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拠点村 2-5

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 荷物を置きに一旦館に戻って、そのついでに昼食を摂った。そして昼からは工事中の箇所を巡るとクオン様が言い出し、お付きの一同が若干げんなりと顔色を曇らせる。
 付き合う方は大変だ……といった様子。だけど文句は口にしないところを見ると、もう諦めているのだろう。

「だってこの村、なんだか異国みたいなんだもの。
 構造だって特殊だし、ちゃんと見てみたいわ」

 工事に特殊な技術は含まれてませんよと伝えたのだけど、それでも構わないという。
 仕方がないなぁと、建設中の孤児院や幼年院から、見学してもらうこととなった。

「……前代未聞だわ……。庶民用の学舎だなんて……」
「職人の村なんですよ、ここは。しかも作られる道具ひとつ取っても特殊なものが多い。
 当然、神経を使う作業が増えるでしょうし、子供にとっても危険であったりもするんです。ならば、安心できるところに集めて、ついでに学んだり遊んだりしておいてもらえれば、色々と助かるじゃないですか」

 子が学舎に通うことは、サヤの国ではごく当たり前のことであるという。
 実際サヤは、一歳にも満たない時から六歳までを保育園、七歳から十二歳までを小学校、十三歳から十五歳までを中学校、十六歳からは高等学校……と、段階を追った学舎に進み、学んできていると話してくれた。
 それだけの学びの場が、国民の全てに当然のこととして用意されているからこそ、サヤほどの知識を有した者が存在しうるのだろう。
 逆を言えば、それだけ手厚く育てれば、サヤほど優秀な人材が当たり前のように育つ……ということになる。実現できれば国力の向上どころの話ではない。

「職人にだって読み書きは必要ですし、できて困ることはない。クオン様の草紙や読売だって読む者が増えれば、もっと価値が上がりますよ」

 そんな風に話しながら足を進めていると、指示を飛ばしている見知った顔を発見した。

「シェルト!」
「おう、年の暮れ以来だなぁ。ゴタゴタも片付いたみたいじゃねぇか」

 まだ年が明けて顔を合わせていなかった、石工兼、現場責任者のシェルトだ。
 元気そうで良かった。
 そちらに足を進めると、上から下まで俺を見たシェルトが「少し育ったか……?」と、聞いてくる。

「ははっ、この歳でもう育つわけないだろ。背だって殆ど伸びてないよ」
「いや、そりゃそうだがよ……なんかあんた……」

 そこで急に黙りこくったシェルトの視線が、俺の背後で釘付けになり、何故か驚きに見開かれる。
 お嬢様方……ではないよな。まだ彼方にいるし、シェルトの視線の先は、サヤが定位置としている場所だ。
 そこで振り返って、あ、サヤが今日は女性の装いだったと気付いた。

「シェルト、実は……」
「サヤ坊の身内、見付かったのか!」
「えっ、サヤ坊?」
「うわっ、ホントだ!」

 えっ、ちょっ……。

 シェルトが思いの外大きな声でそう言ったものだから、周りで作業していた他の者らまでサヤを見る。
 俺が声を張り上げてもかき消えてしまうくらいに、皆が口々に何か言いながら駆け寄ってきたものだから、サヤ本人が慌て、慄いてしまった。

「姉ちゃんか、美人さんだなぁ!」
「よく似てる。髪色同じだし間違いようがねぇけど」
「ところでサヤ坊どこ行った?」
「レイ様なんでサヤ坊の代わりに姉ちゃん引き連れてんだよ」
「そんなことよりサヤ坊の姉ちゃんってことはこの人お貴族様なんじゃ?    俺ら不敬じゃねぇの?」
「おまっ、そういうのはもっと早く言えよ⁉︎」
「だけどサヤ坊の姉ちゃんなら大丈夫だろ?    サヤ坊がああだしよ」
「ちょっと!    落ち着いてくれ、今説明するから!」

 わらわらと寄ってきた職人らに、サヤが明らか怯えているのが見て取れて焦った。
 そりゃそうだ。皆がサヤを少年だと思っていたのだから、女性の装いならば別人と思われても仕方がない。こんな反応になって然るべきだった。
 だけど久しぶりすぎて、そのことすら失念していたのだ。
 女性のサヤは当然魅力的だ。そうなれば、職人らが彼女をそういった目で見てしまうだろうと、考えておかなきゃならなかった。

「静まりなさい、お二人については今説明しますから!」

 ハインが慌てて駆けてきて、サヤを背に庇う。
 けれど、その声もやはり掻き消され……。

「黙れお前らぁ!    散れ‼︎」

 大音量の威喝に、一同がビクリと動きを止めた。

「近寄んな!    作業戻れ!    だいたい、ちと遅れ気味だって言ったばっかだろうが!」

 そんな言葉と共に手荒く追い払われ、皆が不満を述べながらも俺たちの周りから作業に戻り出し、その場にはシェルトと目立つ頭色の男だけが残る。
 いや、いるのは知っていたけれど、こんな状況になるとは想定していなくて……。

