異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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夜会 2

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「大変お待たせして、申し訳ありませんでした!
 ハインさん、ルーシーさんから、レイシール様の髪留めはこちらをとありましたので、飾り紐の隙間に差し込む感じで、取り付けていただけますか」

 慌てて部屋を飛び出してきたサヤに、俺は息を呑んだ。
 前も見た……形自体は変わっていない、深い青の衣装。

「サヤさん、上着をお忘れですよ」
「あっ、そうでした。申し訳ありません」

 普段なら絶対に忘れないだろうに……。鎖骨辺りから肩が剥き出しの状態で飛び出してきたサヤの背に、追って出てきた女中頭が真っ白い毛皮の上着を掛ける。
 上着……と言うよりは中衣に近い。袖は肩を半ばまで覆う程度しかなく、丈も胸を隠すほどしかない代物だった。
 腕は肘までを長手袋が覆っているが、二の腕は半分が人目に晒されており、白さが眩しい。
 いや、今までだって、見てきてる。鍛錬の時だって晒されているのだけど……。

「……サヤ、申し訳ありませんが、取り付け方が分かりません……」
「あ。えっと、どこか開く箇所がありませんか?」
「ありました……何か突起が入ってますね」
「その突起が飾り紐の上に来るようにして、髪を挟む感じで閉じるんです」
「それだと飾り紐、邪魔ですね。はみ出してしまいますし」
「邪魔な部分は切ってしまいますか?」
「そうしましょう」

 頓着しないハインはいつも通り。
 上着を羽織ったサヤはそのまま俺に走り寄ってきて、先ほどハインの括った飾り紐を解き、端の方だけを利用して括り直す。
 その間にハインが持ってきた鋏を受け取って、瘤結びされた飾り紐の余分な部分は断ち切ってしまい、先程の飾りを改めて着ける。

「……サヤと同じものなのですか?」
「あ、いえ……柄は全然違います。でも、形は一緒ですね」

 うん。装飾品を確認した時に見たから、同じ形なのは理解していた。サヤの銀色に対し、俺のは金古美色だ。

「それから、襟飾があるんです」
「襟飾ですか?    レイシール様に?」
「はい。髪飾りと対になっているからって、ギルさんから。
 襟飾の本来の意味にも沿っていると言われたのですけど……」

 そう言いつつサヤが、俺の襟元に手を伸ばす。

「ちょっと、じっとしててくださいね」

 ごく間近になったサヤの麗しいかんばせ
 つい手を伸ばしそうになるのを必死で堪えた。

 衝動で動くのは却下。またサヤにとんでもないことをしてしまってはいけない。しかも今から夜会。周りにみんないる!

 頭の中でそう自分に言い聞かせて、グッと拳を握って、だけど目の前のサヤから視線は離せなかった。

 いつものルーシーが施す化粧とは、だいぶん趣が違う。
 ルーシーはどちらかというと、美を鼓舞するかのような、美しさを主張する化粧。
 しかし本日は、サヤの本質を際立たせるかのような化粧だった。
 肌はいつも以上にきめ細かく、しっとりとしているように見え、まるで最上級の絹地のようだ。まぶたの上にほんの少し、茶や褐色を乗せてあるのは分かるものの、殆どサヤのままなのに、より美しく見え、元来の長い睫毛すら、いつも以上に目元を際立たせているように感じた。
 ほんのりと桃色がかった頬や唇が、とても愛らしく、それでいて艶やかだ。
 晒された左耳……。そこに飾られた、まるで魚のヒレのような透し彫の耳飾。
 耳の後ろ側から細い鎖で吊るされた真珠や色硝子が、サヤの動きに合わせてゆらゆらと揺れ、ぶつかってチリリと小さな音を立てる。
 俺と同じく、編まれた三つ編み。
 真っ白い羽織の上にある、艶やかな漆黒。右肩から垂らされたその髪を纏めるのは、俺のものと似た、銀色の金属管。真珠があしらわれており、意匠もより繊細で、華やかだ。
 三つ編みの間には真珠の粒が飾られ、さながら零れ落ちてきた水滴だ。その水滴は、右耳上に飾られた髪飾りから滴ってきたかのようだった。
 正しく、水の乙女。サヤの全てが、秀逸だった。
 鮮明な青の衣装は、前見た時より一層美しい。全体を見事な刺繍が彩っている。布地とほぼ同色の青と、やや薄い青。そして僅かな銀糸で、水底から月を見上げるかのような、澄んだ水面が表現されていた。
 細い首を覆う襟元。そこにも真珠が飾られており、その下は開かれていて、胸元が覗く。
 三連の首飾りの中心にある、普段は隠された見事な膨らみ。そこに案外深い谷間が見えてしまっていて……!

