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王都を出て今日で一週間。花梨は胸をそっと手の平で押さえて、少し呼吸を整える。
「緊張してるみたいだね」
からかうような声に、花梨はむっとしたように口を尖らせた。
「そりゃ、緊張するよ。あ~、まずなんて言おう」
「挨拶も考えてなかったの?」
呆れた、と視線で訴えかけてくるルーファに、花梨は内心で舌をべろっと出した。堂々とあっかんべーなんてしたら、恐ろしい笑みを浮かべると分かりきっているからだ。
ルーファは花梨を見てにっこり、いや、にったりと笑った。
「何を考えてるの?」
「ひっ。ル、ルーファって心読めてたりする?」
前も考えを当てられた、と記憶を探って、花梨は表情を青ざめた。そんな花梨の額を、軽くルーファが指で弾いた。
「花梨は顔に出すぎだよ。そうだね、君の元夫を見習ったらどうだい?」
「元夫って……」
ひくっと頬を引きつらせると、ルーファはにっこりと微笑んだ。
「事実だよね?」
「うっ。確かにゼフィルドとはそういう言い訳で城に入ったけど」
恋愛もしてないのに、結婚が出来るか! と怒鳴りたいけれど、さすがの花梨もルーファには言えない。
一直線に怒りを表すタイプなら何とか対応出来るが、タグミやルーファのように狸を被っているタイプは、花梨にとっては苦手なようだ。
「ん~。ねぇ花梨。花梨って平和好き?」
「へ? 平和? 勿論好きだよ」
きょとんとした表情のまま、花梨はすぐにそう言った。
「何故?」
「何故って、それは。やっぱり皆幸せなほうが良いから」
花梨が嬉しそうに口元に笑みを浮かべて、そう言うとルーファが口を開きかけた。しかし、その口が音を紡ぐ前に、花梨の言葉が続く。
「それに、平和だったらヴィラの仕事も減るし、ね」
うんうん、ともっともらしく頷いてみせる花梨に、ルーファの表情がガラっと変わった。
ためらい、優しさを宿していた瞳は、ただぼんやりと映像を写すだけへと変わってしまい口元にほんのりと浮かべていた笑みも、姿を消して、きゅっと唇が結ばれる。
「ルーファ?」
さすがに異変に気がついて、花梨が心配そうにルーファの顔を覗き込むと、ルーファはふっと微笑んだ。瞳の笑わない、出会った頃のような表情で。
「もう着いたようだよ」
「え? あ、もう止まってる。ミケ、起きて着いたよ」
『んん。着きましたかー?』
にゃぁ~と体を伸ばして、ミケがゴロゴロと喉を鳴らす。花梨がミケに構っている間に、ルーファが馬車をさっと降りた。
「ありゃ? ルーファもう先に行っちゃったよ」
ほらほら立って、とミケの両脇をつかんで、無理やり立たせる。そしてそのまま馬車から降りた。
「え?」
思わず花梨が声を漏らしたのと、ミケが金色の瞳を輝かせたのはほぼ同時。
「龍巫女様、ようこそおいでなさいましたな」
でっぷりと脂肪の溜まった腹を撫でて、男がにやにやと笑った。思わず花梨が眉を顰めて、無言で見つめる。
「おぉ、自己紹介がまだでしたな。私はマイヤ・イガー。イガーの領主ですよ」
「ルーファのお父さん……」
(――遺伝子の不思議! この父親からルーファが生まれるだなんて、ある意味凄い!)
