異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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新風 6

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 訓練所で時間を潰すうち、程なくして報せが入った。
 クロードが到着したとのこと。
 で迎えに行こうとしたら、お前は彷徨くな、ややこしいことになるだろうが⁉︎    と、リカルド様に怒られてしまい、待機を言い渡されてしまった。
 もう井戸周りの有象無象は散ったから良いと思ったのだけどなぁ……。

 やってきたクロードは、俺を見るなり「大変だったようですね」と眉を寄せて苦笑顔。どうやら迎えの騎士から、多少のことは聞いたらしい。

「成人前の洗礼ですか。常のことではあるのですが……」
「ふん、男爵家の者が、学舎の卒業資格も無く長からとなったのだ。やっかみも当然あろう」
「……洗礼?」

 首を傾げると、あれ、知りませんでしたか?    と、クロード。成人前の仕官には洗礼がつきものなのだと教えてくれた。

 例えば、学舎を好成績で卒業し、王宮へと望まれた場合、その人物は大抵優秀で、留年無く卒業に至っていることが多いのだけど、そうなると大抵が成人前だ。
 二十歳に満たない者を未熟と考える貴族社会であるから、そういった成人前の参入は、まず何かしらの形で叩かれるのだという。

「武官であれば、十人抜きまでやめられない模擬戦であったり、延々と続く肉体造りであったりだな」
「文官の場合は、到底一人では終えられない書類仕事を押し付けられていたり、何かしらの失態の謝罪に巻き込まれたりしますね」

 身分によって対応はまちまちであるが、概ねそんな感じであるそうな。
 ……貴族社会って、案外ドロドロしているんですね……。
 いや、知ってたけど、そういうネチネチしたのもあるとは……。

「そう言えば、近衛のあの男の時は見物であったな」
「あぁ、あれは凄かったですね」

 誰のことだろうと思えば、ディート殿だった。
 ディート殿は、男爵家であるうえ辺境地であるヴァイデンフェラーを出たことがなかった。当然学舎の在籍歴すら無い。
 それが王宮へと見出されたのにはそれなりの経緯があったそうなのだけど、学舎を卒業しているわけでもなく、しかも成人前。それが近衛へと抜擢されたとあって、やっかみも相当であったのだという。

 当初は実力を疑われ、ネチネチした嫌がらせの末、かなり不利な模擬戦を無理矢理こなすよう強要された。
 しかしディート殿は歴戦の猛者。一対多数など日常茶飯事にこなしてきており、一般騎士が敵うわけもなく、あっさり勝ち抜いてしまったそう。

 それ以後、ネチネチは遠巻きに嫌味や小言を言われたり、こっそりとした嫌がらせをされる日々となったらしい。
 そうしたら今度は、気配を消してそのネチネチに相槌をうちにわざわざ出向き、ニコニコと話に加わったり、嫌がらせ現場にひょっこり現れたりして、そんな輩を撃退していった。
 それで結局、下手なことはできないと理解され、たまに嫌味を言われる程度になったとのことだ。

「楽しんでいたのでしょうね」

 なんか眼に浮かぶ……。
 そう感想を返すと、一瞬驚いた顔をしたクロードが、意表を突かれたとでもいうようにくすくすと笑いだす。

「その発想は無かったですね」
「彼の方、本当に豪胆だし……」

 成人前を逆に利用して、有用人物を選別していた節すらあります……。

「そもそも、順当に学舎を出て仕官が決まれば、当然成人前だ。毎年とは言わずとも、それなりにいる。
 いちいちやっかむ暇があれば鍛錬なり、勉学なり励み、己を高めれば良いものを」

 そんな風にリカルド様は言うが、そう考えられることが、この方の美徳のひとつだと思う。
 この方は、サヤに投げ飛ばされても、それを隠しもせず、また逆恨みもしていない。当然口傘ない者は、影で何かと囁いたことだろうに。役職を賜っている以上、立場もあるだろうに……。
 女性に遅れをとることを矜持に関わると考え、なんとしてもそれを認めまいとする者は、きっと多いと思う。
 実際、先程だってそれを懸念して、サヤを遠去けた。

