41 / 46
第四章 逆行の真相
捕獲
しおりを挟む
「リリーはおそらく僕のことを一切覚えていないはずだ。……それが時戻しの術を行使する上で必ず起こる副作用のようなものだから」
未だ混乱していて言葉は出てこない。
けれど、唯一わかっていることは、ルイ様はいつも私の味方だったということ。
記憶は失くなってしまったけれど、きっと逆行前からずっとそうだったに違いない。
――それに、ルイ様が時を戻してくれなかったら、私はそのまま……。
「ルイ様、ありがとうございます……!」
生きていることに感謝した。生きて、またルイ様に出会えたことが何よりの僥倖だ。
私の思いを汲み取ってくれたのか、ルイ様は僅かに微笑んでくれた。
けれど、心配なのは……。
「そのようなすごい術を使って、ルイ様の心身に影響はないのですか?」
「全く影響ない……とは言えないな。愛するリリーに忘れられるのはとても悲しかった」
心配していたような身体の不調はないらしい。
けれど、術を施した相手の記憶の中から自分の記憶だけが消えるのだそうだ。
まるでそれが術を施す者に対するペナルティのように。
「僕たちは幼馴染みのような関係だったからね」
「幼馴染み……」
――そうか。幼馴染みだったのか。
私はルイ様の幼馴染みであるロザリア様に嫉妬したことを思い出す。私だって幼い頃からルイ様と出会えていたら……と羨ましく思っていたのに。
私はその地位を手に入れておいて、それでもクラウスに夢中だったということだ。恋に盲目となり、周りが見えていなかったとしか思えない。もう過去の話ではあるが、黒歴史として葬り去りたいほど恥ずかしい。
「うん。でも、今は婚約者だからね」
「はい。私、このままルイ様と結婚していいんですよね……?」
「うん。そうしてくれないと困るんだ。リリーを囲い込むようなことをしておいて、何を今さらって思われるかもしれないけど……。ごめんね」
――あ。困るってそういうことだったのね。私、ルイ様に囲い込まれてたんだ。嬉しい。
ルイ様の言葉の意味を正確に理解すると、どうしてルイ様が他の女性を好きなのだと思い込んでいたのかわからなくなる。
――逆行前の記憶を失くしてしまったせいね。数ヶ月前に初めて会ったと思ってたもの。……私たち、どんな仲の幼馴染みだったんだろう。
「逆行前の私、羨ましいな」と想いを馳せていると、ルイ様が「それともう一つ」と言って、話を切り出した。
「時戻しの術は王族のみに語り継がれる秘術だから、聞いてしまったリリーはもう逃げられないんだ」
残念そうな表情を作りながらも、アレキサンドライトの瞳は真剣な色を帯びている。
ルイ様は「囲い込むようなことをしてごめんね」と言いつつ、きっちりと逃げ道は塞いでいっている。どうあっても私を逃すつもりはないようだ。
私に対する気持ちは相当重いものらしいと理解して、用意周到に私を捕らえようとするルイ様の行動が嬉しいと喜ぶ自分に驚く。
――私はルイ様が好きで、この先もずっとそばにいたい。この気持ちは何が起きても変わらない。喜んでルイ様の準備した囲いの中に捕われよう。
「逃げようなんて思いません。だから、ずっとそばにおいてください」
そう言ってルイ様の胸に飛び込んだ。
ルイ様は嬉しそうに笑って、危なげなく受け止めてくれた。
「ずっとこうしていたいな……」
私を抱きしめたまま、ルイ様は切なそうな声で呟く。最後にギュッと隙間をなくすように抱き寄せたあと、名残惜しそうにゆっくりと身体を離して言った。
「話さないといけないことがあるんだ」と――。
✳︎✳︎✳︎
その後、ルイ様が手配するとすぐにデューイ様が部屋に現れた。
現れた途端、ルイ様は真剣な瞳でデューイ様を問い詰めた。
「リリーの症状はどこまで進んでいる?」
「もうー、そんなにカリカリしなくても。大丈夫だよ。まだ猶予はある」
「元はと言えばお前が……!」
「あーあーあー、悪かったって」
「お前のせいで、せっかくのリリーとの初デートが延期になったんだぞ……!」
「もうそれは聞き飽きたって……。マジで勘弁して……」
――そっか。ルイ様も初デート楽しみにしてくれていたんだ。嬉しいな……。
ルイ様の言葉が嬉しくて、自然と頬が緩んでいた。そんな私を愛おしそうにルイ様が見つめていたなんて、私は気づかなくて。
私たちを眺めたデューイ様は呆れ顔で話を進めた。
