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拠点村 2-3
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次の荷に間に合わなくても良いならという条件で、結局お嬢様方の従者や女中らからも半数が注文した。従者二人と女中一人だ。
「木箱を筆入れにできるって言ってたわよね。私それも欲しいのよ」
「筆入れは流石に今日中の完成は無理ですよ。彫りや加工にもよりますが、時間が掛かるものなので」
「じゃあ後日発想の荷に入れてもらって良いから、それも好みの柄とか、選べるのかしら? 私、螺鈿が良いのよね」
クオン様はもう取材どころじゃない様子だな。とにかく買い物に全集中している。
硝子職人に聞くと、荷軒隣の店舗と協力体制を取っており、筆入れや木箱はそこから仕入れる形となっているらしい。それを聞いたクオン様は早速そちらに向かってしまった。
「申し訳ないわ……」
「大丈夫ですよ。むしろ、あんなに喜んで貰えてこちらが嬉しいくらいです」
恐縮するリヴィ様にそう笑いかけると、リヴィ様も少し、表情を和らげる。
まだ全然常識的範囲だ。職人を人として扱わない貴族だって多いのだが、アギーのお二人はそんなこともなく、無理だと言うことをごり押ししたりもしない様子だしな。
この村に入ることを希望する貴族には、職人との直接の交渉を望む場合、その辺りの規則を徹底してもらう必要がある。
無理難題を言っておいて、対応できないからと、職人を手打ちにする……なんてことがあってはならないからだ。
今の所、直接の交渉は避け、まずは館に来ていただいて、そこで我々の立会いのもと、注文をしていただくという形が良いかと思っている。
きちんと規則が守れそうな貴族のみ村に出ても良いという許可を出すのだ。
それを言うと、サヤは。
「一見さんお断りですね」
とのこと。
彼女の国にもそんな手法があるらしい。
「京都では、信用のある相手からの紹介でしか、新たなお客様を受け入れない店というのが、結構あったんです。
その場合、紹介した側にも責任が発生するので、万が一その新たなお客様が規則違反を行なった場合、紹介者も罰則を受けます。しかも結構大きな罰則だったらしいですよ。経営が傾いたりしかねないくらいの。
だから、紹介する側も凄くしっかりと相手を見極め、紹介される側も、紹介者の顔に泥を塗らないよう、かなり注意を払ったたらしいです」
「一見さんお断りか。それは良いな」
「ですねぇ。全て我々で相手を見極めるなんてのは無理でしょうから、レイ様が入村を認めた貴族からなら、紹介を受ける形にすれば、上手く機能しそうです。
入村を認めた貴族には、地方行政官長の印を押した証文を渡すということで。
証文が保証するのは受け取ったその人物のみ。身内等の例外は認めない。同伴くらいは許可しましょうか。一度に同伴できる人数には、制限を設けた方が良いでしょうね。
紹介者と新規客は、サヤくんが言うように連帯責任にしましょう」
サヤの意見を聞いただけだというのに、マルはもう形を練り上げてしまったようだ。
ふんふんと思考を巡らせつつ、表情は固まってしまっている。
「証文を渡した人物は全て記録を残します。来村される度に、照らし合わせて来村記録を残す。これくらいすれば大丈夫ですかね。
地方行政官長の試験施設ですから、長の許可証を得た時点で、村の規則には必ず従うことを約束したものとすれば良いでしょうし、反した場合は証文取り消し。
あと、案内人を付けることにしましょう。規則全部を暗記して来てくれるほど律儀な貴族は少ないでしょうから、案内人が素行の監視と交渉の手助けをする形です」
「それ、案内人育てなきゃ駄目ってことか……」
「新たな雇用ができて良いじゃないですか」
欲しいものがどの店にあるのかも、その案内人が導くようにすれば、買い手側も有意義だろうという。確かにな。
だが、貴族を相手にするならば、それなりの地位と教養がなければ対応が難しいだろう……。
この案内を地方行政官の職務に含めるのもありかな。地位の一つはこれ。俺の配下は自分で選べってことだし、人選は俺の裁量で良さそうだ。
「来年以降。他領からの職人も受け入れだしてからの導入を目処に、考えますか」
「そうだな。それまでで形になるよう検討しよう」
今の所は、領内のみでの販売を主に活動することになる。
