ハインの鬼気が膨れ上がる。
言葉は発しないが、眼はおかしなほどにギラついていた。
まるで内側に、炎を燃やしているかの様。
「サヤくん、お茶だけ用意しておいてもらえる?
場合によっては数時間話し込むことになるだろうから」
「はい。あの、お茶受けも用意できますよ? クッキーでしたら、半時間ほどあれば」
「えっ⁉︎ じゃあお願いしても良い?」
のほほんと平和な会話を交わすマル。ハインの殺気を感じていない訳ではないだろうに……マルも大概、物事に動じないよなぁ……。そう思いつつ、俺も食事を終え、食器を片付けに掛かる。サヤに手渡そうと席を立つと、ハインの後ろを通り過ぎる時、押し殺した声が俺に問うて来た。
「…………兇手と関わるという意味が、分かっているのですか……。
一度踏み込んでしまったら、もう引き返せないのですよ。二度と」
「勿論、分かってるよ。
だけど万年人手不足の俺が使える手段は限られる。兇手でもなんでも、使えるなら使うと、決めたんだよ」
「エゴンなどの為に、そこまでする必要がどこにあるのです……」
「エゴンの為だけじゃない。工事を無事終わらせる為でもあるし、俺が自分を守る為でもある」
「何故、私に言って下さらないのです⁉︎ 黒幕は、突き止めたのでしょう? 誰でも、私が始末をつけて来ます。必ず。命に代えても!」
「俺は、お前をそんな風に使う気はない。それに、誰かの命を絶つ様な解決を図る気も無い」
食器を、サヤに手渡す。
不安そうな顔のサヤに、大丈夫だよと笑いかけておく。
ギルとマルを伴って、先に戻っておくよと伝えて、俺は自室に向かった。
「……胃に穴が空きそうだ…………」
腹を摩りつつ、渋面のギルがそう零す。
俺も少々疲れていた。そりゃ、反対されるだろうなってことは分かっていた。ハインは過保護だしな。けど、まさかあそこまで頑なだとは思っていなかったのだ。
むしろ……違和感が強い。
ハインは、手段を選ばない。俺を守る為なら、自分は卑怯な手だって平気で使う。
なのに、なんで俺が、兇手を使うことにあそこまで拒否反応を示すのか……。
普段のあいつなら……使えるものはなんでも使おうとする筈だ。
「まあ僕は、彼がああなる可能性は高いと、思ってましたけどねぇ。
あの反応があるってことは、僕の予想は当たってるのかな?
なら、全部を詳らかにしてなかったのは正解でしたねぇ」
ギルの呟きに、意味深な言葉を返すマル。
その言葉に胃を刺激されたのか、ギルが渋面になる。じっとりと半顔でマルを見下ろすが、マルはそんな視線など意に介さない。にんまりと笑って、ギルを見上げた。
「全部伝えてたら、絶対僕、生きてないですよ」
「お前……まだ他にも何か企んでやがるのかよ……。ハインを刺激して楽しいか?」
「楽しいわけないでしょ!
ガクブルですよ、正直本当に生きた心地しないんですから。
けどまぁ……僕ら、一蓮托生なんでしょう? それなら、ハインにだって幸福になってもらわないと困っちゃうのでね」
「ガクブルってなんだよ……」
「あ、サヤの国の言葉です。ものすっごい怖いのを表現する言葉だそうでねっ」
パッと顔を輝かせて、ガクガクブルブルすることの略式だそうでと語り出すマルに、ギルが真面目な話ししてたんじゃないのかよ⁉︎ と、溜息を吐く。
その言葉にマルは、あ、そうでした。と、我に返った様子を見せて、更にギルの精神を削っていた。
全部を伝えてたら……か。それはつまり、俺の思惑とは別に、マルの思惑も、今回のことには含まれている……ってことだよな……。
「マル……兇手を俺が使おうとすることに、ハインがあんな風に抵抗する理由を、お前は知っているのか?」
そう問う。
と、たぶんね。という返事が返った。
普段、基本は陽気なマル。
どんな物事にも動じないし、状況を楽しんでいる。彼にとって、目の前で起こることの全てが情報なのだ。だから、予想外のことが起こると、とても楽しそうにしている。そして、考えに没頭すると、頭の中の図書館に意識が篭るから、表情が固まり、抑揚に乏しい喋り方になる。
食べることよりも知識に貧欲で、食事を忘れてすぐにぶっ倒れる。
そんな奇怪な所が変人だと評されていたわけだが……。
そんな彼が、珍しく、無表情でも、楽しげでもない視線を、俺に向けた。
「僕はね、期待しているんですよ、レイ様に。
ねぇ、レイ様。貴方はハインのこと、どう思ってますか?」
「どう……って? ハインは、ハインだよ」
「彼が何であれ、彼を受け入れられると、自分を信じることが出来ますか?」
「???」
急に真面目に、そんなことを言い出したマルについていけない。
同じ質問を、マルはギルにも贈った。
「九年の時間を信じることができますか?
