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一~五
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一
晴れという状態の考え方は実に人それぞれである。
日本の気象庁では、空に広がっている雲の量を目視で判断し、その量が八割以下であった場合に晴れというものなのだがそのような定義の話では勿論ない。つまりその日の天気は晴れと言う者もいるだろうし、曇りであると言う者もいるであろうし――そもそもその日の天気を見ていない者もいる。
例えば、自分の部屋である地下室にいて、朝も夜も関係なくパソコンに向き合い続けているある男。
彼の完全に座りきった青竹色の目は、今日も今日とてあるパスワードの要求画面を見つめていた。その部屋で光を発している物は、その画面だけである。一応窓も存在しているが、しっかりと遮光カーテンが閉められているし、それ以前に地下であるため窓に存在意義などない。
床には足の踏み場が辛うじてあるだろうかという具合に書類が散らばっている。いや、高く積み上げられていた書類の山が崩れたことにより、足の踏み場はなくなってしまった。
壁一面に本棚が並べられており、乱雑に本や厚いファイルが詰め込まれている。
左腕側に小さな円形のテーブルが置かれていて、その上にはスポーツドリンクのペットボトルと、いくつかの飴がのっている。特に統一感の見られない部屋で、色味へのこだわりがあるわけでもない。
しかしただ一つだけ彼の意図が感じられる物があった。それは彼が腰掛けている椅子。全体の骨組みが屈強で、肘掛けもついている。背もたれも十分な大きさのある物で、リクライニングも可能。そのまま寝ても体への負荷は最小限だ。この椅子は彼自作の物である。
入り口のすぐ左手にある、彼の親友により半ば強制的に設置された冷蔵庫には、ペットボトルと固形食が詰められていた。
彼が現在向き合っているパスワード要求画面は、もう何時間付き合っているかわからない。うっすらとクマが浮かぶ目は、くすんだ藁色の重そうな睫毛に覆われている。
「……堅すぎ。意味分かんない」
呟かれる声には生気が感じられない。読み取れる感情はささやかな苛立ちのみ。その間にも彼の指は休むことなくマウスやキーボードを動かし続けている。その様子は今後五日間何も変わることはなかった。
五日後訪れる変化。それは小さなものだった。しかし確かにあったのだ。
幾重にも張り巡らされた鎖の奥の宝物の気配。
彼の目が見開かれる。漸く希望の光が見えた瞬間だった。この瞬間があるからやめられない。
乾いた唇が笑みの形を象る。
「やっと見つけた……」
エンターキーを押すと確かに今までと違う感覚。押し寄せる波のように興奮が高まる。この箱の中には、何が入っているのか。
彼、メルヴィン・ダウランドが唯一で笑い声を上げる瞬間だった。
二
からりと晴れた今日。春真っ只中で、心も体も、そよぐ風も軽い。ディオは時間通りに自分の働く事務所にいた。その事務所は一見寂れた廃墟一歩手前のような外観をしている。しかし中は清潔に整えられていた。空調も完璧。なにより特筆すべきはセキュリティ。指紋と虹彩による本人チェックをパスしないとネズミ一匹入れない。
ディオのデスクには折りたたみ式ではない鏡が置かれている。彼の一日はその鏡を覗き込むことから始まる。そこに映るのは息をのむような容姿の男。
ぱっちりとしたアーモンド型の目。その瞳の色は柔らかい藍色。サラサラと流れるのは金糸雀色の美しい髪。
町を歩けば誰もが振り返る。彼は自分の外見に絶対の自信を持っていたし、本当にそれだけで人生を切り開いてきた。
そんなディオの悩みは、野郎ばかりのこの職場ではそれは通用しない、ということ。
「また騙された!」
すがすがしい朝をその叫びが崩した。彼はそう叫びながら事務所の扉を開いた。薄暗い金髪が太陽の光を浴びて、虹色に輝く。挨拶もせずにそう言った彼は五日ぶりの出勤だった。一瞬だけ集まった数名の視線はパラパラと自分の手元へと戻っていく。
「騙された騙された騙された……! 何がいけなかったんだ!」
