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社交界 18
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夜会当日は、午前の鍛錬に参加した。
予行演習も済ませたし、準備は昼からで充分間に合う。なにより、ディート殿の指導が受けられる最後となるかもしれないから、覚悟を決めて挑むことにしたのだ。
俺たちの出向いた時間にはまだオリヴィエラ様はお見えになっていなかったので、とにかく鍛錬を始めてしまうことにした。
気合いを入れて、汗だくになるまで動いて、この期間に教えてもらえたことを一通りおさらい。
その後はまだ足りないと思われる動作のみに絞り込み、ひたすら反復練習。
延々とそれを続けていた最中、ディート殿が手ぬぐいを投げてくれて我に返り、有難く受け取って休憩することにしたのだが……。
「夜会が終われば数日休暇を得ている。……神殿、行くのだろう?」
「ええ。……ディート殿……も、やっぱり行くんですか……」
「行くと言っておいたではないか」
横に来て座ったディート殿が、さも当然という顔でそう言うものだから、苦笑してしまった。
他領のことなのに義理堅いというか……。
そう。夜会が無事終われば、アギーの大神殿に立ち寄る予定だった。
セイバーン領内には小さな神殿しか無かったし、こういったことの判断ができる人物……高位の神官も在籍していない。
だから、拠点村に孤児院を作る許可を、ここに来るついでに申請するつもりでいたのだ。
確かにディート様は夏、申請について来るとは言っていたのだけど、まさか本当に休みをもぎ取ってきているとは……。
でも連れて行って良いものかなぁ……。言うなれば何かあった場合、巻き込んでしまうわけで、正直少し気が引けていたのだけど……。
「拠点村の構想の一部として提案する方が、許可が下りる可能性が高いだろうとルオード様がおっしゃっていた」
「……えっ⁉︎」
急にルオード様の名前が出てきて焦った。まさかディート殿が、ルオード様に話しているとは思わなかったのだ。
だってこれには色々、裏の事情が絡んでいるのに……!
「孤児院のありようについて話しただけだ。獣人については口にしておらんから案ずるな。
実際問題として、孤児は王都でも大きな懸念の一つであるからな。レイ殿のの思想や構想は、ルオード様も大変興味深いとおっしゃっていた。
それで、貴殿への助言を預かったのだ。
神殿は、前例だとかが無いものに関しての判断が、慎重になりがちなのだそうだ。だから、今回一度きりのことだと匂わせておくことが肝要であると。
ついでに、労働力の足しとして……とか、国の事業に関わるため、視察の際に見苦しいから……とか、演技でも良いから本意ではないと匂わせておく方が良いらしい。
『孤児は苦難の道を歩むことが神より指示されている』……という、この前提を覆す素振りを、見せるなと」
ルオード様の助言はとても具体的且つ的確で、更に驚く。
田舎では行事ごとでしか立ち寄ることがないため、俺もこういったことには疎い。普通に話を持って行くだけのつもりであったのだ。
もしかしたら、マルは何か考えていたかもしれないが……。
「いっときの演技だと割り切りなさいと、おっしゃっていた。
それから、お布施を奮発すると更に待遇が良くなる場合が多い。極力貴族関係者を同行し、権威を見せることも重要であるそうだ。苦手かもしれぬが、貴族然と振る舞うようにと」
「……有難いです」
「ゆえに、俺も同行した方が良い。理解していただけたかな?」
良い笑顔を見せるディート殿に、サヤがクスクスと笑う。
すると、話を聞いていたオブシズが……。
「では……私もそれらしい格好をして、貴族らしく振舞って見せる方が良いかもしれませんね……ちょっと忘れてるかもしれませんが」
そんな風に言うものだから、笑ってしまった。じゃあお願いしようかなと、そう応えた時……。
更に後方から、冷たい怒りを滲ませた瞳が、鋭く俺を射抜いていることに気が付いて、つい笑みが引っ込んでしまう。
言わずと知れた、オリヴィエラ様だ。いつの間にやらお越しになっていた様子。
オリヴィエラ様は、俺が気付いたと分かるや視線を逸らし、黙々と剣の素振りを始めてしまった。
「……本日はいつも以上にあたりが厳しいようだな」
「えぇ、まぁ……。夜会絡みでちょっと……」
俺と縁を繋ぐようにと、言われたんだろうなぁ……。
いつも綺麗な剣筋が、少し乱れているように見受けられる。
雑念を振り切ろう、切り捨てようとでもいうかのように、ただひたすら振り下ろされる剣……。
大分、張り詰めている……今話しかけるのは、下策かな。でも、頑なな様子にちょっと心配が募る。
正直、こういったことを強要されることがそもそも、女性である彼女にとっては重圧だと思うのだ。
例え縁を繋ぐだけであったとしても……。本当にそれが、それだけで済むかどうかなんて、実際のところ分かりはしない。
アギー公爵様は約束を違えることはしない方だけれど、例えば俺がそれで済ませる気がなかった場合、最悪はその毛嫌いしている相手にだって、嫁がなければならないわけで……。
……つくづく女性は、自分の人生を選ぶこと自体が難しいのだと、実感する……。
けどまぁ。それはそれとして……。
「……俺はなんで、嫌がられてるんだろうなぁ……」
「うむ……正直見当がつかんな」
「でもギルさんや私は、大丈夫なんですよね……」
まぁ、全ての人間に好かれようというのは無理な話だ。初対面から、理由も無く嫌悪感をおぼえることだって、あるだろう。
とりあえずはそう思っておくしかないかなと、溜息を吐いた。
