玉響に希う たまゆらにこいねがう

春紫苑

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 昼食は近場のラーメン店となった。報酬を支払うためでもある。

「ていうか、陽向にもなんか違和感あると思ったら……前髪下りてんじゃん。何、お前もイメチェン?」

 今更そこを指摘された俺の手元で、スマホがポコンポコン音を立てている。
 祐介がノートの写メをせっせと送ってくれているのだが、鈴木のその指摘に「あ~それな」と相槌。

「ワイルド感が増してると思った。前髪か~」
「チンピラ風味が増してるとも言……ひぃっ!」
「野島ぁ……その増してるチンピラ風味堪能しますかぁゴルァ」
「ははは、ほんと増してる。チンピラ風味。
 はい、ノート全部送った。ワックス持ってるけど使う?」
「祐介……お前ほんとなんつーか、頼れる男だよなぁ」

 成績優秀、気もきくうえに、いつも笑っているような糸目で、温和な雰囲気。祐介だけ名前読みなのは名字が鈴木と同じく「鈴木」だからだ。全くの他人だが。

「朝、雨降ってたから下りただけ」

 カバンから取り出された小さなワックスのケースを受け取り、適当に手になじませて前髪をあげていると、野島がスッとスマホを差し出してきた。
 なんだよと思ったら鏡であるらしい。おぉ、サンキュ。
 前髪をセットし終えたと思ったら……。

「…………なんだこれ」
「今日の運勢まで面倒見てくれる優れものの鏡アプリですよ」

 今日の運勢。
 まあまあの日。
 恋愛運★★★★★。
 金銭運★★。
 仕事運★★★。
 運命の出会いの予感。普段行かない場所に出向いてみるべし。人助けをすると運気がさらに上昇するよ。

 …………どぉでもいいわ。

「女子か。
 占いとか、鏡に必要な機能かよ……」
「女子ウケ良いよ~。あと、女子の生態系の勉強にもなる記事が見れるんだ」
「…………全然活かされてる感じしないけどな……」
「ほっといて!    あぁもう、ほんとムカつくっ。金・顔・身長全部持ってるとかほんと嫌味!」
「阿呆ですねぇ。それで釣れる女の程度って、たかが知れてんだぜ」

 鼻で笑ってやると、野島は更にキーッとなる。

「それは持たざる者への挑戦状かーっ!」
「馬鹿、真理だろうが。
 俺に今金があんのは親のスネかじれるからってだけ。顔なんざそのうち老けるし飽きるし、身長も高い場所に手が届く以外、なんか得する要素ってある?
 結局そんなもんが人の価値観の優先順位で上位に上がってる奴ってのは、俺がどんなだろうが関係ないの。俺なんか見てないの。
 自分が可愛いだけ、俺をアクセサリーにしたいだけなの。そいつの体裁整える道具にされるのなんかごめんだね、俺は。
 そんな奴はな、俺がチンピラのなりでもしてみろよ。あっという間に散っていくぞ」
「ははは、なんか凄い説得力。実体験?」

 鈴木が笑ってそんな風に言う。え……、マジですか?    と、野島。

「マジだったらどうしますよ野島さぁん」
「ごっ、ごめんなさいするかな?」
「阿呆。あのなぁ、それこそお前、俺がチンピラのなりしたって結局俺だっての。程度の低い女よろしく見た目に惑わされるなって話でしょうが」
「だってお前のチンピラ顔、ほんとに怖いんだもんっ」
「いらんこと言うからチンピラ顔向けられるんだって学習しろ」

 そこでタイミングよく注文していたメニューが届く。
 ちなみに俺が頼んだのは、ラーメンと半チャーハンに追加で唐揚げ。

「くそー、豪華な飯食いやがって……」

 野島はラーメンのみだ。
 本当はラーメン屋も渋られたのだが、一人で学食は嫌だったらしい。寂しがり屋か。

「なに。今月も金欠?」
「苦学生なめんな!    正直お前のマンションに間借りしたいくらい金欠だわ!」
「家賃折半ならルームシェアしてもいいけど」
「今の家賃より高くなるじゃん!」