周りの人間の存在など彼には関係がない。ヒステリックに叫び散らしながら、自分の机へと向かう。机に叩きつけられたのはUSBメモリだった。
「僕は! ちゃんとやったのに!」
それだけでは飽き足らず、ガンガンと机を叩き続ける。
「痛い……」
骨が当たった高い音が鳴った後、指を痛めたのか、そう小さく唸った。
そんな様子の彼を見た、職場の人間の視線がディオに集まる。
――なんとかしろ。
「……メルヴィンさん……、それ、まだ飽きないんですか? 早くこっちに復帰して欲しいんですけどね。人間性は置いておくとして貴方以上のハッカーはいないんですけど。……人間性は別として」
仕事仲間の圧に耐えられなくなったディオは、その細い身体を彼の方に向ける。
「飽きる飽きないじゃないんだよ! 僕の勘が言ってるんだ、絶対に何かあるって! ……罠に引っかかったんだ。うまく突破したと思ったら、全部データ消えたの! あの道に誘い込まれていたんだ……。くそ……」
「……そのデータの先に何かあるにしたって、優先順位はこっちでしょうが。現在進行形で問題が起こってるんですよ?」
しかめ面をしたメルヴィンにディオは言う。言葉に嘘はない。残念な人間性にさえ目を瞑れば、メルヴィンは紛れもない天才である。その天才を以てしても破ることの出来ないデータが気にならないと言えば嘘になるが、あくまでもそれは今起こっている事件には関係がない。
メルヴィンが破るべきロックは別のものなのだ。
「……なんかあったんだっけ?」
ディオの言葉にメルヴィンはキョトンと首をかしげる。良いはずの造形を歪ませて彼は叫んだ。
「MT事件ですよ! 犯人のメッセージからデータにはたどり着きましたけど、開けられません! 捜査は停滞しています!」
色男の面影をかなぐり捨てて言うディオに、メルヴィンは目を逸らした。確かに誰かがそんなことを言っていた気がする。
三
真っ白い部屋。真っ白い壁。真っ白い床。
真っ白な、自分。に、なりたい。
四
朝起きた彼は、ベッドから身体を起こす前に携帯に手を伸ばす。雑に閉められたカーテンの隙間からは、いくつもの光の筋が部屋に入り込んでおり、彼はまぶしさに目を細めた。携帯の画面には、メールが来たことを伝える文字が躍っていた。差出人を確かめた彼はベッドから勢い良く飛び起きた。癖のある鮮やかな赤毛が宙を舞う。深緑色の瞳は大きく開かれ、爛々と輝いていた。
「来た……!」
喜びを隠すことなく、歯を見せて笑う。
その手紙の差出人は上司であるマルセロ・オーデッツ。受取人は自分、アルバーロ・リックウッド。内容は要求へのゴーサインだった。
最近とある州で起こった殺人事件について、気になった点を上に報告すると、支部長であるマルセロからその手紙が降りてきた。ちょこまか調べ回るための正式な許可が出たとも言う。久しぶりに現場を嗅ぎ回れる事になったアルバーロは、喜びのままに或る人物への元へ向かう。その人物というのはいつも、皆が仕事をする部屋で、誰かの話し相手をしていたり、何かの資料を読み込んだりしている。案の定今日も、そうであった。
思考のままに事務所に向かい、部屋の扉を勢い良く押し開ける。
「ウィル、仕事だ!」
アルバーロがそう叫ぶと、一人の青年が振り返る。肩までの暗い茶髪が、ラベンダー色の瞳に一瞬だけ影を作る。その目元はとてもやわらかく、微笑みを作っていた。何も知らずに彼を何かにたとえるならば、まるで天使のようである。
――彼の名は、ウィルフレッド・サリス。
「ん、アル? 今日なんか僕、仕事なんてあったっけ?」
「今朝出来たんだよ! MT州の捜査許可だ。俺一人じゃ気付けないことがあるかもしれないし、お前ペアなっ。ほら! さっさと行くぞ」
アルバーロとウィルフレッドが捜査に向かうのは、この国のMT州だった。その州では最近、殺人事件が相次いで起こっている。しかしその殆どが犯人逮捕までたどり着いていない。……それぞれの事件を別の事件として調査しているのだから、見つかるものも見つからなかったのだろう。
一見それらの事件にはなんの関係もなかった。殺害方法や被害者の年齢、性別など、何も繋がりは見つかっていない。
