1 / 5
オープニング
第一話: 日々是埋葬
しおりを挟む
墓地遊び 若すぎ老いすぎ 年端なし――テッポウタウン教会古文書の一節、書き手不明
カンオケさんの日々は静かだ。彼はこの名前でよばれる前から落ち着いた生活をおくっていた。しかしこの頃はもう街の墓地と同じかそれ以上に冥々粛々とした毎日を過ごしている。
彼は街の東の郊外に住んでいる。市街地と屋敷の間はなだらかな丘陵地帯となっており、その一帯で人目を引くのは広大な墓地の寝姿だけ。その墓地のあいだを縫うように敷かれた街道のナナバン・ストリートを東へ進みつづけると、死者の領域が終わってすぐ右手に彼の住まいが見えてくる。白壁を基調とした二階建てのその屋敷は、不思議と巨大な墓標と錯覚する雰囲気をまとっている。
カンオケさんの一日は決まっている。夜明けのほんの少し前に起床し、身をととのえる。このときに今の名前の由来の「カンオケ」を頭につけている。
この「カンオケ」と呼ばれている物体は、彼の頭をスッポリ包み込んでいる小型の棺だ。フルフェイス型ヘルメットの奇抜な亜種、といえば伝わりやすいだろうか。やわらかな色合いをした木製で、下方が伸びた面長の六角形、古風な棺を模しており、棺のフタの裏側がかぶった者の顔面にあたる。
フタの向かって左、つけているカンオケさんからだと右、の側面に金属製のちょうつがい、その反対の向かって右に三つの留め金がとりつけられている。フタのおもてうえには目鼻の代わりか節穴ふたつときっちり二等辺三角形の突起ひとつがついている。突起は薄い赤銅色でこれも金属製。
彼はこれを頭にかぶり、首から下には固い生地で仕立てられた真っ黒な三つ揃えのダブルをきっちりと着て、両手には真っ白な手袋、両足には真っ黒な革靴、これでまる一日過ごしている。毎日まいにちこの服装で、唯一のちょっとした変化はネクタイ。これの色はスーツと同じでいつでも真っ黒だが、ちょっとした模様が入っていることがある。
この出で立ちは図抜けたのっぽのやせ男である彼に亡霊の風格を加えているから、彼を見知っている人でも震えがくる瞬間がある。もっとも彼は若い頃にいたずら好きだったのをのぞけば品良く心優しい紳士なので、恐れられてはいない。
身をととのえた後は住み込みメイドが作った朝食をとり、その後は屋敷内の工房に数時間こもる。昼前になったら工房どなりの車庫にとめてある自動車をみずから運転して外出。
車は四輪のエンジン駆動で二人乗り、金属製の機械仕掛け。車体はどことなく優雅なかたちをしており、光を吸い込むしっとりとした黒に塗装されている。またも黒。以前は鮮やかな赤だったのを、彼自らの再塗装で黒一色にしたのだ。車体後部は荷台になっており、もう一人二人そこに乗れないこともない。屋根はないが雨天時用の折りたたみ式の幌がついている。
彼は自動車の運転がとても上手だ。エンジン駆動式の機械車は二輪も四輪もまだまだ物珍しい乗り物で、まともに動かして運転できる人間もあまりいないこのご時世に、彼はすぐれた御者が馬を操るがごとく見事に乗りこなして走る。そのうえ車の整備も自分でやっている。これらは彼がエンジニアとして人生の大半を過ごした証明だ。
そうして出発したカンオケさんはまず墓地に立ち寄って色々する。それからテッポウタウン市街地の行きつけの場所を判を押すように時間通りに回っていく。昼食はとらない。
夕方になったら帰路につく。また墓地へ立ち寄ってから屋敷にもどる。そしてメイドの作った夕食をとり、風呂に入り、床につく。
そして次の日もまた夜明けのほんの少し前に起床して身をととのえる。朝食をとり、工房にこもり、墓地へ向かう。こうして墓地を毎日二度たずねる。
このように彼の一日はきちんと整えられている。年代物の職人机みたいだ。無駄がなく機能的。だが引き出しが開くことはもう決してないという印象を放っている。
棺を模した奇妙な被り物をして出歩けば、官憲に通報がいったり好奇心の強い若者に因縁をつけられたりするのが当世風の人間社会。小さなもめ事が繰りされるうちにいつの間にか渦中の人物は消え去り、二度と戻ってこない。そういえばあの変人はどうしているんだろと誰かの口の端にあがっても、さて野垂れ死んだか入院したか、顛末がわかることはほぼない。
だけれどもカンオケさんが住んでいるこの街は風変わりな人物と事件が多いことで有名なテッポウタウンなのでひと安心。人々は「カンオケさんはあんな被り物をして息が苦しくないのだろうか?」と心配するほどで、「近頃は病気が怖いからあれくらいのものをかぶるのが体に良いのかもしれない」という意見もちらほら出てきている。
