死を願われた薄幸ハリボテ令嬢は逆行して溺愛される

葵 遥菜

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第四章 逆行の真相

捕獲

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「リリーはおそらく僕のことを一切覚えていないはずだ。……それが時戻しの術を行使する上で必ず起こる副作用のようなものだから」

 未だ混乱していて言葉は出てこない。

 けれど、唯一わかっていることは、ルイ様はいつも私の味方だったということ。
 記憶は失くなってしまったけれど、きっと逆行前からずっとそうだったに違いない。

――それに、ルイ様が時を戻してくれなかったら、私はそのまま……。

「ルイ様、ありがとうございます……!」

 生きていることに感謝した。生きて、またルイ様に出会えたことが何よりの僥倖だ。
 私の思いを汲み取ってくれたのか、ルイ様は僅かに微笑んでくれた。
 けれど、心配なのは……。

「そのようなすごい術を使って、ルイ様の心身に影響はないのですか?」
「全く影響ない……とは言えないな。愛するリリーに忘れられるのはとても悲しかった」

 心配していたような身体の不調はないらしい。
 けれど、術を施した相手の記憶の中からのだそうだ。

 まるでそれが術を施す者に対するペナルティのように。

「僕たちは幼馴染みのような関係だったからね」
「幼馴染み……」

――そうか。幼馴染みだったのか。

 私はルイ様の幼馴染みであるロザリア様に嫉妬したことを思い出す。私だって幼い頃からルイ様と出会えていたら……と羨ましく思っていたのに。
 私はその地位を手に入れておいて、それでもクラウスに夢中だったということだ。恋に盲目となり、周りが見えていなかったとしか思えない。もう過去の話ではあるが、黒歴史として葬り去りたいほど恥ずかしい。

「うん。でも、今は婚約者だからね」
「はい。私、このままルイ様と結婚していいんですよね……?」
「うん。そうしてくれないと困るんだ。リリーを囲い込むようなことをしておいて、何を今さらって思われるかもしれないけど……。ごめんね」

――あ。困るってそういうことだったのね。私、ルイ様に囲い込まれてたんだ。嬉しい。

 ルイ様の言葉の意味を正確に理解すると、どうしてルイ様が他の女性を好きなのだと思い込んでいたのかわからなくなる。

――逆行前の記憶を失くしてしまったせいね。数ヶ月前に初めて会ったと思ってたもの。……私たち、どんな仲の幼馴染みだったんだろう。

「逆行前の私、羨ましいな」と想いを馳せていると、ルイ様が「それともう一つ」と言って、話を切り出した。

「時戻しの術は王族のみに語り継がれる秘術だから、聞いてしまったリリーはもう逃げられないんだ」

 残念そうな表情を作りながらも、アレキサンドライトの瞳は真剣な色を帯びている。
 ルイ様は「囲い込むようなことをしてごめんね」と言いつつ、きっちりと逃げ道は塞いでいっている。どうあっても私を逃すつもりはないようだ。
 
 私に対する気持ちは相当重いものらしいと理解して、用意周到に私を捕らえようとするルイ様の行動が嬉しいと喜ぶ自分に驚く。

――私はルイ様が好きで、この先もずっとそばにいたい。この気持ちは何が起きても変わらない。喜んでルイ様の準備した囲いの中に捕われよう。

「逃げようなんて思いません。だから、ずっとそばにおいてください」

 そう言ってルイ様の胸に飛び込んだ。
 ルイ様は嬉しそうに笑って、危なげなく受け止めてくれた。

「ずっとこうしていたいな……」

 私を抱きしめたまま、ルイ様は切なそうな声で呟く。最後にギュッと隙間をなくすように抱き寄せたあと、名残惜しそうにゆっくりと身体を離して言った。

「話さないといけないことがあるんだ」と――。
 

✳︎✳︎✳︎


 その後、ルイ様が手配するとすぐにデューイ様が部屋に現れた。
 現れた途端、ルイ様は真剣な瞳でデューイ様を問い詰めた。
 
「リリーの症状はどこまで進んでいる?」
「もうー、そんなにカリカリしなくても。大丈夫だよ。まだ猶予はある」
「元はと言えばお前が……!」
「あーあーあー、悪かったって」
「お前のせいで、せっかくのリリーとの初デートが延期になったんだぞ……!」
「もうそれは聞き飽きたって……。マジで勘弁して……」

――そっか。ルイ様も初デート楽しみにしてくれていたんだ。嬉しいな……。

 ルイ様の言葉が嬉しくて、自然と頬が緩んでいた。そんな私を愛おしそうにルイ様が見つめていたなんて、私は気づかなくて。

 私たちを眺めたデューイ様は呆れ顔で話を進めた。

「おいそこのスヴェロフ夫妻。今から俺は真剣な話をする。いいね」

 私たちに確認するようにデューイ様はそう言ったので、私は「夫妻」というパワーワードに頬を染めつつ、もちろんです、と首肯した。
 ルイ様はデューイ様に対して「お前はリリーを見るな。減る」とちょっとよくわからないことを口走っていた。
 
 デューイ様は何かを諦めた表情で、淡々と話し始めた。

「リリアーヌ。きみは呪術を受けている。少しずつね。昨日倒れたのもその影響だ」
「呪術……。やっぱりそうなんですね。でも、どうしてそれがデューイ様にはわかったんですか?」

 ルイ様はデューイ様のほうへ向いていた私の顔を、自分のほうへと向けながら言った。
 
「リリー。デューイはとても強い闇の魔力を持っているんだ。だから魔力の残滓ざんしも読み取れるし、どんなに微力であっても闇魔法が使える者がいればわかる」
「…………! じゃあ……!」
「俺なら君の命を脅かしている原因を取り除く方法も知っているし……」
「私に呪術をかけた犯人がわかるということですね……!」
「ああ」

 私は再びデューイ様のほうを見て話していたが、また視線をルイ様の顔のほうへと引き戻された。
 至近距離で目が合うと、ルイ様は切なそうな表情で私を見つめていた。

「ごめんねリリー。まず、そのことについてきちんと弁明させて」

 ルイ様の説明によると、本来ならデューイ様はこちらへ訪れてすぐに私の体調不良の原因について調査を始める予定だったそうだ。
 しかし、婚約披露パーティーで挨拶した時点では私に大した兆候が見られなかったため、まだ数年ほど猶予があると判断して――。先に対価として約束したデューイ様の望みを叶えることになったのだという。二人で街中を歩き回っていたのはそのせいとのことだ。


「辛い思いをさせてごめんね、リリアーヌ。俺の判断が早計だった」
「いや。僕もデューイの判断を支持した。僕の責任だ。リリー、怖かっただろう。申し訳なかった」

 一度死を経験している身なので、死への恐怖は確かにある。けれど、これは本来なら私自身の問題なので、手伝ってくれる立場である二人に責任は発生しない案件なのである。

――それなのに、律儀に謝ってくれるのね。なんだか二人とも私に甘すぎない? 大事に守ろうとしてくれていて、嬉しいな……。

 そんなふうに思って頬を緩めつつも、どうか気にしないでほしいと伝えると、二人とも微かに笑ってくれた。
 そうして私は改めて話し始めてくれた二人の話に耳を傾けた。
 
 ルイ様は逆行してすぐにデューイ様と連絡を取り、できるだけ早くスヴェロフ王国へ来てもらえるよう調整していたのだという。

「俺の祖母がルイの祖父の妹なのはこの間話したし、知っているよな? 俺にもスヴェロフ王族の血が流れているからってことで、ギリギリ教えてもらえたんだ。秘術のこと。だからリリアーヌとルイの身に起きたことはほぼ正確に理解していると思ってくれていい」

 フィドヘル王国は過去に時戻りの秘術の恩恵を受けたことがあり、その恩があったため、今回は国王が国を離れるという無茶を受け入れてくれたのだそうだ。

「リリアーヌ。我がフィドヘル王国はスヴェロフ王国に大きな恩がある。俺はその恩を返すためにここへ来た。それも一つの理由だ。だけど、それだけじゃないんだ」

 そう言ってデューイ様が聞かせてくれたのは、フィドヘル王国の時戻り前の史実だった。

「ちょうど俺たちの祖父母の世代の話だ。我が国の改革派と保守派で対立が激化した時代に、『殺しとは気づかせずに人を殺す呪術』を開発・利用されたことによって、改革派がほぼ壊滅したんだ」

 フィドヘル王国は魔術の発達とともに発展した王国であると知られている。
 自分が持つ魔力を使って術を発動する事象を「魔術」と呼ぶ。その性質から、魔力を持つ人のみ「魔術」が使えると言われている。
 当時フィドヘル王国内でこの「魔術」を巡って対立したのが、「改革派」と「保守派」である。当時ほどではないが、魔術に頼らなくても生きられる世の中にしたい「改革派」と魔術で世の中を統治したい「保守派」の対立構造は現在も続いていると聞く。

「改革派が機能しなくなり、保守派の独裁政治により国がめちゃくちゃになってしまったとき、ルイのお祖父大伯父様が時戻りをしてフィドヘル王国を助けてくれたんだ」

――なるほど。ルイ様のお祖父じい様はフィドヘル王国を救った英雄で恩人なのね。王族しか知らない事実だとしても……。

 私が一人で納得していると、申し訳なさそうな顔をしたデューイ様と目が合った。

「……改革派を壊滅に追い込んだときに使われた呪術は、本来なら人体に無害な薬草を使ったものだった。薬草に魔術を込めてその性質を致死性の毒を持つものに変えるという方法だった」
「もしかして……」
「ごめんな。リリアーヌに使われたものは、恐らくその呪術だ。我が国では時戻りでやり直せたから、利用される前に禁術に指定して、製法から全て秘匿ひとくとしたんだが……」
「どこからか情報が漏れて、今度はスヴェロフで使われてしまったんだな」

 僕ですら詳細は知らなかったのに……と、ため息をつきつつルイ様が言葉を続けた。
 おそらくこの国の人間とフィドヘル王国の人間がなんらかの形で繋がっていることを憂慮しているのだろう。

「俺の責任だ。申し訳ないと思っている。だから、絶対にリリアーヌは助ける。安心してくれ」

――そういう事情があったのね。

 ただ「スヴェロフ王国に恩があるから」と言われるよりもよっぽど説得力がある。私は安心してデューイ様の助けを借りられることを嬉しく思った。

「ありがとうございます。デューイ様。ルイ様。私、きっと犯人を見つけて、生き延びてみせますから!」

 二人は私を見て強く頷いてくれた。
 そして……。

「ほら、こんなに重要なことを話したんだ。これでますますリリアーヌはルイと結婚する道から逃れられなくなったぞ。俺のおかげで。よかったな」
「そんなことしてもらわなくてもリリーは僕と強い絆で結ばれているから大丈夫だ」
「なんだよ。じりじりと外堀から埋めて逃げられなくしていってた奴が言える台詞セリフかよ」
「……僕がやるのはいいんだよ」
「こわっ。リリアーヌ、本当にこんな奴でいいの? もう逃げてもらっても困るんだけどさぁ」

 そんな仲の良さがよくわかるはとこ同士のやり取りに、私は笑ってしまった。

「もう二人がかりで捕らわれてしまいましたから、どこにも逃げたりしませんよ。受けて立ちます!」

 そう宣言すると、二人とも笑ってくれた。
 
 その笑顔を見ながら、二人のためにもきっと私は生き延びようと再び決意を強くした。

――それにはまず、犯人の断定と捕獲だわ!

 それは、私を死に追いやった犯人と対峙する日が近づいていることを意味していた。

 そして、それが誰なのかを知って、私が涙するのはもう少しだけ先の話――。
 

「……ところで、デューイ様の望みはもう叶ったのですか?」
「うーん。もうすぐ叶う……かな? とりあえずはリリアーヌの件が先。終わったらリリアーヌも手伝ってくれれば嬉しいなぁ」
「もちろんです! 私でお手伝いできることがあるなら何なりと!」
「さんきゅ。その言葉、覚えていろよ?」

 私がデューイ様と視線を交わして話していたら、ルイ様が焦れたように私の体を引き寄せた。
 
「……もういいだろう。リリアーヌ。こっちへおいで」

 私はルイ様の腕の中にすっぽり収まって目を丸くした。ルイ様と目を合わせるとルイ様の瞳の中に吸い込まれそうになる。

――この甘くとろけるような視線は危険だ。

 そう思ったけれど、愛しい人の腕の中は抗い難いぬくもりに溢れていて……。
 私は白旗をあげて、ルイ様の広い背中に腕を這わせ、そのたくましい胸に顔をうずめた。

 私とルイ様がぴったりと抱き合っている間に空気を読んで姿を消したデューイ様は、同情した顔でアラスター様をねぎらって出て行ったらしい。
 
「とりあえず、急に術が大きく育っているのは気になるが、すぐにどうこうなるレベルじゃないから安心して。必ず俺が助けるから。

 そこの仲良し夫妻にそう伝えておいて、と言い添えて――。
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