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第3話:平民の婚約者
しおりを挟む傭兵隊長ルグベド・ガウマンは昼過ぎにやって来た。
傭兵だけあり、鉄の軽鎧で身を固めている。兜を脱いだその顔たちにあまり期待はしていなかったのだが、その予想は良い意味で裏切られた。
(あ……結構、いい男……)
鉄兜に隠されていた顔たちはそこそこ整っていてランスロット程ではないにせよ、美男子と呼ぶには充分なものだったからだ。
この男が今の私の婚約者か。傭兵隊長という立場は気になるが、外見は文句は無い。後は性格だが。
「エリカ様、御無沙汰しております」
「え、ええ……ルグベド……よく来てくれたわね」
元の体、エリカがルグベドにどう接していたかは分からないのだが、私は無難な言葉を選んで話す。
そうするとルグベドに意外そうな顔をされた。
「私を罵倒しないのですか?」
「は?」
いきなり何を言い出すのよこの男。マゾか。そういう趣味でもあるの?
「どういう、事でしょう?」
私はその言葉を絞り出すので精一杯だった。
「失礼。エリカ様は私と顔を合わせると平民ふぜいが! ……といつも私の事を罵って来ていたので……」
エリカ、性格悪いな。
確かに私も相手が平民という事で少し見下している所があるのは事実だが、それを表に出したりはしない。
帝国の皇女として帝国に属する者は平民であっても愛すべき自国民だと父上に厳しく教えられて育ったからだ。
「きょ、今日はそういう気分ではなかっただけよ!」
とはいえ、いきなりの変心も変に思われるだろう。私はそう言って素っ気ない風を装いそっぽを向く。
「これは失礼。エリカ様はご機嫌なのですね」
「そう、そうね。今の私は機嫌が良いわ」
実際には帝国の皇女から底辺貴族の令嬢に立場が変わってしまい機嫌は悪いのであるが、それを表に出すのも何だ。
とりあえず、この体の婚約者と少し話しただけだが、ルグベドは悪くない性格をしているように思える。
それなりに謙虚で礼儀はわきまえているようだ。ランスロット程ではないが、それなりに良い男だ。
「そもそも私のフォーン家も平民からの成り上がりの家系だもの。貴方の事をどうこう言える立場ではないわ」
「おや……」
私の言葉にルグベドはさらに意外そうな顔をする。な、なに?
「エリカ様はその事を何よりも嫌っていたと思いますが……」
申し訳なさそうにルグベドが言葉を紡ぐ。
あ、そうなのか。エリカ。自分が平民上がりの貴族である事を嫌っていたのか。確かに有り得そうな話であった。
「し、心境の変化というものね!」
それを誤魔化すため私はそう言い放つ。
「そうですか……なんだか今日のエリカ様はいつもと雰囲気が違いますな。失礼ですが、棘が取れたようにお見受けする」
「そ、そうかしら? 私もたまにはこういう時もあるわ」
おそらくは本来のエリカは傲岸不遜にこの婚約者ルグベドを困らせ続けて来たのだろう。
だが、私にはそんな真似は出来ない。
私は断じて帝国皇女のエルミリアであり、エリカではないが、エリカとして相手に接する場合でもエルミリアとして身に付けた常識の元で接する。当然の事である。
「婚約者としては今のエリカ様の方が好ましい事ですな」
そう言って笑みを浮かべるルグベド。
やはりそれなりの美男子だ。思わずドキリとしてしまった。私にはランスロットと心に決めた人がいるのであるが。
「……まぁ、いいわ。ルグベド、一緒に食事をしましょう。貴方が来るからお昼ご飯を食べずに待っておいたのよ」
「おお、それは申し訳ない。共に食事を楽しみましょう」
そう言い、侍女に案内させて食堂に(この家の食堂の場所が分からなかったのだ)行く。
そこには帝国皇女として食べた料理に比べれば流石に劣るが貴族としてそれなりの料理が並んでいた。
ルグベドと隣り合って席に座り、食事を摂る。皇女として身に付いたマナーは健在で行儀よく食事を進めていく。
ルグベドの方はどうかと思って視線をやるが、行儀が悪いという程ではないものの、傭兵らしい豪胆な喰いっぷりであった。
「美味しそうに食べるわね、ルグベド」
「このような美味な料理を食べられる機会も貴重ですからな」
笑みを浮かべ、ルグベドは答える。
「ふふふ、ルグベド様がエリカ様の旦那様になれば毎日食べられますよ」
そんな私たちの仲を取り持つように侍女の一人が言う。
何気なしに言った言葉だろうが、私は顔を赤らめた。
ダメだ。私の思い人はランスロットだというのに。
たとえ、他人の体に精神が入ってしまったとはいえ、ランスロット以外の男性に心を許すなどあってはならないのだ。
そう思いつつもルグベドに気を許しつつある自分にも気付いていた。
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