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第四章 逆行の真相
変装
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私とロザリア様は顔を見合わせた。ロザリア様は私を見て諦めたような表情で微笑み、私はロザリア様を見て感嘆のため息を吐いた。
「はぁ。美しいです……」
今日は休息日。これからロザリア様と二人でお出かけをする予定なのだけれど……。目的は「ルイ様の真実を暴くこと」である。つまり、アスター侯爵令嬢が見たものを私たちも自分の目で確認しようということだ。
ロザリア様は公爵令嬢としての権力を遺憾なく発揮し、なんとこの国の王太子であるルイ様の行動予定を手に入れてみせた。「お安いご用ですわ」としたり顔を見せるロザリア様はとても頼もしく思えた。
そして「奨学生寮には最小限の衣装しか持ち込んでいないから」と言うロザリア様から、グレンヴィル公爵邸に招待された。
「出かける前にすることがある」とルイ様を尾行するにはまだ早い時刻に私を屋敷に招いたロザリア様は、私が部屋に着くなり変装を始めた。ちなみに私たちの変装を手伝ってくれたのはロザリア様の専属侍女であるローラ様である。
ローラ様一人の手でロザリア様と私は手際よく変身させられ、その技術の高さに驚いていたところだ。さすが公爵令嬢の専属侍女である。いや、シエンナが侍女として劣っているとかそういう話では全くないけれど。
とにかく、変装したロザリア様を一目見て私は驚愕した。
「ううー。ロザリア様素敵……!」
「ふふふ。そうでしょう? ルイより素敵に仕上がったと思わない?」
「甲乙つけがたいとはこのことです……。究極の選択……!」
「よしっ! ルイざまぁみろですわっ!」
「ロザリア様、お言葉にお気をつけくださいませ……」
ローラ様はロザリア様の言葉遣いを嗜めつつ、満足気にその姿を見つめている。
視線の先のロザリア様は、完璧な男装姿である。裕福な商家の跡取り息子の設定だ。本当に麗しくてルイ様に負けず劣らずのかっこよさだ。さすが元の造形がいい方は何をしてもサマになるなぁと感心していると、ロザリア様は残念そうな顔をしてぼそっと何か呟いた。
「私がかっこよく男装して、可愛く着飾ったリリアーヌの恋人役を務める予定だったのに……」
「……? 私の男装姿、どこかおかしいですか?」
ロザリア様の呟きがうまく聞き取れなくて、私の変装に違和感があるのかと不安になった。
「いいえ。でも、私の従者の設定だなんて……」
「どこからどう見ても裕福な商家の跡取り息子の従者って感じですよね? ローラ様の技術には脱帽です」
私が褒めちぎって感謝の気持ちを込めてローラ様へと視線を向けると、彼女は控えめに微笑んでくれた。
「いえ、それはそうなのだけれど……。リリアーヌには、これを着てもらいたかったのに……」
ロザリア様が見つめる先にはとても豪華でかわいいドレスがある。私に似合うかはわからないが、着てみたいとは思う。けれど……。
「こんな豪華なの着たことないので憧れますが……」
こんな素敵なドレスを着てしまったら、こっそり尾行するつもりなのに、注目を集めてしまうと思うのだ。しかもこんなに麗しい姿に変身したロザリア様が隣にいたら、余計に。
「着たらみんなに見せびらかしたくなるので、今日はこっちのほうがいいと思うんです」
私はローラ様が渋々着せてくれた従者ふうの格好をした自分を指差して、そうロザリア様に訴えた。
「でも……ローラ様の技術が高すぎて、私まで割と素敵な仕上がりになってしまった気がするのですが、大丈夫でしょうか?」
「それはリリアーヌの顔が整っているせいね。元々豪華なドレスで目立ってもらう予定だったから……大丈夫よ。全く問題ないわ」
前半はよく聞きこえなかったけれど、「大丈夫、問題ない」というお墨付きを得たからきっと大丈夫。
「じゃあ行こうか、リアム」
「はい。ロザーノ様」
私たちは今日限定で呼び合うことに決めた偽名を確認して、グレンヴィル公爵邸を出発した。
✳︎✳︎✳︎
今日、ルイ様は一ヶ月ほど前から滞在されている隣国のゲストを接待する予定なのだそうだ。ロザーノ様の手に入れた情報によると、ここ最近ルイ様が忙しかったのは、このゲストの対応を最優先としていることが理由らしい。
そんな話をしながらやってきたのは、ルイ様が今日利用する予定だというカフェである。
「ほら、リアム。あーん」
「あ、あーん……?」
先に入って待ち伏せしようというロザーノ様の提案を受け、こっそりと席に座って待つつもりだったのだけれど……。
実は私、甘いものに目がないのだ。メニューを見て瞳を輝かせる私を見て、ロザーノ様は「好きなもの頼んでいいよ」と男前な台詞を放って笑ってくれたのだ。
――はあ。ロザーノ様がかっこいい……! 役得!
