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最後の夏 11

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 そこから四日の間に離宮予定地の視察や今後のアヴァロン運営方針等が話し合われた。
 その運営方針の話を少ししよう。

 陛下はここの独立した形をとても尊重してくださっており、今のままで機能しているならば、これを維持していきたいとおっしゃった。
 しかしそれは、あまり望ましくないと考える方が多いようだ。

「まだ三年目という状況だ。これだけの時間でこの形の良し悪しは判断できぬ。
 やっと形の定まりつつあるものを、国の管理下に置いたからといって、下手に手出しして良いものか?
 なにより、現状の成果は目覚ましく、我らの予想を遥かに超えた。
 国営としたのはあくまでこの形の保護をと思ったからだ。私は現状維持がここを活かす良策と考える」

 陛下の言葉に唸る四家の方々。
 様子を見たところ、彼らも別に、俺がどうこうといったことはあまり考えておらず、どちらかというと、セイバーン男爵家領主という役柄に力をつけてしまった場合の、今後についてを思い悩んでいる様子。
 まぁね……男爵家が特別な待遇を有しているというのは、あまり好ましくない形だろう。

 言ってしまえば、ジェスルの前身も似たようなものだったのだろうと思う。
 好戦的なスヴェトランに対処すべく、国境を守るために公爵家であったジェスルがあの地に封じられたのだろう。

 だがこれは、賭けに等しい対策だ。
 ジェスルにも王家の血は継がれていたろうから、ジェスルが裏切り、スヴェトランと手を組んで王を弑し、自らが玉座に座す……なんてことが起こる可能性があったことになる。
 そうさせぬよう、爵位をひとつ落とし、ジェスルは伯爵家となり、王家と繋がらぬ立場に身を置き、力の均衡を保とうとしたのだろう……。
 当時のジェスルは、自ら公爵位を返上したとしているが……実際のところは分からない。

 それが現在まで続き、変質していき、現状のジェスル独特の立ち位置を形作っていった。
 ジェスルは常にスヴェトランと睨み合っているのだが、それは常に癒着の可能性を抱えているとも言える。

 セイバーンは他国とは隣接していない……とはいえ、力を与えたことが、あとあとの増長に繋がってはな……と、考えてしまうのだろう。

「そちらにつきましては、私から一つ提案がございます」

 多分このままだと埒があかない。
 なので俺も、発言の許可を求めた。

 すると、何を要求してくるやらといった視線がこちらを向いた。クロードとクララは俺という人間を他より知っているから、どちらかというと苦笑しているのだが……。

「セイバーン領主の権限強化は特に必要無いかと」

 俺が俺に、特別な権限等は必要無い。なんて発言したため、俺を知る人物は苦笑を深め、ベイエルのビーメノヴァ様は目が点になった。
 いや、だって今も特別、何も持ってないですよ。

「ご存知ないかもしれませんが……。私はブンカケンの責任者はしておりますが、特別な権限は持っておりません。
 この建物が領主の館を兼任しているからややこしいですが、領主の立場としては、別段何もしていないので」

 火事で焼け出されたのだから仕方がない。
 そしてそこからは役職を賜り、領主の館を再建するような余裕も無かったのだ。

「ブンカケンという組織上の店主は民間の商人が担っておりますし、ブンカケン内における私の役割は、いち研究者にすぎません。
 秘匿権の無償開示品を定めるのも、検証結果と照らし合わせ、会議で話し合い決めております。
 私の担う役割など……せいぜい研究着手の号令を出すくらいで……。それだって、私の意見が必ず通るわけでもないですし……」
「「「…………」」」

 後方に座していた配下の方々が、困ったように顔を見合わせる。
 そんな中、咳払いをした陛下が……。

「では……其方はここで、地方行政官長として、何をしておる?」
「秘匿権品を守るために貴族の名義を貸しておりますね。
 後は、秘匿権の収集、選定、検証品への手配、製作状況の管理、秘匿権の申請、無償開示品の選定等です。
 地方行政官長としての仕事をと言うならば、この全体に関わることでしょうか」

 言うなれば雑用担当である。

「私が地方行政官長という役職で行っているのは、ブンカケンの所有する秘匿権から、皆で共有すべき価値ある品を選定し、国に繋げること。
 ここの秘匿権所持者が私の名になっているのは、今の秘匿権の形式上、そうしなければ権利を守れないからです。
 なので私はあくまで名義を貸しているだけ。そこからセイバーン領主が得ている利益等はひとつも無いですよ」

 ブンカケンの元々の目的が、交易路の資金調達だった。
 だからといって、交易路資金を準備し終えた後は俺の収入になる。ということではない。
 民間の誰かでは、貴族が権利を奪いにくるやもしれない。だから俺の名を使っているというだけだ。
 つまり、この名前を貸すというのが、地方行政官長の役割。
 今後もここで得た資金は、新たな品の開発と、無償開示品を普及することに使われていくので、俺や領地の直接的な収入とはならない。

「なので、セイバーン領主という立場で、私がここで行っていることはひとつもありません。利益も得ていません。
 セイバーン領主に特別な権限等が必要無いというのは、そういう意味です」

 ブンカケンがここに存在することに、セイバーン領主の存在は関係ない。
 俺の言葉に陛下は眉を寄せた。

「だが、湯屋や馬事商、オゼロの新事業を始めとする新たな商いを色々提案しておろう?
 それによる利益等……」
「提案はしましたが、特別なにも、担ってはおりませんし、収入も得ておりません」