 そんな風に言いつつ、嫌味じゃないのが野島の良いところだと思う。
 苦労人のわりに明るいし、さっぱりした気質で、場の雰囲気をなんとなく陽に引っ張る男なのだ。

「……正直さぁ、俺なんかよりお前のがよっぽどイイ男なのにな」

 本気でそう思う。
 苦労を苦労にしない。
 前向きで、明るくて、いらない一言は多いものの、嫌味がない。
 大学で一番初めに物怖じもせず俺に話しかけてきたのは奴で、それにつられて鈴木や祐介が集まった感じ。
 怖い怖いと言うわりに、結局こいつが俺を弄るし、一番初めに俺に気付く。
 怖い怖いと言いながら、それでも俺を揶揄う。

「…………なに、愛の告白……?」
「フザケンナ」

 それだけは、絶対に、無いわ。

「まあでもあれだよ。
 持つ者は持たざる者の俺らにはない苦労があるんだろうねってことで」

 場を締めくくる様に鈴木が言い、チャーハンの半分残った皿をスッとテーブルの中心に置く。

「だから、何その、厨二病みたいなやつ」

 大きめの唐揚げをひとつ、その皿に移しつつ、持たざる者……って単語がなんとも渋面を誘う。

「野島は良い男だってこと。
 そのうちきっと運命の出会いがあるさ」

 祐介も餃子を二つ、皿に移した。

「彼女持ちの嫌味か!」

 この四人の中で唯一の彼女持ち。それが祐介。見る目のある彼女さんだ。

「いやいや、ホントそう思ってるって。
 ほら~、カリカリしてないでおあがんなさい」

 お子様ランチみたいになった皿を野島の方に押しやると、途端に機嫌が急浮上して、満面の笑顔になる野島。

「もうお前ら大好き、愛してる~!」

 現金な奴……。

 飯が済めば学校に戻り、三限からは少々ばらける。
 鈴木と野島は授業があるが、俺と祐介は三限を取っていない。

「陽向、図書館場所取っとく?」
「いや、今日はいい。薬局行ってくる」
「了解~」

 忘れないうちに薬を取りに行くことにした。
 四限は必須科目だったから、また四限で合流だ。

 門前で分かれ、祐介は西へ。徒歩五分もかからない位置に市の図書館があるのだ。
 俺は北へ。これまた五分程度の位置に、調剤薬局がある。
 帰りに寄っても良かったのだが、今はなんとなく、図書館と学校を避けたかった。

 多分、環が探してるんだよな……。
 俺の行動範囲はあいつに知られている。自転車を置いたままだから、きっと図書館にも探しにくることだろう。
 いい加減、諦めりゃいいと思うのに、ほんと、ねちこい。

 皆にはあえて言っていないが、俺は環が正直、好きではない。
 明るいし、そこそこ可愛いし、服装もメイクも、毎日バッチリの、女子力高い系だ。
 一応あいつのプライドを悪い方向に刺激しないよう、それなりに受け答えするし、愛称で茶化したりと、コミュニケーションを取ってはいるが、それはあの場の雰囲気を守るためであって、環を満足させるためではない。
 環は正直、どうでもよかった。

 ……俺はあいつに、裏を感じる。
 スキンシップが多い、甘え上手。世の男性ウケを考慮しての言動だ。
 誰に対してもそう接するというなら、別に良い。
 だが環は、相手を選ぶ。それが俺のカンに触る。

 例えば、野島には極力話し掛けないし、触れるなんて絶対にしない。
 野島はそんなことは当たり前といった風に受け流しているが、俺は、そうは思わない。
 俺のダチだ。なのにそれを選り好みしやがる。
 その時点でアウトだっつーの。

 それでもそれを口にしないのは……。
 俺だって指摘されたくない裏を、持っているからだ。
 人のこと言えた義理じゃない。そのチンピラ風だった頃を、皆に隠したみたいになっている。
 園部と再会したいがための、チンピラ風味脱却だったわけだが、意図していなかったとはとはいえ、副産物は少々後ろめたいものになってしまった。