ロザーノ様の男前発言を受け、メニューにおすすめだと書かれているケーキと紅茶のセットを頼むことにした。どのケーキも名前だけでおいしそうなので迷ってしまう。二択まで絞ったあと本格的に頭を悩ませていたら、私のその様子に気づいてくれて「両方頼もう」と爽やかに笑ったロザーノ様もかっこよくてときめいた。
このカフェは今女性に人気のカフェで、店内には女性客が大勢いるのだけれど、ロザーノ様はその女性たちの視線を独り占めしている状況だ。
私が「あーん」をして食べさせてもらったピスタチオとベリーとホワイトチョコレートのケーキを幸せな気持ちでもぐもぐと咀嚼していると、ロザーノ様の指が私の口の端を拭った。
「クリームがついてたよ」
そう言ってロザーノ様は指についたクリームをそのまま自分の口に運び、舐めとった。
「甘いな」
周りから「きゃぁっ」という小さな悲鳴や、「がちゃっ」という陶器がぶつかり合うような音が聞こえた気がした。
このときの私はロザーノ様の行動に焦っていて細かいことには気が回っていなかったのだけれど。
「リアムはかわいいなぁ」
「もう……! 今の私たちは主人と従者なんですよ⁉︎ しかも男同士です!」
私が焦りながらこそこそと声を落としてロザーノ様を咎めても、当の本人は肩をすくめるだけで、悪びれることもなく平然と紅茶を飲んでいる。
私はすっかり毒気を抜かれ、再びロザーノ様の美貌に目を奪われた。
――ロザーノ様がルイ様だったらなぁ……。
そんな突拍子もない、ロザリア様に失礼なことを考えていた私は、背後から近づく人影に全く気づいていなかった。
「リリー。浮気なんてひどいよ。この男は誰?」
聞き覚えのある声にハッとした私は勢いよく振り返って声の主を確認した。
「あ……!」
――ルイ様だ……!
続くはずの言葉はそこで途切れた。
それはせっかく変装してここにいるルイ様の正体を周囲にバラしてはいけないという配慮からだったのか、約一ヵ月ぶりにルイ様に会えた喜びが言葉を詰まらせたせいなのかはわからなかった。
「リリー。ちょっと……」
「ちょっとお兄さん。この子はリアム。僕の恋人なんだけど。人違いじゃない?」
私に何か伝えようとしたルイ様に向けて、ロザーノ様は言葉を放った。
――え? 主人と従者では? いつの間に設定が変わったの……⁉︎
「ロザーノ様……!」
わたしは慌ててロザーノ様に声をかけようとして、はっとして周りを見渡す。
周囲は騒然としている。側から見れば見目麗しい男性たちが織りなす三角関係の演劇が佳境に入ったところだ。おもしろくないはずがない。
――収拾をつけるにも、とりあえず場所を変えないと……!
私が場所を移す提案をしようとしたところに、ルイ様のよく通る声が割り入った。
「恋人……?」
ルイ様は一段低くした声で『恋人』という言葉を復唱した。訝し気に、あるいは腹立たし気に――。
「ルイ様、ロザーノ様! 場所を移しましょう!」
私が声をかけても二人は全く意に介していない。お互いを剣呑な眼差しで見つめるのみである。
――私の話を聞いてーー!
二人が静かに不穏な空気を纏い始めたところで、頭を抱えた私はなぜか逆に冷静になり、今日ここへ来た理由を思い出した。
――あ! そういえばルイ様がお連れになっているという女性は……? 移動するならお声がけしないと……!
