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第三章 奇跡の融合とトラブル

魔女

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 やっと休日がやってきて、私はまたヴィタリーサに出勤している。
 エミリオ様は店に出ながらも化粧品の研究に余念がないようで、私が出勤すると安心して店を任せられると信頼を寄せてくれている。
 
 商品は売れてはいるものの、今のところは量産体制は整えていないので品数自体が少なめだ。そのこともヴィタリーサの化粧品の価値を上げる要因になっている。
 
 個人的には量産して値段も下げ、もっと多くの人の手に渡ってほしいと願っているのだが、現状で精一杯ということもあり、当面は私たちの手の届く範囲でやっていこうと話しているところだ。
 
 今のところビューティーアドバイザーは週二日しかいられない私のみ。私がいないときはエミリオ様が一人で接客している。他にも人を雇えばいいのにとは思うのだが、これが方針なのだそうだ。
 
 化粧品の開発については私が店に出勤している日の空き時間や、会えないときはお手紙をやりとりしてお話しするようになった。
 私が新しい化粧品の話をすると声を弾ませながら話を聞いてくれるのがとても嬉しいので、できるだけ会ってお話したいと思うようになった。
 でも、エミリオ様も王子殿下としてのお仕事が忙しいのではないかなと思って聞いてみると、「許しを得ているから大丈夫。心配ありがとう」とまた麗しの笑顔で微笑まれた。
 
 エミリオ様はそういうところがある。
 さっきまで好奇心旺盛な少年みたいにかわいい反応をしていたかと思えば、次の瞬間には真面目な表情で私の話を聞いている。そして最後にはどんな令嬢でも腰を抜かしてしまいそうなくらい妖艶な顔で微笑むのだ。私でも「キュン」としてしまいそうになるくらいなのだから、最近エミリオ様目当ての女性客がとても多いことも納得だ。
 そんなことをとりとめもなく考えていると、お店のドアが開く音が聞こえた。
 
「ごきげんよう」
 
 お客様の声が聞こえる前に、私は条件反射的に視線を扉のほうに定め、笑顔をつくった。
 美容部員としての新人教育の際には、美しい姿勢、立ち姿まで何度も繰り返し訓練したものだ。指先、足の先まで意識を巡らせ、前世の記憶にある通りの姿勢をキープする。

「いらっしゃいませ」

 お辞儀や足の角度や、言葉を最後まで言い切ってから上半身を倒すというタイミングまで、前世の記憶なのに現在のアイリーンの身にも染みついているようだった。
 
 店内に入ってきたお客様は一人。この方は確か子爵令嬢のサリー様。何かを探しているのか目をキョロキョロさせている。

「なにかお探しですか?」
「ええ。お仕えしているお嬢様に頼まれまして。こちらにある商品を全て一つずついただきたいのですが――」
「かしこまりました。……失礼ですがお客様、フィニアス子爵家のサリー様でお間違いないでしょうか?」
「はい。ご存じいただいているとは、恐れ多いことです」
「フィニアス様、こちらこそとんでもないことです。お仕えなさっているお嬢様は普段から当社の商品をご使用になっていますか? 当店との取引はなかったと記憶しているのですが……」
「どうぞ、私のことはサリーと。ええ。その通りです。お嬢様は決まった商人からしかお買い求めになりませんから、こちらの商品を手に取ったことは未だありません。今回は噂を聞いてこちらへ参ったのです」

 こういうお客様は多い。けれど、初めて購入されるお客様へすぐ商品を売ることはできない。ましてや使用する本人ではないのだからそのまま渡すことははばかられる。
 欲しがっているのは公爵家のあの方で間違いないのだろうけれど……こればかりは譲れないのだ。

「サリー様、大変申し訳ありませんが――」

✳︎✳︎✳︎
 
「なにそれ。この私に売れないっていうの!?」
「いえ、お嬢様のお名前は出しておりませんが……」
「そんなのどっちだっていいわ! サリーのことを知っていたのなら欲しがっているのは私だとわかったはずよ!」
「ですが、他の貴族の令嬢方にも同様の対応をしているとおっしゃっていましたよ?」
「なに? さっきから。おまえはあの魔女の味方なの?」
「いいえ、そういうわけでは……」
「そうよね? あの魔女は私のことを馬鹿にしているのよ!」

 サリーはため息をついた。まだ幼い頃から仕えているこのマーガレットお嬢様は大変な癇癪持ちだ。アンブローズ公爵家の一人娘として甘やかされて育ってきたため、自分の意志が通らないことは許せないのだ。素直でかわいらしい一面もあるのだが……。エミリオ殿下が関わるとこうなることが多い。

 今回、お嬢様の思い人であるエミリオ殿下が手掛けられた化粧品を使いたい、そして殿下を惑わせる魔女のことも知りたいからついでに見てくるように、との命を受けて『ヴィタリーサ』へ行ってきた。
 
 結果、お嬢様の言うところの「魔女」であるアイリーン・グレン様は見てこられたが、エミリオ殿下が作られたという化粧品は一つも売ってもらえなかった。
 けれど、それには「肌に合うかわからないから、まず試しに使ってみてから購入を検討してほしい」という明確な理由があり、対応も終始丁寧だったので、私はアイリーン・グレン様に対して好感を持った。初めて会う私の名前も知っていたので、しっかりと教育も受けているのだろうと思われる。
 お嬢様には私の所感も含め全てありのままを伝えたはずなのだが……。
 
「……じゃあ、にしてあげるまでよ」

 お嬢様は不敵な笑みを浮かべて何か企んでいるようである。こうなったお嬢様は、お諌めしても話を聞いてくれない率が高い。
 
 私は、マーガレット様により「魔女」と認定されてしまったアイリーン・グレン様を心底気の毒に思った。
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