15 / 20
第3章 公爵令息ランダルの過去
5-2
離宮に戻ると、エイドリアナは俺を私室に呼び寄せ、こちらを小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべた。
「これからも必ず邪魔してやる。当然の報いでしょ! お前の婚約者の気持ちなんか知らないし、悪いとも思わないわっ!」
(俺が憎いから、俺に関わりのあるすべてのものが憎いということか……アイシア嬢を見ていないから、罪悪感も後ろめたさもないんだな)
あの小動物のようなアイシア嬢とじかに会ったら、そんな酷い真似はできないだろう。しかしデビュタント前の二人が出会う機会はない(王族との面会には様々な制限があるのだ)。
実際にそれからもずっと、お茶会の日の『邪魔』はほぼ百パーセントの割合で発生した。
やけっぱちになったエイドリアナは無法で危険で、何をしでかすか予測もできない。仮病(実に上手い)、脱走(散歩と言い張る)、ボヤ騒ぎ(初めての料理大失敗)などを起こしては、お茶会をぶち壊した。
長く忍従を強いられてきたせいで、俺は『自分が我慢すればそれで済む』というマインドが強すぎた。巻き込まれたアリシア嬢はたまったものではなかっただろう。
「お久しぶり……ですね。相変わらずお忙しいみたいで……お体は大丈夫ですか……?」
「ご心配なく、アイシア嬢。元気でやっています、おかげさまで」
「そう、ですか……」
「ええ……」
「…………」
「…………」
あれは俺が十六歳のときの最後のお茶会だった。久しぶりに定刻通りに始まったのに、どうにも共通の話題が見つからなかった。
せめて貴族令息らしい甘い言葉の持ち合わせがあればよかったのに、と俺は臍をかんだ。
単にそっち方面に慣れていないだけなのだが、アイシア嬢からは『エイドリアナで使い果たしてしまった』と思われている節があった。
毎度毎度、婚約者より従妹の王女を最優先にするという、常軌を逸した奇行に走っているのだ。詫びたり、許しを請う段階を遥かに超えてしまったと、これまた毎度思う。
(会えて嬉しい。すごく可愛い。真っすぐな優しさが素敵だ。君のことを思い出すと、安らかで穏やかな気持ちになれる……駄目だ、いざ話そうとすると声が出ない)
ぎこちない沈黙が長引き、身の置きどころに窮してしまった俺は、前回実家に出頭(断じて帰省ではない)した際の光景を思い出した。
「アイシア嬢に対しては、婚約者として必要最低限の関心を示す程度で十分だ。せいぜいエイドリアナ王女の行く末を案じてやれ」
自分の都合に合わせて俺をもてあそぶ父は、俺の定期報告を聞いて『気分は上々』という様子だった。
「とはいえ決定的なことをやらかして、むこうに『婚約破棄の理由』を与えてはいけない。あの娘はとことん耐えるタイプだが……後見人のキャントレ侯爵や、懇意にしているマッキンタイア公爵が出てくると厄介だからな」
「いいか、しょせんは政略結婚だ。期待を抱いて結婚したとしても、どうせ早々と失望させられる。つまり、下手に期待しない方がいいのだ。期待が剝ぎ取られたらどんな気持ちになるか、私にはよくわかっているからな」
「ジョスリンとの結婚生活、あれは酷いものだった。私はお前のためを思って言っているんだぞ? お前が私と同じような境遇に陥らないようにな。なんだかんだ言っても私たちは親子だ、似ているところがあるかもしれない」
父の言葉に、俺は歯噛みした。
母にあれだけのことをしておいて、どうして悲劇のヒーローを気取れるのか。この男の頭の中は一体どうなっているんだ。
(でも……結局は俺も父と同じようになるのか?)