「でも実は繋がりはあったわけだ」
MT州に向かう車の中、助手席に座るウィルフレッドは資料を見ながら言った。
「そう。繋がりあったわけ」
アルバーロの運転はかなり荒かったが、ウィルフレッドは笑顔を歪ませることはない。
「どんな繋がりなの?」
「んぁー……、分かりやすかったのは第二の被害者から第三の被害者への移り変わり。第二の被害者の資料見てみろ。リビングの」
アルバーロに言われるまま、ウィルフレッドはリビングの写真に視線を落とす。
「そうだなぁ……、彼女は登山家だったのかな?」
生活感のあまり感じられない部屋の壁に貼られていたのは、大きい地図だった。山を意味する場所にマークやメモが入っているのが見える。
「正解。まぁ彼女の趣味はどうでも良い。問題はその地図だ。一カ所だけ山じゃない場所のマークがある」
「――ぇ?」
アルバーロの言う『山ではない場所』を探すが、ウィルフレッドには見つけることが出来ない。この縮尺の地図に一体いくつ山があるか、そしていくつマークされているのか、一つ一つ確認するなんて考えただけでうんざりする。そんなウィルフレッドを見かねたのか、アルバーロは運転中にも関わらず「ここ」と右手で指を指す。
「……本当だ、よく気が付いたね。なんか数字も書いてある? ……細かくて読めないや」
「それはまぁ次のターゲットの住所の詳細と日時だ。犯罪予告ってやつ。俺がこの前直接見に行って、その数字に従って行ったら、やっぱり第三の被害者の家に辿り着いた」
『第三の被害者』そう聞いて、ウィルフレッドは首を傾げた。
「彼女の殺人が第二だって、なんで分かったの?」
「犯人はカウントダウン紛いのことをしてやがんだよ。正確にはカウントダウンとは逆で、殺された順にアルファベットが進んで行ってる。彼女がBで、第三の被害者がC。てことはだ、Aがいるだろ?」
「カウントダウン……? そんなのどこにあ――」
聞きかけたウィルフレッドの目が見開かれる。
「服か」
「ゴメイトー。服に描かれている言葉の頭文字だな。こうやって被害者の写真並べてみると分かるかもしれねぇけど、連続殺人か? っていうのがないとそもそも並べねぇしな。警察は未だに一件一件通り魔だの怨恨だの痴情のもつれだのって忙しく嗅ぎ回ってんぜ」
「それは……、ご苦労なことで」
「そこまで分かったら、洗いざらいMT州で起こった未解決殺人事件を探し回った。Aが描かれている服を着ているやつを見つけては家に出向いて、地図探しだ。そして第二の被害者に繋がるやつを見つけて俺の勝ち。そいつを第一の被害者とした」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「正式な許可がないと大っぴらに動き回れないだろが。あの時点では俺だけで充分目立ってたからな」
「君は人の心情を考える、と言うことが出来ないもんね」
「……効率的と言え。で、今向かってるのがFの奴の家……。つまり第六被害者だな。一緒に地図探しだ」
五
アルバーロとウィルフレッドが訪れた第六被害者Fの部屋は、高級マンションの最上階であった。家具は、さぞ金がかかっているであろう煌びやかなものばかりだった。
「わぁ。だいぶお金持ちだったんだねぇ。Fさんは」
ウィルフレッドの緊張感のない声に、アルバーロは苦笑いをする。
「……六番目に殺されたからFなだけで、別に本人とアルファベットは関係ないからな?」
「わかってるわかってる。……Fさんがお金持ちであったことは多分、犯人にとってはFさんが貧乏だとしても同じことなんだろうね」
「……マンションのセキュリティがいくら凄かろうと、Fみたいに外で殺されりゃあわけねぇな」
ウィルフレッドの問いかけを無視しているのか、それとも最早それは二人の共通認識で答えるまでもないのか、或いは二人は会話のような何かをしているだけなのか。
「さぁー……。地図探しだね」
「なぁウィル、……賭けるか」
「連続殺人の手掛かり探しでかい?」
「……不謹慎と言いたいのか?」
まさかそんなことないだろう、という表情でアルバーロは首を傾げる。ウィルフレッドは変わらぬ笑顔のままだった。
「いいや? ……今月の給料全部もらうね」
