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新たな挑戦 2

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「勝手なことをして、申し訳ございませんでした。
 でも石炭を燃料の主力に置くわけじゃないのだってことを、きちんと伝えなきゃと思って……。
 そのためにも木炭の先の可能性を、伝えるべきと思ったんです」

 会合の合間。
 オゼロの影や耳が、無い時を見計らって、サヤはあんな提案をした理由を話してくれた。

「石炭はあくまで、火力を得るための補佐的な位置付けにする燃料です。
 けれどオゼロ様は、木炭に変わる燃料として石炭を捉えていたようにお見受けしましたから、そうではないのだということを、具体的に述べなければと……」
「うん。実際それは助かったと思っているし、必要なことだったと思うよ」

 確かに、そこは誤解させておいてはいけない部分だった。
 石炭を大量に加工することは、民の健康を害す恐れがあるのだ。

 サヤの世界は石炭を加工する際の煙で、長きに渡って国民に甚大な健康被害を出し続けたという暗い歴史を持つ。だからそこは、当初からかなり強く、サヤに注意されていた。
 とはいえ、加工できもしない品について、あまり詳しく伝えすぎるわけにもいかない。

 サヤの世界は、燃料となる木材の不足によって、石炭を大量に必要としたという経緯があるから、木材を一定量以上消費し続けなければならない我々の世界とは状況が異なる。
 だから、あくまで燃料の主体は木炭であるという前提を、覆すわけにはいかないのだ。

 まぁだから、そこは良いんだよ。
 それよりも俺が心配しているのはさ……。

「木炭の粉で作る燃料って……。そんなものが作れるの?」

 こっちの方。

 一応、そう問いはしたけれど、サヤが、できないことを口にするとは思っていなかった。
 ただ、またサヤに負担をかけてしまうのではないかと懸念している。
 石炭加工と耐火煉瓦。
 これに関しては、万全じゃないサヤの知識を、マルの知識で補完して、なんとか形になるという目処が立てられた。
 けれど、また違う知識……。それをサヤから提供させてしまう。彼女には、負担が大きいのじゃないか……。
 だけど俺のそんな懸念はよそに、サヤはとても凛々しい表情で、きっぱりと断言した。

「作れます。
 と、いいますか、木炭の有償開示を得られたならば、この先必ず必要になってくるものと考えています」

 そうして語ってくれたのは、サヤの両親の、異国奮闘記だった。


 ◆

 彼女の両親は、彼女のいた日本からは遠く離れ、異国で苦しい生活を強いられている人々を、援助するという仕事に従事していた。
 母親は元々医療に携わる仕事についていて、助産師という職務であったと聞いていたけれど、父親については、大学という最終課程の学舎で、教師をしているという、ざっくりしたことしか知らない。
 父親伝授という知識には色々お世話になっていたけれど、どんな人かについては、詳しく聞いていなかった。

「父は学者肌というか……凝り性の気がありまして、何か調べだすと、ついついそれを追求してしまい、没頭してやり過ぎるんです」

 サヤの両親は、ここ数年同じ国に滞在し、援助を続けていたという。

「長く紛争が続いていた国なんです。
 五十年ほど前にようやっと一区切りがついて、だけどそれまでの長い争いの中で疲弊しきって、何も残らなかったような国です。
 山は木も生えていないような有様で、薪にする木材が不足しているものですから、ほんの若木すら、捥いで薪にしてしまうんです。
 その光景に、初めは呆然とするしかなかったって、言ってました」

 生木を燃料としてしまうという話に、眉を潜めた。
 薪は、乾燥させねばきちんと燃えないし、身体に害となる煙を大量に吹き出すのだ。

「……それは、身の危険がある行為じゃないのか?」
「はい。その地域の環境は本当に……最悪の一言に尽きる状態だったそうです。
 滞在することになった村の子供たちは、一日のうちの六時間くらいを歩き回ることに費やすんです。燃やせるものを探すために。
 草の類は家畜の餌ですし、燃料としてさほど使えませんから取るのが禁止されていて、木の影すらない、徒歩で二時間程かかる場所にある山に出向いていって、その道中もずっと、燃やせるものを探してるんです。
 だけど、毎日のことですから、本当に、見つからなくて……仕方なしに」