父は俺の胸にしっかり恐怖を植え付けた。
(父のようになるくらいなら死んだほうがましだ。証拠を掴むためならいくらでも従順に見せるし、ポンコツのままでい続ける。最悪、刺し違えてでも悪事を暴いてやる。しかし警備記録は読み尽くしてしまった。次は……)
「あの、ランダル様」
物思いに囚われていた俺を、アイシア嬢の声が引き戻した。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺は唇の口角を無理やり上げた。
「また、ミルクとお砂糖はたっぷりでよろしいですか?」
「は、はい。男だから甘い飲み物は恥ずかしいですが、好きでして」
俺がそう言うと、アイシア嬢は小さく笑った。
「私の父も、私が淹れたミルクとお砂糖がたっぷりの紅茶が好きでした。母は『一日三杯までよ』って言っていましたわ。弟も飲みたがるので困りました。だってまだ五歳だったんですもの。三人とも亡くなってしまったから……懐かしい思い出です」
「……お気の毒に。領地での落石事故でお亡くなりになったそうですね」
「はい、不幸な事故でした。二度とそんなことが起こらないようにするために、アクアノート公爵様が動いてくださったんです。ランダル様との婚約が決まった翌日にはフォレット領に部下を派遣して、技術協力や安全啓蒙活動、人材育成のための教育研修を手配してくださいました」
「そうですか、父が『すぐに』そこまで……」
あいつは自分の利益になる人間には愛想がいい。アイシア嬢にも別人格で接していることは知っていた。
「アイシア嬢は、領地の当時の様子を覚えていますか?」
俺に二杯目の茶を差し出すと、アイシア嬢は小さく首を振った。
「私は王都にいましたし、いっぺんに不幸が起きたので頭の中の整理がつかなくて」
「そう……ですよね。本当にお気の毒です」
俺はぎこちない仕草でカップを口に運んだ。
「最近、うちの父に会われましたか? 様子はどうでした? 俺は職務が忙しすぎて、ゆっくり話す暇がなくて」
「ええ、三日ほど前にお越しくださいました。いつも通り、たくさんお心遣いをいただいて」
口が達者でプレゼンテーション能力が非常に高い父のことだ。「ポンコツ息子がすまないね」「私も困っているんだよ」とかなんとか言ったに違いない。
「ご領地に将来有望な少年がいて、目をかけているとおっしゃっていました。平民なのが残念だと。たしか私と同じ十四歳……」
腹違いの弟レイフのことだと、俺には即座にわかった。そしてわかった瞬間、背筋がぞっとした。
(表向きは使用人の息子で、決して貴族にはなれないレイフ。女相続人。不幸な事故……)
貴族の相続というのは相当ハードルが高い。長子相続、男子優先、庶子への継承は認められておらず、平民との養子縁組も許されない。
レイフが生まれた当時、父は『王妃の義理の兄』という立場を手放すわけにはいかなかった。だから下手な偽装工作はできなかったのだ。
そして女相続人であるアイシアにできることは、フォレット伯爵家の家名と財産を子孫へ受け継がせることだけ。
(父がレイフを、アクアノート公爵家の実質的な支配者にしたがっていることはわかっていたが……もしかして、レイフの血を貴族の血と混ぜようとしている……?)
父が俺をエイドリアナの離宮に追いやった真の理由が、はっきりわかった気がした。
(アイシア嬢の家族は不幸な事故で死んだのではないかもしれない。だとしたら、彼らを殺した犯人の正体は……ああ、考えるのもおぞましい)
アイシア嬢が気遣わしげな表情を浮かべていたから、俺は真っ青になっていたのだろう。 次の瞬間ノックの音が響いて、入ってきたのは案の定部下で、俺はそのときばかりは「助かった」と思った。
離宮に戻ると、エイドリアナが鼻を鳴らして言った。
「お茶会は上手くいかなかったみたいね? ざまあみろだわ。お前は不幸になって当然なのよ!」
ずっと、極力視線を合わせないように意識してきた。しかしそのときの俺はエイドリアナを凝視した。
「な、なによ。文句があるの? 婚約者にさんざん嫌われたとか? まあ、お前みたいなポンコツ好かれるわけがないし」
「好かれるわけがないことくらい、言われなくてもわかってます」
腹の底から怒りが込み上げてきた。自分の身体を大きく見せるように背筋を伸ばし、エイドリアナを見下ろした。
「ここにひきこもって俺を責め続けて、いったい何になるというんです?」
「何って……そんなこと、考えたこともないわよ」
エイドリアナの声には、わずかに怯えたような気配が混じっていた。俺の形相は、よほど恐ろしいものだったのだろう。
「俺はあなたの仇の息子です。でも、それは俺の責任じゃない。そして証拠がないから、父は推定無罪だ」