「あ、ありがとう、ルカ……」

 そう声を掛けると、不機嫌そうな視線がギロリと俺を睨み据えた。
 そうして、俺とハインに庇われた、サヤの方にそれは流れ……。

「……よう、久しぶり。もう、良くなったんだな」

 何が。とは、言わなかった……。

「うん……。もう、隠す必要は、無くなったから……」
「ふん。そうかよ」

 その後はもう聞いてくれる気がないらしく、そのまま彼自身も場を離れ、歩いて行ってしまう。
 シェルトが「おい、ルカ!」と、呼び止めたけれど、彼の足は止まらなかった。

「ったく、ガキが……。何があったか知らんが、冬からまだ引きずってやがるようでよ……。すまんな、あんな態度で」
「……いや、当然のことなんだ。……その……シェルト、お前にもずっと偽りを述べていたから、今、詫びるよ。
 サヤは……女性だ。彼女がサヤ。もう、性別を偽る必要がなくなったから、今からはこの格好が増えると思う」

 そう言うと、ぽかんと口を開き、サヤを見つめるシェルト……。

「…………マジか⁉︎」

 その声音に、また職人らの視線がこちらに集まるが、今度は寄ってくることは無かった。気にしている様子ではあったけど……。

「うん……。冬まではその……俺の身辺が色々きな臭かったから、彼女が女性であると知られることが、危険だった」
「…………そ、そうか……。いや、幽閉だ襲撃だってやってたからな、そりゃ……危険……いや、でもサヤ坊は……ええ?    ちょっと待てって、あいつべらぼうに強かったぞ?」
「うん。そこは元から、なんの偽りも無い」
「…………マジか……マジかあぁぁ」

 俺を嬢ちゃん呼びしていたシェルトだったけれど、サヤが嬢ちゃんとは想定していなかったようだ。
 それでルカが何故あんな風だったかも、なんとなく察しがついたのだと思う。

「…………あいつ知ってたのか」
「うん。図らずも、知ってしまった……。それで俺が、サヤに危険なことさせてることを、怒ってさ……」
「まぁなぁ……でもサヤ坊は……」
「はい。私の意思で、従者をしていました。これからもそうします」

 やっと落ち着き、そう決意を言葉にしたサヤに、シェルトはなんとも難しい顔をする。
 サヤは、これからも変わらず俺の補佐を続けていくし、今まで通り従者をする。けれど、もう性別は偽らないのだと、改めて伝えた。

「それから、サヤはレイシール様の婚約者でもあります。正式な婚姻はサヤの成人後となりますが。
 その辺りのことは、貴方の口から職人らに伝えておいてください。将来的には男爵夫人ですから、妙な詮索は無用に願いますと」
「ちょ、ちょっと待て、いっぺんに色々ぶち込み過ぎだろ⁉︎
 サヤ坊が女で、だけど従者で、将来は男爵夫人⁉︎」
「女性の従者はこの国でサヤただ一人ですからね。色々と風当たりも強い。
 せめてこの村でくらいは、快く祝ってやっていただきたいのですが」
「いや、別に文句はねえけどよ⁉︎」

 こちらの様子が気になるのだろう。慌てたり喚いたりするシェルトの反応に、いちいち職人が視線を寄越してくる。いや、なんかほんと、申し訳ない……。
 そうして、頭を掻きむしったシェルトだったけれど、結局最後は諦めたように肩の力を抜き「ま、世の中色々あらぁな……」と、どこか諦めた様子で呟いた。
 元から、前代未聞なこと尽くしだった現場である。今更増えたってそれがなんだ。

「分かった。職人らには俺から伝える。けど……その他は今まで通りで良いってこったな」
「うん。これからも、よろしく頼む」
「あ、もう一つ忘れていました。レイシール様は、晴れてセイバーンの後継となられ、国より地方行政官長という役職も賜ります。
 貴方がたにはあまり影響は無いでしょうが、一応伝えておきます」
「いや、そっちの方が本来は重要だろ⁉︎」

 結局終始慌てさせてしまい、もう現場が落ち着かねえから帰ってくれと追い出されるに至り、申し訳ないことをしたと反省したのだが、また顔を出すからと立ち去る俺たちの背に向かい、最後に「おめでとうさん!」という言葉が追いかけてきて……。
 俺たちは顔を見合わせて、笑い合った。

 おめでとうって、ただそう、言葉にしてくれたことが、嬉しくて。
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