見比べるようにルーファを見つめた時、何かが花梨の背中に衝突した。
『花梨! 花梨!』
「え。あの時の」
花梨の背中にぶつかってきたのは、王都から出る時に花梨を止めた赤色の鳥。
『戦争、始まってる! 逃げて!』
その言葉に、ミケの瞳の色が深まった。
『ご主人様、これは危ないかもしれないです』
ミケと視線を合わせて、花梨は小さく頷いた。
「おぉ、龍巫女とは独り言が好きな方なのですなぁ」
その嫌味ったらしい言い方に、花梨の頬がかっと赤くなる。しかし、そこは何とかぐっと堪えて、唇を無理やり笑みの形に歪める。
「ごめんなさい。私は王都へ帰らなくてはならなくなりました」
「それは出来ませんな。折角の部屋も用意したのだから」
そう言ってにやっとマイヤが笑うと、花梨は兵士達に取り押さえられた。
『ご主人様!』
ぼんっとミケの姿が元に戻り、大きく咆哮した。
「聖獣か、ふん。猫の姿に戻らねば、今すぐに龍巫女を傷つけても構わないぞ?」
花梨に近づいて、短剣を花梨の首へと当てた。ミケは低く唸り声をあげると、渋々という表情で猫の姿に変化した。
「なんで、なんでもう戦争を始めたの?!」
ぎっと睨みつけて喉が痛くなるほどに叫ぶと、マイヤが笑い声を上げた。
「何故? そんなもの決まって居るだろう。勝つためだ。勝って領地を広めるため。ルーファ、聖獣を作っておいた檻へと入れろ」
「はい、父上」
ルーファはミケを掴むと、鳥かごほどの小さな檻へとミケを入れた。
「ルーファ……」
「無駄だったね。此処まで来たのは」
嘲笑的な笑みを浮かべて言ったルーファのを頬を、思いっきり拳を叩き付けた。
「無駄じゃない! 確かに戦争が始まってるのは事実だけど、ルーファとも仲良くなれたし行動に無駄なことなんてあるはずがないの!」
グーで人を殴るなんて初めてしたことで、花梨は少し傷む右手を左手でそっと撫でた。ルーファは殴られた頬を手で押さえ、きょとんとしたまま花梨を見つめている。
「来てください」
兵士に腕を引かれて、花梨は抵抗せずに歩き出した。少し意外だった事は、兵士達の表情だ。皆が花梨を畏怖と尊敬を込めた瞳で見つめていた。
(――さすが龍信仰ってことかな)
一度だけ花梨は振り向いて、檻に閉じ込められたミケに悲しげな視線を向けた。
「狭そう……ごめんね」
自分が来なければ良かったのかもしれない、と花梨は後悔の念に襲われて表情を歪めた。そんな花梨にミケは、にゃん~と慰めるように優しく鳴いた。
「緊張してるみたいだね」
からかうような声に、花梨はむっとしたように口を尖らせた。
「そりゃ、緊張するよ。あ~、まずなんて言おう」
「挨拶も考えてなかったの?」
呆れた、と視線で訴えかけてくるルーファに、花梨は内心で舌をべろっと出した。堂々とあっかんべーなんてしたら、恐ろしい笑みを浮かべると分かりきっているからだ。
ルーファは花梨を見てにっこり、いや、にったりと笑った。
「何を考えてるの?」
「ひっ。ル、ルーファって心読めてたりする?」
前も考えを当てられた、と記憶を探って、花梨は表情を青ざめた。そんな花梨の額を、軽くルーファが指で弾いた。
「花梨は顔に出すぎだよ。そうだね、君の元夫を見習ったらどうだい?」
「元夫って……」
ひくっと頬を引きつらせると、ルーファはにっこりと微笑んだ。
「事実だよね?」
「うっ。確かにゼフィルドとはそういう言い訳で城に入ったけど」
恋愛もしてないのに、結婚が出来るか! と怒鳴りたいけれど、さすがの花梨もルーファには言えない。
一直線に怒りを表すタイプなら何とか対応出来るが、タグミやルーファのように狸を被っているタイプは、花梨にとっては苦手なようだ。
「ん~。ねぇ花梨。花梨って平和好き?」
「へ? 平和? 勿論好きだよ」
きょとんとした表情のまま、花梨はすぐにそう言った。
「何故?」
「何故って、それは。やっぱり皆幸せなほうが良いから」
