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書斎での事件

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 書斎の奥には小さいながらも、座り心地の良さそうな椅子と机が用意されている。ヴァルターから時々ここで一人本を読むことがある、とコルネリアは聞いたことがあった。

 赤く手触りの良い布でできた椅子に座り、コルネリアは本を数冊、机の上に置いた。

 ヴァルターがいつ現れるか分からないため、それまで本を読もうと思ったのだ。

 身分を隠した貴族令嬢とスパイの恋模様が人気の話を手に取り、数ページめくった。が、すぐにぱたん、と本を閉じる。

(――落ち着かないわ!)

 本を机の上に置いて立ち上がると、がたんっと入り口から音がしてコルネリアは動きを止めた。さすがにヴァルターが帰るには早すぎるのではないか、と思いドアの方を見る。

「コルネリア。一人なのね」

 部屋の入り口にはキァラが立っていた。

(――タメ口って。本当に無礼な子だわ)

 コルネリアが呆れてキァラを見るが、その様子を見てキァラの笑みが深まる。

「怯えなくたっていいじゃない。今日は一つ提案をしにきたのよ」

【何?】

「ふふ。ヴァル様の第二夫人になってあげてもいいわよ。聖女っていうのは本当だから、アンタは外で働いてきなさい。私は屋敷でお客さまの対応と、妻としてヴァル様を支えるわ」

 突拍子もないことを、キァラはすらすらと喋る。興奮しているのか、少し早口になっていた。

(――あ。この子話が通じない、やばい子ですわ)

 帝国でもこういった人間とは会ったことがある。そう思い、コルネリアの頬がひきつる。

【そういった話は私じゃなくて、ヴァルター様の許可が必要ですわよ】

 正面から相手をする必要がない。そう判断したコルネリアは、可哀想な子を見る目でキァラを見て、紙で伝える。

「そんなこと知ってるわよ!どうせ、アンタが反対してるんでしょ。だから、ヴァル様は私を拒むんだ!」

 昨夜の出来事を知らないコルネリアは、キァラが何を言っているのか分からない。

【反対って?】

「ヴァル様のこと束縛してるんでしょ!私は、ヴァル様が帝国に立ち向かって、ネバンテ国の王様になった時に。この人と結婚するって決めたんだから!」

 そう叫ぶと、肩で息をしながらキァラがコルネリアを睨みつける。

「ヴァル様も、兄様も私の味方なんだから!」

 そう言うとキァラが胸元から、何か尖ったものを取り出した。きらりと光る刃物のようなものを手にしたキァラに、コルネリアが一歩後ろに下がる。

「ここで働く使用人だって。古くからいる人間は、私のこと子供の頃から知っているのよ」

(――それが今どう関係あるのよ!声も出せないから、助けも呼べないわ)

 コルネリアはキァラの手元へ目線を向ける。刃物のように見えたものは、氷を砕くピックのようだった。咄嗟に紙とペンを置き、代わりに本を手に取る。

(――ピックならきっと突き刺すだけよね。この本を投げつけて、怯んだところでピックに向かって本を持って突進してやりますわ!)

 助けが来ない、と察するとすぐにコルネリアは臨戦態勢をとる。脳内ではかなり武闘派な考えだが、キァラの目には恐怖を感じながらも、立ち向かおうとする女性に見えている。

「何も言えないアンタは、そこで見てなさい!」

 そう叫ぶと腕を振り上げ、そのままキァラは自分の太ももにピックを突き刺した。着ていた薄紫色のワンピースごと突き刺し、布にじわじわ血が滲む。

(――な!馬鹿ですの!)

 本を投げつけようと右腕を上げていたコルネリアは腕をおろし、混乱したままキァラを見つめる。

「きゃー!!聖女様!!やめてください!!!」

 耳をつんざくほどの大きな声で、キァラがわめく。

「どうしたの」

 その声に侍女の一人が扉を開けて中に入る。悲鳴を聞きつけた人は、廊下に数名いるようだ。

「え?ここで何が?」

「コルネリア様!私が憎いからって、こんなの酷すぎます!」

 部屋の中心にはピックの刺さった太股をおさえて、ボロボロ涙をこぼすキァラ。その奥には両手にそれぞれ本を持って立つコルネリア。

「一体何があったんです」

「執事長!私たちにもわからなくて」

 ドアの隙間からマルコが現れ、コルネリアは自分がよく分からないことに嵌められそうだと気がつく。

 キァラはわぁわぁと泣きながら、コルネリアに謝罪をしている。

「ごめんなさい!許してください!」

 泣き叫ぶキァラは迫真の演技で、ワンピースにはどんどん血のシミが広がっていく。

「どいてくれ!」

 どうしようか、とコルネリアが立ち尽くしていると、人をかき分けてヴァルターが現れた。
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