オカンな幼馴染と内気な僕

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第一章 恋人始めました

第16話 お部屋デート

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 翌日の昼休み。
 僕は、いつものように、正樹と一緒に学食で昼ご飯を食べていた。もちろん、僕は真澄の手作り弁当。正樹は、日替わり定食だ。うちの高校は、何故かはわからないけど、やけに安くて、日替わり定食はたった200円という破格の値段だ。これで採算取れるのだろうかという余計な心配までしまいそうになる。

 真澄の手作り弁当は、いつも通りとても美味しい。彼女が手作り弁当をつくってきてくれる幸せを堪能していると、

「ほんと、美味しそうだなあ。幸せそうなこって」

 正樹が少しからかうように言ってくる。

「まあね。これで贅沢をいったらバチが当たるよ」

 そう苦笑する。いや、ほんとに。

「からかいがいがねえなあ。そういやさ」
「なに?」
「お前らってもうキスとか済ませたの?」

 ぶっ。危うくご飯を吹き出しそうになる。慌てて、お茶で流し込む。

「何をいきなり聞いてくるんだよ」
「いや、なんとなく聞いてみただけなんだが」

 正樹の方はほんとになんとなく話題にしただけのようだ。

「なんとなくで聞かないでよ。まあ、お察しの通りだよ」

 頬にはしてもらったけど、キスといったら普通唇にする方を指すわけで、反論できない。

「意外だな……。いや、意外でもないのか」
「どっちなんだよ」
「いやさ。4年越しだっけ、まあそれくらいの恋が実ったんだろ?」
「ま、まあそうだね」
「だったら、もう少し進んでるのかなと思ったんだけどよ」

 言いたいことはわかる。

「ただ、お前はそういうところ踏み出すのに躊躇しそうだし。中戸も、おまえからの話を聞くと、結構天然ぽいところあるみたいだしよ」

 こないだの告白の顛末のことだろう。それに、真澄は、拒否しているわけではないけど、キスはまだ恥ずかしがっているようなところがある。いや、僕もなんだけど!

「まあ、僕が意気地なしなだけだよ」

 ふてくされてみる。

「別におまえたちのペースでやればいいと思うけどさ」

 それなら放っておいて欲しいものだ。

「でもさ。中戸にとっても、4年越し……なのかわかんねえけどよ。長年の恋が実ったわけだろ。なら、そこまで躊躇しないでもいいんじゃないか?外野の勝手な意見だけど」

 その言葉には少しはっとなった。自分でいうのもなんだけど、慎重に、慎重に、と進めすぎるきらいが僕にはある。一方の真澄はどうだろうか。告白してからの出来事を思い浮かべる。向こうから積極的にデートに誘ってきたり、歩いて登下校しようと言い出したり。積極的に距離を詰めようとしているようにも見える。

「言われてみればそうかも。ちょっと考えてみるよ」
「あまり深刻に考えるなよ。今のままゆっくりでも大丈夫だろうし」
「ありがと」

――

 躊躇しないでもいいんじゃないか、か。言われてみればそうかもしれない。気を遣い過ぎると逆に良くないことを僕も学んできたはずだ。もちろん、真澄が嫌なのを強引に、ということは絶対にしないけど。