私は店内を見渡した。そうしたところでこの国の王太子であるルイ様が一般の席を利用していないだろうことは明白なのだから、やはり私は冷静ではなかったのかもしれない。
「やあルイ。おもしろいことになっているじゃないか」
混沌とした渦中にまた新たな人物が乱入してきたのはそんなときだった。
「はぁ。美しいです……」
今日は休息日。これからロザリア様と二人でお出かけをする予定なのだけれど……。目的は「ルイ様の真実を暴くこと」である。つまり、アスター侯爵令嬢が見たものを私たちも自分の目で確認しようということだ。
ロザリア様は公爵令嬢としての権力を遺憾なく発揮し、なんとこの国の王太子であるルイ様の行動予定を手に入れてみせた。「お安いご用ですわ」としたり顔を見せるロザリア様はとても頼もしく思えた。
そして「奨学生寮には最小限の衣装しか持ち込んでいないから」と言うロザリア様から、グレンヴィル公爵邸に招待された。
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ローラ様一人の手でロザリア様と私は手際よく変身させられ、その技術の高さに驚いていたところだ。さすが公爵令嬢の専属侍女である。いや、シエンナが侍女として劣っているとかそういう話では全くないけれど。
とにかく、変装したロザリア様を一目見て私は驚愕した。
「ううー。ロザリア様素敵……!」
「ふふふ。そうでしょう? ルイより素敵に仕上がったと思わない?」
「甲乙つけがたいとはこのことです……。究極の選択……!」
「よしっ! ルイざまぁみろですわっ!」
「ロザリア様、お言葉にお気をつけくださいませ……」
ローラ様はロザリア様の言葉遣いを嗜めつつ、満足気にその姿を見つめている。
視線の先のロザリア様は、完璧な男装姿である。裕福な商家の跡取り息子の設定だ。本当に麗しくてルイ様に負けず劣らずのかっこよさだ。さすが元の造形がいい方は何をしてもサマになるなぁと感心していると、ロザリア様は残念そうな顔をしてぼそっと何か呟いた。
「私がかっこよく男装して、可愛く着飾ったリリアーヌの恋人役を務める予定だったのに……」
「……? 私の男装姿、どこかおかしいですか?」
ロザリア様の呟きがうまく聞き取れなくて、私の変装に違和感があるのかと不安になった。
「いいえ。でも、私の従者の設定だなんて……」
「どこからどう見ても裕福な商家の跡取り息子の従者って感じですよね? ローラ様の技術には脱帽です」
私が褒めちぎって感謝の気持ちを込めてローラ様へと視線を向けると、彼女は控えめに微笑んでくれた。
「いえ、それはそうなのだけれど……。リリアーヌには、これを着てもらいたかったのに……」
ロザリア様が見つめる先にはとても豪華でかわいいドレスがある。私に似合うかはわからないが、着てみたいとは思う。けれど……。
「こんな豪華なの着たことないので憧れますが……」
こんな素敵なドレスを着てしまったら、こっそり尾行するつもりなのに、注目を集めてしまうと思うのだ。しかもこんなに麗しい姿に変身したロザリア様が隣にいたら、余計に。
「着たらみんなに見せびらかしたくなるので、今日はこっちのほうがいいと思うんです」
私はローラ様が渋々着せてくれた従者ふうの格好をした自分を指差して、そうロザリア様に訴えた。
「でも……ローラ様の技術が高すぎて、私まで割と素敵な仕上がりになってしまった気がするのですが、大丈夫でしょうか?」
「それはリリアーヌの顔が整っているせいね。元々豪華なドレスで目立ってもらう予定だったから……大丈夫よ。全く問題ないわ」
前半はよく聞きこえなかったけれど、「大丈夫、問題ない」というお墨付きを得たからきっと大丈夫。
「じゃあ行こうか、リアム」
「はい。ロザーノ様」
私たちは今日限定で呼び合うことに決めた偽名を確認して、グレンヴィル公爵邸を出発した。
✳︎✳︎✳︎
今日、ルイ様は一ヶ月ほど前から滞在されている隣国のゲストを接待する予定なのだそうだ。ロザーノ様の手に入れた情報によると、ここ最近ルイ様が忙しかったのは、このゲストの対応を最優先としていることが理由らしい。
そんな話をしながらやってきたのは、ルイ様が今日利用する予定だというカフェである。
「ほら、リアム。あーん」
「あ、あーん……?」
先に入って待ち伏せしようというロザーノ様の提案を受け、こっそりと席に座って待つつもりだったのだけれど……。
実は私、甘いものに目がないのだ。メニューを見て瞳を輝かせる私を見て、ロザーノ様は「好きなもの頼んでいいよ」と男前な台詞を放って笑ってくれたのだ。
――はあ。ロザーノ様がかっこいい……! 役得!