「ふざけないで、証拠ならあるわ! 私の記憶の中にっ!」
「それじゃ駄目なんですよ。父の悪事を証明してくれる血と肉を持った証拠を見つけなければ。父はあらゆる手を尽くしています。そしてあの男は、どんなものにでも利用価値を見いだす。あなたはおそらく……俺を遠くに追いやるための手段として生かされているにすぎない」
「わ、わけがわからないわ……」
俺はエイドリアナに圧力をかけるようにもう一歩、前に出る。そして「いいですか」と言葉を続けた。
「くだらない嫌がらせに時間を使うなんて、無駄です。父と戦うにあたって、俺たちは協力し合わなければならない」
「味方だとでも言うつもり? 信用できるわけないじゃないっ!」
「あなたにとって油断ならない味方でも、上手く使ってください。俺は『あなたのためなら何でもする男』だ。利用しない手はないでしょう?」
「…………」
「今の父は、かなり思い上がっている。いくら父がずる賢くても、どこかに油断や隙が生じるはずだ。ミスを起こしていた可能性も、これから起こす可能性もある。全力で探しましょう」
自分の声がだんだん鬼気迫るものになっているのは自覚していた。
「もう一度前国王派と接触しましょう。サレイジュ王弟派にも秘かに渡りをつけましょう。あなたが命じてくれさえすれば、俺は行ける場所が増えるんだ!」
俺は爆発するように叫んだ。
こうして始まったのが、俺とエイドリアナの『蜜月』だ。もちろん、すんなりと協力体制を築けたわけではない。嫌がらせは続いたが、俺は動じずに同じ話を繰り返した。
リミットは、レイフが大人の男になるまで。それまでにアイシア嬢の人生を変えなければならない。俺との婚約期間を幸福にしてやれない代わりに、アクアノート公爵家から安全に立ち去れるようにしなければならない。
彼女が健全な愛を探せるように。
アイシア嬢と結婚できる男は幸福だと思う。とんでもなく幸福だと思う。彼女が素晴らしい男性と愛し愛され、心ゆくまで幸せになるためなら──俺は、一生ポンコツでいい。
-------------------
★コミカライズ開始のお知らせ★
小説家になろう様に投稿している拙作(外部登録から飛べます)
『婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われた私-お飾りの妻は嫌なので「真実の愛」と共に破滅させます-』
【漫画・カコイミスコ先生】
12/25 00:00より、マンガBANG、コミックシーモアにて先行配信されます。
※コミカライズ開始にあわせてタイトルを変更いたしました。
【旧タイトル】
婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われました~私はお飾りの妻になるつもりはありません、真実の愛を貫いて破滅してください~
何卒よろしくお願いいたします。
「これからも必ず邪魔してやる。当然の報いでしょ! お前の婚約者の気持ちなんか知らないし、悪いとも思わないわっ!」
(俺が憎いから、俺に関わりのあるすべてのものが憎いということか……アイシア嬢を見ていないから、罪悪感も後ろめたさもないんだな)
あの小動物のようなアイシア嬢とじかに会ったら、そんな酷い真似はできないだろう。しかしデビュタント前の二人が出会う機会はない(王族との面会には様々な制限があるのだ)。
実際にそれからもずっと、お茶会の日の『邪魔』はほぼ百パーセントの割合で発生した。
やけっぱちになったエイドリアナは無法で危険で、何をしでかすか予測もできない。仮病(実に上手い)、脱走(散歩と言い張る)、ボヤ騒ぎ(初めての料理大失敗)などを起こしては、お茶会をぶち壊した。
長く忍従を強いられてきたせいで、俺は『自分が我慢すればそれで済む』というマインドが強すぎた。巻き込まれたアリシア嬢はたまったものではなかっただろう。
「お久しぶり……ですね。相変わらずお忙しいみたいで……お体は大丈夫ですか……?」
「ご心配なく、アイシア嬢。元気でやっています、おかげさまで」
「そう、ですか……」
「ええ……」
「…………」
「…………」
あれは俺が十六歳のときの最後のお茶会だった。久しぶりに定刻通りに始まったのに、どうにも共通の話題が見つからなかった。
せめて貴族令息らしい甘い言葉の持ち合わせがあればよかったのに、と俺は臍をかんだ。
単にそっち方面に慣れていないだけなのだが、アイシア嬢からは『エイドリアナで使い果たしてしまった』と思われている節があった。
毎度毎度、婚約者より従妹の王女を最優先にするという、常軌を逸した奇行に走っているのだ。詫びたり、許しを請う段階を遥かに超えてしまったと、これまた毎度思う。