 マジか⁉︎ みたいな視線がダヴィート殿に向いたが、彼はこくりと頷き、発言を求めた。

「おっしゃる通りでございます。
 書類上でご報告した通り、耐火煉瓦の全権限はオゼロにあり、石炭加工の秘匿権は王家よりの委託。
 耐火煉瓦や石炭は、初回の鋳造試験用のみセイバーンに協力の対価として送りましたが、あとは全て代金をお支払い頂きやり取りしております」

 特別な優遇等は何も受けていない。という内容に、半ば呆然とする一同……。
 でも普通に考えてもらいたい。正しく対価を払ってくれない相手との取引を、人は続けたいと思うだろうか?
 当初の恩を延々と着せてくる相手など、さっさと手を切りたいと考えるのが、正常な思考回路だと思う。

「其方、何のために事業を立ち上げておる?」
「いや、それは当然、その品が欲しいと思うからですよ」

 自分たちで作れるなら作るが、そのための技術も知識も時間も足りないから、できる相手にお願いしたのだ。
 俺の発言に、ビーメノヴァ様は困惑顔。

「では其方……オゼロに儲けさせるために、わざわざ労力を割いたのか?
 其方自身の利益度返しでか?」

 と、そんな風に聞かれて……。

「私自身が利益を得る必要は無いですよね?
 ブンカケンとしてならば、耐火煉瓦と石炭の加工品をちゃんと得ることができてます。
 特別な品がタダで欲しかったのじゃなく、その品を作り上げて欲しかった。
 今後もずっと手に入る。その環境が、欲しかったんです」

 俺の言葉に、空いた口が塞がらないビーメノヴァ様。
 今後のフェルドナレン国民が、鋳造品を手にし続けることができる環境は、一時的な小銭を得るよりも、よっぽど価値があると思うのだけど……。
 俺の言葉がまだ理解できないと言った様子。

「……では、例えばベイエルが何か問題を抱えており、それを相談したとしよう。
 其方はそれにも手を貸すのか?」
「無理難題を押し付けられても、どうにもできませんが、相談されればその問題の解決に尽力はします。
 そこから新たな品、新たな需要、新たな富を得る手段を模索しますよ。
 まぁ、ベイエル公爵家が、ではなく、今後の国民がということになります。それが地方行政官長の職務ですので」

 国民の生活を向上させるのが俺の役割だ。公爵家を儲けさせることではない。

「オゼロ公爵家を例にあげるならば、オゼロに秘匿権所持を願ったのは、それが最も国民にとって有益であると判断したからです。
 耐火煉瓦、石炭加工品を作れる土台、技術をオゼロは持っていた。
 オゼロの血が続く限り、その権利は守られ、後の世に伝えられていく。
 言わばオゼロは、人類の財産を守り伝えていく役割を、担ってくださったのです。
 もうひとつは、事業を大きく展開してくださるので、北の地での雇用が増える。これも国民の生活に繋がります」

 北は農業に適さず、職も少ない傾向にある。
 流民問題を考えるならば、北の産業は増やすべきなのだ。

「どちらにしてもセイバーン男爵家領主としては何もしていないので、結局権限強化は必要ありません。
 ここに離宮ができ、ブンカケンが国の機関となった。その誉だけで充分報われております。
 まぁ、何も無いでは示しがつかない……と言うならば、離宮に利用する土地の賃借料でも頂ければ充分ですね」

 離宮があり続ける限り土地代をせしめることができるなら、氾濫で土地を殺していた時とは雲泥の差だ。
 唖然とする一同を見渡してみると、クロードとクララは納得の顔。
 余計な欲をかいて足元をおぼつかなくするよりは、堅実が一番だということだろう。

「まぁ、セイバーン男爵家領主としては特別何も必要無いのですが、地方行政官長と言う役職にはいただきたいものがございます」

 俺の発言に、皆がまた、はっと顔を上げる。
 領主に利益は必要ないが、役職には利益を付けてくれということか⁉︎ つまりさっきまでのは建前か! という表情のビーメノヴァ様。
 いや、利益はいらないですよ。権利が欲しいんです。

「地方行政官長に、絶対必要なものなのです。……民が声を上げることを許すこと。それを他の権力から守ることを義務とできること。
 なので、今後地方行政官長の人選に、その要項を足していただきたいです」

 国の機関となったことで、地方行政官長という役職に旨みを求めてくる者が現れるだろう。
 けれど、そういった輩にこの役職を与えてはならない。

「ここに研修官の受け入れを認めたのにも理由がございます。
 学舎は、この国の最高水準の教育を受けた者たちの集団。そして地方から逸材がつ集まる場です。
 貴族も平民も、学ぶ上では対等。私はその価値観こそが、このブンカケンにも必要だと思っています。
 ブンカケンに属し、研究員をしていくなら、地位は考慮せず対等であるべきだ。
 ここの研究から生まれた全てのものは、その数多の地方からの情報集約、地位を越えた意見交換。その関係が実を結んだ結果に得られたものです。
 なので……人選にはほんと、気を遣っていただきたいですね」

 そう締めくくった俺に、陛下は頭を抱えた。

「…………それは相当難題だぞ。其方のような人材を必ず得られるとは思えぬ……」
「学舎があるではないですか。
 あそこならばそういう価値観の人材が育ちますよ」

 地方行政官長に秘匿権を貴族からも守る権限があれば、平民が長であっても問題は無い。

「まぁ、今後の課題ということで、どうか人材教育をお願い致します」

 にっこり笑ってそう言う。
 ここが金の卵を産み続ける場であるかどうかは、それにかかっている。
 金の卵を産まなくなれば、どこかに偏りがあるということだろうから、案外管理には困らないだろう。

「…………其方も当然、育てるのだな? その人材を」
「ここの派遣官は育てますよ。頑張ります」
「うむ、そうしてくれ……」

 その中から、地方行政官長を担える人材を育てることができれば、ここは安泰だ。
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