「おいそこのスヴェロフ夫妻。今から俺は真剣な話をする。いいね」
私たちに確認するようにデューイ様はそう言ったので、私は「夫妻」というパワーワードに頬を染めつつ、もちろんです、と首肯した。
ルイ様はデューイ様に対して「お前はリリーを見るな。減る」とちょっとよくわからないことを口走っていた。
デューイ様は何かを諦めた表情で、淡々と話し始めた。
「リリアーヌ。きみは呪術を受けている。少しずつね。昨日倒れたのもその影響だ」
「呪術……。やっぱりそうなんですね。でも、どうしてそれがデューイ様にはわかったんですか?」
ルイ様はデューイ様のほうへ向いていた私の顔を、自分のほうへと向けながら言った。
「リリー。デューイはとても強い闇の魔力を持っているんだ。だから魔力の残滓も読み取れるし、どんなに微力であっても闇魔法が使える者がいればわかる」
「…………! じゃあ……!」
「俺なら君の命を脅かしている原因を取り除く方法も知っているし……」
「私に呪術をかけた犯人がわかるということですね……!」
「ああ」
私は再びデューイ様のほうを見て話していたが、また視線をルイ様の顔のほうへと引き戻された。
至近距離で目が合うと、ルイ様は切なそうな表情で私を見つめていた。
「ごめんねリリー。まず、そのことについてきちんと弁明させて」
ルイ様の説明によると、本来ならデューイ様はこちらへ訪れてすぐに私の体調不良の原因について調査を始める予定だったそうだ。
しかし、婚約披露パーティーで挨拶した時点では私に大した兆候が見られなかったため、まだ数年ほど猶予があると判断して――。先に対価として約束したデューイ様の望みを叶えることになったのだという。二人で街中を歩き回っていたのはそのせいとのことだ。
「辛い思いをさせてごめんね、リリアーヌ。俺の判断が早計だった」
「いや。僕もデューイの判断を支持した。僕の責任だ。リリー、怖かっただろう。申し訳なかった」
一度死を経験している身なので、死への恐怖は確かにある。けれど、これは本来なら私自身の問題なので、手伝ってくれる立場である二人に責任は発生しない案件なのである。
――それなのに、律儀に謝ってくれるのね。なんだか二人とも私に甘すぎない? 大事に守ろうとしてくれていて、嬉しいな……。
そんなふうに思って頬を緩めつつも、どうか気にしないでほしいと伝えると、二人とも微かに笑ってくれた。
そうして私は改めて話し始めてくれた二人の話に耳を傾けた。
ルイ様は逆行してすぐにデューイ様と連絡を取り、できるだけ早くスヴェロフ王国へ来てもらえるよう調整していたのだという。
「俺の祖母がルイの祖父の妹なのはこの間話したし、知っているよな? 俺にもスヴェロフ王族の血が流れているからってことで、ギリギリ教えてもらえたんだ。秘術のこと。だからリリアーヌとルイの身に起きたことはほぼ正確に理解していると思ってくれていい」
フィドヘル王国は過去に時戻りの秘術の恩恵を受けたことがあり、その恩があったため、今回は国王が国を離れるという無茶を受け入れてくれたのだそうだ。
「リリアーヌ。我がフィドヘル王国はスヴェロフ王国に大きな恩がある。俺はその恩を返すためにここへ来た。それも一つの理由だ。だけど、それだけじゃないんだ」
そう言ってデューイ様が聞かせてくれたのは、フィドヘル王国の時戻り前の史実だった。
「ちょうど俺たちの祖父母の世代の話だ。我が国の改革派と保守派で対立が激化した時代に、『殺しとは気づかせずに人を殺す呪術』を開発・利用されたことによって、改革派がほぼ壊滅したんだ」
フィドヘル王国は魔術の発達とともに発展した王国であると知られている。
自分が持つ魔力を使って術を発動する事象を「魔術」と呼ぶ。その性質から、魔力を持つ人のみ「魔術」が使えると言われている。
当時フィドヘル王国内でこの「魔術」を巡って対立したのが、「改革派」と「保守派」である。当時ほどではないが、魔術に頼らなくても生きられる世の中にしたい「改革派」と魔術で世の中を統治したい「保守派」の対立構造は現在も続いていると聞く。
「改革派が機能しなくなり、保守派の独裁政治により国がめちゃくちゃになってしまったとき、ルイのお祖父様が時戻りをしてフィドヘル王国を助けてくれたんだ」
――なるほど。ルイ様のお祖父様はフィドヘル王国を救った英雄で恩人なのね。王族しか知らない事実だとしても……。