(会えて嬉しい。すごく可愛い。真っすぐな優しさが素敵だ。君のことを思い出すと、安らかで穏やかな気持ちになれる……駄目だ、いざ話そうとすると声が出ない)
ぎこちない沈黙が長引き、身の置きどころに窮してしまった俺は、前回実家に出頭(断じて帰省ではない)した際の光景を思い出した。
「アイシア嬢に対しては、婚約者として必要最低限の関心を示す程度で十分だ。せいぜいエイドリアナ王女の行く末を案じてやれ」
自分の都合に合わせて俺をもてあそぶ父は、俺の定期報告を聞いて『気分は上々』という様子だった。
「とはいえ決定的なことをやらかして、むこうに『婚約破棄の理由』を与えてはいけない。あの娘はとことん耐えるタイプだが……後見人のキャントレ侯爵や、懇意にしているマッキンタイア公爵が出てくると厄介だからな」
「いいか、しょせんは政略結婚だ。期待を抱いて結婚したとしても、どうせ早々と失望させられる。つまり、下手に期待しない方がいいのだ。期待が剝ぎ取られたらどんな気持ちになるか、私にはよくわかっているからな」
「ジョスリンとの結婚生活、あれは酷いものだった。私はお前のためを思って言っているんだぞ? お前が私と同じような境遇に陥らないようにな。なんだかんだ言っても私たちは親子だ、似ているところがあるかもしれない」
父の言葉に、俺は歯噛みした。
母にあれだけのことをしておいて、どうして悲劇のヒーローを気取れるのか。この男の頭の中は一体どうなっているんだ。
(でも……結局は俺も父と同じようになるのか?)
父は俺の胸にしっかり恐怖を植え付けた。
(父のようになるくらいなら死んだほうがましだ。証拠を掴むためならいくらでも従順に見せるし、ポンコツのままでい続ける。最悪、刺し違えてでも悪事を暴いてやる。しかし警備記録は読み尽くしてしまった。次は……)
「あの、ランダル様」
物思いに囚われていた俺を、アイシア嬢の声が引き戻した。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺は唇の口角を無理やり上げた。
「また、ミルクとお砂糖はたっぷりでよろしいですか?」
「は、はい。男だから甘い飲み物は恥ずかしいですが、好きでして」
俺がそう言うと、アイシア嬢は小さく笑った。
「私の父も、私が淹れたミルクとお砂糖がたっぷりの紅茶が好きでした。母は『一日三杯までよ』って言っていましたわ。弟も飲みたがるので困りました。だってまだ五歳だったんですもの。三人とも亡くなってしまったから……懐かしい思い出です」
「……お気の毒に。領地での落石事故でお亡くなりになったそうですね」
「はい、不幸な事故でした。二度とそんなことが起こらないようにするために、アクアノート公爵様が動いてくださったんです。ランダル様との婚約が決まった翌日にはフォレット領に部下を派遣して、技術協力や安全啓蒙活動、人材育成のための教育研修を手配してくださいました」
「そうですか、父が『すぐに』そこまで……」
あいつは自分の利益になる人間には愛想がいい。アイシア嬢にも別人格で接していることは知っていた。
「アイシア嬢は、領地の当時の様子を覚えていますか?」
俺に二杯目の茶を差し出すと、アイシア嬢は小さく首を振った。
「私は王都にいましたし、いっぺんに不幸が起きたので頭の中の整理がつかなくて」
「そう……ですよね。本当にお気の毒です」
俺はぎこちない仕草でカップを口に運んだ。
「最近、うちの父に会われましたか? 様子はどうでした? 俺は職務が忙しすぎて、ゆっくり話す暇がなくて」
「ええ、三日ほど前にお越しくださいました。いつも通り、たくさんお心遣いをいただいて」
口が達者でプレゼンテーション能力が非常に高い父のことだ。「ポンコツ息子がすまないね」「私も困っているんだよ」とかなんとか言ったに違いない。
「ご領地に将来有望な少年がいて、目をかけているとおっしゃっていました。平民なのが残念だと。たしか私と同じ十四歳……」
腹違いの弟レイフのことだと、俺には即座にわかった。そしてわかった瞬間、背筋がぞっとした。
(表向きは使用人の息子で、決して貴族にはなれないレイフ。女相続人。不幸な事故……)
貴族の相続というのは相当ハードルが高い。長子相続、男子優先、庶子への継承は認められておらず、平民との養子縁組も許されない。
レイフが生まれた当時、父は『王妃の義理の兄』という立場を手放すわけにはいかなかった。だから下手な偽装工作はできなかったのだ。
そして女相続人であるアイシアにできることは、フォレット伯爵家の家名と財産を子孫へ受け継がせることだけ。
(父がレイフを、アクアノート公爵家の実質的な支配者にしたがっていることはわかっていたが……もしかして、レイフの血を貴族の血と混ぜようとしている……?)
