Vulture's wish Swan's prayer

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一枚目 前半

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七夕って知ってるかな?ほら、織姫様と彦星様が一年に一度相会する日の夜、二人のために星を祀る行事のことだよね。その日は笹を飾り、短冊に思い思いの願いごとを書く。
っていきなり訳分からない始まり方をして、申し訳ない。今一度、確認しておきたかったんだ。そして急な訳だけど図々しいお願いをどうか聞いてはくれないだろうか。この手紙を運良く見つけた人はこの手紙を読んで僕と彼女の物語を知って欲しい。硝子の白鳥、海底神殿の琴、鯨のように大きな大鷲を見た物語を。
嫌な顔しないでくれ...だだっ広い宇宙で出会えたのも何かの縁だと思わないかい?


まず自己紹介からしようか。僕はからす座のクリーニング店に勤務しているしがない店員。...表向きはクリーニング屋。でも裏の顔、つまり本業は暗殺屋の死体処理員。
お偉いさん方から嫌味な上司まで様々な奴を烏達は暗殺している。その死体を跡形もなく片すのが僕の仕事。仕事内容、軽々しく言いすぎたかな?僕だって汚い仕事ってことは重々承知してるし、一般的に見て普通じゃないことぐらい分かってる。だけど僕にとってこれは"当たり前"だから今更違和感なんてあまり持てないんだ。

仕事内容は1日一件~二件程度でさほど多くない。けど僕はネジ巻き人形のように上司にこき使われる日々。死体処理はもちろんのこと、死体の報告書も書かなきゃならないからね。もし上司の忠実な下僕ランキングという名目があったとしたら僕は間違いなく一位の座に君臨するだろう。とまぁそんな冗談は置いといて、今日も死体処理が無事に終わり道具の片付けをしている。防護服は消毒剤に漬け込んだ。今は最後に残った血に濡れたゴム手袋をなんべんもなんべんもゴシゴシゴシゴシと洗っている最中。生気の無くなった目。血の液溜まり。原型を留めてない肉塊。全て忘れようと必要以上に洗う。大方洗い終わった所で、何時かと思い時計を見るとあぁ、もう、未の二刻だ。一旦外の空気をを吸おう。そう思い屋上を目指した。



錆び付いた柵にもたれ掛かり景色を眺めながらボンヤリ思う。死体処理は決して楽しいとは言えない。血なまぐさい臭いは当分僕の鼻にまとわりつくし、死体から出る何らかの汁は落とすのが大変で困る。でも臭いや汚れは、新鮮な空気を吸ったり、入念に洗ったりすればあらかた消えてくれる。一番嫌いなのは死後の顔を見ること。今まで見た人々は一人も安らかに死んでない。苦痛、恐怖、憎悪に満ち満ちた顔。とにかく負の感情を残して死んで行ってしまった人の顔を見ると、寝ても醒めても頭からは中々離れてくれない。それがどうしようもなく嫌なんだ。

ポカポカした陽射しを浴びながらくつろいでいると、後ろから声がかかった。
「やぁ、休憩かい?それともサボり?」 
振り向くと男が一人、ドアの前に立っていた。濡れ羽色のスーツを上品に着こなす風体。切れ長で涼し気な目。総合的に見て聡明そうな印象を持つその男がこちらに歩み寄ってくる。それは声の主であり僕の上司であった。
烏ってガァガァガガァと汚い声で喚くだけだけの無能だと思うだろう?でも実際は違う。利口な頭を使って賢く立ち回るのが彼らである。
僕はにこやかな笑みを見せ、
「やだなぁ、僕がサボれるような立場にあると思いますか?」とわざとおどけてみせた。
すると彼は
「少しからかっただけだよ。」と苦笑しながら僕の隣で景色を眺め始める。
「仕事は順調かな?」
「はい、お陰様で。」
「それなら良かった。」

世間話にしては短すぎる会話が終わり沈黙が流れる。上司をチラリと盗み見るとバチッと目が合ってしまった。こんな無駄な話がしたいんじゃない。察しろ。とニコリともしない目がものを言ってくるので、仕方なく僕から話を切り出すことにした。
「で、用件は何でしょう?」
上司はとぼけた振りをして、答えた。
「ん?あぁ、久しぶりに君と二人で飲みたいと思ってね。今夜一杯どうだい?紹介したい店があるんだ。」
酒の誘いらしい。遠回しだが、絶対来いのニュアンス。付き合う以外に選択肢は...ない。
「お誘いありがとうございます。何刻にしますか?」
「うーんと、酉の五刻に開店するけど、仕事がまだ残っているだろう?戌の八刻はどうだい?」
「わかりました。戌の八刻ですね。集合場所は?」
「現地集合にしよう。店の場所は後で送るから確認しといて。」
「了解しました。楽しみにしてます。」
嘘だ。
「じゃあせいぜい残りの仕事頑張って。遅れないように。」
「はい。善処します」