貴族関係者に関しては、俺の目の届く範囲で、今のような取引を行う形が良いかもしれない。もしくは……。
貴族出身者で、身分を捨ててはいない彼に……ちょっと打診してみようかな。
セイバーンにいる数少ない貴族出身者。
彼なら教養は申し分ないだろうし、冷静だ。優秀であることには確信を持っている。
身分的に舐められることもないだろう。今いる人材の中では彼以上の適任者はいない。
……ま、俺の話を聞いてくれる気があるかどうかはさておき……。
そんな風に考えていたら、クオン様が早く来てよと俺たちを急かしに戻ってきた。
「貴方がいないと話ができないじゃない!」
律儀に待ってくれていたようだ。
俺たちは慌てて足を早めて、クオン様に追いついた。頬を膨らますクオン様を促して、木工細工の店へと足を踏み入れる。
「お邪魔するよ。硝子筆を入れる、筆入れを見たいのだけど、あるかな?」
筆入れの形や大きさは揃えてあり、規格は一緒だ。使用する木の種類と、蓋の部分の柄だけ、好みを反映させることができる様子。
こちらも見本と選択肢が用意してくれており、クオン様だけでなく、遠慮気味にしていたリヴィ様も興味津々覗き込む。
「どうせ後で送るのですし、リヴィ様も如何ですか?」
「そうよ姉様。またここに来る機会があれば良いけど、なかなか得られないかもしれないじゃない? だから思い出に、一つ作りましょう?」
「オリヴィエラ様でしたら、そちらの飾り彫の蓋は如何です?」
ギルも参戦してそんな風に言うものだから、結局リヴィ様も筆入れを作ることに相成った。
◆
結局、そんな感じでクオン様に振り回されつつ、拠点村を一巡りすることになった。
主筋通りの店舗はあらかた巡り、だいたいどの店でも一つは買い物をするクオン様。お陰で従者らの手荷物がだいぶ凄いことになっている。
ただ、物珍しさで手を伸ばしているのかと思っていたら、どうやらこれも取材の一環であったらしい。
「品揃えはあまり貴族を意識してないのね。庶民向けな品がほんと多い。
しかも全部安い……。硝子筆にしたって、秘匿権を得ているなら、あんな値段にはならないわよね? 本来なら、十倍……いえ、もっとしてると思うのだけど」
休憩のため、中央広場にやって来ていた。
今広場にはいくつかの屋台と、食事や休憩ができるようにと置かれた机がある。
主に工事を行っている職人ら用にそうされているのだけど、その一つを借りていた。
先程からクオン様は何かを一生懸命書き記していたのだけど、ひと段落して口にした言葉がそれ。
「秘匿権は、あくまで独占を防ぐために取ってあるだけなので」
「秘匿権、貴方が有してるのよね。……よく職人の反感買わないわね……」
それは、あの硝子筆を開発したのが、先程の硝子職人だと仮定しての発言なのだろうなぁ……。
多くの秘匿権は、貴族や聖職者に握られている。
それは技術の保護という名目で、貴族が職人を囲うことから始まった、この秘匿権というものの特徴でもある。
だからクオン様も、硝子筆という秘匿権を得た職人を、俺が囲う形で権利を得たと考えたのだろう。
そして、この村の職人全てから、そうやって秘匿権を得ていたとしたら……そりゃ、反感買うだろうね。
「誤解してらっしゃるようですが、元々硝子筆を開発したのは我々です。
この事業に参加した職人は、我々の持つ秘匿権を使用する許可を、得ているにすぎません。
ま、作り方を身に付ける努力はしてもらいますけれど、その後は好きな時に、好きなだけ作ってくれたら良い。ブンカケンに所属し続ける限り、新たな秘匿権を得た場合も同様、それを体得し、使うことが許されます。
その代わり、値段には我々がある程度、口を挟むんですよ。我々の持つ権利を利用するのですから、そこは飲んでもらいます。
硝子筆の値段、確かに秘匿権の発生している品としては格安でしょうが、材料費や手間賃を考えれば、もう少し安くても良いくらいですよ。
まぁそこは、硝子筆を作れる職人が増えれば、自ずと下がり、落ち着いていくと考えているのですが」
「貴方が元から得ているというの⁉︎」
「そうです。ただ、俺は硝子を扱えませんから、職人に作ってもらうほかありません。
今までそういった発見は、多分……数多く捨てられてきていると思います。自らが作れない秘匿権なんて、得ても意味がありませんからね。
それが社会の発展の妨げになっていると考えたので、この事業を立ち上げることになったんですよ」
