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十五
しおりを挟む十五
マンションを出て、ウィルフレッドはコンビニへと向かった。空は薄黒く、しかしそれは雲のせいなのか、時間のせいなのかの判断は及ばないような空だった。
別に、アルバーロに向けた言葉に嘘などない。無事にいられるのなら、何事もなくお昼ご飯を買って帰るつもりだった。
――無事では、いられないだろうけど。
なにしろ、今までに六人を手にかけた人物。あの部屋に住む住人であるウィルフレッドのことは調べ終えているだろう。昨日、家に二人で入ったのも見られていたと考えていいだろう。そして、次のカモである自分が一人で出てきたのを見たら、行動を起こしてもおかしくはない。
アルバーロがウィルフレッドの家を知らなかったのは、彼の人格的にも想定範囲内。しかし上司であるマルセロまで知らないというのはあり得ない。自分が殺されるのは確定として、アルバーロまで巻き込んだら、まだ見ぬ未来でマルセロになんて言われるか。
……ウィルフレッドには、そのビジョンは不可能だった。
そもそも、マルセロという存在がなかろうとも、ウィルフレッドには誰かを巻き込もうなどとは考えられなかった。アルバーロがGである存在を守ろうと動かないのは、予想通り。そしてその予想通りが少し悲しかった。しかし、昨日二人であの地図を見たときに彼はこの結末を受け入れた。この組織において絶対に外せない人物とそうでない人物。ウィルフレッドは自分がどちらに属するのかを知っていた。
少しでも犯人捕獲に貢献しなければ、と家を出る直前に携帯の録音機能は入れてあるし、ダイイングメッセージでもなんでもやってやるという気持ちだった。アルバーロの言うとおり、殺人が起きればニュースくらいにはなる。そうすれば彼に情報は届くだろう。
敢えて路地裏に入る。薄暗く、空気の通りの悪い場所。そのくせ、どこか薄ら寒い。だが、なんの罪もない一般人が犯人に万が一傷付けられたらいけない。
……そうすると、露骨な足跡が聞こえてくる。高い、ヒールの音。女性だろうか。
「……なぁに? 気が付いていたのかしら、もしかして」
ころころと鈴が鳴るような、心地良い女性の声。ウィルフレッドは覚悟を決めて振り返った。ぱちり、と目が合う。
まず目を惹かれたのは、身に纏っている青いワンピース。それは、彼女を隠そうともしておらず、むしろその光沢がその存在を世界に知らしめていた。身長は高めで、目線は自分と同じくらいである。美しい顔はそのワンピースに上品に据えられており、腰まである長い黒髪が合わさってまるで美術品のようであった。
「……えぇ、初めまして。犯人さん、でいいのかな」
「そこまで分かっているのなら、今から自分の身になにが起こるかなんて分かっているわよね? もしかして、私が女だから勝てるとでも思ってる?」
そして、彼女の肩から提げられている無骨なバッグが目に入った。
「……貴方に勝てるなんて思っていませんよ。往々にして、女性は強かなものですからね。……そのバッグには、Gと書かれた単語がある、僕のサイズにぴったりな服でも入ってるんですか?」
「……そうよ? サイズはまかせて。事前にちゃんと調べて貴方に合うデザインを探したんだから。後でちゃんと着させてあげるわ」
「それは……、ありがとうございます」
彼はいつもの笑顔を浮かべていた。そうしてゆっくりと手を広げる、できるだけ犯人から情報を聞き出したいが、名前などの個人情報を聞いたら怪しまれてしまう。会話を少し引き延ばすので精一杯だった。これだけでも情報が入っていれば、アルバーロとメルヴィンの力があればなんとかできるかもしれない。
後は自分の血液でも唾液でも何でも良い。彼女の身長などの外見的特徴を地面にでも残せば良い。彼女が拭き取ったとしても、彼等なら科学の力でなんとかするだろう。
「さぁ、どうぞ」
「……貴方、気持ち悪いのよ」
「……はい?」
「あの何にもない部屋を見てそう思った。……別に、潔癖症について言ってるんじゃないわ。私も一種の病気のようなものだから。本当に不思議なことだけど、周りはアルファベットを指針に生きていないようだから」
「なにを指針に生きるかなんて、人それぞれですよ。別に、アルファベットに従って生きて、アルファベットに従って殺しても僕は文句を思いつきません」
なにかに従って生きて、なにかに従って殺す。彼もそれは変わらない。
「……自分がそれで殺されてもいいの?」
「まぁ、ただ殺されるんだったら全力で抵抗でもしますけど。アルや皆に危害が及ぶよりはずっと良い」
アイヴィーは顔をしかめた。そして言った。
「へんてこりんな潔癖症になって。あんな環境でしか生きられなくなって。傷を負ったままで。毎日悪夢を見て。殺人鬼に目を付けられてなお、生きようとするのが分からないの。今生きているのが分からないの。自ら、呼吸をしているのが、心臓が動くのを許しているのが空腹を感じて食べ物を食べようとするのが今日を生きるのを良しとするのが分からない。貴方が貴方であることを許しているのが一切さっぱり分からないの。やっぱり、気持ちが悪いわ」
瞬きをした。ウィルフレッドは、ふるりと唇を震わせた。いやに冷たい風に煽られる。
「……あなたは、どこまで僕を知ってるの……?」
「なにも……知らないわ」
彼女はそう言って、バッグからナイフを取り出した。どこで買ったのだろう。きっと、彼女が彼女に許した指針に従ったのだろう。
ゆっくりと刃先がウィルフレッドを捉える。……別に、ドラマみたいに妙に時間がゆっくりになることなんてなかった。そうすると、その身体に似合わないスピードと乱暴さで彼女はナイフをウィルフレッドに突き刺した。
何故彼女が殺人をするのか。ウィルフレッドには見当もつかない。しかし、それを考えるのはアルバーロの仕事だ。
……ただ、最後に。なんだか少し自分に似た迷い子に、自分の答えを教えても良いと思った。
「魅入られたから――貴方と同じだよ」
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