彼が居なくなった後、ぼやく。
「...行きたくねーよ」


飲みに誘ってくれる上司が居て良かったじゃない。かって?まさか。烏が僕を誘うのは何か...つまり仕事や雑事などの押し付けを企んでいるからであって、決して純粋に酒を楽しみたいからじゃない。烏は誰かに、特に自分より下に見てる奴に借りを作るのは大嫌い。だけど借りを作るのは大好き。
そういう生き物なんだよ。

倉庫に戻り、古びた机に置いてあるパソコンを起動させる。旧型なので起動時間はかなりかかる。待ち時間にゴム手袋を放り投げ、汗で臭くなった服を脱ぎ捨て、床に寝っ転がった。
埃っぽい空気が鼻を擽る。掃除しなきゃなぁ。なんて思いながら起動を待っていると、ようやく電源が付いたようだった。僕は起き上がり、椅子に座り直した。めんどくさい報告書を作る為、パソコンをガタガタ言わせて数十分。ようやく死因の偽装の部分に手を付け始めた時に
ピロロンとメールの着信音が鳴った。ノロノロとした手つきで蓋を開け内容を確認すると
「蠍座の近くにあるシャウラという店来てくれ」
の短いメッセージと一緒に店の地図が付属してあった。
溜息をつきながら、携帯をポケットにしまう。
ふーん、蠍座か。ん?おかしいな、蠍座なんて。烏は蠍座に近づくのさえ嫌な筈なのに、どうしてなんだろう。僕は首を捻りながら、いそいそと残りの報告書の始末に取り掛かった。...あ、言い忘れてた。烏が蠍嫌いな理由。それは昔の事件が関係してて...いや、これは後で伝えるとしよう。

ようやく報告書の作成が終わり、立ち上がってうーんと伸びをする。印刷している合間に飲みの支度をしよう。そう思い、財布等を鞄に仕舞う。服はどうしようかな。ここから蠍座まで大分距離があるし、向こうは夏の気候。羽織は置いてカッターシャツだけにしよう。服を着替え、丁度印刷し終えた報告書を渡しに行くため、僕は倉庫を出た。

ここまで書いてて思ったんだけど、かなり無駄話が多いね。ごめん。回想シーンだと思って大目に見て欲しい。


現在時刻は酉の六刻半過ぎ。夕陽の欠片は落ち、夕闇が橙だった世界を塗り替えている。周囲に誰もいない。そして僕は飛び立つ。

途中休憩を挟みながら...一時間位は飛んだかな。やっとのことで前方に蠍座周辺が見えてきた。
ロイヤルパープルの色の深みを残しつつ鮮やかなバイオレットが完全に混ざりきらない程度にゆっくりゆっくりゆっくりと巡りゆく。そこにチェリーピンクやコーラルピンクの星屑が散りばめたられた様子は無垢な少女のあどけなさと高貴な淑女のしとやかさの二面生を秘めている様である。

もう少しばかり飛んだら、目当ての歓楽街が僅かに見え始めた。僕は人がいないであろう暗い通路を見つけ、短い脚をピンッと伸ばす。それから無駄に大きい体を最大限縮め、目標地点にガタガタガタガタっとかっこ悪い着地を決めたのであった。

僕がわざわざ人目につかない場所へ降り立つのは僕の変身をうっかり見てしまう人が可哀想だからである。自分でもかなり気味悪いと思う。
昔から僕に対して向けられる目は必ず恐怖と侮蔑そして安堵。それには
「俺はあっち側じゃない。あんなに嘴はひん曲がってない。あんなに翼はどす黒い色じゃない。あんなに頭は禿げて貧相じゃない。ほやみろよ、肌は継ぎ接ぎのようでみすぼらしい。あぁ、ああならなくて良かった。あぁ、ああならなくて良かった。」
という意味が込められている。
お前らも大差ないだろ。と言いたい所だが、嘴も翼も頭も肌も他より醜いのは事実だ。だから言い返す権利も理由もない。僕は今もそしてこれからも、この体と向き合わなくてはいけない。この仕事をしなければならない。腕に刻まれた焼と同じように僕の胸にも焼は刻まれている。その傷から漏れ出すドロっとした重油のような液体はいつもねちっこく付いて回る。それを振り払う手に黒い液体が付着する。その液体の正体が何なのか...僕が一番よくわかってる。
人型になった後は、流石に頭は禿げていないし、言うなれば少しだけマシになる。が決して良い見栄えとは言えない。気鬱な気持ちとは対照的に明るい光を放つ出口を目指し、鉛のような足に重い足を動かした。



夜光虫が持ち場に着き終わった頃、看板だらけの閑散とした町はネオンを身に纏い華やかな夜の街へと変貌を遂げる。
たどたどしい足取りで歩いた先に一際目立つ赤い塔が立っていた。
塔から放たれる絢爛とした光の束が周囲や僕をギラギラと照らしつけ、威圧する。看板には蠍の毒針を意味する「シャウラ」と黒の綴り書きで表記されていた。ドアより少し手前で上司を待ちながらチラッと腕に付いた時計を見ると、もう10分は過ぎていた。彼はいつも僕に30分前から集合しろとか何とか煩いのに自分の遅刻になると寛容になるらしい。
上司の愚痴を頭の中で吐きながら待っていると、耳元で
「ちゃんと来れたんだね。」
と急に囁かれた。耳に息を吹きかけられたようなもんだから
「うわぁっ!」と驚いてしまう。
頼むから音もなく僕の背後に降り立つのはやめてくれ。暗殺者の技術を僕に知らしめなくていいから。
僕の間抜けな驚き方に上司は面白がりながら、形だけの謝罪をしてきた。
「すまない、驚かせたようだね。君らは耳が悪いから僕の微かな羽ばたきの音が聞こえなかったようだ。」嫌味ったらしい上司だ。
すぐに引き攣った笑顔を浮かべ挨拶をする。「こちらこそ、大きな声を出してすみませんでした。お仕事お疲れ様です。」
「そちらこそお疲れ様、どうだい?緊張してるかい?」
「はい。何せこういう...大人な雰囲気のお店は初めてですから」
上司は哀れみの眼差しで僕を見つめ、そして同情するように言った。
「大丈夫、今夜はきっと楽しい夜になるよ。」

案内人によって中に通されると外観とは違う落ち着いた光のシャンデリアやムーディーな音楽が場を満たしている。案内人は舞台から見た一番前の席に座らせ、メニュー表を僕達に手渡す。長ったらしい名前の酒やつまみやらでどれを注文すればいいか迷っていると上司が僕の分まで注文してくれた。

話すことがない。ないからとりあえずつまみやら酒やらの感想を言い合ったりして時間を潰す。話のネタがなくなりそうになった時突然、手前の灯りだけが頼りの暗い空間がパッと白くなった。助かった。
前には洒落た髭を生やした司会者が
「レディース&ジェントルメン!」なんて言いながら客への感謝と今日のセトリをつらつら並べる。一通り並べた後、
「スリー!ツー!ワンっ!」
のカウントダウンと同時に次々と公演者達が躍り出てきた。思考が追いつく前に舞台が始まる。
明るい照明と陽気な音楽。派手な衣装に身を包んだ女性達の踊りに僕はただただ圧倒されるばかり。上司は特に楽しんでいる風でもなく酒をちょびちょび飲むだけ。僕もそれに習い酒をのむ。何がなにやら分からない状態で数十分が経ちようやく前座のショーが終わった。司会者の合図で挨拶もそこそこに公演者達が一旦下がり始めた。
あぁ。やっとか。と息をついていると照明が落とされ、また暗闇が戻ってくる。あまりに照明が眩しかったものだから、目の奥にはまだ光が瞬いていた。烏は皿の上にあるサーモンの燻製をつまみながら口を開く。
「普段静かな君には騒がしすぎたかな?」
この烏、嫌な所は鋭い。
「...はい...少しだけ」
「そうか、でも次の公演はきっと君でも気に入ると思うよ。」
どういう意味だろうか。真意を探る為に質問しようと口を開いた。と、同時に観客席から盛大きな拍手が沸き起こった。僕はぽっかり空いた口をムグムグ噛みながら曖昧に閉じる。
横を見ると、上司も拍手をしている。僕は異様な空気を不思議に思いながら、合わせて拍手をした。
垂れ幕が上がり、眩い光と共に現れた一人の女性。彼女の影響か、それまで拍手の音や人の話し声で賑やかだった酒の席は清冽な空気にうって変わる。
僕は彼女を見た。呼吸が止まった。
彼女は形容できないほど美しかった。白銀に輝く艶やかな髪。シルクのように透き通る肌。蒼く深いサファイアの瞳。ミッドナイトブルーの暗めなドレスが彼女の白さを一層引き立たせている。彼女が金の柱に支えられた大きなハープをポロンと鳴らした瞬間、酒場が透明の世界に入り込む。澄んだ音が胸中に響き、伝わる。彼女は子供をあやすように優しく語りかけながら悠々と歌う。そこに僕達は存在してなくてただ彼女だけが存在し、彼女だけの時間が流れているような錯覚に陥らざるを得ない。いや、本当にそうなのかもしれない。長いようで短い濃密な時間が終わり、彼女がその場を後にすると一度幕は閉じた。それを見計らったように上司が声を掛けてくる。
「彼女、綺麗だろう?」
「そうですね...あの、どういう経緯で彼女を?」
彼は自慢げに酒を煽りながら語り始めた。
「この店を知ったのは私のちょっとしたツテからでね。白鳥の落とし子が居るって聞いたもんだから前に一度来てみたんだ。正直半信半疑だったけど。そしたら本当に白鳥が居るもんだからそりゃ驚いたよ!だって...」
そこで彼は声を潜めた。
「ここは蠍座だからね。普通はおかしいと思うだろう?」
「はい...」
その返事に彼は満足し、苦々しい顔で言った。
「ほんと、彼女が居なかったらこんな品性下劣で猥雑な星にわざわざ来ないよ」
会話の終わりを見計らったようにまた華やかで激しい歌と踊りが始まる。
こうして彼女の今夜1度きりのステージは幕を閉じた。


