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暗躍 4
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視察を終え、館に戻った俺は、その足で執務室に向かった。リカルド様方も、ご自身の部屋の方へ戻られた。
一応の収穫はあったと思うが、姫様への報告をどうしたものかと、俺は悩んでいる。
リカルド様は理由あって粗暴を演じているという事情をまだ隠しておきたい様子であるし、とりあえず俺たちの置かれた状況が、第三者によって掻き回されそうであることが、より明確に判明しただけとなった。
草からの連絡が待ち遠しいな……リカルド様があれ程警戒されるのだから、手遅れになる前に情報が欲しい。
更に、それよりも問題なのが……姫様が王位に就けない理由……だ。
驚きの反面、娘への愛情だと思うと、切なくなる。
現フェルドナレン王は、早くに父……先王を、亡くされている。
成人する前から王位に就き、大変苦労された。
それから三十年近く、国を支えてこられている。フェルドナレンの歴史から見ても、その在位はかなり長い。
身も心も、相当酷使されてこれらたのだと思う……。
そんな苦労を、一人残った娘にさせたくないと考えるのは、当然の親心か。
しかし、そうやって身を削る父親の姿を見て育ったからこそ姫様は……自分もあの様になりたいと、願ったのだろう……。
父が守り、遺したものを、また後世へと繋げる為に、その礎の一つになりたいと……。
病を持つ身体で、大きな責任を持たなくてはならないというのに、逃げるのではなく、立ち向かう方を選ぶのだから、彼の方は本当に勇ましく、王族の誇りを持った方だと思う。
……だからこそ……傀儡の王……などというもので、彼の方自身が納得出来るとも、思えなかった。
姫の意思を尊重し、手足となって動く傀儡の王。
だけどそれでは、結局姫様は、籠の鳥のままなのだ。
姫様に必要なのは、俺みたいな者ではなく、ちゃんと盾にも、剣にもなれる方だ。操られるのではなく、お互い支えあえる相手……。
コンコン……
考えにふけっていると、執務室の扉が叩かれた。ああ、いらっしゃったかな。
自ら立って、扉に向かった。
今、執務室は俺一人だ。これから話すことの内容が内容なだけに、ハインにすら遠慮してもらった。
「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ」
扉を開けると、ルオード様が硬い表情で立っている。
ディート殿へ、視察後に執務室まで来て頂けないかと、伝言をお願いしていた。
そのまま中へ促す。
扉を閉じると、ルオード様は少々怒りを滲ませた表情で、俺に詰め寄ってきた。
「レイシール、どういうことだ? 何故リカルド様と、あの様に……っ」
「落ち着いて下さい、彼の方の粗暴は演技です。ルオード様だって、なんとなくそれは、感じてらっしゃったのではないのですか?」
ディート殿に情報の開示を支持したのだものな。
そして、リカルド様の言動に対し、言いたいことを堪えていたような態度。ルオード様には、リカルド様がわざと姫様に辛く当たっているのが、分かっていたのだと思う。
俺はルオード様を長椅子に促し、向かい合って座った。ハインが用意しておいてくれた茶を湯呑に注ぎ、それぞれの前に置く。
そうしてから、一つ、深呼吸。……よし。
「ルオード様こそ……知ってらしたのではないのですか?
姫様が、王位に就けない本当の理由……。分かっていて、伝えていない……」
女であるから。王に相応しい技量を備えていないから。
そう姫様は考えている。だが、本当の理由は、姫様を苦しませたくない、父親の愛情なのだ。何故それを、伝えていない?
俺の指摘に、ルオード様が視線を逸らす。
苦悩、悲嘆……垣間見える感情を、しっかりと吟味する。
俺としては、この方との交渉が、一番の正念場だと思っていた。
言葉を探すように視線を彷徨わせるルオード様。
「……言えると、思うかい……?
