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第一章
その言葉を信じたのは、私のほうだったのに
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「……君は、彼に心を奪われているのか?」
そう聞いたのは、婚約者であるエリオットだった。
夕刻のバルコニー。赤く染まる空の下、彼の瞳はいつになく静かだった。
「……奪われてなんて、いない。私はずっとあなたを信じてきたわ」
「“いた”じゃなくて、“いる”とは言ってくれないのか?」
胸が痛んだ。
私は、たしかに彼を選んだ。子どもの頃からずっと隣にいて、励まし合い、支え合ってきた。
国のためでもあったけど、それだけじゃない。
彼が、優しかったから。誠実だったから。……そして、私を“選ばせてくれた”から。
「私は、彼のやり方を許せない。誰かを愛することが、誰かを奪っていい理由になるはずがない」
そう口にした私に、エリオットは一瞬、微笑んだように見えた。だけど次の瞬間、驚くべきことを言った。
「……でも、あいつは君のために本気なんだと思う。気に入らないが、あれは本物だ」
「……え?」
「僕が本当に君を想っているなら……君の選択を、尊重すべきなんだろうな」
やめて。そんな顔しないで。
私が何もかも悪い人間みたいじゃない。
「違う……そんなつもりじゃ、ないの」
「君の幸せが、僕といることじゃないのなら……僕は君を、閉じ込めたくない」
そう言って、エリオットは私の手を取った。
けれど、もうその手はあたたかいのに——どこか遠く感じた。
そして翌日、事件は起きた。
王宮内にて、アルベルト王子が正式に「求婚状」を提出。
国王会議を通して、**“聖女の婚約を解消し、外交婚姻を優先すべし”**という声が上がり始めた。
背後に、どれだけの政治的圧力と金が動いたのかは想像に難くない。
だが決定的だったのは、その翌日。
エリオット王太子が——自ら任地へ向かうと告げたことだった。
「……何を、考えているの?」
「後退じゃない。これは撤退だ。君が何を選ぶか、それを見届けたいから」
優しすぎるその笑顔が、なぜか胸を締めつけた。
アルベルトの仕掛けた“排除”の罠に、彼は自ら足を踏み入れた。
(やめてよ……誰かの犠牲の上に、恋が成り立つなんて、そんなの……)
でも、もう誰も止まってくれない。
運命の歯車は、誰かの涙の上で、ゆっくりと回り始めていた。
そして、私はまた会ってしまった。
王宮の塔の回廊で、月明かりの下。
漆黒の髪を風に揺らす、あの男——アルベルト・ヴェイス。
「これで、あなたを縛るものはなくなった」
その言葉は、勝利の宣言にも、懇願にも聞こえた。
「違う。私は、誰のものにもならない。私の人生は、私のものよ」
「なら、その人生の“隣”に立たせてください。奪うことではなく、共に歩むことを——今度こそ、本気で望みます」
彼が……頭を下げた。
絶対にプライドが高くて、支配的で、自己中心的なはずの彼が。
私の前で、初めて自分を下げた。
「なぜ、そこまで……」
「あなたを“手に入れる”ことより、あなたに“拒まれる”ことのほうが、怖くなったからです」
……それでも私は、まだ迷っていた。
けれど、確実に一歩、心が、動いてしまっていた。
そう聞いたのは、婚約者であるエリオットだった。
夕刻のバルコニー。赤く染まる空の下、彼の瞳はいつになく静かだった。
「……奪われてなんて、いない。私はずっとあなたを信じてきたわ」
「“いた”じゃなくて、“いる”とは言ってくれないのか?」
胸が痛んだ。
私は、たしかに彼を選んだ。子どもの頃からずっと隣にいて、励まし合い、支え合ってきた。
国のためでもあったけど、それだけじゃない。
彼が、優しかったから。誠実だったから。……そして、私を“選ばせてくれた”から。
「私は、彼のやり方を許せない。誰かを愛することが、誰かを奪っていい理由になるはずがない」
そう口にした私に、エリオットは一瞬、微笑んだように見えた。だけど次の瞬間、驚くべきことを言った。
「……でも、あいつは君のために本気なんだと思う。気に入らないが、あれは本物だ」
「……え?」
「僕が本当に君を想っているなら……君の選択を、尊重すべきなんだろうな」
やめて。そんな顔しないで。
私が何もかも悪い人間みたいじゃない。
「違う……そんなつもりじゃ、ないの」
「君の幸せが、僕といることじゃないのなら……僕は君を、閉じ込めたくない」
そう言って、エリオットは私の手を取った。
けれど、もうその手はあたたかいのに——どこか遠く感じた。
そして翌日、事件は起きた。
王宮内にて、アルベルト王子が正式に「求婚状」を提出。
国王会議を通して、**“聖女の婚約を解消し、外交婚姻を優先すべし”**という声が上がり始めた。
背後に、どれだけの政治的圧力と金が動いたのかは想像に難くない。
だが決定的だったのは、その翌日。
エリオット王太子が——自ら任地へ向かうと告げたことだった。
「……何を、考えているの?」
「後退じゃない。これは撤退だ。君が何を選ぶか、それを見届けたいから」
優しすぎるその笑顔が、なぜか胸を締めつけた。
アルベルトの仕掛けた“排除”の罠に、彼は自ら足を踏み入れた。
(やめてよ……誰かの犠牲の上に、恋が成り立つなんて、そんなの……)
でも、もう誰も止まってくれない。
運命の歯車は、誰かの涙の上で、ゆっくりと回り始めていた。
そして、私はまた会ってしまった。
王宮の塔の回廊で、月明かりの下。
漆黒の髪を風に揺らす、あの男——アルベルト・ヴェイス。
「これで、あなたを縛るものはなくなった」
その言葉は、勝利の宣言にも、懇願にも聞こえた。
「違う。私は、誰のものにもならない。私の人生は、私のものよ」
「なら、その人生の“隣”に立たせてください。奪うことではなく、共に歩むことを——今度こそ、本気で望みます」
彼が……頭を下げた。
絶対にプライドが高くて、支配的で、自己中心的なはずの彼が。
私の前で、初めて自分を下げた。
「なぜ、そこまで……」
「あなたを“手に入れる”ことより、あなたに“拒まれる”ことのほうが、怖くなったからです」
……それでも私は、まだ迷っていた。
けれど、確実に一歩、心が、動いてしまっていた。
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