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亜麻色の髪が風になびき、少女の黒い瞳を覆った。わずらわしそうに髪の毛を払い、ビオラはうんざりとしたため息をついた。
「何も、めでたくないわ」
「もう。いつまで怒っているの」
ビオラの後ろから乳母と共に歩いてきたアルゼリアは、くすくすと笑っている。
ビオラよりも2つほど年上のアルゼリアは、輝く銀色の髪を色とりどりの花で飾りつけている。薄水色のドレスは上質で、特別な日であることを表していた。
「私がこれから結婚するのが気に入らないの?」
「当たり前じゃないですか!」
アルゼリアは困ったように笑顔を浮かべて、乳母の方を見つめた。
「ねえ。ハンナ。ビオラはいつまでこの調子かしら?」
「そうですね。この子はずっと変わらないと思いますよ」
乳母は肩をすくめると、一つ溜息をついた。
「ビオラ。今回お嬢様についていけるのはあんたと、エドだけなんだ。頼んだよ」
ぐっと不満を顔に表したビオラは、ぶんぶんと頭を振る。
(――そうだ。あの暴君からお嬢様を守れるのは私だけなんだ!)
これからアルゼリアは、血にまみれた暴君だと悪名高い第二王子に嫁ぐ。しかも、入れ替わりの激しい第三妃として。
「あなたが一緒に来てくれて本当に心強いわ」
ぎゅっとビオラの手を握るアルゼリア。よく見るといつもよりも化粧が濃くなっていた。顔色の悪さをごまかすためだ。先ほどビオラをからかうように話しかけたのも、不安を隠すためだった。
「私が絶対にお守りしますね」
大切な大切なお嬢様。ビオラが決心をしていると、王都から手配された馬車と一緒に精悍な顔立ちの男性エドガーが現れた。
「アルゼリア様。ビオラ。王都からの馬車が来ました。行きましょう」
「ええ。エド」
アルゼリアはビオラの手を離すと、エドガーの手を借りて馬車の方へ向かう。
「アルゼリア様。お手をどうぞ」
馬車に乗り込む際に手を差し出すエド。アルゼリアを見つめる瞳は切なげで、それを見つめ返すアルゼリアの目から涙がこぼれた。
「お嬢様!」
泣き顔を隠すように馬車に乗り込んだアルゼリアを追いかけ、ビオラが馬車に飛び乗る。
「ああ。エド。エド」
馬車で泣くアルゼリアをビオラは力いっぱい抱きしめた。エドは子爵家の騎士団長であり、アルゼリアの婚約者だった。
いつまでも泣き続けるアルゼリアを抱きしめながら、ビオラは動き出した馬車の中でどうすれば大切なお嬢様を助けられるのか、とずっと考えていた。
(――初めて会ったあの日から、ずっと良くしてくれたお嬢様。絶対に幸せにしてあげたい!あの日だって、お嬢様がいなければきっと死んでいたから)
10年ほど前に記憶を失っていたビオラを助け、屋敷で居場所を作ってくれたのはアルゼリアだった。ビオラはアルゼリアを実の姉のように慕っており、アルゼリアもまた母を亡くした直後に出会ったビオラを妹のように可愛がっていた。
(――暴君に殺されるためにお嬢様はいるわけじゃない。エドガーさんと幸せになってもらうんだ。そのためには、白い婚姻を目指さないと)
この国では結婚後3年間後継者を残すために行為をしなければ、女性側から離婚を申し出ることができた。この法律は平民と貴族だけではなく、王族も対象となる。
「ビオラ。私についてきてくれてありがとう。あなたもエドも居てくれるのに泣いてばかりいたらだめよね」
ビオラを安心させるために少し微笑んだアルゼリアだが、涙が止まることなく頬を濡らす。
王都は馬車で10日ほどかかる。その間にお嬢様から暴君の目を背けさせる方法を考えなくては、とビオラはアルゼリアに見えないようにぐっと拳を握りしめた。
「何も、めでたくないわ」
「もう。いつまで怒っているの」
ビオラの後ろから乳母と共に歩いてきたアルゼリアは、くすくすと笑っている。
ビオラよりも2つほど年上のアルゼリアは、輝く銀色の髪を色とりどりの花で飾りつけている。薄水色のドレスは上質で、特別な日であることを表していた。
「私がこれから結婚するのが気に入らないの?」
「当たり前じゃないですか!」
アルゼリアは困ったように笑顔を浮かべて、乳母の方を見つめた。
「ねえ。ハンナ。ビオラはいつまでこの調子かしら?」
「そうですね。この子はずっと変わらないと思いますよ」
乳母は肩をすくめると、一つ溜息をついた。
「ビオラ。今回お嬢様についていけるのはあんたと、エドだけなんだ。頼んだよ」
ぐっと不満を顔に表したビオラは、ぶんぶんと頭を振る。
(――そうだ。あの暴君からお嬢様を守れるのは私だけなんだ!)
これからアルゼリアは、血にまみれた暴君だと悪名高い第二王子に嫁ぐ。しかも、入れ替わりの激しい第三妃として。
「あなたが一緒に来てくれて本当に心強いわ」
ぎゅっとビオラの手を握るアルゼリア。よく見るといつもよりも化粧が濃くなっていた。顔色の悪さをごまかすためだ。先ほどビオラをからかうように話しかけたのも、不安を隠すためだった。
「私が絶対にお守りしますね」
大切な大切なお嬢様。ビオラが決心をしていると、王都から手配された馬車と一緒に精悍な顔立ちの男性エドガーが現れた。
「アルゼリア様。ビオラ。王都からの馬車が来ました。行きましょう」
「ええ。エド」
アルゼリアはビオラの手を離すと、エドガーの手を借りて馬車の方へ向かう。
「アルゼリア様。お手をどうぞ」
馬車に乗り込む際に手を差し出すエド。アルゼリアを見つめる瞳は切なげで、それを見つめ返すアルゼリアの目から涙がこぼれた。
「お嬢様!」
泣き顔を隠すように馬車に乗り込んだアルゼリアを追いかけ、ビオラが馬車に飛び乗る。
「ああ。エド。エド」
馬車で泣くアルゼリアをビオラは力いっぱい抱きしめた。エドは子爵家の騎士団長であり、アルゼリアの婚約者だった。
いつまでも泣き続けるアルゼリアを抱きしめながら、ビオラは動き出した馬車の中でどうすれば大切なお嬢様を助けられるのか、とずっと考えていた。
(――初めて会ったあの日から、ずっと良くしてくれたお嬢様。絶対に幸せにしてあげたい!あの日だって、お嬢様がいなければきっと死んでいたから)
10年ほど前に記憶を失っていたビオラを助け、屋敷で居場所を作ってくれたのはアルゼリアだった。ビオラはアルゼリアを実の姉のように慕っており、アルゼリアもまた母を亡くした直後に出会ったビオラを妹のように可愛がっていた。
(――暴君に殺されるためにお嬢様はいるわけじゃない。エドガーさんと幸せになってもらうんだ。そのためには、白い婚姻を目指さないと)
この国では結婚後3年間後継者を残すために行為をしなければ、女性側から離婚を申し出ることができた。この法律は平民と貴族だけではなく、王族も対象となる。
「ビオラ。私についてきてくれてありがとう。あなたもエドも居てくれるのに泣いてばかりいたらだめよね」
ビオラを安心させるために少し微笑んだアルゼリアだが、涙が止まることなく頬を濡らす。
王都は馬車で10日ほどかかる。その間にお嬢様から暴君の目を背けさせる方法を考えなくては、とビオラはアルゼリアに見えないようにぐっと拳を握りしめた。
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