異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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最後の夏 7

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 今年の夏の会合、話題はスパに占拠された。
 まぁ、スパという名は馴染まぬだろうということで、大浴場と名を改めたのだけどね。

 完成したそこをまずお披露目。
 本来ならば、王家が独占して使用してもおかしくないほどの豪奢な造りだったのだが、陛下はいともたやすく「これは王宮勤めの労働者、全てのための施設だ」と宣言した。

「性別ごとに使用を入れ替える。
 本日が男であれば、明日は女だ。身分は問わず、朝の八時から夜の八時までの運用とする。
 大浴場の使用規約を厳守。地位や役職は持ち込めぬものとする。この施設の中は学舎と同様と心得よ!」

 大臣だろうが、下働きだろうが、規約を守るならば利用可能。甚だしく規約を侵していると判断されれば、許可証を没収するとして、王宮勤めである使用人、騎士、官、大臣に、己の名の刻まれた銅板が配られた。

「それが許可証だ。入り口で見せることで中に入れる。
 そして……本日は女の使用日とする! 何故ならそれは、私も女だからだ!」

 声高らかに宣言され、入口には女の形を模した絵の彫り込まれた板が吊された。赤く塗られた、極限まで簡素化された女性像。
 絵柄を見ただけで本日の利用を判別できるようにという配慮の細やかさ! 因みに、ひっくり返せば男を模した、青色の絵柄となる。

「完成が遅れるかとひやひやしたが……まぁ、良しとしてやろう」
「恐れ入ります……」

 オゼロ公爵エルピディオ様共々、頭を下げる。
 あんな言い方をしているが表情は明るく、冗談として口にされているのは明白であったから、お互い顔を見合わせて苦笑。
 手押し式汲み上げ機の製造は、注文順を厳守しており、この施設用のものを全て手作業で作り上げるためには時間が足りないかと考えていたのだけど……この夏無事に、完成した。
 まず作った石炭を使う小ぶりな炉。これをひとつ導入しただけで、製造速度は数倍となったのだ。
 特に、手で打ち出すには些か複雑であった構造の部分が、型に流し込むだけで済むようになったのが大きい。
 おかげで増え続け、溜まりに溜まっていた注文が、やっと減少に転じている。
 また、汲み上げ機の製造速度が上がったことで、交易路費用の回収速度も加速しそうだった。
 十年程を掛けてと考えて計画を立てていたけれど、元々が少々早く回収できているようだったし、これなら一、二年、短縮して済ませられるやもしれない。

 その後に行われた会合は、ほぼ報告会という感じで平和に終わった。
 この夏から冬に掛けて、陛下がセイバーンへとお越しになり、離宮建設に向けて色々動くという話も、陛下は王宮に残るべき! と声高に叫ぶ者は少なく……根回しも相当したんだろうなと一人納得。
 厳密に言葉にはされなかったけれど……万が一、他国の侵略を受けた場合に備え、前線拠点としての役割を離宮に持たせる……としていたことも、反対の少なかった要因だろう。
 上位の方々にとって、侵略は絵空事ではない……ということなのだろうから。

 セイバーンの立地は、シエルストレームスからの侵略があると仮定すれば、良い位置取りである……とのこと。
 それに、無いとは思うが……万が一王都を攻められた場合の避難場所としても、悪くない。

 あってもらっちゃ、困るけどね……。

 ちらりと陛下を見る……。
 腹部はまだ目立っていない……。どことなく、ふっくらされたような気がしなくもないけれど、さした変化では無いだろう。
 腰の高い位置を縛る意匠の袴も、装いのうちのひとつ。特に最近は、足が長く見えるという理由で、この腰高の袴が流行っているらしい。
 ……流行らせている可能性も、大いにあるけれども。

 とにかく、そんな様子で陛下の計画は、順調に進んでいるようだった。


 ◆


 会合の後、陛下に呼ばれた。これもいつものことである。

 また、研修官らも呼ばれ、アヴァロンでの報告を行わせる手筈となっている。
 サヤと共に別室で待機していた面々は、緊張に表情を強張らせていて、いつもの元気さが皆無。
 だから、感じたことをそのまま言えばいいからと、それぞれの背を叩き「頑張っておいで」と見送った。
 そうしてから、サヤと共に陛下の元へと足を向けたのだが……。

「体調は宜しいのですか?」

 何がとは、敢えて言わなかった。陛下の病のことを聞くふりをし、お子の成長を確認すると……。

「見ての通り。何ら問題は無い」

 陛下は見た目通り、ご健在のよう。
 セイバーンへの来訪も、疑われないため、稼げるだけ時間を稼いでからになるだろうなと思っていたから、俺もサヤもこくりと頷く。

 この部屋には大抵陛下と女近衛の面々で迎えられるのだが、本日はルオード様もご一緒だった。
 年々、見た目にも威厳が備わっているように思うのだが、接してみるとやはり、物腰は柔らかいまま……。

