お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス

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33話

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「今日殿下にお会いしたんだけど、どこで会ったか分かるかしら?」

 今日、と言われてビオラは身を固くした。もしかしたら、見られたのだろうか。そのせいでアルゼリアまで捕まってしまったのか。

「ミレイユ」

「はい。クレア様のご質問に答えなさい」

 ミレイユは床に転がるビオラに近づくと、テーブルの上にあった器を手に取り、中の水をビオラに頭からかけた。

「可哀想な殿下。こんな女に騙されて。私が処理して差し上げなくては」

 うふふ、と笑うクレアが立ち上がり、アルゼリアに近づく。

「お嬢様には何もしないで!」

「私に命令するつもり?まあ、いいわ。これが見える?」

 紫色の小さな小瓶を手に取り、クレアがニヤリと笑う。

「飲めばすぐに楽になれるお薬よ。あなたが飲まないなら、主人である田舎令嬢に飲んでもらうわ」

「飲みます!」

「ビオラ。ダメよ!」

 毒薬をかかげるクレアに、ビオラは叫ぶように答える。

 (――この状況を招いたのは私自身だ。お嬢様に迷惑をかけるわけにはいかない)

「あら?意外と物分かりがいいわね。ほら、拾いに来なさい」

 這うように薬を取りに行きながら、ビオラは辺りをキョロキョロと見渡す。

 (――殿下がつけてくれた護衛の方はいない?ライ様は?)

 時間を稼いで、アルゼリアだけでも無事に返したかった。しかし、ビオラの視線に気がついたクレアが笑って言う。

「あらぁ?貴方が探してるのはこの人?」

 そう言ってクレアが扉の近くにいる男性に目配せすると、奥から誰かを引きずってくる。
 
「ライ様!」

「貴方たちが部屋に入った瞬間に、すぐに助けようとしていたわよ。殿下の側近は優秀だけど、数には勝てなかったわね」

 それは意識をなくしたライだった。かなり抵抗をしたのか、服も破れて見えるところは傷だらけだ。ぽたりぽたり、と血も垂れている。

「タキアナ皇后様がね。影を30人も貸してくださったの。ふふ。おかげで貴方たちを簡単に連れてこられたわ」

「そんな」

(――助けが来ないなら、お嬢様だけでも)

 ビオラが瓶のところまでたどり着くと、両手で瓶を掴んでクレアを見つめた。

「あなたは殿下のこと愛しているんですか?」

「失礼ね。まあ、これから死ぬ子だから答えてあげる。もちろん愛しているわ。殿下はこれから王になるの。そうしたら、私は王妃になれるのよ」

「殿下のどこが好きなんですか?」

「どこが?変なことを聞くわね」

 無礼者と言ってビオラに怒鳴るミレイユを、クレアが手で静止する。

「そうね。私に相応しい男だから。私の男だからかしら?殿下といれば、私はこの国で最も尊い女性になれるの。そして、その座は貴方みたいな平民でも、そこの田舎令嬢のものではない。私みたいな選ばれた身分の女性だけが、得られるものなのよ」

 うふふ、と機嫌よくクレアが笑う。そして、口元にかざしていた扇をぱちり、と閉じた。

「満足したかしら?」

 (――殿下が言った通りだ。クレア様はご自身のことしか愛してない。こんな場所に殿下を残して死ぬなんて。せめて、返事だけでもすればよかった)

「ビオラ。私が飲むわ。あなたは飲まなくていいの!」

「お嬢様。それでは、私が王都に来た意味が無くなってしまいます」

 妹同然に可愛がってくれたアルゼリアなら、本当にビオラのために毒薬を飲んでくれるだろう。でも、ビオラにはそんなことできるはずがなかった。

「殿下。ごめんなさい」

 目からつぅっと涙が流れる。小瓶を持つ手が震える。これを飲んだら終わりなのだ。全てが終わってしまう。

「早くしなさい」

 急かすクレア。椅子に縛り付けられたアルゼリアが暴れ、叫ぶ声がビオラには聞こえた。

 瓶の蓋を開け、口をつけると一気に液体を喉に流し込んだ。どろり、と甘くて苦い液体が喉を通り、かっと熱くなるのを感じた。

 その瞬間。くらり、と世界が暗転し、小瓶がビオラの手から落ちて割れる。

 (――これでお嬢様は無事に帰れるよね。お嬢様ごめんなさい。殿下、愛しています)

 ビオラは意識を失い、その場に倒れ込んだ。

「ビオラ!」

「あら、意外とすぐに死んじゃうのね。せっかくなら苦しむところも見たかったのに」

 倒れるビオラに、扉の前にいた一人の男性が近づく。

「どう処理をすれば?」

「好きにしてちょうだい。もう遺体に用はないから、遊んでもいいし、身につけているものは売っても構わないわ」

「へへ。ありがとうございます。いい女だと思ってたんですよ」

 下品な笑みを浮かべる男に、アルゼリアは涙が止まらない。そして、大きな声でやめなさいと繰り返す。

「その女もうるさいから黙らせて。そっちも好きにしていいわ」

 クレアに指示を出された男はアルゼリアに近づき、黙らせるために殴って意識を失わせた。

 その時。ばん!と勢いよく扉が開き、部屋の中に誰かが入ってきた。
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