子の刻手前で店を出て、上司と向き合う。
僕は頭を下げ、
「貴重な体験、ありがとうございました。楽しかったです。」と感謝を述べた。
彼はにんまりと笑って
「いやいや、これくらいどうってことないよ。君の仕事に比べたらね。」と指を突きつけ言った。
それから僕はタクシーを呼びつけ、上司を乗せた。乗る時に上司は
「...じゃあまた頼むよ」と僕にしっかりと釘を刺す。
「これでお前に貸一つ」だと。
僕は真摯に
「はい...精進します。」と返し、
タクシーをしっかりと見届けた。上司を乗せたタクシーは夜の闇に紛れて消えた。

夜光虫で彩られた擬似的な道をとぼとぼ歩きながらふと思う。この感情は恋なのだろうか。確かに彼女を見た時僕は何もかも全てが止まった。呼吸も、瞬きも、全て。
声を聞くと身体中の全細胞が色めき立った。しかし僕は舞台にあがる彼女の一面以外の彼女の何を知っているだろう。いつも着ている服は?好きな食べ物は?好きな場所は?僕は彼女について何も知らない。つまりこの感情は恋というには値しないのではないか。しかも彼女をお目にかかるのは今日が初めてだ。恋なんて急にするもんじゃない。ならばこの湧き上がる感情の名はなんなのか。一目惚れ以外に何がある?一旦恋愛感情と認めてからまた考えたらいいじゃないか。いやいや、まだ会話すらしてないんだぞ。勝手に好意を抱くなんて気持ち悪い。だいたい僕はこんなにも薄汚く、穢れた存在なのに...頭を冷やそう。僕は街の喧騒から離れとした天の川を目指した。

近くの空き地に降り立ち、形を変え、灰色の河原を散歩する。すぐ側には天の川が静かに死にゆく星々を流しながら何処までもこくこくと流れている。空気は冷えきっているのに不思議なくらい体の芯は火照っていた。
この火照りも酒のせいだろうか。それとも慣れない雰囲気の余韻?あんなにいっぱい考えたことも、もしかしたら全部キャバレーの雰囲気に呑まれたまやかしだったかのかもしれない。

ジャリッジャリッと鳴る足場。
僕の変な考えをかき消してくれるような雑音。普段なら耳障りなこの音が今だけはちゃんとした役割を果たしてくれている。
そろそろ帰ろうかと変身しようとした時、
あの歌声が僕の耳に届く。幻聴だと思ったが確かに聞こえる。僕は辺りを見渡した。何もない。歩き出す。声のする方に。少し僕の視界に水面に浮かび星々と戯れながら歌う彼女を捉え、そのぼんやりとした光の塊を凝視した。
紫の光に照らされた金や銀のスパンコールが彼女を飾り付け、黒い川の水面上を明るく照らす。まるでそこだけスポットライトが当たっているかのように。派手な装飾が施された衣装も美しさを引き立たせる化粧もしていないのに何故彼女はあそこまで輝けるのか。あの時とは違い、ふた周りほど小さい月白のハープを奏でながら、歌う。僕は彼女に魅入られ、新たな魅力に気づき興奮していた。僕はキャバレーの雰囲気に酔っていたからではなく彼女に心酔したのだと確信した瞬間だった。彼女の真夜演奏会が終演するとたった1人の観客である僕は我をも忘れ精一杯の拍手を送っていた。長い拍手をしながら思う。柄の悪い僕を見たら彼女は何と言うだろうかと。


                                       





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