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第二章 婚約破棄
最後の足掻き①
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「……それは、確かなことなのか?」
ベリサリオ公爵は、クラウスを視界にも入れず、真っ直ぐに私を見つめて聞いた。
それは、間違いは決して許さないとでも言うかのように厳しい顔つきだった。
「はい。今から詳細をお話しますので、この場に公証人の方を呼んでもよろしいでしょうか?」
「ああ。こちらとしてもありがたい。公式に記録を残してもらわねば」
「ありがとうございます」
父と私は揃って頭を下げた。
ベリサリオ公爵は突然の話に混乱しているだろうに、冷静に対応していた。対するクラウスは表面上は繕いながらも、顔を真っ青にさせていた。
公証人の方がゲストルームに入室した。自己紹介ののち、彼が席に座るのを見届けてから、私は先ほどの発言の続きを話し始めた。
「私は、確かにクラウス様の浮気現場を目撃しました。一ヵ月前、ミディール学園の図書館でのことでした。クラウス様、覚えていらっしゃいますよね?」
「……」
「クラウス、どうなんだ」
「……」
ベリサリオ公爵は少し焦っているようだった。明らかにクラウスの顔色は悪いし、彼は項垂れるように顔を俯けて無言を貫いているのだから。クラウスにはもちろん心当たりがあるだろう。
何も答えない息子に焦れた様子のベリサリオ公爵は、質問する矛先をリリアーヌに変えた。
「証拠は、あるのだろうか? リリアーヌのことを疑うわけではないが、クラウスはリリアーヌを非常に大切にしていた。その息子がそんな愚を犯すだなんて、私には到底信じられないのだ」
そうでしょうとも。私は内心大いに納得した。
クラウスは品行方正で成績優秀、入学当初からずっと奨学生の座を守り続けている、学生の鑑とも呼ばれる存在である。ベリサリオ公爵としては非の打ち所がない自慢の息子。素行については何も心配していなかっただろう。
私とて、『死んでくれればいいのに』なんて言葉が彼の口から発せられる前は、彼の表の顔を信じきって疑いすらしなかったのだから。
でも、ベリサリオ公爵にも目を覚ましていただく時が来たのだ。お相手のご令嬢たちのために、何より私の自由獲得のために、クラウスの罪は暴かれなければならない。
「もちろんあります。私も自分で見たものが信じられなくて、その日は気が動転していましたから。その後、ちゃんと調査をして事実を明らかにしなければいけないと思ったのです」
私は、精一杯傷ついた表情をして、悲嘆に暮れる雰囲気を醸し出す。
ベリサリオ公爵と父は痛ましそうな視線を私に向けるので、私は自信を持って悲劇のヒロインを演じることができた。
「まずはこちらをご覧ください。三週間の調査結果をまとめてあります」
父と母にも見せた資料をベリサリオ公爵とクラウスに差し出す。公証人の方にも同じものを提出している。
「これは……」
書類には詳細な追跡結果が記されている。日付、時間、場所、相手、どのような会話がなされていたか……おまけに決定的な場面の写真つきだ。もちろん女性側の尊厳は守られるように加工してある。
もっと確実な証拠を、と言われた時のために映像も記録してあるが、両者の表情を見る限り、どうやらそれが必要になることはなさそうだ。
ベリサリオ公爵は全ての感情を削ぎ落とされたかのように愕然とした表情で、勢いよく頭を下げた。
「うちの愚息が、大変な不義理を犯してしまい、申し訳ございません」
クラウスのほうには一切視線を向けずに、呆然としている彼の後頭部を掴んで床にむけて力いっぱい押し下げ、強制的に頭を下げさせた。
「クラウス……お前も謝るんだ」
怒りを精一杯抑え込んでいるような、声量は小さくとも低く、全ての人を無意識のうちに従わせるような威厳のある声色だった。
「申し訳……ありませんでした……」
クラウスは父親に頭を押さえつけられながらはらはらと涙を流していた。
冗談じゃない。
なぜあなたが涙しているのか――。
泣きたいのは被害者である私のほうだ。
「クラウス様……泣きたいのは私のほうです……」
怒り狂う気持ちを抑え込み、両手を重ねて胸を押さえ、心から傷ついたことをアピールをする。
私の声を聞き、クラウスは俯けたままになっていた顔を上げる。
父とベリサリオ公爵は私に同情した表情を向け、クラウスには非難するように厳しい目を向けている。
ただ、二人が向ける非難の質は根本的には異なっているだろう。
父は私の気持ちを最大限慮ってくれているだろうけれど、ベリサリオ公爵にとってクラウスは優秀で可愛いひとり息子だ。
唯一の後継でもあるので、本当の意味で私の気持ちを優先させることはないだろう。