…………サヤが女性だと分かったら……彼女はサヤを、どう思うのかな……。どうか今のまま、嫌わないでいてくれたら良いのだけど……。
予行演習も済ませたし、準備は昼からで充分間に合う。なにより、ディート殿の指導が受けられる最後となるかもしれないから、覚悟を決めて挑むことにしたのだ。
俺たちの出向いた時間にはまだオリヴィエラ様はお見えになっていなかったので、とにかく鍛錬を始めてしまうことにした。
気合いを入れて、汗だくになるまで動いて、この期間に教えてもらえたことを一通りおさらい。
その後はまだ足りないと思われる動作のみに絞り込み、ひたすら反復練習。
延々とそれを続けていた最中、ディート殿が手ぬぐいを投げてくれて我に返り、有難く受け取って休憩することにしたのだが……。
「夜会が終われば数日休暇を得ている。……神殿、行くのだろう?」
「ええ。……ディート殿……も、やっぱり行くんですか……」
「行くと言っておいたではないか」
横に来て座ったディート殿が、さも当然という顔でそう言うものだから、苦笑してしまった。
他領のことなのに義理堅いというか……。
そう。夜会が無事終われば、アギーの大神殿に立ち寄る予定だった。
セイバーン領内には小さな神殿しか無かったし、こういったことの判断ができる人物……高位の神官も在籍していない。
だから、拠点村に孤児院を作る許可を、ここに来るついでに申請するつもりでいたのだ。
確かにディート様は夏、申請について来るとは言っていたのだけど、まさか本当に休みをもぎ取ってきているとは……。
でも連れて行って良いものかなぁ……。言うなれば何かあった場合、巻き込んでしまうわけで、正直少し気が引けていたのだけど……。
「拠点村の構想の一部として提案する方が、許可が下りる可能性が高いだろうとルオード様がおっしゃっていた」
「……えっ⁉︎」
急にルオード様の名前が出てきて焦った。まさかディート殿が、ルオード様に話しているとは思わなかったのだ。
だってこれには色々、裏の事情が絡んでいるのに……!
「孤児院のありようについて話しただけだ。獣人については口にしておらんから案ずるな。
実際問題として、孤児は王都でも大きな懸念の一つであるからな。レイ殿のの思想や構想は、ルオード様も大変興味深いとおっしゃっていた。
それで、貴殿への助言を預かったのだ。
神殿は、前例だとかが無いものに関しての判断が、慎重になりがちなのだそうだ。だから、今回一度きりのことだと匂わせておくことが肝要であると。
ついでに、労働力の足しとして……とか、国の事業に関わるため、視察の際に見苦しいから……とか、演技でも良いから本意ではないと匂わせておく方が良いらしい。
『孤児は苦難の道を歩むことが神より指示されている』……という、この前提を覆す素振りを、見せるなと」
ルオード様の助言はとても具体的且つ的確で、更に驚く。
田舎では行事ごとでしか立ち寄ることがないため、俺もこういったことには疎い。普通に話を持って行くだけのつもりであったのだ。
もしかしたら、マルは何か考えていたかもしれないが……。
「いっときの演技だと割り切りなさいと、おっしゃっていた。
それから、お布施を奮発すると更に待遇が良くなる場合が多い。極力貴族関係者を同行し、権威を見せることも重要であるそうだ。苦手かもしれぬが、貴族然と振る舞うようにと」
「……有難いです」
「ゆえに、俺も同行した方が良い。理解していただけたかな?」
良い笑顔を見せるディート殿に、サヤがクスクスと笑う。
すると、話を聞いていたオブシズが……。
「では……私もそれらしい格好をして、貴族らしく振舞って見せる方が良いかもしれませんね……ちょっと忘れてるかもしれませんが」
そんな風に言うものだから、笑ってしまった。じゃあお願いしようかなと、そう応えた時……。
更に後方から、冷たい怒りを滲ませた瞳が、鋭く俺を射抜いていることに気が付いて、つい笑みが引っ込んでしまう。
言わずと知れた、オリヴィエラ様だ。いつの間にやらお越しになっていた様子。
オリヴィエラ様は、俺が気付いたと分かるや視線を逸らし、黙々と剣の素振りを始めてしまった。
「……本日はいつも以上にあたりが厳しいようだな」
「えぇ、まぁ……。夜会絡みでちょっと……」
俺と縁を繋ぐようにと、言われたんだろうなぁ……。
いつも綺麗な剣筋が、少し乱れているように見受けられる。
雑念を振り切ろう、切り捨てようとでもいうかのように、ただひたすら振り下ろされる剣……。
大分、張り詰めている……今話しかけるのは、下策かな。でも、頑なな様子にちょっと心配が募る。
正直、こういったことを強要されることがそもそも、女性である彼女にとっては重圧だと思うのだ。
例え縁を繋ぐだけであったとしても……。本当にそれが、それだけで済むかどうかなんて、実際のところ分かりはしない。
アギー公爵様は約束を違えることはしない方だけれど、例えば俺がそれで済ませる気がなかった場合、最悪はその毛嫌いしている相手にだって、嫁がなければならないわけで……。
……つくづく女性は、自分の人生を選ぶこと自体が難しいのだと、実感する……。
けどまぁ。それはそれとして……。
「……俺はなんで、嫌がられてるんだろうなぁ……」
「うむ……正直見当がつかんな」
「でもギルさんや私は、大丈夫なんですよね……」
まぁ、全ての人間に好かれようというのは無理な話だ。初対面から、理由も無く嫌悪感をおぼえることだって、あるだろう。
とりあえずはそう思っておくしかないかなと、溜息を吐いた。
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