「もう動いて大丈夫です。…………レイシール様?」
「……うん……うん、分かった……」

 やばい……これは危険すぎる。やっぱり夜会には連れて行かない方が……!
 こんなに麗しい人が、暴力的なほどに魅力的な肢体を飾り立てて……、これでは蜂とか、それ以外も、集り放題じゃないのか⁉︎    まるで食ってくれと、言っているようなものでは⁉︎

「あー……レイ様が何考えているか、なんか分かる気がしますねぇ」
「サヤより扇情的な意匠の礼服を着たご令嬢は。いくらでもいると思うのだがな……」
「もはや変態ですね……」
「…………」
「……襟の内側に紗の当て布を入れられるよう、準備もされておりますけど……入れましょうか?」

 茶化す外野に文句も言えぬくらいに狼狽え、真っ赤になっている俺を見かねたのか、女中頭がそのように言葉を添えた。
 すると周り中がいやいやいや!    と、いっせいに首と手を振る。

「これが良いですよ!    とても麗しいですから!」
「これっぽっちしか肌を晒してないんだぞ⁉︎    これ以上など、まるで修道女だ!」
「これが、綺麗!」
「女性である証拠を隠したら、男性のサヤを女装させているという疑惑を招きかねませんから却下です」

 シザーまで声を発した。
 ハインの発言はちょっとどうかと思うけども!
 皆に綺麗だとか、麗しいだとか言われたサヤは、少し身を引いた。
 気後れしたのだろう。
 自分の格好について、考えないようにしていたのかもしれない。
 けれど、キュッと口元を引き結び、決意したように足を、俺の方に向けた。

「あ、あの……変、じゃない、ですか?」

 上目遣いに、不安そうにそう言って、くじけてしまったみたいに、視線を横に逸らすから……!
 そんなわけ、ない!
 瞬時にその結論は導き出されていたけれど、皆の視線が俺に集中しているのが分かって、追い詰められた心地。
 …………でも…………。
 サヤだって耐えているのだと思えば、覚悟は決まった。

「俺の女神は、この国の誰よりも美しいから、大丈夫」

 サヤの目を見て、本心をそのままに。
 ……ちょっと小声になったのは、できるならば皆に聞かれたくないと思ったから。……まぁ、無理なんだけど。

 そうするとサヤは、ホッとしたような、羞恥に耐えかねたような、なんとも複雑な表情になる。そして遅れて意味が浸透してきたみたいに、だんだんと頬を染めて……。

「お、お世辞にも、ほどがありますけど……ありがとうございます……」
「いやいやサヤくん、レイ様本気だから」
「サヤに関して、こういうことを冗談で言ったことを見たことないからな……常に本気だ」
「…………」
「ちゃんと麗しいですよ。国の誰よりもとは保証しかねますが、少なくともこの会場で並ぶものはおりませんね」

 ちょっと、ハイン⁉︎

 皆の視線が恐怖と驚きに染まってハインを見るが、本人は頓着していない。
 つまり、こいつも本気でそう言っているのだ。いや、否定するつもりはほんと、無い。サヤは確実にだれよりも美しいと思うけども!

「うん。私の義娘は誰よりも麗しい。私も同意だ」

 父上が茶化した風にそう言い、女中らがクスクスと笑う。
 しかし女中頭にキッと睨まれ、サッと笑みを引っ込めた。
 その様子に溜息を吐いてから、女中頭は控えていた女中の一人から、薄い布を受け取る。

「では、サヤさんの麗しさは充分堪能していただけましたわね。
 ならばそろそろ、会場に向かいませんと。到着が一番最後になっては悪目立ちしてしまいますわ」

 そう言い、ごく薄い紗の布を広げた。短い陽除け外套のような、一風変わった布装飾。サヤはこれをニカブと呼んでいた。
 それをサヤに被せ、面覆いの部分を取り付ければ、彼女の肌は目元以外全て薄い布の中。
 夜会が始まるまでは、こうして隠しておくこととなっていた。

「隠れるとホッとします……」

 本当に安堵している風に、サヤが肩の力を抜くものだから、彼女がどれだけの決意をもって、この格好をしてくれているのかが伺えてしまう。
 会場に赴けば、この頼りない護り布すら、外さねばならない。
 サヤの頑張りを無駄にしない。そのためにも俺は、この夜会でこなさなければならないことを、最大限頑張ろう。

「では、行こうか」

 車椅子は、会場までガイウスが押す。
 部屋に残る皆に、いってらっしゃいませと見送られ、俺たちは部屋を出た。
 会場に向かう道すがら、父上の横に並ぶ俺の手を、父上はポンと、労うように叩き。

「レイシール。家のことは私に任せよ。
 お前は、役職を賜ることの周知。交易路計画に興味がある方への対応。それから、サヤの披露と周知。優先順位を忘れてはおるまいな?
 成人前のお前を侮る者は多いと思う。それが意図した態度なのか、本心からそうしているのか、見極めよ」
「はい。父上も、無理はなさらぬよう、体調優先で願います。サヤがもう無理だと判断したならば、ちゃんと従ってくださいよ」
「義娘に嫌われてはかなわんからな。我儘は程々にしておこう」

 我儘を言う可能性はあるらしい。ちょっとくらいは許せということか。
 溜息を吐き、サヤに「最悪力技に出て良いからね」と言うと、父上は……。

「それだけは御免被りたいな。アギーの社交界で、息子嫁に担がれたしゅうととして名を残したくはない」

 と、早々に意見を翻した。少し緊張していたサヤも、これにはくすくすと笑う。
 そんなサヤに、そろそろだよと声を掛けて、左肘を曲げて見せると、少し恥ずかしそうに……そっと手を添えた。
 半歩だけ俺に身を寄せ、くい……と、腕を引かれたものだから……。

「ん?」
「あの……凄く、かっこええ」

 耳に唇を寄せ、息がかかる距離で言われた、小さな一言。
 俺は膝が砕けるかと思った。
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