この場を去れば浮気程度で息子の未来を潰すのは惜しいと、更生は促しても厳しい処罰は下さない可能性は高い。「この場をうまく収めてみせろ」とでも思っていそうだ。
ベリサリオ公爵は、クラウスを視界にも入れず、真っ直ぐに私を見つめて聞いた。
それは、間違いは決して許さないとでも言うかのように厳しい顔つきだった。
「はい。今から詳細をお話しますので、この場に公証人の方を呼んでもよろしいでしょうか?」
「ああ。こちらとしてもありがたい。公式に記録を残してもらわねば」
「ありがとうございます」
父と私は揃って頭を下げた。
ベリサリオ公爵は突然の話に混乱しているだろうに、冷静に対応していた。対するクラウスは表面上は繕いながらも、顔を真っ青にさせていた。
公証人の方がゲストルームに入室した。自己紹介ののち、彼が席に座るのを見届けてから、私は先ほどの発言の続きを話し始めた。
「私は、確かにクラウス様の浮気現場を目撃しました。一ヵ月前、ミディール学園の図書館でのことでした。クラウス様、覚えていらっしゃいますよね?」
「……」
「クラウス、どうなんだ」
「……」
ベリサリオ公爵は少し焦っているようだった。明らかにクラウスの顔色は悪いし、彼は項垂れるように顔を俯けて無言を貫いているのだから。クラウスにはもちろん心当たりがあるだろう。
何も答えない息子に焦れた様子のベリサリオ公爵は、質問する矛先をリリアーヌに変えた。
「証拠は、あるのだろうか? リリアーヌのことを疑うわけではないが、クラウスはリリアーヌを非常に大切にしていた。その息子がそんな愚を犯すだなんて、私には到底信じられないのだ」
そうでしょうとも。私は内心大いに納得した。
クラウスは品行方正で成績優秀、入学当初からずっと奨学生の座を守り続けている、学生の鑑とも呼ばれる存在である。ベリサリオ公爵としては非の打ち所がない自慢の息子。素行については何も心配していなかっただろう。
私とて、『死んでくれればいいのに』なんて言葉が彼の口から発せられる前は、彼の表の顔を信じきって疑いすらしなかったのだから。
でも、ベリサリオ公爵にも目を覚ましていただく時が来たのだ。お相手のご令嬢たちのために、何より私の自由獲得のために、クラウスの罪は暴かれなければならない。
「もちろんあります。私も自分で見たものが信じられなくて、その日は気が動転していましたから。その後、ちゃんと調査をして事実を明らかにしなければいけないと思ったのです」
私は、精一杯傷ついた表情をして、悲嘆に暮れる雰囲気を醸し出す。
ベリサリオ公爵と父は痛ましそうな視線を私に向けるので、私は自信を持って悲劇のヒロインを演じることができた。
「まずはこちらをご覧ください。三週間の調査結果をまとめてあります」
父と母にも見せた資料をベリサリオ公爵とクラウスに差し出す。公証人の方にも同じものを提出している。
「これは……」
書類には詳細な追跡結果が記されている。日付、時間、場所、相手、どのような会話がなされていたか……おまけに決定的な場面の写真つきだ。もちろん女性側の尊厳は守られるように加工してある。
もっと確実な証拠を、と言われた時のために映像も記録してあるが、両者の表情を見る限り、どうやらそれが必要になることはなさそうだ。
ベリサリオ公爵は全ての感情を削ぎ落とされたかのように愕然とした表情で、勢いよく頭を下げた。
「うちの愚息が、大変な不義理を犯してしまい、申し訳ございません」
クラウスのほうには一切視線を向けずに、呆然としている彼の後頭部を掴んで床にむけて力いっぱい押し下げ、強制的に頭を下げさせた。
「クラウス……お前も謝るんだ」
怒りを精一杯抑え込んでいるような、声量は小さくとも低く、全ての人を無意識のうちに従わせるような威厳のある声色だった。
「申し訳……ありませんでした……」
クラウスは父親に頭を押さえつけられながらはらはらと涙を流していた。
冗談じゃない。
なぜあなたが涙しているのか――。
泣きたいのは被害者である私のほうだ。
「クラウス様……泣きたいのは私のほうです……」
怒り狂う気持ちを抑え込み、両手を重ねて胸を押さえ、心から傷ついたことをアピールをする。
私の声を聞き、クラウスは俯けたままになっていた顔を上げる。
父とベリサリオ公爵は私に同情した表情を向け、クラウスには非難するように厳しい目を向けている。
ただ、二人が向ける非難の質は根本的には異なっているだろう。
父は私の気持ちを最大限慮ってくれているだろうけれど、ベリサリオ公爵にとってクラウスは優秀で可愛いひとり息子だ。
唯一の後継でもあるので、本当の意味で私の気持ちを優先させることはないだろう。
この場を去れば浮気程度で息子の未来を潰すのは惜しいと、更生は促しても厳しい処罰は下さない可能性は高い。「この場をうまく収めてみせろ」とでも思っていそうだ。
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