花梨が嬉しそうに口元に笑みを浮かべて、そう言うとルーファが口を開きかけた。しかし、その口が音を紡ぐ前に、花梨の言葉が続く。
「それに、平和だったらヴィラの仕事も減るし、ね」
うんうん、ともっともらしく頷いてみせる花梨に、ルーファの表情がガラっと変わった。
ためらい、優しさを宿していた瞳は、ただぼんやりと映像を写すだけへと変わってしまい口元にほんのりと浮かべていた笑みも、姿を消して、きゅっと唇が結ばれる。
「ルーファ?」
さすがに異変に気がついて、花梨が心配そうにルーファの顔を覗き込むと、ルーファはふっと微笑んだ。瞳の笑わない、出会った頃のような表情で。
「もう着いたようだよ」
「え? あ、もう止まってる。ミケ、起きて着いたよ」
『んん。着きましたかー?』
にゃぁ~と体を伸ばして、ミケがゴロゴロと喉を鳴らす。花梨がミケに構っている間に、ルーファが馬車をさっと降りた。
「ありゃ? ルーファもう先に行っちゃったよ」
ほらほら立って、とミケの両脇をつかんで、無理やり立たせる。そしてそのまま馬車から降りた。
「え?」
思わず花梨が声を漏らしたのと、ミケが金色の瞳を輝かせたのはほぼ同時。
「龍巫女様、ようこそおいでなさいましたな」
でっぷりと脂肪の溜まった腹を撫でて、男がにやにやと笑った。思わず花梨が眉を顰めて、無言で見つめる。
「おぉ、自己紹介がまだでしたな。私はマイヤ・イガー。イガーの領主ですよ」
「ルーファのお父さん……」
(――遺伝子の不思議! この父親からルーファが生まれるだなんて、ある意味凄い!)
見比べるようにルーファを見つめた時、何かが花梨の背中に衝突した。
『花梨! 花梨!』
「え。あの時の」
花梨の背中にぶつかってきたのは、王都から出る時に花梨を止めた赤色の鳥。
『戦争、始まってる! 逃げて!』
その言葉に、ミケの瞳の色が深まった。
『ご主人様、これは危ないかもしれないです』
ミケと視線を合わせて、花梨は小さく頷いた。
「おぉ、龍巫女とは独り言が好きな方なのですなぁ」
その嫌味ったらしい言い方に、花梨の頬がかっと赤くなる。しかし、そこは何とかぐっと堪えて、唇を無理やり笑みの形に歪める。
「ごめんなさい。私は王都へ帰らなくてはならなくなりました」
「それは出来ませんな。折角の部屋も用意したのだから」
そう言ってにやっとマイヤが笑うと、花梨は兵士達に取り押さえられた。
『ご主人様!』
ぼんっとミケの姿が元に戻り、大きく咆哮した。
「聖獣か、ふん。猫の姿に戻らねば、今すぐに龍巫女を傷つけても構わないぞ?」
花梨に近づいて、短剣を花梨の首へと当てた。ミケは低く唸り声をあげると、渋々という表情で猫の姿に変化した。
「なんで、なんでもう戦争を始めたの?!」
ぎっと睨みつけて喉が痛くなるほどに叫ぶと、マイヤが笑い声を上げた。
「何故? そんなもの決まって居るだろう。勝つためだ。勝って領地を広めるため。ルーファ、聖獣を作っておいた檻へと入れろ」
「はい、父上」
ルーファはミケを掴むと、鳥かごほどの小さな檻へとミケを入れた。
「ルーファ……」
「無駄だったね。此処まで来たのは」
嘲笑的な笑みを浮かべて言ったルーファのを頬を、思いっきり拳を叩き付けた。
「無駄じゃない! 確かに戦争が始まってるのは事実だけど、ルーファとも仲良くなれたし行動に無駄なことなんてあるはずがないの!」
グーで人を殴るなんて初めてしたことで、花梨は少し傷む右手を左手でそっと撫でた。ルーファは殴られた頬を手で押さえ、きょとんとしたまま花梨を見つめている。
「来てください」
兵士に腕を引かれて、花梨は抵抗せずに歩き出した。少し意外だった事は、兵士達の表情だ。皆が花梨を畏怖と尊敬を込めた瞳で見つめていた。
(――さすが龍信仰ってことかな)
一度だけ花梨は振り向いて、檻に閉じ込められたミケに悲しげな視線を向けた。
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