「く、ひひ。お前本当、そういうとこ最高。俺が先に見つけたら、お前の給料寄越せ!」
「えー……、いいよ。乗ってあげよう」
晴れという状態の考え方は実に人それぞれである。
日本の気象庁では、空に広がっている雲の量を目視で判断し、その量が八割以下であった場合に晴れというものなのだがそのような定義の話では勿論ない。つまりその日の天気は晴れと言う者もいるだろうし、曇りであると言う者もいるであろうし――そもそもその日の天気を見ていない者もいる。
例えば、自分の部屋である地下室にいて、朝も夜も関係なくパソコンに向き合い続けているある男。
彼の完全に座りきった青竹色の目は、今日も今日とてあるパスワードの要求画面を見つめていた。その部屋で光を発している物は、その画面だけである。一応窓も存在しているが、しっかりと遮光カーテンが閉められているし、それ以前に地下であるため窓に存在意義などない。
床には足の踏み場が辛うじてあるだろうかという具合に書類が散らばっている。いや、高く積み上げられていた書類の山が崩れたことにより、足の踏み場はなくなってしまった。
壁一面に本棚が並べられており、乱雑に本や厚いファイルが詰め込まれている。
左腕側に小さな円形のテーブルが置かれていて、その上にはスポーツドリンクのペットボトルと、いくつかの飴がのっている。特に統一感の見られない部屋で、色味へのこだわりがあるわけでもない。
しかしただ一つだけ彼の意図が感じられる物があった。それは彼が腰掛けている椅子。全体の骨組みが屈強で、肘掛けもついている。背もたれも十分な大きさのある物で、リクライニングも可能。そのまま寝ても体への負荷は最小限だ。この椅子は彼自作の物である。
入り口のすぐ左手にある、彼の親友により半ば強制的に設置された冷蔵庫には、ペットボトルと固形食が詰められていた。
彼が現在向き合っているパスワード要求画面は、もう何時間付き合っているかわからない。うっすらとクマが浮かぶ目は、くすんだ藁色の重そうな睫毛に覆われている。
「……堅すぎ。意味分かんない」
呟かれる声には生気が感じられない。読み取れる感情はささやかな苛立ちのみ。その間にも彼の指は休むことなくマウスやキーボードを動かし続けている。その様子は今後五日間何も変わることはなかった。
五日後訪れる変化。それは小さなものだった。しかし確かにあったのだ。
幾重にも張り巡らされた鎖の奥の宝物の気配。
彼の目が見開かれる。漸く希望の光が見えた瞬間だった。この瞬間があるからやめられない。
乾いた唇が笑みの形を象る。
「やっと見つけた……」
エンターキーを押すと確かに今までと違う感覚。押し寄せる波のように興奮が高まる。この箱の中には、何が入っているのか。
彼、メルヴィン・ダウランドが唯一で笑い声を上げる瞬間だった。
二
からりと晴れた今日。春真っ只中で、心も体も、そよぐ風も軽い。ディオは時間通りに自分の働く事務所にいた。その事務所は一見寂れた廃墟一歩手前のような外観をしている。しかし中は清潔に整えられていた。空調も完璧。なにより特筆すべきはセキュリティ。指紋と虹彩による本人チェックをパスしないとネズミ一匹入れない。
ディオのデスクには折りたたみ式ではない鏡が置かれている。彼の一日はその鏡を覗き込むことから始まる。そこに映るのは息をのむような容姿の男。
ぱっちりとしたアーモンド型の目。その瞳の色は柔らかい藍色。サラサラと流れるのは金糸雀色の美しい髪。
町を歩けば誰もが振り返る。彼は自分の外見に絶対の自信を持っていたし、本当にそれだけで人生を切り開いてきた。
そんなディオの悩みは、野郎ばかりのこの職場ではそれは通用しない、ということ。
「また騙された!」
すがすがしい朝をその叫びが崩した。彼はそう叫びながら事務所の扉を開いた。薄暗い金髪が太陽の光を浴びて、虹色に輝く。挨拶もせずにそう言った彼は五日ぶりの出勤だった。一瞬だけ集まった数名の視線はパラパラと自分の手元へと戻っていく。
「騙された騙された騙された……! 何がいけなかったんだ!」
周りの人間の存在など彼には関係がない。ヒステリックに叫び散らしながら、自分の机へと向かう。机に叩きつけられたのはUSBメモリだった。