私が一人で納得していると、申し訳なさそうな顔をしたデューイ様と目が合った。
「……改革派を壊滅に追い込んだときに使われた呪術は、本来なら人体に無害な薬草を使ったものだった。薬草に魔術を込めてその性質を致死性の毒を持つものに変えるという方法だった」
「もしかして……」
「ごめんな。リリアーヌに使われたものは、恐らくその呪術だ。我が国では時戻りでやり直せたから、利用される前に禁術に指定して、製法から全て秘匿としたんだが……」
「どこからか情報が漏れて、今度はスヴェロフで使われてしまったんだな」
僕ですら詳細は知らなかったのに……と、ため息をつきつつルイ様が言葉を続けた。
おそらくこの国の人間とフィドヘル王国の人間がなんらかの形で繋がっていることを憂慮しているのだろう。
「俺の責任だ。申し訳ないと思っている。だから、絶対にリリアーヌは助ける。安心してくれ」
――そういう事情があったのね。
ただ「スヴェロフ王国に恩があるから」と言われるよりもよっぽど説得力がある。私は安心してデューイ様の助けを借りられることを嬉しく思った。
「ありがとうございます。デューイ様。ルイ様。私、きっと犯人を見つけて、生き延びてみせますから!」
二人は私を見て強く頷いてくれた。
そして……。
「ほら、こんなに重要なことを話したんだ。これでますますリリアーヌはルイと結婚する道から逃れられなくなったぞ。俺のおかげで。よかったな」
「そんなことしてもらわなくてもリリーは僕と強い絆で結ばれているから大丈夫だ」
「なんだよ。じりじりと外堀から埋めて逃げられなくしていってた奴が言える台詞かよ」
「……僕がやるのはいいんだよ」
「こわっ。リリアーヌ、本当にこんな奴でいいの? もう逃げてもらっても困るんだけどさぁ」
そんな仲の良さがよくわかるはとこ同士のやり取りに、私は笑ってしまった。
「もう二人がかりで捕らわれてしまいましたから、どこにも逃げたりしませんよ。受けて立ちます!」
そう宣言すると、二人とも笑ってくれた。
その笑顔を見ながら、二人のためにもきっと私は生き延びようと再び決意を強くした。
――それにはまず、犯人の断定と捕獲だわ!
それは、私を死に追いやった犯人と対峙する日が近づいていることを意味していた。
そして、それが誰なのかを知って、私が涙するのはもう少しだけ先の話――。
「……ところで、デューイ様の望みはもう叶ったのですか?」
「うーん。もうすぐ叶う……かな? とりあえずはリリアーヌの件が先。終わったらリリアーヌも手伝ってくれれば嬉しいなぁ」
「もちろんです! 私でお手伝いできることがあるなら何なりと!」
「さんきゅ。その言葉、覚えていろよ?」
私がデューイ様と視線を交わして話していたら、ルイ様が焦れたように私の体を引き寄せた。
「……もういいだろう。リリアーヌ。こっちへおいで」
私はルイ様の腕の中にすっぽり収まって目を丸くした。ルイ様と目を合わせるとルイ様の瞳の中に吸い込まれそうになる。
――この甘くとろけるような視線は危険だ。
そう思ったけれど、愛しい人の腕の中は抗い難いぬくもりに溢れていて……。
私は白旗をあげて、ルイ様の広い背中に腕を這わせ、そのたくましい胸に顔を埋めた。
私とルイ様がぴったりと抱き合っている間に空気を読んで姿を消したデューイ様は、同情した顔でアラスター様を労って出て行ったらしい。
「とりあえず、急に術が大きく育っているのは気になるが、すぐにどうこうなるレベルじゃないから安心して。必ず俺が助けるから。明日から世話になる」
そこの仲良し夫妻にそう伝えておいて、と言い添えて――。
未だ混乱していて言葉は出てこない。
けれど、唯一わかっていることは、ルイ様はいつも私の味方だったということ。
記憶は失くなってしまったけれど、きっと逆行前からずっとそうだったに違いない。
――それに、ルイ様が時を戻してくれなかったら、私はそのまま……。
「ルイ様、ありがとうございます……!」
生きていることに感謝した。生きて、またルイ様に出会えたことが何よりの僥倖だ。
私の思いを汲み取ってくれたのか、ルイ様は僅かに微笑んでくれた。
けれど、心配なのは……。
「そのようなすごい術を使って、ルイ様の心身に影響はないのですか?」
