カンオケさん

古地行生

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オープニング

第一話: 日々是埋葬

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 墓地遊び 若すぎ老いすぎ 年端なし――テッポウタウン教会古文書の一節、書き手不明


 カンオケさんの日々は静かだ。彼はこの名前でよばれる前から落ち着いた生活をおくっていた。しかしこの頃はもう街の墓地と同じかそれ以上に冥々粛々めいめいしゅくしゅくとした毎日を過ごしている。

 彼は街の東の郊外に住んでいる。市街地と屋敷の間はなだらかな丘陵地帯となっており、その一帯で人目を引くのは広大な墓地の寝姿だけ。その墓地のあいだを縫うように敷かれた街道のナナバン・ストリートを東へ進みつづけると、死者の領域が終わってすぐ右手に彼の住まいが見えてくる。白壁を基調とした二階建てのその屋敷は、不思議と巨大な墓標と錯覚する雰囲気をまとっている。

 カンオケさんの一日は決まっている。夜明けのほんの少し前に起床し、身をととのえる。このときに今の名前の由来の「カンオケ」を頭につけている。

 この「カンオケ」と呼ばれている物体は、彼の頭をスッポリ包み込んでいる小型の棺だ。フルフェイス型ヘルメットの奇抜な亜種、といえば伝わりやすいだろうか。やわらかな色合いをした木製で、下方が伸びた面長の六角形、古風な棺をしており、棺のフタの裏側がかぶった者の顔面にあたる。

 フタの向かって左、つけているカンオケさんからだと右、の側面に金属製のちょうつがい、その反対の向かって右に三つの留め金がとりつけられている。フタのおもてうえには目鼻の代わりか節穴ふたつときっちり二等辺三角形の突起ひとつがついている。突起は薄い赤銅色でこれも金属製。

 彼はこれを頭にかぶり、首から下には固い生地で仕立てられた真っ黒な三つ揃えのダブルをきっちりと着て、両手には真っ白な手袋、両足には真っ黒な革靴、これでまる一日過ごしている。毎日まいにちこの服装で、唯一のちょっとした変化はネクタイ。これの色はスーツと同じでいつでも真っ黒だが、ちょっとした模様が入っていることがある。

 この出で立ちは図抜けたのっぽのやせ男である彼に亡霊の風格を加えているから、彼を見知っている人でも震えがくる瞬間がある。もっとも彼は若い頃にいたずら好きだったのをのぞけば品良く心優しい紳士なので、恐れられてはいない。

 身をととのえた後は住み込みメイドが作った朝食をとり、その後は屋敷内の工房に数時間こもる。昼前になったら工房どなりの車庫にとめてある自動車をみずから運転して外出。

 車は四輪のエンジン駆動で二人乗り、金属製の機械仕掛け。車体はどことなく優雅なかたちをしており、光を吸い込むしっとりとした黒に塗装されている。またも黒。以前は鮮やかな赤だったのを、彼自らの再塗装で黒一色にしたのだ。車体後部は荷台になっており、もう一人二人そこに乗れないこともない。屋根はないが雨天時用の折りたたみ式のほろがついている。

 彼は自動車の運転がとても上手だ。エンジン駆動式の機械車は二輪も四輪もまだまだ物珍しい乗り物で、まともに動かして運転できる人間もあまりいないこのご時世に、彼はすぐれた御者ぎょしゃが馬を操るがごとく見事に乗りこなして走る。そのうえ車の整備も自分でやっている。これらは彼がエンジニアとして人生の大半を過ごした証明だ。

 そうして出発したカンオケさんはまず墓地に立ち寄って色々する。それからテッポウタウン市街地の行きつけの場所を判を押すように時間通りに回っていく。昼食はとらない。

 夕方になったら帰路につく。また墓地へ立ち寄ってから屋敷にもどる。そしてメイドの作った夕食をとり、風呂に入り、とこにつく。

 そして次の日もまた夜明けのほんの少し前に起床して身をととのえる。朝食をとり、工房にこもり、墓地へ向かう。こうして墓地を毎日二度たずねる。

 このように彼の一日はきちんと整えられている。年代物の職人机みたいだ。無駄がなく機能的。だが引き出しが開くことはもう決してないという印象を放っている。

 棺を模した奇妙な被り物をして出歩けば、官憲に通報がいったり好奇心の強い若者に因縁をつけられたりするのが当世風の人間社会。小さなもめ事が繰りされるうちにいつの間にか渦中の人物は消え去り、二度と戻ってこない。そういえばあの変人はどうしているんだろと誰かの口の端にあがっても、さて野垂れ死んだか入院したか、顛末てんまつがわかることはほぼない。

 だけれどもカンオケさんが住んでいるこの街は風変わりな人物と事件が多いことで有名なテッポウタウンなのでひと安心。人々は「カンオケさんはあんな被り物をして息が苦しくないのだろうか?」と心配するほどで、「近頃は病気が怖いからあれくらいのものをかぶるのが体に良いのかもしれない」という意見もちらほら出てきている。

 だいたい彼が「カンオケ」を被り出し今のあだ名で呼ばれるようになったのには誰もが納得せざるを得ない理由があったので、面と向かってとやかくいう者はおらず、しずかな日々はめったに揺さぶられることなく過ぎている。

 それに彼は接する人を魅了するというふしぎな長所があったから、頭に棺を被った程度どうってことない。象徴的な事件を一つあげよう。今から二十年ほど前、彼がまだ40代だった頃の出来事だ。
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