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23話
しおりを挟むクレアの部屋の周りは人払いがされており、辺りは静かだ。クレアのベッド近くに置いた椅子に、ジェレマイアは座っている。
ジェレマイアは書類を片手に、眠っているようなクレアに質問を繰り返す。
「カルカロフ侯爵領の一部地域の税収が減っていることについて、何か知っていることはないか?」
質問を受けたクレアは気持ちの良さそうな、とろんとした声でどんどん回答していく。
ジェレマイアがクレアの部屋で焚くお香は特別なもので、至近距離で嗅ぐと自白と催淫効果のあるものだった。眠っている本人は話したことを覚えておらず、夢の中で見たことを現実だと勘違いする。
催淫効果のおかげで、そういった夢を見ているクレアは、夢の中で毎月ジェレマイアから愛されていた。そして、夢を現実だと思い、ジェレマイアからの寵愛を信じて疑わないのだ。
クレアが嫁いで5年が経つが、ジェレマイアは一度も手を出したことはない。
「今お話ししても?」
口元を布で抑え、部屋の隅にいるライがそう言った。毒の効かないジェレマイアとは異なり、ライはお香の効果が出ないように離れているのだ。
「ああ。いいぞ」
クレアの父であるカルカロフ侯爵の不正について、聞きたいことが全て聞けたジェレマイアが頷く。
「その女。今日のお昼にビオラちゃんに怪我させたんだ」
「なんだと?報告を受けていないが?」
ぎろり、とジェレマイアに睨みつけられて、ライが肩をすくめた。
「よく僕に誰かの護衛や監視を頼むときは、命に別状がない限りは報告するなって言うくせに」
「ビオラは別だ」
「ですよね。守り切れず申し訳ございません」
ライが片膝をついて謝罪すると、ジェレマイアがクレアの顔を指差す。
「説明しろ」
「殿下が部屋から出ていって、ちょっと経ったらその女が来て、ビオラちゃんにいちゃもんつけて扇で顔を殴ったんです」
「門番は?」
ジェレマイアはベッドサイドに置いてあった扇を床に叩きつけ、そう尋ねた。
「侯爵家には逆らえなかったって、へらへら笑って言ってましたけど」
「そうか。殺せ。主人の命を聞けない奴はいらん」
「はーい」
ビオラは知らないことだが、ジェレマイアは体調不良によるイライラが治った後でも人を殺している。
最近自分の様子が変わり、部下の気が緩んでいることを感じていたジェレマイアは、いい機会だとばかりに門番を殺すことにした。
「その女はどうします?殺します?」
世間話でもするようににこにこ、と笑いながらライが聞く。目の前でビオラを殴られたことに、彼自身も腹が立っていた。
「こいつはまだ使うから殺せない。だが、ビオラにしたことの仕打ちは許せんな」
昼に会ったときはあんなに嬉しそうに笑っていたのに。この女に殴られたビオラは、どんな顔をしたんだろうか、泣いたんだろうか。
殴られた時のビオラのことを考えると、ジェレマイアは自身のはらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えた。
ジェレマイアは腰の剣に手をかけると、鞘から刀を抜き取る。そして寝ているクレアの首の後ろを掴むと、そのまま座らせるように体を起こした。
「あ、やっぱり殺すんですか?」
わくわくとした様子のライに無言でジェレマイアは、剣を持っていない方の手でクレアの髪を掴み、首の後ろほどで切った。
ぱらぱら、とジェレマイアに切られたクレアの髪がベッドに落ちて、広がる。
「ふん。これでいい」
そう言うと、握っていた髪の毛もベッドに落とす。髪を切られたクレアは起きず、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。
この国の価値観では高貴な身分の女性は、常に髪を腰ほどまで伸ばしている。貴族の女性で肩より短い髪の毛にしているのは、幼い子供くらいだった。
「お優しいことで」
ライはジェレマイアの決断に不満そうだ。じっとベッドに散らばる毛を見て、つまらなさそうに言った。
「お前の凶暴さはビオラの前では隠せよ」
剣を鞘にしまったジェレマイアがそう言うと、もちろんですよとライが笑う。
ジェレマイアとライは夜が深くなってきた頃にクレアの屋敷を出ていき、朝早くにクレアの部屋に来たミレイユがクレアの状況を発見して大騒ぎになった。
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