「全く影響ない……とは言えないな。愛するリリーに忘れられるのはとても悲しかった」
心配していたような身体の不調はないらしい。
けれど、術を施した相手の記憶の中から自分の記憶だけが消えるのだそうだ。
まるでそれが術を施す者に対するペナルティのように。
「僕たちは幼馴染みのような関係だったからね」
「幼馴染み……」
――そうか。幼馴染みだったのか。
私はルイ様の幼馴染みであるロザリア様に嫉妬したことを思い出す。私だって幼い頃からルイ様と出会えていたら……と羨ましく思っていたのに。
私はその地位を手に入れておいて、それでもクラウスに夢中だったということだ。恋に盲目となり、周りが見えていなかったとしか思えない。もう過去の話ではあるが、黒歴史として葬り去りたいほど恥ずかしい。
「うん。でも、今は婚約者だからね」
「はい。私、このままルイ様と結婚していいんですよね……?」
「うん。そうしてくれないと困るんだ。リリーを囲い込むようなことをしておいて、何を今さらって思われるかもしれないけど……。ごめんね」
――あ。困るってそういうことだったのね。私、ルイ様に囲い込まれてたんだ。嬉しい。
ルイ様の言葉の意味を正確に理解すると、どうしてルイ様が他の女性を好きなのだと思い込んでいたのかわからなくなる。
――逆行前の記憶を失くしてしまったせいね。数ヶ月前に初めて会ったと思ってたもの。……私たち、どんな仲の幼馴染みだったんだろう。
「逆行前の私、羨ましいな」と想いを馳せていると、ルイ様が「それともう一つ」と言って、話を切り出した。
「時戻しの術は王族のみに語り継がれる秘術だから、聞いてしまったリリーはもう逃げられないんだ」
残念そうな表情を作りながらも、アレキサンドライトの瞳は真剣な色を帯びている。
ルイ様は「囲い込むようなことをしてごめんね」と言いつつ、きっちりと逃げ道は塞いでいっている。どうあっても私を逃すつもりはないようだ。
私に対する気持ちは相当重いものらしいと理解して、用意周到に私を捕らえようとするルイ様の行動が嬉しいと喜ぶ自分に驚く。
――私はルイ様が好きで、この先もずっとそばにいたい。この気持ちは何が起きても変わらない。喜んでルイ様の準備した囲いの中に捕われよう。
「逃げようなんて思いません。だから、ずっとそばにおいてください」
そう言ってルイ様の胸に飛び込んだ。
ルイ様は嬉しそうに笑って、危なげなく受け止めてくれた。
「ずっとこうしていたいな……」
私を抱きしめたまま、ルイ様は切なそうな声で呟く。最後にギュッと隙間をなくすように抱き寄せたあと、名残惜しそうにゆっくりと身体を離して言った。
「話さないといけないことがあるんだ」と――。
✳︎✳︎✳︎
その後、ルイ様が手配するとすぐにデューイ様が部屋に現れた。
現れた途端、ルイ様は真剣な瞳でデューイ様を問い詰めた。
「リリーの症状はどこまで進んでいる?」
「もうー、そんなにカリカリしなくても。大丈夫だよ。まだ猶予はある」
「元はと言えばお前が……!」
「あーあーあー、悪かったって」
「お前のせいで、せっかくのリリーとの初デートが延期になったんだぞ……!」
「もうそれは聞き飽きたって……。マジで勘弁して……」
――そっか。ルイ様も初デート楽しみにしてくれていたんだ。嬉しいな……。
ルイ様の言葉が嬉しくて、自然と頬が緩んでいた。そんな私を愛おしそうにルイ様が見つめていたなんて、私は気づかなくて。
私たちを眺めたデューイ様は呆れ顔で話を進めた。
「おいそこのスヴェロフ夫妻。今から俺は真剣な話をする。いいね」
私たちに確認するようにデューイ様はそう言ったので、私は「夫妻」というパワーワードに頬を染めつつ、もちろんです、と首肯した。
ルイ様はデューイ様に対して「お前はリリーを見るな。減る」とちょっとよくわからないことを口走っていた。
デューイ様は何かを諦めた表情で、淡々と話し始めた。
「リリアーヌ。きみは呪術を受けている。少しずつね。昨日倒れたのもその影響だ」
「呪術……。やっぱりそうなんですね。でも、どうしてそれがデューイ様にはわかったんですか?」
ルイ様はデューイ様のほうへ向いていた私の顔を、自分のほうへと向けながら言った。
「リリー。デューイはとても強い闇の魔力を持っているんだ。だから魔力の残滓も読み取れるし、どんなに微力であっても闇魔法が使える者がいればわかる」
