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3話

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 アルゼリアが住む屋敷は王城内の住居区画にある。すぐそばには第二妃であるクレア侯爵令嬢が住む屋敷もあった。

 屋敷内は住みやすく整えられており、侍女や使用人も雇われていた。ビオラはアルゼリア付きの侍女として、エドガーは屋敷の警護を担当することになった。

 ジェレマイアとの衝撃的な初対面から既に1週間が経過し、ビオラは焦っていた。

「ついに来たわね」

 そう。朝にジェレマイアの使いから、今夜来るとの連絡が入ったのだ。

 もしも今夜アルゼリアとジェレマイアが結ばれてしまったら、子爵領に帰ってエドガーと幸せに暮らす夢はなくなってしまう。

「お嬢様。今夜は寝室でお待ちいただく間、私が応接間で殿下に対応をしてもよろしいですか?お茶をふるまって差し上げたいんです」

「まあ。お茶を?それをきっと殿下もお喜びになるわね」

 ビオラには不思議な能力が1つだけあった。それは、人の手を握ると相手の健康状態が分かるということだった。

 アルゼリアに拾われた当初、風邪で体調を崩したアルゼリアの手を握った時のこの能力に目覚めた。どこがどう悪くて、どんな薬草が効くのか、それが脳内に浮かぶのだ。

 分かっても治す力はないため、ビオラはアルゼリアのために薬湯や薬草茶について学び、子爵家や使用人たちによくふるまっていた。

「でも、ビオラ。お父様も言っていたけれど、決してその力のことは殿下にばれないようにね」

「もちろんです」

 心配そうな表情を浮かべるアルゼリアに、ビオラは笑顔で頷く。

 ゲルト教会は不思議な能力を持つものが現れると、それを神聖視して教会の監視下に置くことが多かった。そのため、家族と離れたくないものは、ひっそりと力を隠している人も多い。

「失礼いたします」

 部屋の中に大勢の侍女が入ってくる。どうやら今夜ジェレマイアが訪れるための準備を行うようだった。

(――お茶を飲んでもらいながら、どうにかしてお嬢様の部屋に行くのを阻止しないと)

 自身が持ってきた薬草などが入った棚を見て、ビオラはふうとため息をついた。








 そして夜。

 侍女たちが磨き上げたアルゼリアは、普段から見慣れているビオラでもくらりとするほど美しかった。しかし、その表情は硬く、緊張からか唇が震えている。

「エドがね。夜を徹して身をお守りしますって」

 ぽつり、と一言もらし、アルゼリアはぽろぽろと涙を流した。

「泣くとせっかく綺麗にしてもらったのに、ダメね。ビオラ。私は大丈夫だから。殿下が来てお茶を差し上げたら、すぐに寝室に通して差し上げて」

「お嬢様」

「けして。変な考えは起こしてはだめよ?私はあなたとエドが頼りなんだから」

 そう言うとにこり、と微笑んでアルゼリアは寝室へと入っていった。

(――変なこと、しようとしてる。けど、お嬢様のために何もしないなんて無理だよ)

 卓上にはお茶のセットが置いてある。直接手を握らないと相手の不調が分からないため、今回は気を静めるお茶や頭痛を治めるお茶など、汎用性が高いものにした。

 こつこつこつ。

 廊下から足音が聞こえ、思わずビオラの体に力が入る。

 扉が開き、そこには以前と変わらない美貌を持つジェレマイアが一人立っていた。

「ん?お前は」

「アルゼリア様付きの侍女、ビオラでございます。お体のためにお茶を入れさせていただきたく、こちらで待たせていただきました」

 しっかりとその場に跪き、礼の形を取ると「頭をあげろ」とジェレマイアが言ったため、ビオラは顔を上げた。

「まぁ、いいだろう」

 ジェレマイアはそう言うと、ビオラの向かい側の椅子に腰を下ろした。何の感情も浮かんでいないその表情に、ビオラは恐怖を隠して微笑む。

「それではお茶を入れさせていただきます。その前に、舌を見せていただけませんか?舌や手の温度で、その方の体調などが分かるんです」

 ビオラの能力を知っているのはアルゼリアとその父親の子爵、執事長の3人だけだった。そのため、子爵家でもほかの人の手を見る時は、同様に手の温度や舌を見ていると言って手を触っていた。

 ジェレマイアはじっとビオラを見て、腰元に携えている剣を一撫でした後、無言で手を出し、口も開いた。

(――き、切られるかと思った!!)

 ジェレマイアの手が剣に伸びた瞬間、心臓をぎゅっと掴まれたほどの恐怖を感じたビオラ。その様子をジェレマイアは観察しているようだった。

「し、失礼いたします」

 そう言って舌を見るふりをし、その後でジェレマイアの手にそっと触れた。

「お前は、今何を感じている?」

(――なにこれ。こんな不調な人見たことない!)

 ジェレマイアの問いかけに気が付かないほど、ビオラは驚いていた。
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