姫は……王となる為のありとあらゆることに、惜しみなく時間と、身体を捧げてきた。
王に必要なあらゆる能力を磨いてきた。
なのに……王は、彼の方を絶対に、王にはしない心算だ……。
はじめから、望みは何も無かったなどと……私には……」
「……国王様は……泥を被る覚悟を、されているのですね?」
今までの歴史に、フェルドナレン王家から以外で、王になった方はいらっしゃらない筈だ。
つまり、リカルド様が初、入り婿で王となる。
二千年に渡って続いてきた王家の、脈々と続いてきた歴史を、へし折るのだ。姫様を守る為だけに。
「姫は納得しないだろう。それは王のすることではない。娘可愛さを優先させるなどと……。
だが、自身の全てを国に捧げてきた方の、唯一の我儘がこれだ。娘やその子、子孫を、楔から解き放つこと……。
王は姫を、茨の道に進ませたくなかった……だから、自身の命を削る様にして、長く王位を続けていらっしゃった……」
それがもう、限界なのだと、ルオード様は言う。
「納得しない姫様を、納得させる為に、足掻きに付き合ってらっしゃるわけですか……」
「……そうだ。そして……君なら、良いと思ったのだよ。
リカルド様は……エレスティーナ様に愛を捧げてらっしゃる。だから……姫を受け入れる気持ちが無い。大切にしてはくださるだろう。時間が解決するものもあるかもしれない。けれど……姫は、それでは満たされないと思った」
そう言うルオード様の表情が、苦悶に歪む。
ああ、少し前だったらきっと、その苦しみは分からなかったろう。
大切な人を、自身の手では、守れないのだと知っている苦しさ……。
ルオード様の考えが分かってしまったのは、きっと、似たような経験をしたからだ。
「王は、無理だと思ってらっしゃる。
短時間で、リカルド様より王位に相応しい者を見出してくるなど……今まで以上の無謀だよ。だから許した。
正直、無理に決まっていたのだが……姫様の目は、曇ってはいなかった……。君は……リカルド様より余程上手く、牙を隠していたのだね。
あの土嚢。国の大きな問題を覆してしまいそうなのだって、知っていたかい?」
「……スヴェトランとの問題ですか? それほど切迫しているのですか?」
俺の問いに、ご名答だと、ルオード様が苦笑する。
田舎に引っ込んで、畑の相手ばかりをしてるから、もう世情にうとくなっていると思われていたのだろう。
まあ、正直かなり世間の動きには疎いと思うけれど……俺の周りにはギルとかマルとか、情報に敏感な人間が、世間話の一環としてその辺のことをいちいち伝えてくれるので、ぎりぎりなんとか、理解出来ていた。
今あの国の代表をしている者が問題なのだと、ルオード様が言う。
一部族ごとでしか活動しなかったあの国の民が、部族を飲み込む動きを始めているそうだ。
「今までは、一番強い部族の長が、国の代表となるだけだった。
だが、部族名を捨てさせて、内に飲み込む動きをしている」
国がほぼ騎馬民族だ。戦士は皆、馬を巧みに操る。戦になれば、小さな被害では終わらないだろう。
少数でしか活動しなかった為に問題とならなかったが、スヴェトランは、国の面積としてはかなり大きな国だ。部族が団結し、大挙して押し寄せてきたら、たまったものではない。
土嚢は、堀や壁を一昼夜にして出現させることも可能だ。使い方によっていくらでも、応用がきく。このスヴェトランの問題を覆す可能性を秘めている。
だから姫様は、俺に白羽の矢を立てたのだと言った。
「それに姫は、学舎に居た頃から、君のことを好ましく思っていたのだよ……」と。
「レイシールは、気が小さいくせに、他人の為ならいくらだって捨て身になってまう無謀なところがある。
だが、だからこそ……姫の盾になってくれると思えた。
君はこれほどまでに優秀だしね。どうか姫を……姫の盾を、引き受けてはくれないか」
「ルオード様、一度申し上げた通りです。
俺はここを離れない。ここでの役割を、既に担っております」
「それはこちらでなんとでもする!」
いいえ、と、首を振る。土嚢壁のことも、サヤのことも、人任せになんて出来ないし、したくない。それに……。
「ルオード様……俺は、姫様に忠誠は誓えます。でも、愛は誓えません。
……魂を捧げると決めている人がいるんです」
姫様を愛する気持ちは無い。サヤに感じる気持ちが、姫様には動かない。