ま、色々別の理由はあるが、表向きにはそういうことになっている。
「それに、秘匿権を維持すること自体が、庶民にはとても難しいのです。
だから個人で秘匿権を得ている職人なんて、殆どいませんよ。
せっかく得たとしても、身を守るために泣く泣く貴族に差し出すしかなかった場合も、多々あったでしょうしね。
そうやって独占を許していると、いつまでも文明の発展が進まない。民の生活も向上しない」
そう言うと、クオン様はなんとも難しい顔になった。
そうして俺の言葉をもとに、また何かを書き記し……。
「確かにね……。
石鹸然り、木炭然り……。民の技術は貴族に吸い上げられて、今やどれも高級品。
ま、貴方は自ら発見したらしいけれど、その貴族らと同じく高値で売っても良いのに、それを選ばなかったと……。
…………貴方、献身的ね。儲ける気がないの?」
権利を使わせるのに安く作らせる。というその理由が、それしか思い至らなかったらしい。
「まさか。儲けるに決まってるでしょう。
ただ俺個人が儲けたって意味が無いし、この事業と交易路計画を維持できるだけの収入があれば、こちらはそれで充分ですからね。
それに俺は、高値で少数に売り付けるより、安く出して世に広めたいのでこの手法を取るんです。
確かに、硝子筆は貴族に多く愛用されるでしょう。でも一般にも広めたいので、高いと困ります」
「……何故一般に広めたいと思うの?」
「木筆は不経済でしょう? すぐ使えなくなる上結構な出費です。下層の民ほど、識字率が低い理由の一端は明らかにこれですよ。
そもそも識字率が低い理由も、民の生活に余裕が無いからですし、国力を上げることを考えれば、ものを書く……ということを難しくしていたのではいけません」
「え、ちょっと待って、なんで識字率? 国力? 貴方、これ個人的な事業よね?」
「今はね。後々は国の管理下に置くつもりですよ。
「識字率向上は文明の発展に欠かせません。我々は既に、大災厄により数多の技術を失っている。それは未だに取り戻せていません。
せっかく再発見した技術が一部の利己的な独占で消えていくなんて無駄なことを繰り返していたんじゃ、いつまでたっても大災厄前には戻れない。
俺の事業は、そういった消えゆく技術の維持にも必要だと思ってます。
本来なら、秘匿権がそうあるべきだった……。でも、ただ貴族の金稼ぎにしかなってないのが現状です」
「木箱を筆入れにできるって言ってたわよね。私それも欲しいのよ」
「筆入れは流石に今日中の完成は無理ですよ。彫りや加工にもよりますが、時間が掛かるものなので」
「じゃあ後日発想の荷に入れてもらって良いから、それも好みの柄とか、選べるのかしら? 私、螺鈿が良いのよね」
クオン様はもう取材どころじゃない様子だな。とにかく買い物に全集中している。
硝子職人に聞くと、荷軒隣の店舗と協力体制を取っており、筆入れや木箱はそこから仕入れる形となっているらしい。それを聞いたクオン様は早速そちらに向かってしまった。
「申し訳ないわ……」
「大丈夫ですよ。むしろ、あんなに喜んで貰えてこちらが嬉しいくらいです」
恐縮するリヴィ様にそう笑いかけると、リヴィ様も少し、表情を和らげる。
まだ全然常識的範囲だ。職人を人として扱わない貴族だって多いのだが、アギーのお二人はそんなこともなく、無理だと言うことをごり押ししたりもしない様子だしな。
この村に入ることを希望する貴族には、職人との直接の交渉を望む場合、その辺りの規則を徹底してもらう必要がある。
無理難題を言っておいて、対応できないからと、職人を手打ちにする……なんてことがあってはならないからだ。
今の所、直接の交渉は避け、まずは館に来ていただいて、そこで我々の立会いのもと、注文をしていただくという形が良いかと思っている。
きちんと規則が守れそうな貴族のみ村に出ても良いという許可を出すのだ。
それを言うと、サヤは。
「一見さんお断りですね」
とのこと。
彼女の国にもそんな手法があるらしい。
「京都では、信用のある相手からの紹介でしか、新たなお客様を受け入れない店というのが、結構あったんです。
その場合、紹介した側にも責任が発生するので、万が一その新たなお客様が規則違反を行なった場合、紹介者も罰則を受けます。しかも結構大きな罰則だったらしいですよ。経営が傾いたりしかねないくらいの。
だから、紹介する側も凄くしっかりと相手を見極め、紹介される側も、紹介者の顔に泥を塗らないよう、かなり注意を払ったたらしいです」
