異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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オゼロ 12

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 セーデンはオゼロ傘下の子爵家であったはず。そう指摘したのだけど、当然セーデンはオゼロ傘下です、今もね。と、マル。

「ですけど……オゼロも北方の領地ですし、ジェスルとはご近所さんのようなものじゃないですか、交流があったっておかしくない。
 オゼロはジェスルを傘下に加えていません。ジェスルは元公爵家の威光を未だに引きずってますし、あの気質ですしねぇ。
 でも……それは表面上だけなのかもしれない。まぁ、可能性は色々あるので、現在情報収集を続けてます……あまり期待はできないのですけど」

 ジェスル関係は特に探りにくいんです。と、マル。こちらの手も、あちらに読まれやすいらしい。蛇の道は蛇と言うものな。

「我々が影を持っていることは知られてるでしょうけど、規模は極力あちらに知られたくないんでねぇ。あまり直接には立ち入らないようにしてます。
 なので散らばってる情報の収集と分析から糸口を掴んでいくことになるので、どうしても時間が掛かるんですよねぇ。
 まぁでも安全第一ですし?    そんなわけで、過去のことでも分析できるものはさせてもらいますし、そこからだって貴重な情報は得られます。今回は、オブシズに関する曖昧な部分……、ここをスッキリさせるだけでも、僕としては随分助かるんですよ」

 脳の処理的に、とのこと。そうしてオブシズを見て、笑みの形に口元を歪める。

「十二年……もう十三年前ですっけ。レイ様を助ける時、貴方はジェスルの目を気にした。あの出来事から十三年もの間、セイバーンを避けるほどに用心していた。
 そしてセイバーンにジェスルの手が伸びていることも承知していたから、当時のこの人の状況が気になった……」

 マルの言葉に、オブシズは渋面になる。否定しきれない何かが、オブシズの中にあるということなのだろう。

「……セイバーンを通ったのは……たまたまだ」
「ですね。レイ様に遭遇してしまったのも偶然の産物でしょう。
 だから余計、運命を感じます。僕、こういう偶然の重なりって大好きなんですよ。最終的には必然になるのがなんとも楽しいじゃないですか」
「…………」
「服装を見れば分かりましたよねぇ、レイ様が貴族関係者だってことは。
 だから無視すれば良かったのに……貴方、それができなかったんですよねぇ。
 だけど、その当時から、瞳を晒すことにかなり注意を払っていた様子。傭兵の間でジェスルは鬼門と言われています。彼らは傭兵の扱いに容赦がない。本当に食い詰めていなければ、あそこに雇われたいとは思わないのが普通です。
 常日頃からジェスルとの関わりを作りたくなかったのはその通りでしょう。だけど貴方には、もうひとつの懸念があった。
 万が一、レイモンドがジェスルに繋がっていた場合、自分のことが奴に届くかもしれない……そのことを警戒していた……違いますか?」
「……あくまで可能性。今となっては分からないことだ」

 ここでマルは、顔から表情を消した。
 なんだか随分久しぶりな気がする。頭の中の図書館に出向いている顔。

「いいえ。分かりますよ。
 貴方は退学した後でしたけど、レイモンドは僕の入学後も数年学舎にいましたから。
 接触したことはありませんけれど、あの人物の交友関係も、僕は把握してます。
 結論から言いますと、疑惑は憶測ではなく、真実ですよ。学舎在学中のレイモンドは、ジェスルの者との関わりがあった。
 無論、あの当時の貴方の行動も、調べられる範囲では調べました。
 あの時の貴方は、レイモンドがジェスルと繋がっている可能性など、微塵も考えていなかった。そもそも貴族社会にも関心が薄く、仕官するつもりなんてさらさらないって感じの素行でしたねぇ。
 だから彼に、庶民が喧嘩の後始末をつけるみたいに……あんな風な言葉を返したのでしょう?
 ジェスルが絡むと知っていれば、もう少し考えて行動……しませんでしたかねぇ、当時の貴方は。ジェスルがどういった相手かなんて、把握してませんでしたしね」

 そう言われ、むすっと口元を歪めるオブシズ。
 そこはオブシズの性格的にそうかなって気がする。見つけてしまったものを放っておけないんだよな。
 カタリーナの時もそうだった。彼女の何気ない動作から、彼女の異変を察知し、それを捨て置くことができなかった。

「貴方、無自覚でしょうけど……自身の経験から、ジェスルの香りに対して鼻がきくようになっているのでしょうね。
 なんとなく、これに関わりたくない……そんな風に感じることって、あったのじゃないですか?
 傭兵時代は奇跡的なくらいの回避力を見せてますし、だけど視界に気になるものが入ってしまったら……放り出せない。レイ様の時がまさにそうでした。今回の、カタリーナもね。
 ……まぁ、僕も似たようなものですけど。
 僕も入学当初からジェスルを警戒してまして、極力関係を繋げたくなかったもので、その辺りにはかなり神経を使って情報収集していたんですよ。
 ですからレイモンドに、貴方の噂を周りに周知し、信じさせるほどの人脈、人望があったとは思いません。
 情報の拡散具合からいって、あの噂は多発的に発生したはずなんです。
 つまり複数人が、同時にその噂を囁き出した。一度目では信じなかった人も、二度、三度、そして近しい人の口からもその噂を聞くようになり……だんだんと、事実であるように錯覚し始めた……そういうことだと思います。
 この手の情報操作、ジェスルの得意とするところなんですよねぇ……。
 彼らからしたら、呼吸をするのと大差ないことなんですよ、策略を巡らせるなんてことはね」
「なんで学舎でそんなことをする?    成人前の貴族を相手に、意味があるのか?」
「ジェスル内では、布石打ちと呼ばれている手法です。
 表沙汰にはしない人脈を作り、何かの時に動かせる人間を確保しておく……。誰かがその布石打ちを行なっていた可能性があります。
 学舎だけじゃないんですよ。街の酒場や祭りの中……社交界の席、どこでだって行われている可能性があります。
 ジェスルには独自の教育課程があるとされてまして、幼き頃から場の操作というものを学ばされるのですよね。特定の素養があると見なされた人物に限り、ですけど」
「特定の素養……?」
「基準は僕にも分かりかねます。ですが、そうですね……セイバーンにいたあの執事長は、その手口を学んだ人なのだと、僕は考えてます。
 あの人たちは……時間という概念がおかしいんです。なんて言うんでしょう……自分たちを働き蟻だと思っている……と言えば、分かります?」
「全然分からない……」
「ですよねぇ……」

 うーんと唸るマル。顔は固まったままなので、なんとも違和感が凄い……。そのマルの言葉を拾ったのは、やはりサヤだった。

「蟻の社会は確か……女王蟻の意思決定が全てで、そのために働き蟻たちは身の犠牲も厭わないで職務を役割分担し、行動するのですっけ……歳をとった個体ほど、危険な仕事を担うって聞きました。蜂なんかも似ていたと思いますけど」
「ええ。しかもね、あの人たち何十年と掛かるようなことも平気で策略するんですよ。
 自分が計画の最中に寿命を迎えることだってお構いなし。最終的に目的を達するために、布石を打っていく。淡々と、それを繰り返す……ほんと気持ち悪いんですよねぇ」

 ゾワリと、背中に悪寒が走った。
 マルの発言に、身に覚えがありすぎたのだ。

「…………何十年も掛かるような……」

 それは例えば、俺と父上を絡め取っていた、あの策略のように?

「ええ。誰のどんな意思でもってそれがされてるのか、本当、意味が分かりませんけど」
「……北の地の、獣人を犠牲にした循環を作り上げたのも、まさかジェス……っ⁉︎」

 口を滑らせてしまった。ハッとしたけれど遅い……、俺の馬鹿!

「……まぁ、もう頃合いじゃないですか?」

 頭の図書館から戻ったマルに苦笑しつつそう言われ、自分の迂闊さに顔を覆った。

「詳しく聞きたい人は、後でレイ様に確認してくださいな。特に気にならない人。知りたくない人は、別段知らなくっても結構ですよ。知って得することじゃないんで。
 今は話を進めます。
 ジェスルには、時間を気にせず、布石を打っていく習性があるとだけ理解してください。あの頃は学舎で行動すべき理由があったということでしょう。
 ある意味あそこは、彼らにとって良い狩場なのかもしれませんね。迂闊で未熟な貴族成人前が、よりどりみどりなんですから。
 まぁつまりね、レイモンドの件、そしてセイバーンにおける異母様の件を鑑みるに、フェルドナレン各地……あるいは他国にもかもしれませんけど、ジェスルは寄生虫をばら撒き、潜り込ませている……と考えられます。
 異母様、レイモンド共に、我が強すぎて策略には向きませんが……寄生するにはもってこいでしょうし」

 異母様の所に、執事長がいたように……?
 なんとも気持ち悪い話だ……。
 一同がどう答えて良いやらといった面持ちで、お互い顔を見合わせていると。

「ここにだって、いないとも限らないんですが……」

 と、マルが続けた言葉にギョッとする。

「僕、レイ様の目は信用しているんです。レイ様が許して、僕に感知できず、鼻のきくオブシズが察知してないならば、いないってことでしょう」

 にっこり笑ってそう言われ、ホッと胸を撫で下ろした……。

「まぁつまりね。拾ってしまったカタリーナもジェスル絡みである可能性が濃厚。レイモンドが組織中枢の人間とは到底思えませんが、こちらからあちらの餌に食いついたも同然なんですよね。
 僕的には、あのアレクセイという司教も怪しいと睨んでるんですけど、先程の三名のうち二名が懐疑的なんで、保留します。
 でまぁ、あまり脱線してもアレなんで本題に入りますけど、レイモンドがこちらに出向いているであろう理由。多分、オゼロの使者の一人として、紛れているんじゃないですかね。ほら、木炭の値段交渉の件で」

 それなら合点がいく。
 オゼロ領からここまでは結構な距離がある。だから、雨季明け辺りに到着しようと思えば、もう出発していることになるものな。
 そして、そうであるならば、ある作戦を遂行しようと思います。と、マル。