そんな結婚が、姫様の為になるとは到底思えない。
姫様が欲しているのは俺の愛ではなく、傀儡としての俺であるから、それで問題は無いと思っているのかもしれないが……愛のない結婚が招くものは、そんな生易しいものじゃない……。
「それに、そもそも俺は、傀儡にもなりえません……」
俺が、姫様の求めるものを正確に把握しているのだと知らしめる為に、あえてその言葉を口にした。
ルオード様は、ギクリと、顔を硬ばらせるが、次の一言で、更に絶望で染められることになる。
「俺の……俺の誓約は……もうアミに、捧げられております……」
一応の収穫はあったと思うが、姫様への報告をどうしたものかと、俺は悩んでいる。
リカルド様は理由あって粗暴を演じているという事情をまだ隠しておきたい様子であるし、とりあえず俺たちの置かれた状況が、第三者によって掻き回されそうであることが、より明確に判明しただけとなった。
草からの連絡が待ち遠しいな……リカルド様があれ程警戒されるのだから、手遅れになる前に情報が欲しい。
更に、それよりも問題なのが……姫様が王位に就けない理由……だ。
驚きの反面、娘への愛情だと思うと、切なくなる。
現フェルドナレン王は、早くに父……先王を、亡くされている。
成人する前から王位に就き、大変苦労された。
それから三十年近く、国を支えてこられている。フェルドナレンの歴史から見ても、その在位はかなり長い。
身も心も、相当酷使されてこれらたのだと思う……。
そんな苦労を、一人残った娘にさせたくないと考えるのは、当然の親心か。
しかし、そうやって身を削る父親の姿を見て育ったからこそ姫様は……自分もあの様になりたいと、願ったのだろう……。
父が守り、遺したものを、また後世へと繋げる為に、その礎の一つになりたいと……。
病を持つ身体で、大きな責任を持たなくてはならないというのに、逃げるのではなく、立ち向かう方を選ぶのだから、彼の方は本当に勇ましく、王族の誇りを持った方だと思う。
……だからこそ……傀儡の王……などというもので、彼の方自身が納得出来るとも、思えなかった。
姫の意思を尊重し、手足となって動く傀儡の王。
だけどそれでは、結局姫様は、籠の鳥のままなのだ。
姫様に必要なのは、俺みたいな者ではなく、ちゃんと盾にも、剣にもなれる方だ。操られるのではなく、お互い支えあえる相手……。
コンコン……
考えにふけっていると、執務室の扉が叩かれた。ああ、いらっしゃったかな。
自ら立って、扉に向かった。
今、執務室は俺一人だ。これから話すことの内容が内容なだけに、ハインにすら遠慮してもらった。
「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ」
扉を開けると、ルオード様が硬い表情で立っている。
ディート殿へ、視察後に執務室まで来て頂けないかと、伝言をお願いしていた。
そのまま中へ促す。
扉を閉じると、ルオード様は少々怒りを滲ませた表情で、俺に詰め寄ってきた。
「レイシール、どういうことだ? 何故リカルド様と、あの様に……っ」
「落ち着いて下さい、彼の方の粗暴は演技です。ルオード様だって、なんとなくそれは、感じてらっしゃったのではないのですか?」
ディート殿に情報の開示を支持したのだものな。
そして、リカルド様の言動に対し、言いたいことを堪えていたような態度。ルオード様には、リカルド様がわざと姫様に辛く当たっているのが、分かっていたのだと思う。
俺はルオード様を長椅子に促し、向かい合って座った。ハインが用意しておいてくれた茶を湯呑に注ぎ、それぞれの前に置く。
そうしてから、一つ、深呼吸。……よし。
「ルオード様こそ……知ってらしたのではないのですか?
姫様が、王位に就けない本当の理由……。分かっていて、伝えていない……」
女であるから。王に相応しい技量を備えていないから。
そう姫様は考えている。だが、本当の理由は、姫様を苦しませたくない、父親の愛情なのだ。何故それを、伝えていない?
俺の指摘に、ルオード様が視線を逸らす。
苦悩、悲嘆……垣間見える感情を、しっかりと吟味する。
俺としては、この方との交渉が、一番の正念場だと思っていた。
言葉を探すように視線を彷徨わせるルオード様。
「……言えると、思うかい……?