「一見さんお断りか。それは良いな」
「ですねぇ。全て我々で相手を見極めるなんてのは無理でしょうから、レイ様が入村を認めた貴族からなら、紹介を受ける形にすれば、上手く機能しそうです。
入村を認めた貴族には、地方行政官長の印を押した証文を渡すということで。
証文が保証するのは受け取ったその人物のみ。身内等の例外は認めない。同伴くらいは許可しましょうか。一度に同伴できる人数には、制限を設けた方が良いでしょうね。
紹介者と新規客は、サヤくんが言うように連帯責任にしましょう」
サヤの意見を聞いただけだというのに、マルはもう形を練り上げてしまったようだ。
ふんふんと思考を巡らせつつ、表情は固まってしまっている。
「証文を渡した人物は全て記録を残します。来村される度に、照らし合わせて来村記録を残す。これくらいすれば大丈夫ですかね。
地方行政官長の試験施設ですから、長の許可証を得た時点で、村の規則には必ず従うことを約束したものとすれば良いでしょうし、反した場合は証文取り消し。
あと、案内人を付けることにしましょう。規則全部を暗記して来てくれるほど律儀な貴族は少ないでしょうから、案内人が素行の監視と交渉の手助けをする形です」
「それ、案内人育てなきゃ駄目ってことか……」
「新たな雇用ができて良いじゃないですか」
欲しいものがどの店にあるのかも、その案内人が導くようにすれば、買い手側も有意義だろうという。確かにな。
だが、貴族を相手にするならば、それなりの地位と教養がなければ対応が難しいだろう……。
この案内を地方行政官の職務に含めるのもありかな。地位の一つはこれ。俺の配下は自分で選べってことだし、人選は俺の裁量で良さそうだ。
「来年以降。他領からの職人も受け入れだしてからの導入を目処に、考えますか」
「そうだな。それまでで形になるよう検討しよう」
今の所は、領内のみでの販売を主に活動することになる。
貴族関係者に関しては、俺の目の届く範囲で、今のような取引を行う形が良いかもしれない。もしくは……。
貴族出身者で、身分を捨ててはいない彼に……ちょっと打診してみようかな。
セイバーンにいる数少ない貴族出身者。
彼なら教養は申し分ないだろうし、冷静だ。優秀であることには確信を持っている。
身分的に舐められることもないだろう。今いる人材の中では彼以上の適任者はいない。
……ま、俺の話を聞いてくれる気があるかどうかはさておき……。
そんな風に考えていたら、クオン様が早く来てよと俺たちを急かしに戻ってきた。
「貴方がいないと話ができないじゃない!」
律儀に待ってくれていたようだ。
俺たちは慌てて足を早めて、クオン様に追いついた。頬を膨らますクオン様を促して、木工細工の店へと足を踏み入れる。
「お邪魔するよ。硝子筆を入れる、筆入れを見たいのだけど、あるかな?」
筆入れの形や大きさは揃えてあり、規格は一緒だ。使用する木の種類と、蓋の部分の柄だけ、好みを反映させることができる様子。
こちらも見本と選択肢が用意してくれており、クオン様だけでなく、遠慮気味にしていたリヴィ様も興味津々覗き込む。
「どうせ後で送るのですし、リヴィ様も如何ですか?」
「そうよ姉様。またここに来る機会があれば良いけど、なかなか得られないかもしれないじゃない? だから思い出に、一つ作りましょう?」
「オリヴィエラ様でしたら、そちらの飾り彫の蓋は如何です?」
ギルも参戦してそんな風に言うものだから、結局リヴィ様も筆入れを作ることに相成った。
◆
結局、そんな感じでクオン様に振り回されつつ、拠点村を一巡りすることになった。
主筋通りの店舗はあらかた巡り、だいたいどの店でも一つは買い物をするクオン様。お陰で従者らの手荷物がだいぶ凄いことになっている。
ただ、物珍しさで手を伸ばしているのかと思っていたら、どうやらこれも取材の一環であったらしい。
「品揃えはあまり貴族を意識してないのね。庶民向けな品がほんと多い。
しかも全部安い……。硝子筆にしたって、秘匿権を得ているなら、あんな値段にはならないわよね? 本来なら、十倍……いえ、もっとしてると思うのだけど」
休憩のため、中央広場にやって来ていた。
今広場にはいくつかの屋台と、食事や休憩ができるようにと置かれた机がある。
主に工事を行っている職人ら用にそうされているのだけど、その一つを借りていた。
先程からクオン様は何かを一生懸命書き記していたのだけど、ひと段落して口にした言葉がそれ。