「僕は! ちゃんとやったのに!」
それだけでは飽き足らず、ガンガンと机を叩き続ける。
「痛い……」
骨が当たった高い音が鳴った後、指を痛めたのか、そう小さく唸った。
そんな様子の彼を見た、職場の人間の視線がディオに集まる。
――なんとかしろ。
「……メルヴィンさん……、それ、まだ飽きないんですか? 早くこっちに復帰して欲しいんですけどね。人間性は置いておくとして貴方以上のハッカーはいないんですけど。……人間性は別として」
仕事仲間の圧に耐えられなくなったディオは、その細い身体を彼の方に向ける。
「飽きる飽きないじゃないんだよ! 僕の勘が言ってるんだ、絶対に何かあるって! ……罠に引っかかったんだ。うまく突破したと思ったら、全部データ消えたの! あの道に誘い込まれていたんだ……。くそ……」
「……そのデータの先に何かあるにしたって、優先順位はこっちでしょうが。現在進行形で問題が起こってるんですよ?」
しかめ面をしたメルヴィンにディオは言う。言葉に嘘はない。残念な人間性にさえ目を瞑れば、メルヴィンは紛れもない天才である。その天才を以てしても破ることの出来ないデータが気にならないと言えば嘘になるが、あくまでもそれは今起こっている事件には関係がない。
メルヴィンが破るべきロックは別のものなのだ。
「……なんかあったんだっけ?」
ディオの言葉にメルヴィンはキョトンと首をかしげる。良いはずの造形を歪ませて彼は叫んだ。
「MT事件ですよ! 犯人のメッセージからデータにはたどり着きましたけど、開けられません! 捜査は停滞しています!」
色男の面影をかなぐり捨てて言うディオに、メルヴィンは目を逸らした。確かに誰かがそんなことを言っていた気がする。
三
真っ白い部屋。真っ白い壁。真っ白い床。
真っ白な、自分。に、なりたい。
四
朝起きた彼は、ベッドから身体を起こす前に携帯に手を伸ばす。雑に閉められたカーテンの隙間からは、いくつもの光の筋が部屋に入り込んでおり、彼はまぶしさに目を細めた。携帯の画面には、メールが来たことを伝える文字が躍っていた。差出人を確かめた彼はベッドから勢い良く飛び起きた。癖のある鮮やかな赤毛が宙を舞う。深緑色の瞳は大きく開かれ、爛々と輝いていた。
「来た……!」
喜びを隠すことなく、歯を見せて笑う。
その手紙の差出人は上司であるマルセロ・オーデッツ。受取人は自分、アルバーロ・リックウッド。内容は要求へのゴーサインだった。
最近とある州で起こった殺人事件について、気になった点を上に報告すると、支部長であるマルセロからその手紙が降りてきた。ちょこまか調べ回るための正式な許可が出たとも言う。久しぶりに現場を嗅ぎ回れる事になったアルバーロは、喜びのままに或る人物への元へ向かう。その人物というのはいつも、皆が仕事をする部屋で、誰かの話し相手をしていたり、何かの資料を読み込んだりしている。案の定今日も、そうであった。
思考のままに事務所に向かい、部屋の扉を勢い良く押し開ける。
「ウィル、仕事だ!」
アルバーロがそう叫ぶと、一人の青年が振り返る。肩までの暗い茶髪が、ラベンダー色の瞳に一瞬だけ影を作る。その目元はとてもやわらかく、微笑みを作っていた。何も知らずに彼を何かにたとえるならば、まるで天使のようである。
――彼の名は、ウィルフレッド・サリス。
「ん、アル? 今日なんか僕、仕事なんてあったっけ?」
「今朝出来たんだよ! MT州の捜査許可だ。俺一人じゃ気付けないことがあるかもしれないし、お前ペアなっ。ほら! さっさと行くぞ」
アルバーロとウィルフレッドが捜査に向かうのは、この国のMT州だった。その州では最近、殺人事件が相次いで起こっている。しかしその殆どが犯人逮捕までたどり着いていない。……それぞれの事件を別の事件として調査しているのだから、見つかるものも見つからなかったのだろう。
一見それらの事件にはなんの関係もなかった。殺害方法や被害者の年齢、性別など、何も繋がりは見つかっていない。
「でも実は繋がりはあったわけだ」
MT州に向かう車の中、助手席に座るウィルフレッドは資料を見ながら言った。