姫は……王となる為のありとあらゆることに、惜しみなく時間と、身体を捧げてきた。
王に必要なあらゆる能力を磨いてきた。
なのに……王は、彼の方を絶対に、王にはしない心算だ……。
はじめから、望みは何も無かったなどと……私には……」
「……国王様は……泥を被る覚悟を、されているのですね?」
今までの歴史に、フェルドナレン王家から以外で、王になった方はいらっしゃらない筈だ。
つまり、リカルド様が初、入り婿で王となる。
二千年に渡って続いてきた王家の、脈々と続いてきた歴史を、へし折るのだ。姫様を守る為だけに。
「姫は納得しないだろう。それは王のすることではない。娘可愛さを優先させるなどと……。
だが、自身の全てを国に捧げてきた方の、唯一の我儘がこれだ。娘やその子、子孫を、楔から解き放つこと……。
王は姫を、茨の道に進ませたくなかった……だから、自身の命を削る様にして、長く王位を続けていらっしゃった……」
それがもう、限界なのだと、ルオード様は言う。
「納得しない姫様を、納得させる為に、足掻きに付き合ってらっしゃるわけですか……」
「……そうだ。そして……君なら、良いと思ったのだよ。
リカルド様は……エレスティーナ様に愛を捧げてらっしゃる。だから……姫を受け入れる気持ちが無い。大切にしてはくださるだろう。時間が解決するものもあるかもしれない。けれど……姫は、それでは満たされないと思った」
そう言うルオード様の表情が、苦悶に歪む。
ああ、少し前だったらきっと、その苦しみは分からなかったろう。
大切な人を、自身の手では、守れないのだと知っている苦しさ……。
ルオード様の考えが分かってしまったのは、きっと、似たような経験をしたからだ。
「王は、無理だと思ってらっしゃる。
短時間で、リカルド様より王位に相応しい者を見出してくるなど……今まで以上の無謀だよ。だから許した。
正直、無理に決まっていたのだが……姫様の目は、曇ってはいなかった……。君は……リカルド様より余程上手く、牙を隠していたのだね。
あの土嚢。国の大きな問題を覆してしまいそうなのだって、知っていたかい?」
「……スヴェトランとの問題ですか? それほど切迫しているのですか?」
俺の問いに、ご名答だと、ルオード様が苦笑する。
田舎に引っ込んで、畑の相手ばかりをしてるから、もう世情にうとくなっていると思われていたのだろう。
まあ、正直かなり世間の動きには疎いと思うけれど……俺の周りにはギルとかマルとか、情報に敏感な人間が、世間話の一環としてその辺のことをいちいち伝えてくれるので、ぎりぎりなんとか、理解出来ていた。
今あの国の代表をしている者が問題なのだと、ルオード様が言う。
一部族ごとでしか活動しなかったあの国の民が、部族を飲み込む動きを始めているそうだ。
「今までは、一番強い部族の長が、国の代表となるだけだった。
だが、部族名を捨てさせて、内に飲み込む動きをしている」
国がほぼ騎馬民族だ。戦士は皆、馬を巧みに操る。戦になれば、小さな被害では終わらないだろう。
少数でしか活動しなかった為に問題とならなかったが、スヴェトランは、国の面積としてはかなり大きな国だ。部族が団結し、大挙して押し寄せてきたら、たまったものではない。
土嚢は、堀や壁を一昼夜にして出現させることも可能だ。使い方によっていくらでも、応用がきく。このスヴェトランの問題を覆す可能性を秘めている。
だから姫様は、俺に白羽の矢を立てたのだと言った。
「それに姫は、学舎に居た頃から、君のことを好ましく思っていたのだよ……」と。
「レイシールは、気が小さいくせに、他人の為ならいくらだって捨て身になってまう無謀なところがある。
だが、だからこそ……姫の盾になってくれると思えた。
君はこれほどまでに優秀だしね。どうか姫を……姫の盾を、引き受けてはくれないか」
「ルオード様、一度申し上げた通りです。
俺はここを離れない。ここでの役割を、既に担っております」
「それはこちらでなんとでもする!」
いいえ、と、首を振る。土嚢壁のことも、サヤのことも、人任せになんて出来ないし、したくない。それに……。
「ルオード様……俺は、姫様に忠誠は誓えます。でも、愛は誓えません。
……魂を捧げると決めている人がいるんです」
姫様を愛する気持ちは無い。サヤに感じる気持ちが、姫様には動かない。
そんな結婚が、姫様の為になるとは到底思えない。
姫様が欲しているのは俺の愛ではなく、傀儡としての俺であるから、それで問題は無いと思っているのかもしれないが……愛のない結婚が招くものは、そんな生易しいものじゃない……。
「それに、そもそも俺は、傀儡にもなりえません……」
俺が、姫様の求めるものを正確に把握しているのだと知らしめる為に、あえてその言葉を口にした。
ルオード様は、ギクリと、顔を硬ばらせるが、次の一言で、更に絶望で染められることになる。
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