 放課後、皆が帰っていくなか、ひとりぼーっとしていると、通知があった。見ると、真澄からのもので

『授業もう終わった?』

 とのこと。一緒に帰ろうといういつものお誘いかな。

『終わったよ。そっちは?』
『うちも。良かったら一緒に帰らへん?』
『おっけー。校門前で待ってればいい?』
『うん。うちの方から迎えにいくから』

 そんなやり取りを終える。考えてみると、これはいい機会なのかもしれない。

 校門前で待っていると、真澄が自転車を引いて駆け寄って来た。

『おまたせ』
『じゃ、いこうか』

 そうして、僕たちは歩き出す。

『そういえば』
『何?』
『昨日のこと覚えとる?彼氏居ます宣言の話』
『もちろん』

 久しぶりに、真澄が泣いたのを見たときだったし。

『それでな。決心して、やってみたんよ』
『彼氏居ます宣言?』
『そうそう。でな、思ったよりあっさり決着して拍子抜けやったわ』

 なんだか、清々しい表情でそう言う。

『どういうこと?』
『まず、男子やけどな。こっちはほとんど問題やなかったんやけど、彼氏がいるってわかって、ほっとした子も多かったみたいなんやわ』
『ほっと?』

 狙ってた男子にしてみれば、横からかっさわれたような気分だったんじゃないだろうか。

『元々、うちと、普通に仲良くしたかった子にとってみれば、うちと下手に近づくと、気があると思われるんじゃないか、って怖がってたらしいんやわ』
『なるほど』

 言われてみると、下心がないのに、下心があると疑われそうだったら、たまったものじゃないだろう。ほんとに下心があった連中はおいといて。

『女子は……まあ色々ややこしいんやけど、うちに盗られるんやないかと思ってた子も、アドバイスしてくれてた子も、これからは心配がなくて一安心、というわけや』

 なるほど。彼氏宣言は、ほとんど思い付きのようなものだったけど、そんな効果があったとは。

『あ、でも。うちは、コウとお付き合いしてますってはっきり言うたから。堪忍してや』
『別に、そんなにそっちに行かないからいいけどさ』

 ともあれ、その辺りの悩みが片付いたみたいで良かった。いや、こっちの悩みが解決してないんだけど。えーい、ままよ!

『あ、あのさ』

 声は少し上ずっていただろうか。

『ん?』

 邪気のない瞳で見上げてくる。これだけのことに勇気が必要だとは。

『今日だけどさ。これからデートしない?』
『ええよ。どこ行く?』
『僕の部屋とかでどうかな』

 言い切った。真澄が断ることはないと思っていても、なんていうか恥ずかしくて逃げだしたくなる。

 横をみると、顔を赤らめながら、うー、だの、あー、だの言っている。
 結果的には、

『そ、それやったら。よろしゅうお願いします』

 ということになった。なんで敬語?しかも、何故か頭下げてるし。また、変な勘違いをしてないといいんだけど。

 なにはともあれ、OKはもらったので、少しぎくしゃくしながらも、家に向かって歩いていく。いつも通りのはずなのに、妙に緊張してしまう。
 横をみると、真澄もなんだか挙動不審だし。
 大丈夫だろうか、これ。

 自転車を引いて歩くこと約20分(後で気づいたのだけど、二人とも自転車に乗ることを忘れていたのだった)、ようやく自宅に到着したのだった。

「あのな。ちょっとシャワー浴びて来てええか?」

 は?何を言ってるの?

「そんなに汗かいたの?」
「汗かいたっちゅうか、その。そういうことになるんやったら、身体綺麗にしておきたいちゅうんが自然やろ」

 待て待て。なんか物凄い方向に勘違いしてるよ。

「いや、その」
「コウがどうしてもっちゅうんやったら、そのままでもええけど。嫌わんといてな?」

 今、確信した。この人は、完璧に一線を越える覚悟を決めてらっしゃる。

「い、いやいやいや。ちょっと待った!」

 ちょっと大きめの声で遮る。

「これから何するつもりですか、真澄さん」
「そんなこと言わさんといてや。エッチ」

 この人は、もう完璧に勘違いしてるけど、どうすればいいのか。
 ものには手順があるわけで、そりゃもうちょっと先ならやぶさかではないけど。

「あの、さ」
「これ以上何かいわすん?」
「いや、そうじゃなくてさ。僕は部屋でデートしようって言っただけで。別に何か変なことをするつもりじゃなかったんだ。いや、本当に」
「……!」

 今更、自分の勘違いに気づいたのだろう。顔から耳まで真っ赤になっている。
 いや、僕の言い方もまずかったんだけど。というか、僕も顔から湯気が出そうだ。

「……紛らわしい誘い方せんといてや。覚悟決めてたうちがアホみたいやんか」

 うつむきながら、恨み言を言ってくる真澄。

「いや、それはごめん。ほんと、この通り!」

 頭を下げて、許しを請う。

「はー。なんか、緊張が抜けてしもうたわ。部屋で普通にデートするってことでええんやね」
「うん、そういうことで」

 さっきまでの緊張した空気はどこへやら。僕たちは、揃って家に入ったのだった。

「おかえり、コウ」
「ああ、ただいま。それと……」
「あ、おばちゃん。お邪魔しますー」
「あらあら。仲がいいのね」

 含み笑いをしながら、母さんはどこへやら退散していく。

「それじゃ、上がって。上がって」
「コウの部屋に行くの、久しぶりやなあ」

 階段を登りながらそんなことを話す。

「はい。どうぞどうぞ」
「お邪魔しますー」

 無邪気な声で部屋に入る。

「おー。初めての彼氏の部屋……ってあまり変わっとらんね」

 容赦のないツッコミが入る。

「まあね」

 最後にこいつが来たのは、卒業式のとき以来だったか。
 それから、今までの間、本は増えたし、新しい携帯ゲーム機は買ったし、と、色々物は増えたけど、あまりレイアウトは変わっていない。