ロザーノ様の男前発言を受け、メニューにおすすめだと書かれているケーキと紅茶のセットを頼むことにした。どのケーキも名前だけでおいしそうなので迷ってしまう。二択まで絞ったあと本格的に頭を悩ませていたら、私のその様子に気づいてくれて「両方頼もう」と爽やかに笑ったロザーノ様もかっこよくてときめいた。
このカフェは今女性に人気のカフェで、店内には女性客が大勢いるのだけれど、ロザーノ様はその女性たちの視線を独り占めしている状況だ。
私が「あーん」をして食べさせてもらったピスタチオとベリーとホワイトチョコレートのケーキを幸せな気持ちでもぐもぐと咀嚼していると、ロザーノ様の指が私の口の端を拭った。
「クリームがついてたよ」
そう言ってロザーノ様は指についたクリームをそのまま自分の口に運び、舐めとった。
「甘いな」
周りから「きゃぁっ」という小さな悲鳴や、「がちゃっ」という陶器がぶつかり合うような音が聞こえた気がした。
このときの私はロザーノ様の行動に焦っていて細かいことには気が回っていなかったのだけれど。
「リアムはかわいいなぁ」
「もう……! 今の私たちは主人と従者なんですよ⁉︎ しかも男同士です!」
私が焦りながらこそこそと声を落としてロザーノ様を咎めても、当の本人は肩をすくめるだけで、悪びれることもなく平然と紅茶を飲んでいる。
私はすっかり毒気を抜かれ、再びロザーノ様の美貌に目を奪われた。
――ロザーノ様がルイ様だったらなぁ……。
そんな突拍子もない、ロザリア様に失礼なことを考えていた私は、背後から近づく人影に全く気づいていなかった。
「リリー。浮気なんてひどいよ。この男は誰?」
聞き覚えのある声にハッとした私は勢いよく振り返って声の主を確認した。
「あ……!」
――ルイ様だ……!
続くはずの言葉はそこで途切れた。
それはせっかく変装してここにいるルイ様の正体を周囲にバラしてはいけないという配慮からだったのか、約一ヵ月ぶりにルイ様に会えた喜びが言葉を詰まらせたせいなのかはわからなかった。
「リリー。ちょっと……」
「ちょっとお兄さん。この子はリアム。僕の恋人なんだけど。人違いじゃない?」
私に何か伝えようとしたルイ様に向けて、ロザーノ様は言葉を放った。
――え? 主人と従者では? いつの間に設定が変わったの……⁉︎
「ロザーノ様……!」
わたしは慌ててロザーノ様に声をかけようとして、はっとして周りを見渡す。
周囲は騒然としている。側から見れば見目麗しい男性たちが織りなす三角関係の演劇が佳境に入ったところだ。おもしろくないはずがない。
――収拾をつけるにも、とりあえず場所を変えないと……!
私が場所を移す提案をしようとしたところに、ルイ様のよく通る声が割り入った。
「恋人……?」
ルイ様は一段低くした声で『恋人』という言葉を復唱した。訝し気に、あるいは腹立たし気に――。
「ルイ様、ロザーノ様! 場所を移しましょう!」
私が声をかけても二人は全く意に介していない。お互いを剣呑な眼差しで見つめるのみである。
――私の話を聞いてーー!
二人が静かに不穏な空気を纏い始めたところで、頭を抱えた私はなぜか逆に冷静になり、今日ここへ来た理由を思い出した。
――あ! そういえばルイ様がお連れになっているという女性は……? 移動するならお声がけしないと……!
私は店内を見渡した。そうしたところでこの国の王太子であるルイ様が一般の席を利用していないだろうことは明白なのだから、やはり私は冷静ではなかったのかもしれない。
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