「お久しゅうございます」
「レイシールも、サヤも元気そうでなにより。……また髪が伸びてきたね」
「はい。伸ばしているので」

 また伸ばしているのかい? と、首を傾げるルオード様。
 まぁ、大抵の貴族男子は二十までの時間、髪に悪態を吐いて過ごすので、また伸ばすなんて愚行に走る者は少ない。
 首の後ろで括り、肩から垂れる程度に伸びた俺の髪を不思議そうに見ていたけれど、サヤが頬を染めているものだから、サヤの要望なのだと気付いたよう。

「仲睦まじいな。……婚姻も、ここから戻れば直ぐか。おめでとう……」

 本当に三年待ったのだねと笑われてしまった。
 女近衛の面々もによによと笑っており、正直居心地悪いのだが……その中に、一人表情を変えない、ロレンの姿もある。

「祝いの品は、クリスに託しておく。
 前代未聞だね。男爵家の婚姻に国王が出席だなんて……絶対に無理だから諦めなさいと説得していたのだけど……」
「アミは私に味方したな!」
「そのようだ」

 くすくすと笑い合うお二人も、仲睦まじい様子……。
 と、それでは職務に戻るとルオード様が言い、陛下を抱き寄せたのには驚いた。
 けれど……陛下も慣れたことのように受け入れて、ルオード様の抱擁を受ける。

「あまり我儘を言って、レイシールを困らせてはかわいそうだからね?」

 最後にそう言い、額に口づけ。

「さっさと行け」
「はいはい」

 ヒラリと身を翻らせて退室するルオード様を見送り、パタンと扉が閉まってから……。

「その顔はなんだ」
「いや……ちょっとびっくりしました……」
「ふん」

 若干陛下も居心地悪そう……。

「見せておくべき時期なのだ。ここを長く離れるからな……。
 不仲が理由だとぐちぐち言う輩を黙らせるためにも」

 そう言いつつ俺に背を向け、長椅子に向かう陛下。

 見せておく……誰に? 俺たちに?

 あまりにも適当な言い訳。
 俺たちに見せる必要があるはずないから、ルオード様からの抱擁を誤魔化すための口実なのだろうと、直ぐに分かった。
 お二人はちゃんと、愛し合っておられる……。
 グラヴ様の言葉を思い出し、胸が暖かくなる心地で、サヤと小さく笑い合った。
 そうしている間に、長椅子へと向かった陛下は、そこに寝そべるように座り、楽な姿勢を取って……。

「リヴィと、ディアは残れ」
「はっ」

 女近衛からはリヴィ様とユーロディアのみが部屋に残り、警護のための男近衛はそのまま……。
 どういった人選だ? と、内心で首を傾げていたのだけど……。

「セイバーンに向かう面々だ。ロレンも加わることになるが、あれにはまだ腹のことを知らせておらぬのでな」

 成る程。陛下をお守りするのだから当然、女近衛も連れて来られるのだ。
 とはいえ、あまりに大人数でも秘密漏洩の危険が高まる。そのため、人数を絞っているのだろう。

「女近衛は全員連れて行くべきかとも思ったが……」
「残しておくべきですわ。女性近衛の贔屓と言われぬためにも」
「それに、セイバーンならサヤがいるんだし、戦力的に問題は無い」
「……と、こやつらに言われたのよ。
 男近衛からは十名ほど。問題無いか?」
「はっ」

 ブンカケンの三階を丸々使って貰えば大丈夫だろう。

「送られてきた離宮設計図や立地は見せてもらった。
 問題無いと思うが、この目で確認させてもらう。
 今ある建てたばかりの家屋まで潰して、公爵四家の領事館を周りに配置する位置に、離宮を置いたか……」
「陛下のご安全が第一ですので」
「ふっ。他を煩くさせぬためでもあろ? 実際、効果は高かったぞ」

 領主の館を兼ねているブンカケンが、都市の入り口付近の外れにあるのも、好条件だったろうと思う。
 俺が陛下に取り入ろうと思うなら、離宮の側に屋敷を構えようとするだろう。
 だが実際は、貴族街の中に俺たちの屋敷は無く、幼年院や騎士用兵舎の方が村の中心側にある。
 何重にも張り巡らせた堀の内側に、貴族街。更にその中心に離宮がある形となるよう配置された街並みは、あたかも離宮があることが前提であったみたいな顔をしている。