「白石さん、お待たせしました。四千三百七十二円です」
「はぁい」

 環のあれは、あいつなりの処世術なんだろう。
 極力力があり、金があり、見た目が良い相手に寄生するという典型的なスタイル。
 まあ俺の場合、その力と金は期限付きのものだ。所詮借り物。大学を卒業すれば、終わることが決まっている。
 それを知らないから、俺をターゲットにしているのだろう。

 俺の金回りが良いのは大学にいる間だけだ。
 そこまでの時間と金で、俺を捨てられる。そういう約束を交わした。

 まあ……そのタイムリミットだってあくまで約束。拘束力があるわけじゃない。
 正直、いつ打ち切られたっておかしくはないが……。
 ……世間体もあるから、多分途中で支払わなくなるってことは、ないだろう……って、そう計算している。

 俺を引き受ければ、選ばれなかったあいつが、悪かったのだという印象を、世間には与えられる。
 更に、数年の端金で、俺を生活から切り離せる上に、一生まとわりつかれることを回避できる。
 その方がお互いにとって良いだろう?   と、取引を持ちかけた結果、それが受け入れられた。

 一応、金を二十歳で打ち切られる可能性というのも考えている。
 そこまでしか、法には守られていない。
 卒業するまでという約束にはなっているけれど、世間ではそれがきちんと守られることは、少ないらしい。
 支払われなくなった場合、こちらから更に手を打つことも、できなくはないが、時間も金も掛かり、難しいとのことだった。
 まあ……なるようになる。
 ここにいる間に、念のため、残りの学費を工面しておけば良いのだ。
 今の生活でも結構月々の予算が余っている状況だから、そのまま散財しすぎなければ、自ずと資金はできる計算だ。

 …………まあとどのつまりだ。
 環が思っているほど、俺は余裕をぶっこいているわけではないのだ。
 ましてや、好きでもない女に貢ぐ気も無い。
 金がかかってる場所とかかってない場所のメリハリがはっきりしていることと、この生活を維持する必要性があるからそうしているだけ。

 環の処世術は、間違っている。
 少なくとも俺の結論の中では、そう出ている。
 失敗に終わるやり方に、足を突っ込むつもりはない。
 その方法で失敗に終わった人間を、俺は嫌というほど知っているから。
 金や地位、ましてや容姿なんて、いざとなれば何の歯止めにもなりはしない。
 全部納得して選んだ道であるはずなのに、それは簡単に忘れてしまえることだ。
 だが、彼らは失敗を認めていない。いや、失敗だと思っていない。
 うまくいかなかった要因は全て相手の不適合で、全ては相手の責任で、その相手を変えれば上手くいくと、本気でそう思っているのだから滑稽だ。

 滑稽だが、おかげで俺は、自由になれる。

 薬局を後にして、さてどう暇を潰そうかと考えた。
 まだ四限までだいぶん時間があるし、どこかで暇つぶしをしなきゃなと思う。
 とはいえ……この辺民家ばかりで、あんまり店とか、無いんだよなぁ……。
 自転車は置いてきてしまったし、あまり遠くにも行けない。
 若干遠いけど、行けなくはない場所に、ちょっと有名どころのケーキ屋兼パン屋があったっけな……。ああ、パンを買おう。明日の朝食用に。

 イヤホンを取り出し、スマホにセットして、外の音は遮断する。
 耳に心地良い音楽だけに浸る。
 野島が言うように、見た目がそこそこで、服装にそれとなく金が掛かってる俺は、それなりに注目される。
 バカみたいな話だ。チンピラ風味の時は視線を逸らされてたっつうの。
 見た目だけで中身は全然変わってないってのに、ほんと、世の中って単純。
 だから、話し掛けられても聞こえないふりをするようになった。
 ワイヤレスのイヤホンにせず、分かりやすくしているのもそれが理由。
 ヘッドホンでも良かったのだが、あれは使わない時、デカすぎて邪魔だったんだよな……。

 しばらく歩き、あれ……思い違いだったか?    と、若干の不安を覚えだした頃、カントリーかといった風情のその店にやっと到着した。目算より遠かったな……帰りを考えたら、四限までギリギリになりそうだ。

 長ったらしい名前は覚える気にならない。だが雰囲気は結構好きな店だ。なによりパンが美味い。
 奥には飲食できるスペースがあり、ランチも行なっている様子だが、こちらは食したことはなかった。
 女子とかママ友とか多い感じの店内で、男一人で時間を潰すのはちょっとな……といった雰囲気なのだ。
 下手したら声を掛けられそうで、それも嫌。

 イヤホンから流れる音楽に浸りながら、トレイに端からパンを乗っけていく。
 正直なんでも良いのだ。俺だけが食うんじゃないし。
 トレイ一つじゃ終わらないので、一旦店員に預け、次のトレイを取る。
 お。今日はフーガスがある。よし。これは俺ので確保。

「三千二百二十九円です」
「っす」

 料金を支払い、すいませんが予備の袋をいくつかもらえますかと言うと、快く分けてくれた。

 試食にどうぞとバームクーヘンの欠片を貰ったので、それを手に帰路につく。
 ……自販機どっかになかったか……無性にコーヒーが欲しくなった。甘いと苦いの相互関係が大切だ。より美味だと感じれる。

 そう思いつつ、店の扉を押し開けようとした時、バッと横から伸びた手が、扉をおさえた。

「……?」

 俺の後方から伸ばされた腕は、白く細い。
 振り返ると、目線の下に、黒髪のツンツンとした頭があった。
 黒縁の眼鏡。伏せた顔は見えなかったが、コックコートを身に付けているということは、厨房担当者……?
 その男が俺の行く手を阻む理由が、分からない。

「…………何?あんた……」

 通せんぼですか?……と。
 つい、一段低い声音になってしまったのは、チンピラ時代の習慣ゆえで、言ってしまってから、しまったと思うが、もう遅い。

「外、危ない」

 は?
 イヤホンの音に阻まれて、声が遠く、瞬間的に理解が遅れた。
 何が、危ないって?
 首をコキリと傾げたら、扉の外から、引く力が掛かったため、咄嗟に扉から手を離す。

「……あ」

 人がいた。四歳くらいの女の子だ。
 ぱっつんの前髪から眉毛が全力で主張している。
 紺色の半袖チュニックに灰色のレギンス。足はサンダルで、もう秋なんですけどと思うのに、全力で夏の風情。
 俺がそのまま押していたら、この子に扉がぶち当たっていたかもしれない。
 扉を開けたのはその母親らしき人物で、俺は慌てて、入り口を開けた。その人は身重だったし、女の子は中に入るつもりで、ここに来たのだろうから。

「すいません、ありがとうございます」
「あ、いえ……」

 あっぶなかったぁ……。イヤホンのせいか、外の話し声も何も、耳に届いていなかったから……。あっ!

「あ、サンキュ。助かっ……」
「……」

 止めてくれた男にそう声を掛けたのだが、そいつはさっさと戻る様子で、もう後ろを向いてしまっていた。
 そのまま無言で、厨房の中に。
 とっさに動きが遅れたのは、他のことに気を取られてしまったから。
 コックコートの下は、細身の黒いズボン。何の変哲もないシューズを履いていた。
 黒の短髪は、後頭部が刈り上げられていて、男らしく、潔い髪型だと思う。が……細身で華奢な後ろ姿には、何か似つかわしくない気がした。

 そしてなにより…………。

 香った……。
 そいつが立ち去る時、かすかに、懐かしい香りがしたのだ。

 園部と同じ香り……。
 鮮明に懐かしい……甘い、香り。

 なんで……?

 厨房に消えてしまったそいつが、ものすごく気になったけれど、そいつはもう、出てくる様子はなく、次の授業の時間もあって、帰るしかない。
 だから…………また来ようと、心に誓った。

 確認しなくては。
 半年でやっと見つけた、園部との接点、かもしれない、香りを。
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