「…………! じゃあ……!」
「俺なら君の命を脅かしている原因を取り除く方法も知っているし……」
「私に呪術をかけた犯人がわかるということですね……!」
「ああ」
私は再びデューイ様のほうを見て話していたが、また視線をルイ様の顔のほうへと引き戻された。
至近距離で目が合うと、ルイ様は切なそうな表情で私を見つめていた。
「ごめんねリリー。まず、そのことについてきちんと弁明させて」
ルイ様の説明によると、本来ならデューイ様はこちらへ訪れてすぐに私の体調不良の原因について調査を始める予定だったそうだ。
しかし、婚約披露パーティーで挨拶した時点では私に大した兆候が見られなかったため、まだ数年ほど猶予があると判断して――。先に対価として約束したデューイ様の望みを叶えることになったのだという。二人で街中を歩き回っていたのはそのせいとのことだ。
「辛い思いをさせてごめんね、リリアーヌ。俺の判断が早計だった」
「いや。僕もデューイの判断を支持した。僕の責任だ。リリー、怖かっただろう。申し訳なかった」
一度死を経験している身なので、死への恐怖は確かにある。けれど、これは本来なら私自身の問題なので、手伝ってくれる立場である二人に責任は発生しない案件なのである。
――それなのに、律儀に謝ってくれるのね。なんだか二人とも私に甘すぎない? 大事に守ろうとしてくれていて、嬉しいな……。
そんなふうに思って頬を緩めつつも、どうか気にしないでほしいと伝えると、二人とも微かに笑ってくれた。
そうして私は改めて話し始めてくれた二人の話に耳を傾けた。
ルイ様は逆行してすぐにデューイ様と連絡を取り、できるだけ早くスヴェロフ王国へ来てもらえるよう調整していたのだという。
「俺の祖母がルイの祖父の妹なのはこの間話したし、知っているよな? 俺にもスヴェロフ王族の血が流れているからってことで、ギリギリ教えてもらえたんだ。秘術のこと。だからリリアーヌとルイの身に起きたことはほぼ正確に理解していると思ってくれていい」
フィドヘル王国は過去に時戻りの秘術の恩恵を受けたことがあり、その恩があったため、今回は国王が国を離れるという無茶を受け入れてくれたのだそうだ。
「リリアーヌ。我がフィドヘル王国はスヴェロフ王国に大きな恩がある。俺はその恩を返すためにここへ来た。それも一つの理由だ。だけど、それだけじゃないんだ」
そう言ってデューイ様が聞かせてくれたのは、フィドヘル王国の時戻り前の史実だった。
「ちょうど俺たちの祖父母の世代の話だ。我が国の改革派と保守派で対立が激化した時代に、『殺しとは気づかせずに人を殺す呪術』を開発・利用されたことによって、改革派がほぼ壊滅したんだ」
フィドヘル王国は魔術の発達とともに発展した王国であると知られている。
自分が持つ魔力を使って術を発動する事象を「魔術」と呼ぶ。その性質から、魔力を持つ人のみ「魔術」が使えると言われている。
当時フィドヘル王国内でこの「魔術」を巡って対立したのが、「改革派」と「保守派」である。当時ほどではないが、魔術に頼らなくても生きられる世の中にしたい「改革派」と魔術で世の中を統治したい「保守派」の対立構造は現在も続いていると聞く。
「改革派が機能しなくなり、保守派の独裁政治により国がめちゃくちゃになってしまったとき、ルイのお祖父様が時戻りをしてフィドヘル王国を助けてくれたんだ」
――なるほど。ルイ様のお祖父様はフィドヘル王国を救った英雄で恩人なのね。王族しか知らない事実だとしても……。
私が一人で納得していると、申し訳なさそうな顔をしたデューイ様と目が合った。
「……改革派を壊滅に追い込んだときに使われた呪術は、本来なら人体に無害な薬草を使ったものだった。薬草に魔術を込めてその性質を致死性の毒を持つものに変えるという方法だった」
「もしかして……」
「ごめんな。リリアーヌに使われたものは、恐らくその呪術だ。我が国では時戻りでやり直せたから、利用される前に禁術に指定して、製法から全て秘匿としたんだが……」
「どこからか情報が漏れて、今度はスヴェロフで使われてしまったんだな」
僕ですら詳細は知らなかったのに……と、ため息をつきつつルイ様が言葉を続けた。
おそらくこの国の人間とフィドヘル王国の人間がなんらかの形で繋がっていることを憂慮しているのだろう。