「そう。繋がりあったわけ」
アルバーロの運転はかなり荒かったが、ウィルフレッドは笑顔を歪ませることはない。
「どんな繋がりなの?」
「んぁー……、分かりやすかったのは第二の被害者から第三の被害者への移り変わり。第二の被害者の資料見てみろ。リビングの」
アルバーロに言われるまま、ウィルフレッドはリビングの写真に視線を落とす。
「そうだなぁ……、彼女は登山家だったのかな?」
生活感のあまり感じられない部屋の壁に貼られていたのは、大きい地図だった。山を意味する場所にマークやメモが入っているのが見える。
「正解。まぁ彼女の趣味はどうでも良い。問題はその地図だ。一カ所だけ山じゃない場所のマークがある」
「――ぇ?」
アルバーロの言う『山ではない場所』を探すが、ウィルフレッドには見つけることが出来ない。この縮尺の地図に一体いくつ山があるか、そしていくつマークされているのか、一つ一つ確認するなんて考えただけでうんざりする。そんなウィルフレッドを見かねたのか、アルバーロは運転中にも関わらず「ここ」と右手で指を指す。
「……本当だ、よく気が付いたね。なんか数字も書いてある? ……細かくて読めないや」
「それはまぁ次のターゲットの住所の詳細と日時だ。犯罪予告ってやつ。俺がこの前直接見に行って、その数字に従って行ったら、やっぱり第三の被害者の家に辿り着いた」
『第三の被害者』そう聞いて、ウィルフレッドは首を傾げた。
「彼女の殺人が第二だって、なんで分かったの?」
「犯人はカウントダウン紛いのことをしてやがんだよ。正確にはカウントダウンとは逆で、殺された順にアルファベットが進んで行ってる。彼女がBで、第三の被害者がC。てことはだ、Aがいるだろ?」
「カウントダウン……? そんなのどこにあ――」
聞きかけたウィルフレッドの目が見開かれる。
「服か」
「ゴメイトー。服に描かれている言葉の頭文字だな。こうやって被害者の写真並べてみると分かるかもしれねぇけど、連続殺人か? っていうのがないとそもそも並べねぇしな。警察は未だに一件一件通り魔だの怨恨だの痴情のもつれだのって忙しく嗅ぎ回ってんぜ」
「それは……、ご苦労なことで」
「そこまで分かったら、洗いざらいMT州で起こった未解決殺人事件を探し回った。Aが描かれている服を着ているやつを見つけては家に出向いて、地図探しだ。そして第二の被害者に繋がるやつを見つけて俺の勝ち。そいつを第一の被害者とした」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「正式な許可がないと大っぴらに動き回れないだろが。あの時点では俺だけで充分目立ってたからな」
「君は人の心情を考える、と言うことが出来ないもんね」
「……効率的と言え。で、今向かってるのがFの奴の家……。つまり第六被害者だな。一緒に地図探しだ」
五
アルバーロとウィルフレッドが訪れた第六被害者Fの部屋は、高級マンションの最上階であった。家具は、さぞ金がかかっているであろう煌びやかなものばかりだった。
「わぁ。だいぶお金持ちだったんだねぇ。Fさんは」
ウィルフレッドの緊張感のない声に、アルバーロは苦笑いをする。
「……六番目に殺されたからFなだけで、別に本人とアルファベットは関係ないからな?」
「わかってるわかってる。……Fさんがお金持ちであったことは多分、犯人にとってはFさんが貧乏だとしても同じことなんだろうね」
「……マンションのセキュリティがいくら凄かろうと、Fみたいに外で殺されりゃあわけねぇな」
ウィルフレッドの問いかけを無視しているのか、それとも最早それは二人の共通認識で答えるまでもないのか、或いは二人は会話のような何かをしているだけなのか。
「さぁー……。地図探しだね」
「なぁウィル、……賭けるか」
「連続殺人の手掛かり探しでかい?」
「……不謹慎と言いたいのか?」
まさかそんなことないだろう、という表情でアルバーロは首を傾げる。ウィルフレッドは変わらぬ笑顔のままだった。
「いいや? ……今月の給料全部もらうね」
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