僕はね、全部が全部、幸せにならなきゃ駄目だと思うんですよ。
だからね、ちょっと痛いくらいは、我慢してもらわないと。
ハインの為だと思うんですよ? ずっとひた隠しにしておけることじゃないとも、思うんです。
特に、レイ様はこれから、人目を引くことになりますからね。自ずとハインもその視界に収まってくることになるわけで、そうすると、彼のことに察しがつく人間も、きっと皆無じゃない。
その時になって、第三者からもたらされた情報が、悪意によるものだったら……僕が今からやることより、酷い結果を招くと思うんですよ」
それ、つまり酷い結果を招くこと自体は決定されてるってことなのか?
だけど、それでも必要だって、言うんだな。
「それはそうと、俺が人目を引くことになるって、どういうこと……」
「あはは、そりゃそうでしょう。そうする為に動くって、僕、前言いましたよ?
貴方の立ち位置をフェルドナレンに作るんですよ。そうなるに決まってるじゃないですか」
「え゛っ、決まってるってどういうこと⁉︎」
「身分でレイ様を守るんじゃないんですよ。人の目を向けることで貴方を守るんです。
ですから、人の目が貴方を注目するのは必然です。避けられません」
駄目だ……説明されても全然意味がわからない……。
だけど、もう進み出してしまっているわけだから、今更どうにもならないんだよな……。
「……まぁ、良いけどね……。
とにかく、今からハインにとって、知られたくないことを俺は知らされて、でもマルはそれを必要だって思ってるんだね?」
「はい」
「それは、前もって教えてもらうわけには、いかないんだ?」
「たぶんって言ったでしょう? 僕は特殊な嗅覚とか持ってないですから、情報からの判断しか出来ないんですよ。
十中八九、僕の考え通りだと思いますけど、確実ではないので、言いたくないです。それに、見ないと分からないとも思うんですよ」
「?」
「当事者同士でないと、分からないんですよ。
それに、思ってても見てみたら違った……なんてことになるのも嫌なので」
「………言ってることの意味が全然分かんねぇよ……」
ギルも分からないか……だよね。
けれど、マルが、必要なことだって言うのなら……それは、信じて進むしか、ないってことだよな。
ギルを見上げると、ギルも俺を見ていた。
ハインとの九年。それは、ギルも同じく共有した九年だ。
喧嘩ばかりしているけれど、二人に絆があることは、知ってる。
「俺にとって……ハインは、ハインだよ。何を知らされようと、俺の知ってるハインが、そうじゃなくなるわけじゃないだろ。俺は、ハインが好きだよ」
「……今更だろ。今から何が出てきたところで、たいして変わらねぇと思うけどな」
「じゃあ、それを、事実を知った後、ハインに伝えてあげて下さい。
そうすれば多分、僕の首の皮も繋がります……。正直僕の命が掛かってるのでホント、お願いしますよ。
一応サヤくんにも守ってってお願いしておいたんですけどね……ハインが本気だと卑怯な手を駆使してきますから、サヤくんの腕を掻い潜ってくる可能性もあるんですよ!
レイ様、お願いします。僕が刺される前に必ず止めて下さい」
「いや、もう命令してあるから……マルは刺されないよ。兇手の彼も」
「流石レイ様! 頼りになますねぇ‼︎」
だから僕の首、まだ繋がってたんですね! 実は六割の確率でハインに殺されると思ってたんですよ! と、いつもの調子に戻ったマル。
言動が軽いからいまいち信憑性に欠ける……。けれど、彼が俺たちを一蓮托生だと言い、みんなが幸福にならなければいけないと言ったのは、その通りだと思うから……その言葉を信じることにする。
……まぁ、もうさ、マルの奇行は今更だし。部下にするって決めた時点で覚悟はしてる。だから、あれも用意したんだけどね……。
「交渉役は、何時頃来るの?」
「深夜です。人目を避けるとどうしてもそれくらいの時間になるのでね」
「そうか……で。兇手を使ってエゴンを救出するって話、マルは却下って言ったけど、結局どうしようと思ってるんだ?」
兇手の彼らに『忍』という別の生き方を模索する話。
そのついでに、エゴンを救出し、黒幕の殻を奪うと共に、横領の証拠を確保しようと提案した俺だったが、マルには、それでは足りないと言われ、却下されたのだ。
結構良いこと思いついたと思ったのにな…。俺の天啓ってその程度でした。
「んふふ。レイ様の案も悪くはないんですよ? だけどね、もっと貧欲にならなきゃと思うんですよ。
これも前、言いましたよね?最大限の利益を得るべきだって。
わざわざ兇手まで使うんですよ? 相手と同じ土台に立つんです。なら、実力の差を見せつけてやらないとねぇ。反抗する気が起きないように」
兇手社会は実力が全てですからね。と、マルは言う。
使う兇手の実力差を見せるってことなのか?何か違う意味にも聞こえたが……マルの考えてることは複雑すぎて読めない……。
「まあ、任せて下さいよ。そこは僕がきっちり詰めときます。
悪い様にはしませんから、大船に乗ったつもりでいて下さい。そのかわり、ハインの舵取りは任せますから。ホント、頼みますから」
兇手よりハインが怖いのか……。まあ、あいつ恨むと長いしな……。
エゴンを救出したら、サヤの腕の怪我についても謝罪してもらう方が良いかな……多分あれもまだ根に持ってるよな……。
そんな風に考えながら、交渉役が出向いてくるまでの時間を待つこととなった。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる