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泥で汚れた顔をぐいっとぬぐうと、彼女は涙を堪えるように空を見上げた。
漆黒の長い髪が風に吹かれ、ふわりと舞った。
彼女の名前は相川花梨。今の花梨の状況はとても酷いものだった。
顔は泥で汚れ、制服もぐちゃぐちゃ。特にスカートは目も当てられないほどに汚れてしまっていた。
「絶対負けない」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、空気になって消えた。
今は昼休み中。もちろん午後にも高校の授業は残っているが、彼女はもう授業を受ける気にはなれなかった。そして、家にも帰れない。
花梨の両親はすでにこの世にはいない。今彼女が身を寄せているのは叔父の家。とても肩身が狭い生活を強いられていた。
(――帰ろう)
この時間なら、まだ叔父も叔母も仕事中のはずだから。
校門を出て、歩き出すと周りからの視線を感じた。
気のせい、気のせい。とわざと明るく自分に言い聞かせながら歩く。
『前を向いてれば、絶対に良い事がある!』そんな母親の言った言葉を思い出して、花梨は泣き笑いのような表情を浮かべた。
家では、自分の居場所がなく。学校では虐められていても、絶対に良い事がある! そう信じて花梨は過ごしていた。
彼女とは正反対に、雲ひとつ無い晴天。空を見上げながら、彼女は今までの暗い顔を消してにっこりと笑った。
「さぁ、頑張ろう!」
その言葉にうんうん、と自分で頷いて歩き出す。
何だか良い事が起きる気がする。そう心の中で思いながら、帰路に急いだ。
「ただいま」
そう一応声を掛けて、玄関のドアを開けた。勿論、返事が返ってこないのは知っていてだ。むしろ、帰ってきたら都合が悪い。
自分の部屋に入ると、飛び込むようにベットに横になる。ふ~と息を吐くと、少し体が楽になったような気がした。
(――いつか、ぎゃふんって言わせてやるんだから!)
自分を殴った同級生の顔を思い出しながら、彼女は握りこぶしを握った。その表情に、暗いものは見えない。
何とかなるさ、がモットーな彼女。恵まれているとは言い難いこの環境で、こんな性格に育ったのは奇跡に近いのではないだろうか?
適当にテレビをつけるが、平日の昼。あまり見たいような番組はやっていなかった。
(――野球、やってれば良いのになぁ)
頭に浮かぶのは大好きなスポーツ。打って、投げて。気分がスカッとする大量点の試合。胸がドキドキする息詰まる投手戦。彼女は野球が大好きだった。
「あぁ~。野球が見たいなぁ」
17歳の女とは思えない、唸るような声で呟く。番組契約さえすれば、この時間からでも野球が見れるというのだから、余計に歯がゆい。
「日本じゃなくても、メジャーでも良い!あぁ、寧ろリトルリーグでも良いから、見たいなぁ」
両親が亡くなってから身についた彼女の癖は、独り言だった。
ぶつぶつと呟く彼女に、叔母は気持ち悪いと言葉を浴びせたが、彼女は全く気にしていなかったし、直す気もなかった。
不満をぶつける相手も居らず、彼女はそのまま目を閉じた。
「実際に見られないなら、せめて想像で見てやる!」
ふふっと笑いながら、ぐぐっと拳を目を閉じたまま握る。
頭の中で投手戦を繰り広げているうちに、彼女の意識は段々と無くなっていった。
漆黒の長い髪が風に吹かれ、ふわりと舞った。
彼女の名前は相川花梨。今の花梨の状況はとても酷いものだった。
顔は泥で汚れ、制服もぐちゃぐちゃ。特にスカートは目も当てられないほどに汚れてしまっていた。
「絶対負けない」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、空気になって消えた。
今は昼休み中。もちろん午後にも高校の授業は残っているが、彼女はもう授業を受ける気にはなれなかった。そして、家にも帰れない。
花梨の両親はすでにこの世にはいない。今彼女が身を寄せているのは叔父の家。とても肩身が狭い生活を強いられていた。
(――帰ろう)
この時間なら、まだ叔父も叔母も仕事中のはずだから。
校門を出て、歩き出すと周りからの視線を感じた。
気のせい、気のせい。とわざと明るく自分に言い聞かせながら歩く。
『前を向いてれば、絶対に良い事がある!』そんな母親の言った言葉を思い出して、花梨は泣き笑いのような表情を浮かべた。
家では、自分の居場所がなく。学校では虐められていても、絶対に良い事がある! そう信じて花梨は過ごしていた。
彼女とは正反対に、雲ひとつ無い晴天。空を見上げながら、彼女は今までの暗い顔を消してにっこりと笑った。
「さぁ、頑張ろう!」
その言葉にうんうん、と自分で頷いて歩き出す。
何だか良い事が起きる気がする。そう心の中で思いながら、帰路に急いだ。
「ただいま」
そう一応声を掛けて、玄関のドアを開けた。勿論、返事が返ってこないのは知っていてだ。むしろ、帰ってきたら都合が悪い。
自分の部屋に入ると、飛び込むようにベットに横になる。ふ~と息を吐くと、少し体が楽になったような気がした。
(――いつか、ぎゃふんって言わせてやるんだから!)
自分を殴った同級生の顔を思い出しながら、彼女は握りこぶしを握った。その表情に、暗いものは見えない。
何とかなるさ、がモットーな彼女。恵まれているとは言い難いこの環境で、こんな性格に育ったのは奇跡に近いのではないだろうか?
適当にテレビをつけるが、平日の昼。あまり見たいような番組はやっていなかった。
(――野球、やってれば良いのになぁ)
頭に浮かぶのは大好きなスポーツ。打って、投げて。気分がスカッとする大量点の試合。胸がドキドキする息詰まる投手戦。彼女は野球が大好きだった。
「あぁ~。野球が見たいなぁ」
17歳の女とは思えない、唸るような声で呟く。番組契約さえすれば、この時間からでも野球が見れるというのだから、余計に歯がゆい。
「日本じゃなくても、メジャーでも良い!あぁ、寧ろリトルリーグでも良いから、見たいなぁ」
両親が亡くなってから身についた彼女の癖は、独り言だった。
ぶつぶつと呟く彼女に、叔母は気持ち悪いと言葉を浴びせたが、彼女は全く気にしていなかったし、直す気もなかった。
不満をぶつける相手も居らず、彼女はそのまま目を閉じた。
「実際に見られないなら、せめて想像で見てやる!」
ふふっと笑いながら、ぐぐっと拳を目を閉じたまま握る。
頭の中で投手戦を繰り広げているうちに、彼女の意識は段々と無くなっていった。
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