「秘匿権は、あくまで独占を防ぐために取ってあるだけなので」
「秘匿権、貴方が有してるのよね。……よく職人の反感買わないわね……」
それは、あの硝子筆を開発したのが、先程の硝子職人だと仮定しての発言なのだろうなぁ……。
多くの秘匿権は、貴族や聖職者に握られている。
それは技術の保護という名目で、貴族が職人を囲うことから始まった、この秘匿権というものの特徴でもある。
だからクオン様も、硝子筆という秘匿権を得た職人を、俺が囲う形で権利を得たと考えたのだろう。
そして、この村の職人全てから、そうやって秘匿権を得ていたとしたら……そりゃ、反感買うだろうね。
「誤解してらっしゃるようですが、元々硝子筆を開発したのは我々です。
この事業に参加した職人は、我々の持つ秘匿権を使用する許可を、得ているにすぎません。
ま、作り方を身に付ける努力はしてもらいますけれど、その後は好きな時に、好きなだけ作ってくれたら良い。ブンカケンに所属し続ける限り、新たな秘匿権を得た場合も同様、それを体得し、使うことが許されます。
その代わり、値段には我々がある程度、口を挟むんですよ。我々の持つ権利を利用するのですから、そこは飲んでもらいます。
硝子筆の値段、確かに秘匿権の発生している品としては格安でしょうが、材料費や手間賃を考えれば、もう少し安くても良いくらいですよ。
まぁそこは、硝子筆を作れる職人が増えれば、自ずと下がり、落ち着いていくと考えているのですが」
「貴方が元から得ているというの⁉︎」
「そうです。ただ、俺は硝子を扱えませんから、職人に作ってもらうほかありません。
今までそういった発見は、多分……数多く捨てられてきていると思います。自らが作れない秘匿権なんて、得ても意味がありませんからね。
それが社会の発展の妨げになっていると考えたので、この事業を立ち上げることになったんですよ」
ま、色々別の理由はあるが、表向きにはそういうことになっている。
「それに、秘匿権を維持すること自体が、庶民にはとても難しいのです。
だから個人で秘匿権を得ている職人なんて、殆どいませんよ。
せっかく得たとしても、身を守るために泣く泣く貴族に差し出すしかなかった場合も、多々あったでしょうしね。
そうやって独占を許していると、いつまでも文明の発展が進まない。民の生活も向上しない」
そう言うと、クオン様はなんとも難しい顔になった。
そうして俺の言葉をもとに、また何かを書き記し……。
「確かにね……。
石鹸然り、木炭然り……。民の技術は貴族に吸い上げられて、今やどれも高級品。
ま、貴方は自ら発見したらしいけれど、その貴族らと同じく高値で売っても良いのに、それを選ばなかったと……。
…………貴方、献身的ね。儲ける気がないの?」
権利を使わせるのに安く作らせる。というその理由が、それしか思い至らなかったらしい。
「まさか。儲けるに決まってるでしょう。
ただ俺個人が儲けたって意味が無いし、この事業と交易路計画を維持できるだけの収入があれば、こちらはそれで充分ですからね。
それに俺は、高値で少数に売り付けるより、安く出して世に広めたいのでこの手法を取るんです。
確かに、硝子筆は貴族に多く愛用されるでしょう。でも一般にも広めたいので、高いと困ります」
「……何故一般に広めたいと思うの?」
「木筆は不経済でしょう? すぐ使えなくなる上結構な出費です。下層の民ほど、識字率が低い理由の一端は明らかにこれですよ。
そもそも識字率が低い理由も、民の生活に余裕が無いからですし、国力を上げることを考えれば、ものを書く……ということを難しくしていたのではいけません」
「え、ちょっと待って、なんで識字率? 国力? 貴方、これ個人的な事業よね?」
「今はね。後々は国の管理下に置くつもりですよ。
「識字率向上は文明の発展に欠かせません。我々は既に、大災厄により数多の技術を失っている。それは未だに取り戻せていません。
せっかく再発見した技術が一部の利己的な独占で消えていくなんて無駄なことを繰り返していたんじゃ、いつまでたっても大災厄前には戻れない。
俺の事業は、そういった消えゆく技術の維持にも必要だと思ってます。
本来なら、秘匿権がそうあるべきだった……。でも、ただ貴族の金稼ぎにしかなってないのが現状です」
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