「俺の責任だ。申し訳ないと思っている。だから、絶対にリリアーヌは助ける。安心してくれ」
――そういう事情があったのね。
ただ「スヴェロフ王国に恩があるから」と言われるよりもよっぽど説得力がある。私は安心してデューイ様の助けを借りられることを嬉しく思った。
「ありがとうございます。デューイ様。ルイ様。私、きっと犯人を見つけて、生き延びてみせますから!」
二人は私を見て強く頷いてくれた。
そして……。
「ほら、こんなに重要なことを話したんだ。これでますますリリアーヌはルイと結婚する道から逃れられなくなったぞ。俺のおかげで。よかったな」
「そんなことしてもらわなくてもリリーは僕と強い絆で結ばれているから大丈夫だ」
「なんだよ。じりじりと外堀から埋めて逃げられなくしていってた奴が言える台詞かよ」
「……僕がやるのはいいんだよ」
「こわっ。リリアーヌ、本当にこんな奴でいいの? もう逃げてもらっても困るんだけどさぁ」
そんな仲の良さがよくわかるはとこ同士のやり取りに、私は笑ってしまった。
「もう二人がかりで捕らわれてしまいましたから、どこにも逃げたりしませんよ。受けて立ちます!」
そう宣言すると、二人とも笑ってくれた。
その笑顔を見ながら、二人のためにもきっと私は生き延びようと再び決意を強くした。
――それにはまず、犯人の断定と捕獲だわ!
それは、私を死に追いやった犯人と対峙する日が近づいていることを意味していた。
そして、それが誰なのかを知って、私が涙するのはもう少しだけ先の話――。
「……ところで、デューイ様の望みはもう叶ったのですか?」
「うーん。もうすぐ叶う……かな? とりあえずはリリアーヌの件が先。終わったらリリアーヌも手伝ってくれれば嬉しいなぁ」
「もちろんです! 私でお手伝いできることがあるなら何なりと!」
「さんきゅ。その言葉、覚えていろよ?」
私がデューイ様と視線を交わして話していたら、ルイ様が焦れたように私の体を引き寄せた。
「……もういいだろう。リリアーヌ。こっちへおいで」
私はルイ様の腕の中にすっぽり収まって目を丸くした。ルイ様と目を合わせるとルイ様の瞳の中に吸い込まれそうになる。
――この甘くとろけるような視線は危険だ。
そう思ったけれど、愛しい人の腕の中は抗い難いぬくもりに溢れていて……。
私は白旗をあげて、ルイ様の広い背中に腕を這わせ、そのたくましい胸に顔を埋めた。
私とルイ様がぴったりと抱き合っている間に空気を読んで姿を消したデューイ様は、同情した顔でアラスター様を労って出て行ったらしい。
「とりあえず、急に術が大きく育っているのは気になるが、すぐにどうこうなるレベルじゃないから安心して。必ず俺が助けるから。明日から世話になる」
そこの仲良し夫妻にそう伝えておいて、と言い添えて――。
130
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
殿下が好きなのは私だった
棗
恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。
理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。
最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。
のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。
更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。
※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?
青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。
エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・
エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・
※異世界、ゆるふわ設定。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる