桜の勇者~異世界召喚されたら聖剣に選ばれ、可憐な少女が自分を頼ってくるので守ることにした~

和美 一

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第3章:鉱山都市ラグリア

第32話:ゴルドニアース傭兵団の少女

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 闇夜の下、人気のない――おそらくは意図的にラングが衛兵などを排除したのであろう――場所でドラセナは後ろ手に両手を縛られていた。

 晩餐を食べた後、異様な眠気に襲われ眠りに落ち、目が覚めた時には既に両手を縛られていた。

 そこからラングとその私兵と思わしき連中に屋敷から連れ出され、ここはラグリアの南門、だろうか? そこまで歩かされていた。

 やはり、自分の悪い予感は当たったのだ、と思った。ラングの目的は自分だったのだ。

 ここに連れてこられてからしばらくが経つ。ラングは「ゴルドニアースの連中はまだ到着せんのか!?」と苛立ち混じりの癇癪を部下に対して起こしており、部下の私兵たちと思わしき連中はそんな主を諌めている。

 ゴルドニアース傭兵団。ラグリアの領主でアインクラフトの貴族ともあろうものがそんな連中と繋がっていたのか、と呆れと共に軽蔑の感情を抱く。

 そんな感情が視線に出ていたのであろう。ドラセナが睨むようにして見ていたラングがドラセナの方を向くと「お嬢様のご機嫌は斜めのようですな」といやらしく笑った。

 二重あごが歪み、肉の塊といった頬が歪む。嫌悪感を抱きながら「貴方は、恥ずかしくないんですか?」と口を開いていた。



「アインクラフト王国の貴族ともあろう者がゴルドニアース傭兵団……ヴァルチザン帝国と繋がっているなんて……」



 怒りを込めて弾劾の言葉を発する。ラングは気にした様子もなく笑っていた。



「何事も一筋縄ではいかないものなのですよ。アインクラフトの内情をヴァルチザンに教え、お嬢様のような者を引き渡すことで私はヴァルチザンに恩を売り、多額の謝礼金をいただく……ふっははは、この世の中、綺麗事だけで渡ってはいけないもので」



 笑い続けるラングをドラセナはさらに鋭い視線で睨むと「いいえ」と言い切った。



「貴方はただ単に欲にまみれているだけです」

「ふふっ、それの何がいけないのです? 欲望は人間を生かす糧でもあるのですよ?」

「この……恥知らず!」



 ドラセナが何を言おうとラングにとってはどこ吹く風だ。

 ドラセナは内に秘めた力を行使できないかと精神の集中を試みてみるも、なかなかうまくいくものでもない。

 自分を見るラングの視線に不快感を覚えたドラセナは「すぐに助けが来ます」と言った。



「ナハトたちがわたしを助けてくれる」

「彼らは今頃、縄で縛られ、ワイン蔵に転がっているはずです。助けに来ることなどできませんよ」



 無駄な期待などよせ、とラングはあざ笑う。だが、ドラセナは強い意志を秘めたアメジストの瞳でラングを見据えて、言った。



「いいえ、必ず助けに来ます。ナハトは約束してくれたから。わたしを守るって、約束してくれたから……!」



 そうだ。彼は来る。彼らはやって来る。自分を助けに来てくれる。その確信をドラセナは胸に抱く。

 ナハトは、桜の勇者は、こんなことで自分を守るという約束を反故にしたりはしない。そう信じている。

 ラングはこれ以上、ドラセナと話していても不快感を覚えるだけだと思ったのかドラセナから視線を外し、部下の方を見る。「まだ来んのか!?」と急かす声を発し、部下たちを困らせていた。









 ナハトは夜の市街地を全力疾走で駆け抜けていた。

 時間がない。ラングがドラセナをゴルドニアース傭兵団に引き渡すのがいつかはわからないが、そう余裕はあるまい。

 その思いで聖桜剣の想力で強化した肉体の全力を使い、闇夜を疾駆する。そんなナハトにイヴ、イーニッド、グレース、アイネも続く。

 大都市ラグリアは夜の時間帯であっても眠ることはなく、人気に満ちている。酒場に集まる人間で通路はごったがえしている。

 そんな人々の間を迷惑がられる視線を受けながらも高速で駆け抜けていく。「南門はこっちでいいのか!?」とイヴに訊ね、「そのはずです!」の答えを受け取る。

 事実、先に進めば進むほど、人気は少なくなっていく。少女を傭兵団に引き渡すなんてことをするのだから、人気の多いところではできないのだろう。

 ちらはら見えていた衛兵たちの姿も次第に消えていた。おそらくはラングの手回しによる者だろう。

 ナハトは全力で通路を駆け抜ける。そうして、しばらくの間、息継ぎする間も惜しく駆けていたナハトたちはついに南門に到達した。 そこには十数人の人間の姿が見える。おそらくはラングの部下であろう私兵たち、そして、ラング本人。何よりも、ドラセナの姿もある。

 「ドラセナ!」とナハトは叫びながらその場所に辿り着く。ドラセナの暗い表情に一筋の明かりが灯り、ナハトたちの方向を見、ラングの表情が驚愕に見開かれる。「バ、バカな!」とラングは叫んだ。



「ワイン蔵に閉じ込めておいたはず……何故、貴様らがここにいる!?」

「さあ、なんでだろうな」



 狼狽するラングにナハトはニヤリと笑って見せる。



「ドラセナ様、不覚を取り、申し訳ありません。助けに参りました」

「助けに来たぞ! ドラセナ!」



 グレースとイーニッドがそう言う。その最中もラングの周りにいる私兵たちへの警戒は怠らない。

 ナハトもドラセナの方を見て、言った。



「ドラセナ、助けに来た」



 それを待っていた、とばかりにドラセナはパァッと表情を輝かせて、「うん」と頷く。



「待っていた。ナハトなら必ず来てくれるって信じていた」



 安堵の表情を見せるドラセナとは裏腹にラングは焦りに満ちた表情で慌てた様子を隠そうともしない。そして、部下の私兵たちについに命じた。



「こ、殺せ! こいつらを全員殺せ!」



 その言葉を合図にラングの部下の私兵たちは皆、剣を抜き、ナハトたちに襲い掛かってくる。

 人数では相手の方が上。だが、幻想具も持っていない普通の剣が武器の連中など物の数でもなかった。

 ナハトの聖桜剣が剣を砕き、イヴの治癒杖で殴打され、イーニッドに殴り倒され、グレースのハルバードに剣を弾かれ、アイネの氷雪剣の氷雪の波動に身を凍えらせられる。

 あっという間にナハトたちに叩きのめされ、ラングの私兵たちは地面に這いつくばる羽目になった。

 ここに来て、ラングの狼狽はいよいよ極まった。「ぐ……こ、こんなことが……」と顔を歪め、うめくように呟く。



「ラング、ドラセナは返してもらう」



 ナハトは聖桜剣の薄紅色の剣先をラングの方に向けて言い放つ。ラングは怯えた表情で「ひい……」と呟く。そんなラングに罪を宣告する裁判官のようにグレースが口を開く。



「ラング伯爵、貴公の悪事はしかるべきところに報告させてもらう。貴公の天下もこれで終わりだ」



 その言葉にラングは絶望的な表情を浮かべると膝から崩れ落ちた。

 ナハトはラングの元に、否、ドラセナの元にいくとその両手を縛る紐を切ってやった。「大丈夫か、ドラセナ?」と声をかけるとドラセナは「うん。ナハトたちが来てくれたから」と頷く。

 そんなドラセナを連れてナハトは仲間たちの元に戻る。これで全ては万事解決だ。そう思った。瞬間だった。



「あらあらあら~、なんだか変なことになってるわね」



 声がした。若い、いや幼い女の声だ。突然の声に声の方向を見ると、塀の上、そこに一人の幼い少女が座って、こちらを見据えていた。

 幼気な表情の少女でフリフリのフリルのついたナハトの世界で言うゴスロリ調に似た服装を身に纏っている少女だった。



「ねぇ、ラング伯爵。ドラセナ・エリアスをわたしたちに引き渡してくれるって約束はどうなったの? わたし、わざわざこんなところまで来たんだけど……」



 塀の上から降り立つと少女はそんなことを言いながら、膝を折っているラングとナハトたちを順に見る。

 ラングは少女の視線に怯えた表情を見せる。自分たちにドラセナを引き渡す? この少女はそんなことを言った。……と、言うことは。



「お前! ゴルドニアース傭兵団か!」



 こんな幼気な少女がそうだとは信じられない。見た限り年の頃はドラセナやイーニッドと対して変わらないように思える。

 それでも、少女はたしかに口にしたのだ。ナハトが怒気を込めて問い詰めると少女は何がおかしいのかクスクスクス、と笑って、答えた。



「ええ、そうよ。わたしはゴルドニアース傭兵団のメリクリウス・シェルヴァ。以後、お見知りおきを」



 そう言うと少女は、メリクリウスと名乗った少女はスカートの裾を持って少し上げ、貴族の淑女がするかのような挨拶をする。

 こんな少女がゴルドニアース傭兵団のメンバー? 全く持って信じられない。そんなナハトの思いをよそに「それじゃあ、ちょっと予定が変わっちゃったけど、ドラセナ・エリアスはいただいていくわね」と少女は口にする。

 ドラセナをいただく!? やはり、この少女はゴルドニアース傭兵団のメンバーということか!? そう思いナハトがメリクリウスを見ているとその隙に大量の武装した人間たちが南門の空間になだれ込んでくる。



「ゴルドニアース傭兵団か……!」



 周りを一瞥し、呟く。こいつらは全員、ゴルドニアース傭兵団のメンバーと見ていいだろう。

 ならば、狙いは一人。ドラセナだ。

 大量の傭兵たちに包囲される形になってしまったナハトたちは互いに身を寄せ合い、防御を固めた。

 メリクリウスは相変わらず何がおかしいのか笑みを浮かべたまま、「ねぇ」と口を開く。



「提案なんだけど、ドラセナ・エリアスを引き渡してくれない? そうしたら貴方たちには何もしないで帰ってあげる」



 メリクリウスの提案。そんなものは論外だった。「そんな提案を俺たちが飲むと思うか?」とナハトが言うと、メリクリウスは「やっぱり、そうよね~」などと笑う。



「それじゃあ、力づくで奪うことにするわ。皆、かかりなさい」



 メリクリウスの言葉。その言葉を合図にナハトたちを包囲していた傭兵たちは一斉に襲い掛かってきた。
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