「都市の全体が研究施設ですから、離宮を都市の中心に据えた方が良いに決まってます。
 住人らも、きっと誇りを胸に職務に励むことでしょう」

 張り巡らされた水路や街並みが、離宮を守ってくれるだろう。

「……あと、アヴァロンには医師も二人おります。
 マティアス医師の一門ですから、腕は確かですし、お産を扱えることも……この目で子を取り上げるのを見て、知っています。
 滞在中は、ブンカケンの三階全てをお貸しできます。我々はお呼びのない限り、立ち入らぬように致します。
 それから……」

 いったん言葉を止めて、呼吸を整えた。

「……影のことです。
 私も影を持つ身であることは……陛下もご存知のことと思いますので、念のために伝えておきます。
 アヴァロンは……元々影の者たちの警護を念頭において作られた都市。よって彼らは見えぬ形で警備に就いております。
 そして私の影は戦闘を得意とする集団ではありません。戦力的な期待にはお応えしかねます」

 不殺を約定とする身であるから、彼らは身を守る以外に人を殺めたりはしない。
 そこをちゃんと理解しておいてもらおうと思った。

「彼らはあくまで情報収集のための人材なので」
「ふむ。変わった用法の者らだな」
「元々は、父上奪還の、情報収集を行うための人材でしたから」

 ジェスルとの情報戦を戦い抜くためだったと言えば、陛下は呆れ顔となった。

「まさかそこで挑んでくる輩がおるとは思うまいよ……」
「だからこそ、意表をつけたとも言えます」

 実際、情報戦で挑んでくる輩がいるとは考えていなかったろう。
 マルもそう思ったからこそ、あそこであの方法を取った。

 逆に言えば、その一回に全てをかけていたのだと思う。

「……書簡も受け取った。
 馬の不作はどの地域でも言われておったが……」

 まさかその前に、間引かれていたとは思わなかった……と、陛下は表情を歪める。
 毎年、少しずつ減って来ていた。だから、今回もその流れなのだろうと、思い込んでいた……。

「……だが、ジェスルが手を引いていた痕跡は無い」
「そうなのだろうと思ってました」
「……お前は、心当たりがあるような口ぶりだな」
「まだ何とも言えません。でも……何か掴めた場合は、またお知らせ致します」

 そう言うと、陛下は複雑な表情となった。

「恐ろしい男だな。
 片田舎で趣味に没頭する変人奇人の類だったはずなのだが……」

 酷い。奇人は今更だけど変人まで追加されてる。

「お前の影はどうなっている……。何故南の地にあって北の情報を得てくるのだ……」
「影からの情報じゃないですから!
 ていうか、プローホルの下町も流民の集まりじゃないですか! アギーだってあそこから情報得放題だと思いますけど⁉︎」
「それができれば苦労しておらぬわ! この、無自覚人たらしが……」
「たらしてません!」

 俺たちのやり取りに、ユーロディアが声を上げて笑い出す。
 リヴィ様や近衛の方々は必死で笑いを噛み殺していたけれど、笑われてるのはもう分かってますよ⁉︎

「何も特別なことなんかしてませんよ本当に!
 ただ、流民だってフェルドナレンの民ですし、領民じゃないなんて言うのはただの言い訳だ。
 伸ばせる腕があるなら、少しだって伸ばしたいと思ってるだけです……」

 皆が幸せになれなければ、俺たちの幸せは無いのだ。
 隣で痩せ細って震えている人がいるのに、ぬくぬくと温かいものに包まれて、腹一杯食べるなんて、居心地悪いに決まっている。

「……交易路の工事が終わっても、宿場の建設に人員を求められますよね……」
「うむ。流民救済の措置は続けられる」
「だけど流民を減らさないことには……」
「…………北の地か……」

 オゼロには新たな産業ができた。
 粘土の採掘作業や、耐火煉瓦の加工。けれどそれではまだ産業としての力が弱い。
 これを国の柱となるまで育て上げるには、まだ年単位で時間を必要とするだろう。
 北の産業を、もっと増やすことが、できればな……。

「練炭作りもそろそろ始められる。
 木炭製造がもう少し広まったら、炭団も無償開示品にしたいのですが……」
「あまり、急激な変化を求めるな。
 焦って足場を疎かにすれば、どうせ全て傾くのだぞ」

 だけど、今苦しい人たちには……。

「分かっています……」

 明日のために今日を犠牲にしたくない。でも未来を得るために選択をする立場が貴族だ……。
 北の産業……。

 獣人が人となれば、獣人という人材を財産と、できるのに……。
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