「ですが、レイシール様に絡んできた輩は悪質ですね。汲み上げ機を進呈せよですか……」
「長であるくせにその地位の意味も分からぬ輩とは……。何故有耶無耶にする。さっさと叩き潰せば良いものを。あの狸ファーツめ……」

 番犬扱いに狸扱いですか……。仲良いのかな、このお二人。

「そのように単純にはいきませんよ」

 苦笑しつつクロード。縁故採用とかも多数ありそうだもんな。貴族はしがらみに左右される社会だから。
 あの場をああして収めたということは、柵の部分が大きく影響していたのかもしれない。
 そんな風に考えていたら、話も一区切りついたついでとリカルド様が。

「クロ、手続きは終えたか」
「はい。引き継ぎも無事終えました」
「ならば荷物の処理は下に任せ、本日は此奴に付き従え」
「無論、そのつもりです。先程のような輩がまた絡みに来てはことですからね」

 今まで王都で文官をしていたクロードは、本日辞職を正式に受理され、引き継ぎも終えたそうだ。
 切り替えの時期であったこともあり、ことはすんなり進んだらしい。
 本日はその手続きを午前中ずっと行なっていたのだろう。で、俺にちょっかいをかけてくる輩を追い払う虫除けとして、この後は俺に、クロードを従えて歩けということらしい……。
 いや、それはそれでやっかみ買うんじゃないかな……。だって男爵家に公爵家の方が付き従うって……むしろ貴族の大半を敵に回す行為では?    逆で良いんじゃないだろうか。

「何をおっしゃいます。私は自ら主を定めたのですから、何も気にすることはございません」
「いや、だけどここはそれこそ同僚とか……知人も、多いだろう?」

 そんな方々に見られたら……。そうしたらクロードに対しても、口傘ない者がとやかく、言うかもしれないじゃないか。
 そんな俺の懸念を、この高貴な血筋の二人は当然察したのだと思う。

「大丈夫ですよ。元職場にはもう自己申告しておりますし」
「ふん。せいぜい周知して回れ。今後のためにも必要なことと割り切るくらいの腹は決めろ」

 公爵家の、しかも二家の血を引く方である、お二人なのに……俺を支えることを、当然のようにしてくれる……。
 そんな風に考えていることも筒抜けているのか、二人はもうとやかくは言わなかった。けれど、決定事項として話をすり替えられてしまう。

「それはそうと、サヤ。本日の装いはまた良いね。女性らしくて、でもとても凛としている」
「えっ⁉︎」

 急に話を振られて、端で従者として慎ましく待機していたサヤが、慌ててしまう。まさかそんな風に言われるとは想定していなかったのだろう。頬を染めて、しどろもどろにありがとうございます。と、賛美に対しての礼を取る。

「もう男装は終わりか」

 リカルド様もサヤの服装がいつもと違うことは気付いていたのだろう。そう問われたので、そうなんですと答えておいた。

「もう、偽る必要もなくなりましたし……」
「それで良い。性別を偽ってまではべらせていると思われるよりはな」

 やっぱり、そう思ってる人、多かったのだろうな……。

 だけど女性だと知られることが前提になると、サヤを苦しめることも増えるだろう。今は従者がハインとサヤ二人だし、ここでは選択肢の問題でサヤを連れてくるしかなかったのだけど、セイバーンに戻ったら、もう少し身の回りのことをお願いする者を増やすべきなのかもしれない。

 だけどそれは、難しい問題だ。

 俺の身の回りには獣人に関わるものが多すぎるし、そうそう簡単に人を増やせる状況にないんだよな……。
 そんな風に考えていると、大工が到着したという知らせが入り、つい反射で動こうとした俺の襟首を、リカルド様が引っ掴む。

「…………何度も言わせるな」
「はい、申し訳ありません…………」

 いや、別に聞き流しているとかじゃなくて、俺が一番身分低いし俺の呼んだ職人だって思うと条件反射っていうか、身体が自然と反応しちゃうっていうか……。

「クロ、お前の最も重大な任務は、此奴に落ち着きを覚えさせることだ。肝に命じておけ」

 そんな風に怖い顔で言われ、俺とクロードは顔を見合わせて苦笑した。
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