「ここで大切なことはですね、あくまで髪留めの件はブリッジスとの確執。
 その裏がレイモンドに繋がっていることに、僕らはまだ気付いていない……と、することです。
 レイモンドはあくまで僕らの要請に応え、木炭の価格交渉に来ているオゼロからの使者。別件です。
 そうしておけば、彼は自由に動ける」
「自由に動かしてどうするんだ?」
「彼は案配の良い寄生主ではないでしょう。なにせ個人の都合をここに持ち込んでいますから。
 カタリーナを探すなり、立ち入り禁止箇所に潜入するなりしてくれれば、それがあちらの落ち度となり、値段交渉にも役立ちます。
 それと髪留めの爆買いですけど、あれは彼らが資金調達するための手段として確保したいんでしょうね。
 セーデン子爵家、金に困ってるって話だったでしょう?
 つまりヤロヴィとセーデンの癒着も相当進んでます。
 そうなると……髪留めの爆買い程度で満足なんてしませんよね。もっとこちらの懐に、手を突っ込んでくると思いますよ」

 なにせ僕ら、妙々たる金の卵に成長しましたし。と、マル。

「それも……ジェスルの手なのか?」
「そこまで分かるわけないじゃないですか」

 分からないのかよ⁉︎    と、頭を抱える一同。
 マルはヒラヒラと手を振って「対処はどっちだって同じですよ」と、言葉を続けた。

「ジェスルの手ではない……とも言い切れません。別口で、またセイバーンに寄生する手段を模索している可能性は大いにあります。
 だけど彼ら、先程言った通り、布石打ちに時間経過を考えない傾向がありますから、不確かで曖昧な手段でもって手数を打ってくる可能性は低いです。
 気付かれないよう、長い期間を空けて、確実に一歩ずつ、にじり寄ってくる。
 だから性質的に、ジェスルの関わりは薄いか、低いと考えてます。
 …………まぁ、直ぐ確実にこちらを落とせる手段があるなら、即座に首を落としにくると思いますけど、オゼロの下でそれをする可能性は低いかと」

 とのこと。
 可能性は低くても捨てきれないっていうのが気持ち悪いというか、ややこしくてあああぁぁぁっと、叫んでしまいたくなる。

「それに、レイモンドがオゼロからの使者だからって、主格とは限りませんしね。
 人格と能力から考えると荷が重すぎますし、付き人の一人なんじゃないかと僕は考えてます。
 まぁ、どの立ち位置かによって扱いも変わってきますから、どちらにしても僕とレイ様で対処することになるでしょう。
 その辺は、後でもう少し話を詰めましょうか。
 ですから皆さんは、とにかくカタリーナのことに触れない。話題を振られても誤魔化す。隙を見せない。
 それから、レイモンドの到着に合わせてブリッジスが再来する可能性が高いです。僕らがレイモンドと応対している間に村の中を好き勝手歩かせない。
 注意すべきこと、やるべきことはそんなところですかね」
「ならば、私がブンカケンの店主として、商業広場での買い占めに抗議するというのは如何でしょう。
 ただ買っているだけ……とはいえ、他のお客様を顧みない横暴を働いていることは確か。
 我々は、どういった趣旨でもってあそこで品を販売しているか、それも含め、伝える価値は、あるのではないですか?
 それに対し改善が無いならば、悪意があると明確に言えますし」
「そうしてください。それに本来、商用の販売は屋台ではなく、ブンカケンとの契約を通すべき。
 そんなに数が必要なら、正規取引契約を結んでくださいと言っておきましょうか。
 これも転売が始まれば、武器となります」
「畏まりました」

 ウーヴェとマルでヤロヴィに対する対応も決まった。
 その結果を見て、ヤロヴィ本店に抗議文を送ることまでが決定。

「髪留めは、来年には無償開示。そうすればどうせ転売はできなくなるでしょうが、それまで待つ気はありません。
 ヤロヴィの客層的に、あれを貴族に高音で売るつもりでいるんでしょうが……そこを阻止する手段も模索します」
「バート商会を通して正規の金額で販売するっていうのは?」
「バート商会も運営方針を切り替えたばかりだ。負担になるような、専門外のことはもう、極力押し付けたくない……」
「こうなると、メバックに貴族との取引をしている大店が少ないのが痛いですよねぇ」

 そうは言っても、なんとかしていくしかない。

「では、その辺は次までの課題として考えておきます。
 そろそろ時間も時間なので、今日はここまでとしましょうか。
 とにかく先ほど述べた通り、レイモンドを泳がせるために、ブリッジスのことは別口として振る舞うこと。良いですね?
 ボロだけ出さないでください。
 じゃあ僕とレイ様はもう少し、レイモンドの対処法を詰めましょう」

 それで本日は解散。マル以外、皆が部屋を後にした。
 なにせ夜半の会合なので、あまり長引かせると明日に差し支えるのだ。

 けれど、ここからは俺とマルの時間……。

「…………で、本音の所ではどう思ってるの?」
「察しの良い主人でほんと助かります」

 皆に言えない部分の擦り合わせとなる……。
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