 村中の子供が、日々取り尽くす燃料。それでも燃やせるものを見つけて帰らなければならない。でなければ、煮炊きすらままならない。
 仕事も何もかも無くなっているから、外貨を稼ぐことがなかなかできないため、少量の収入は全て食材に消える。薪を買う余裕なんてないから、自力で燃料を確保するのだ。

 薪を探して一日が終わる。
 子供らには学ぶ時間など無く、文字の読み書きなんてできるわけもなくて、必要な知識すら得ていないため、焼いた若木の煙が健康に悪いことも知らず、知っていたからといって、使わないわけにもいかない……そんな環境であったそうだ。
 病を抱えることを当然とし、短い寿命に文句も言わない。大人もそうやって育っているから、子が同じ環境にあることを、なんとも思わない。
 腹が空いていても歩き回って、薪を探さねばならない。そうしなければ、もっと腹を空かせることになる。
 そして白濁し、穢れてしまった空気が立ち込める部屋の中で、粗末な食事を少量だけ口に入れる日々……。
 ただ、息をしていくためだけにあるような、そんな生活……。

「若木も捥いでしまうから、植林したところで木が育たなくて……唯一あったのが、外来種で、爆ぜるからと残されていた竹の一種でした」

 その竹の茎は、日本にあったような立派なものではなく、細く小さかった。けれど、根を伸ばした竹の繁殖力は強いので、よく茂る。
 そのため家畜の餌として雑草に括られていたそう。
 けれど、葉の部分は食すけれど、硬い枝や節間は残されていて、その部分だけは沢山余っていた。

 この使われない部分を燃料にできないかと思い立ったのは、母親の方であったそう。日本には当然のようにあった竹炭。それを作れないかと父親に聞いた。
 そうしてとりあえず、やってみる。そう結論を出した。

「それで、竹を使う許可を取るために、村の人と何日も話し合いをしたんだそうです。
 家畜の餌を燃やすのは規則違反ですから、例え食べない部位でも、納得させるのに難儀したって言ってました。
 そして許可をもぎ取って、その竹を墨にして……それ自体は成功したのですが、まだ問題は残っていたんです。
 お話しした通り、竹炭は燃え尽きるのも早くて、木炭ほど保ちません。これを使っていっても、大した期間も凌げずに、この竹も取り尽くして終わるなって。
 そもそも、竹を竹炭にする時点で燃料を食いますから、多少保ちが良くなったところで大した差にもならないんですよね。
 それだけでは絶対量が、圧倒的に足りないんです……」

 そこで父親が思いついたのが、祖母の使っていたもの……。

炭団たどんと言うんです。おばあちゃんの趣味の香道……香りを楽しむ嗜みなのですけど、それで使うため、たまに手作りしていました」

 香道は、香木や香物を温めて香りを立たせるので、一瞬で燃え尽きさせてしまうような熱は必要無い。
 色々と手作りする祖母は、行事ごとなどで余った炭が出た時に、食べ残しの米をくたくたの糊になるまで煮たものを、炭の粉に混ぜて捏ねていた。それを、父親は覚えていたという。

 父親はサヤに連絡を取った。
 そしてサヤを通して祖母から、作り方を聞くと共に、自らも炭団について調べはじめた。
 炭団は木炭の粉以外にも、石炭、雑草や玉蜀黍の芯を炭にしたもの等、炭の形状をしていればどんなものでも混ぜてしまって良いらしい。
 米から作った糊をつなぎにする以外にも、馬鈴薯や海藻、家畜の糞など、結構なんでも使えるようだと、知識を蓄えていった。
 サヤも日本で調べたことを伝え、その手伝いをしたのだそう。

「炭団というのは、火力は然程でもないのですけど、上手くすれば一日くらい火力が保ちますし、なにより炭化した後ですから、煙が殆ど出ないんです。
 家畜の糞はそこらで拾い集めることができましたから、つなぎは無償で得られるそれに決まりました。
 そうして炭団は無事に完成して、少ない燃料を奪い合う環境を、なんとか改善できたんです」

 炭団は拳くらいの塊一つで、数時間から一日熱を保つことができた。
 それにより、室内の空気だけでなく、食事が改善された。
 中途半端な熱で調理しないで済むから、生焼けの食材で腹を下す回数が格段に減ったという。
 煙も無くなり、病が減る。病に罹らなければ働ける。働ければ、小銭を手にでき、それで購入した薪や炭を、日保ちさせるために炭団に作り替える。

 炭団は炎を上げるわけではない。焼いた石のように、内側から赤く染まり、熱を発する。これを大量の灰に埋めておけば、灰が温まる。
 灰から熱が伝わるので部屋が暖まり、大きく気温が下がる夜に、煮炊きに使った残り火を、暖をとることに回せた。それによって健康を害する者も減ったそうだ。

 万事解決。

 本来ならそれで終わる話だったのだけど……。
 凝り性の父親は更に作りたいものができたと連絡してきた。

「今度は豆炭の作り方を調べられるかって言ってきました……」

 そうして熱効率を上げるために、耐火煉瓦を作れないかと模索し始めた。
 流石にそこに至ると規模も段違いとなる。
 そう簡単に手が出せるものではなく、家族も呆れて、話半分で聞く感じになってしまったそうなのだが……。

「もっと真面目に聞いていれば良かったと、今更思います……」

 まぁまさか異界でその知識が必要となるだなんて、思わないもんなぁ……。

 でも、その時の知識が、今回の俺たちを助けてくれているのだ。
 もっと真面目に聞いていればとサヤは言うけれど、その知識はすでに大きく、俺たちを助けてくれている。

「サヤのお父上の偉大さがとても良く分かる……。有難いよ、本当に」
「ええ。これ以上ないくらい凄い知識だと思うんですけどねぇ……」

 耐火煉瓦にしたって「こんな形状の土を使う」と、特徴が絞れるだけで、どれだけ凄いことか。
 少なくとも、その形状の土を探し出し、試していけば、いつかは到達できるのだ。

「豆炭が作れれば、これを商売にできると考えたんだって、後で聞きました。
 世話になっている村は、外貨を稼ぐ手段が極端に少なかったんです。
 この村でも分かる通り、燃料はどこでも不足し、必要とされている。
 だから、これを作って売れば、他は燃料不足が解消されて喜ぶし、村も豊かになるんじゃないかって……」

 そこまで話してサヤは……。

「どこかに似ていると……思いませんでしたか?」

 俺にそう、問うたのだ。

「似てるって、何が?」
「その村の状況です。
 外貨を稼ぐ手段がなく、少ないものを取り合って、その場を凌ぐだけみたいな、生き方をしている人たち。
 私が今回、炭団を伝えようと思ったのは、こちらの世界でも、炭団があの酷い状況の人たちを、手助けできるのじゃないかと思ったからなんです」

 そう言ってサヤは「プローホルの下町です」と、言葉を続けた。
 ずっと、気になっていた……。なんとかしたいと、思っていたのだそうだ。
 だけど、あれだけの人数を救うことは容易ではなくて、少しずつ流民の受け入れを行なってはいるけれど、まだまだ沢山の人たちが、あそこで苦しい生活を強いられている。

「もう八の月が終わりに近い……。また、冬がきます。
 それまでに、炭団を作れるようになれば、あの環境の人たちのこと、少しだけでも、手助けできるのじゃないでしょうか」

 あぁ……。
 やっぱり……やっぱりサヤは、女神だ。
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