【完結】私が見る、空の色〜いじめられてた私が龍の娘って本当ですか?〜

近藤アリス

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「ここへ入っていてください」

 とんっと軽く背中を押され、花梨は一歩踏み出した。鉄格子の中、それも薄明かりすら見えない闇の中へ入れられる、花梨はぞっとした。

 兵士は花梨を一瞥すると、何気ない動作で自分の灯りをその場に置いた。

「え?」

 灯りでぼんやりと浮かんだ兵士の表情は、とても苦しそうなものだった。

「隊長、その……つけなくてよろしいのでしょうか」

 灯りを置いてくれた男へ、他の兵士が恐る恐る言った。

「龍巫女様に、手枷足枷を付けられるとお前は思うのか」

 諦めるような口調で言うと、隊長、と呼ばれた男は花梨を見つめた。

「龍巫女様、けして暴れないでください。マイヤ様も、戦争が終われば貴方を出してくれますから」

 そう言うと、花梨の言葉を待たずに、兵士達が帰っていった。残ったのは数人の、見張り番のみ。

「ミケ……」

 後悔を含んだ声でそう呟いて、ぎゅっと花梨は膝を抱えた。酷く静かでいて、時折聞こえる息の音で、他にも牢へ入れられている者がいるとわかる。

(――ライヤの言う、用意した部屋がこれか。随分酷い場所だなぁ)

 カツンカツン、と見張り番の男達が、歩く足音が響く。

 ぴちゃ、と頬に雫が流れ、花梨は上を見上げた。

「うわぁ、もしかして雨?」

 花梨の思ったとおり、耳を澄ませば地を打つ雨の音が聞こえた。

「最悪……さて、と。どうやって抜け出そうかな」

 パチッと頬を叩いて気合を入れて、にっとわざと笑ってみせた。

 諦める気など、花梨にはなかった。考えるのはどうやって外に出るか、だけ。先ほどの兵士の言葉なんて、聞いていなかったようだ。

『苦しい、痛い、苦しい』

 か細い鳴き声が響き、花梨はきょろきょろと辺りを見た。声の主はどうやら、花梨と同じ牢へ入っているようだ。

「どこ?」

『下、居る』

 声の通りに下へ視線を向けると、チチチ、と弱弱しく鳴くネズミが居た。その小さな体から、赤い血が流れている。

 花梨は慌ててそのネズミを手の平に乗せると、治療を始めた。すっかり慣れたその行為は、数秒で終わる。ネズミの体の傷は完全に塞がっていた。

「よっし。もう大丈夫だよ?」

 鼻の上を、人差し指でそっと撫でる。

『嬉しい。ありがとう』

 チチチ、キーキーと嬉しそうに鳴いて、ネズミが花梨の手の平から床へと降りた。

『龍の娘、何で居る?』

「ん~、捕まっちゃって。出られないんだよ」

 悲しそうに花梨が言うと、一際高い声でネズミが鳴いた。

『鍵、とる!』

「え? ちょ、ちょっと」

 勢いよくネズミが鉄格子の間から飛び出していった。その様子を呆然としてみていたが、暫くするとネズミが戻ってきた。

『鍵!』

 誇らしげに胸をはって、くわえている物を花梨へ差し出す。

「わ、ありがとう」

 嬉しさに花梨が微笑んで礼を言うと、ネズミは嬉しそうにキキキと鳴いて姿を消した。

 花梨はすぐに鍵を使って、ドアを開けた。見張りに見つからぬように、細心の注意を払ってそっと牢から抜け出した。

 城の兵達は思ったよりも少ないことが、花梨のこの状況での唯一の幸運だった。兵士達は、殆どの者が戦争に出ていたためだ。

「私が居たのは地下牢だから、ひたすら上に行けば良いんだ」

 ぐっと拳を握って、花梨は走り出した。しかし、兵士が少ないと言っても、勿論居るわけで。

「そこの不審者、止まれ!」

 背後の男にそう言われ、花梨は飛び上がるほどに驚いた。後ろを確認すれば、キラリと光る剣を持った男が走ってくるのが見えて、花梨は死の物狂いで走り出した。

(――こればまずい、冗談じゃ無しに殺される! あぁ~、もう。ドッキリでした~っていう展開を希望するよ、私は! ……それはそれで、腹が立つかもだけど)

 追いかけてくる人数は次第に増え始め、それと変わるように花梨の体力が減ってきた。

 これ以上は無理だ、と花梨は一か八かで一つの部屋に飛び込んだ。中に人が居ればそれで終わり、居なければ寿命が延びる。

 花梨は居ませんように、と祈りながらそっと瞳を開けた。

「ルーファ?」

 驚愕に目を見開いた花梨の視線の先には、ゆったりと足を組むルーファが居た。
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