 入って左側が、机にパソコン、それと液晶モニター。ゲーム機の画面も兼ねている。そして、正面側には、本棚。歴史系の本や参考書、PC雑誌、ライトノベル、と雑多に色々な本が入っている。そして、右側にはいつも寝るベッドだ。

「まあいいや、その辺に座って」
「あんがとさん」

 そう言って、僕のベッドにちょこんと座る。

「ちょっと本棚見てええか?」

 えーと。本棚に何か見られてまずいものは入ってなかったっけ。冷や汗を流しながら、高速で思考する……よし。そういう系のものは全部パソコンに入っているはずだ。ノープロブレム。

「もちろん。どうぞ」

 何事もなかったかのようにそう言う。

「あ、このアルバム。懐かしいわあ」

 そう言って、真澄が開いたのは、本棚の最下段にあるアルバム。僕たちが小学校の頃のやつだ。

 入学式、遠足、運動会、修学旅行、卒業式、家族旅行などなど。月並みなものばかりだけど、大切な想い出だ。

「そういえば、この頃はうちの方が背高かったんやね」
「確かに」

 思えば、昔は、真澄の方が背が高かったから、どこか姉のような、そんなイメージがあったのかな。
 今となっては見る影もないけど。

 次々に、アルバムをめくっては思い出話に花を咲かせる。アルバムなんて、ずっと見ていなかったけど。たまにはこういうのも楽しいかもしれない。

「卒業式、か。これで最後やね」
「ああ」

 どこか、彼女の声が寂しそうだったのは気のせいだろうか。

「……」
「どうしたの?」
「なんちゅーか、ちょっと寂しかったなあって」
「同じ中学に行けなかったこと?」
「そう」

 思えば、卒業式を終えた僕の気持ちはどんなだっただろう。中学生活への期待?それとも、真澄たちと離れる寂しさ?それとも両方だろうか。
 思い出してみると、あの頃の僕は、既に、真澄に対して淡い想いを抱いていて。でも、同じ中学に通いたいから、っていうのもなんだか恥ずかしくて。
 両親は別に無理に、とは言わなかったけど、受験して受かった中高一貫の男子校に入ったのだった。
 ただ、僕は、近所だったし、いつでも連絡が取れるからというのもあって、そこまで寂しく思ってはいなかったような気がする。

「……」
「あ、謝らんでええんよ?コウはあれからも、ウチと頻繁に連絡とってくれたし、遊びに誘ってくれたし」

 慌てたように言い足す真澄。

「そうかもね。ありがとう」
「……」

「あのさ」
「なんや?」
「もし、良かったらだけどさ。大学は一緒のところ目指してみない?まだ、受験には早いけどさ」
「うん。うちも、一緒のとこがええな」

「……」
「……」

 それから、しばらくの間、お互い、なんとなく無言で過ごしていた。
 すると、真澄がだいぶ近くに寄っているのに気が付いた。
 顔を横に向ければ、くっついてきそうなくらい。
 どきどきしながら、横顔を見つめていると、ゆっくりと目を閉じるのが見えた。

 今までも、可愛いと思ったことはあったけど、今は特別に違って見える。

「その、いいかな?」

 こくりと、真澄がうなずくのが見えた。

 そして、僕たちはゆっくりとキスを交わしたのだった。

――
 
「ふへへ」

 妙な声に気が付くと、なんだか真澄の顔がだらんとしている。

「何て顔してるの……」
「なんや、キスって気持ちええんやなあって思って。ラブコメとかでよくキスシーンあるけど、ああいうのってどんな気持ちなんかなってよく思ってたんよ」
「そういえば、意外とラブコメ好きだったよね。それも、少年向けの」

 そういうのは、真澄だけじゃないのかもだけど。

「なんや少女向けのは合わんかったんよ。感性が違うっていうか」
「僕も、そんな気がするよ」

 少女向けの漫画や小説はよく知らないけど、どっちかというと、真澄は引きそうなイメージがある。

 その後も、なんとなくだらだらしゃべって、気が付けば、もう夕食の時間になっていた。

「もう夕食の時間だよ。おばさんも心配するから」
「せやな」

 少し名残惜しそうな顔。僕も名残惜しいけど。

「また、明日も会えるって」
「あんがとさん」

 自宅の門を出た丁度そのとき。

「なあ。もう一回してええ?」
「ああ。うん」

 真澄から唇を押し付けられる。
 そして。

「じゃ、また明日な」
「おやすみ」

 そう言って、真澄と別れる。

 それにしても、今日は焦った。まさか、真澄があそこまで覚悟を固めてたとは。
 僕の方が及び腰になっているのは、ちょっと複雑な気分だ。

 こういうことは、女の子の方が強いのだろうか。
 そんなことを思ったのだった。
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