父が俺をエイドリアナの離宮に追いやった真の理由が、はっきりわかった気がした。
(アイシア嬢の家族は不幸な事故で死んだのではないかもしれない。だとしたら、彼らを殺した犯人の正体は……ああ、考えるのもおぞましい)
アイシア嬢が気遣わしげな表情を浮かべていたから、俺は真っ青になっていたのだろう。 次の瞬間ノックの音が響いて、入ってきたのは案の定部下で、俺はそのときばかりは「助かった」と思った。
離宮に戻ると、エイドリアナが鼻を鳴らして言った。
「お茶会は上手くいかなかったみたいね? ざまあみろだわ。お前は不幸になって当然なのよ!」
ずっと、極力視線を合わせないように意識してきた。しかしそのときの俺はエイドリアナを凝視した。
「な、なによ。文句があるの? 婚約者にさんざん嫌われたとか? まあ、お前みたいなポンコツ好かれるわけがないし」
「好かれるわけがないことくらい、言われなくてもわかってます」
腹の底から怒りが込み上げてきた。自分の身体を大きく見せるように背筋を伸ばし、エイドリアナを見下ろした。
「ここにひきこもって俺を責め続けて、いったい何になるというんです?」
「何って……そんなこと、考えたこともないわよ」
エイドリアナの声には、わずかに怯えたような気配が混じっていた。俺の形相は、よほど恐ろしいものだったのだろう。
「俺はあなたの仇の息子です。でも、それは俺の責任じゃない。そして証拠がないから、父は推定無罪だ」
「ふざけないで、証拠ならあるわ! 私の記憶の中にっ!」
「それじゃ駄目なんですよ。父の悪事を証明してくれる血と肉を持った証拠を見つけなければ。父はあらゆる手を尽くしています。そしてあの男は、どんなものにでも利用価値を見いだす。あなたはおそらく……俺を遠くに追いやるための手段として生かされているにすぎない」
「わ、わけがわからないわ……」
俺はエイドリアナに圧力をかけるようにもう一歩、前に出る。そして「いいですか」と言葉を続けた。
「くだらない嫌がらせに時間を使うなんて、無駄です。父と戦うにあたって、俺たちは協力し合わなければならない」
「味方だとでも言うつもり? 信用できるわけないじゃないっ!」
「あなたにとって油断ならない味方でも、上手く使ってください。俺は『あなたのためなら何でもする男』だ。利用しない手はないでしょう?」
「…………」
「今の父は、かなり思い上がっている。いくら父がずる賢くても、どこかに油断や隙が生じるはずだ。ミスを起こしていた可能性も、これから起こす可能性もある。全力で探しましょう」
自分の声がだんだん鬼気迫るものになっているのは自覚していた。
「もう一度前国王派と接触しましょう。サレイジュ王弟派にも秘かに渡りをつけましょう。あなたが命じてくれさえすれば、俺は行ける場所が増えるんだ!」
俺は爆発するように叫んだ。
こうして始まったのが、俺とエイドリアナの『蜜月』だ。もちろん、すんなりと協力体制を築けたわけではない。嫌がらせは続いたが、俺は動じずに同じ話を繰り返した。
リミットは、レイフが大人の男になるまで。それまでにアイシア嬢の人生を変えなければならない。俺との婚約期間を幸福にしてやれない代わりに、アクアノート公爵家から安全に立ち去れるようにしなければならない。
彼女が健全な愛を探せるように。
アイシア嬢と結婚できる男は幸福だと思う。とんでもなく幸福だと思う。彼女が素晴らしい男性と愛し愛され、心ゆくまで幸せになるためなら──俺は、一生ポンコツでいい。
-------------------
★コミカライズ開始のお知らせ★
小説家になろう様に投稿している拙作(外部登録から飛べます)
『婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われた私-お飾りの妻は嫌なので「真実の愛」と共に破滅させます-』
【漫画・カコイミスコ先生】
12/25 00:00より、マンガBANG、コミックシーモアにて先行配信されます。
※コミカライズ開始にあわせてタイトルを変更いたしました。
【旧タイトル】
婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われました~私はお飾りの妻になるつもりはありません、真実の愛を貫いて破滅してください~
何卒よろしくお願いいたします。
あなたにおすすめの小説
王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。