剣闘士令嬢

春紫苑

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一章

五話 下賤の者④

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「お前……っ、あれはお前の所の剣闘士か!
 なんという……っきちんと調教もしていないとは呆れたな!
 都合良く現れたのは。我々に恩を売って出資にこぎつけようという魂胆だろう⁉︎」
「……はぁ?」

 アラタは呆れたようにそう言って、出した手をごまかすみたいに頭を掻いた。
 そしてひとつ溜息を吐いて、チッと小さく舌打ちが聞こえたわ。
 けれど、次に顔を上げた時、アラタは口角を持ち上げ、皮肉げに笑って……。

「うちは奴隷剣闘士ばっかだっつの。
 自由剣闘士を抱えられる資金があるわけねぇだろ」

 せせら笑うような、凄みのあるお顔だった……。

「それにうちは、出資なんざ募ってねぇよ。
 募ったとしても……貴族おまえらには頼まん」

 貴族おまえらと一括りで言われたことが、胸に刺さった。
 笑っていても滲むアラタの気迫。それに圧倒されて一瞬言い淀んだ取り巻きの方に、今度はクルトが口を開いたわ。

「何故、セクスティリア殿を庇いもしなかった」

 クルトも怒っていた。
 そしてその指摘は、取り巻きの方にとって触れてほしくないことだったのだと思う。

「クァルトゥスッ……分かったぞ、お前だな! あの大男はお前が金で雇ったんだろう!
 おかしいと思ったんだ……グルだったんだ!
 だからあんな大男を前にしても、お前らは怯みもしなかったんだろう⁉︎
 お前ら上位平民ノビレスは我々古参貴族が目障りで仕方ないのだものな!
 だから彼女を、おとしめようとしたんだ!」

 唾を飛ばし、声を荒げる取り巻きの方に、何事かと周りの方の視線がこちらを向き始めていたわ。
 眉をひそめ、口元に手を当ててヒソヒソと交わされる言葉。
 いけない……こんな騒動がもしお父様の耳に入って、アラタたちがお父様に睨まれでもしたら……!

「も、もう良いです!」

 取り巻きの方の腕を両手で引き、私は咄嗟にそう口にしたわ。

「もう良いですから、帰りましょうっ。
 わ、私、まだ怖いのです。またあの大男が、追いかけてくる気がしますもの!」

 私の言葉に、ぎくりと身を固める取り巻きの方。そうよ。言い争っている場合じゃないわ。
 元老院議員セナートの身内が、争っているなどと思われてはいけない。
 それが貴族と上位平民出身だなんて、さらに悪いわ!
 お父様だけじゃない……クルトのお父上の名誉まで傷付けてしまう!

 だけど……っ。
 アラタの瞳がこちらを見て、そこに動揺した色を見たら、気持ちが揺らいだ。
 違うわ! 貴方たちを怖がってるんじゃないの。
 いえ、でも……今は、説明していられない……。

「帰りましょう……」

 私の必死の訴えに、取り巻きの方はなんとか怒りを収め、従ってくれた。
 今度はこの方に手を引かれて、家までを歩いたわ。
 その道中をずっと、心の中での言い訳に費やした。
 泣いてしまったのは、貴方たちが怖かったんじゃないわ。
 アラタに暴力を振るった、彼のお父様を怖いと思っただけなの。
 そう伝えたかったけど、言えないまま……。
 
 それからというもの、貴族の取り巻きたちが、アラタたちを警戒するようになってしまった……。
 彼らが少しでも近くに来ると、人垣を作って私を隠そうとする。
 上位平民たちとの関係にも亀裂が入ってしまい、事情を知らない人たちは急な敵視に不快感を露わにしていて、私は申し訳なさでいっぱいだった。
 アラタたちと、挨拶ひとつ交わすことができずに、過ぎていく日々……。
 そうなって初めて気が付いたのは――。

 それがとても、窮屈でたまらないということだった。
 
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