だいたい彼が「カンオケ」を被り出し今のあだ名で呼ばれるようになったのには誰もが納得せざるを得ない理由があったので、面と向かってとやかくいう者はおらず、しずかな日々はめったに揺さぶられることなく過ぎている。
それに彼は接する人を魅了するというふしぎな長所があったから、頭に棺を被った程度どうってことない。象徴的な事件を一つあげよう。今から二十年ほど前、彼がまだ40代だった頃の出来事だ。
カンオケさんの日々は静かだ。彼はこの名前でよばれる前から落ち着いた生活をおくっていた。しかしこの頃はもう街の墓地と同じかそれ以上に冥々粛々とした毎日を過ごしている。
彼は街の東の郊外に住んでいる。市街地と屋敷の間はなだらかな丘陵地帯となっており、その一帯で人目を引くのは広大な墓地の寝姿だけ。その墓地のあいだを縫うように敷かれた街道のナナバン・ストリートを東へ進みつづけると、死者の領域が終わってすぐ右手に彼の住まいが見えてくる。白壁を基調とした二階建てのその屋敷は、不思議と巨大な墓標と錯覚する雰囲気をまとっている。
カンオケさんの一日は決まっている。夜明けのほんの少し前に起床し、身をととのえる。このときに今の名前の由来の「カンオケ」を頭につけている。
この「カンオケ」と呼ばれている物体は、彼の頭をスッポリ包み込んでいる小型の棺だ。フルフェイス型ヘルメットの奇抜な亜種、といえば伝わりやすいだろうか。やわらかな色合いをした木製で、下方が伸びた面長の六角形、古風な棺を模しており、棺のフタの裏側がかぶった者の顔面にあたる。
フタの向かって左、つけているカンオケさんからだと右、の側面に金属製のちょうつがい、その反対の向かって右に三つの留め金がとりつけられている。フタのおもてうえには目鼻の代わりか節穴ふたつときっちり二等辺三角形の突起ひとつがついている。突起は薄い赤銅色でこれも金属製。
彼はこれを頭にかぶり、首から下には固い生地で仕立てられた真っ黒な三つ揃えのダブルをきっちりと着て、両手には真っ白な手袋、両足には真っ黒な革靴、これでまる一日過ごしている。毎日まいにちこの服装で、唯一のちょっとした変化はネクタイ。これの色はスーツと同じでいつでも真っ黒だが、ちょっとした模様が入っていることがある。
この出で立ちは図抜けたのっぽのやせ男である彼に亡霊の風格を加えているから、彼を見知っている人でも震えがくる瞬間がある。もっとも彼は若い頃にいたずら好きだったのをのぞけば品良く心優しい紳士なので、恐れられてはいない。
身をととのえた後は住み込みメイドが作った朝食をとり、その後は屋敷内の工房に数時間こもる。昼前になったら工房どなりの車庫にとめてある自動車をみずから運転して外出。
車は四輪のエンジン駆動で二人乗り、金属製の機械仕掛け。車体はどことなく優雅なかたちをしており、光を吸い込むしっとりとした黒に塗装されている。またも黒。以前は鮮やかな赤だったのを、彼自らの再塗装で黒一色にしたのだ。車体後部は荷台になっており、もう一人二人そこに乗れないこともない。屋根はないが雨天時用の折りたたみ式の幌がついている。
彼は自動車の運転がとても上手だ。エンジン駆動式の機械車は二輪も四輪もまだまだ物珍しい乗り物で、まともに動かして運転できる人間もあまりいないこのご時世に、彼はすぐれた御者が馬を操るがごとく見事に乗りこなして走る。そのうえ車の整備も自分でやっている。これらは彼がエンジニアとして人生の大半を過ごした証明だ。
そうして出発したカンオケさんはまず墓地に立ち寄って色々する。それからテッポウタウン市街地の行きつけの場所を判を押すように時間通りに回っていく。昼食はとらない。
夕方になったら帰路につく。また墓地へ立ち寄ってから屋敷にもどる。そしてメイドの作った夕食をとり、風呂に入り、床につく。
そして次の日もまた夜明けのほんの少し前に起床して身をととのえる。朝食をとり、工房にこもり、墓地へ向かう。こうして墓地を毎日二度たずねる。
このように彼の一日はきちんと整えられている。年代物の職人机みたいだ。無駄がなく機能的。だが引き出しが開くことはもう決してないという印象を放っている。
棺を模した奇妙な被り物をして出歩けば、官憲に通報がいったり好奇心の強い若者に因縁をつけられたりするのが当世風の人間社会。小さなもめ事が繰りされるうちにいつの間にか渦中の人物は消え去り、二度と戻ってこない。そういえばあの変人はどうしているんだろと誰かの口の端にあがっても、さて野垂れ死んだか入院したか、顛末がわかることはほぼない。
だけれどもカンオケさんが住んでいるこの街は風変わりな人物と事件が多いことで有名なテッポウタウンなのでひと安心。人々は「カンオケさんはあんな被り物をして息が苦しくないのだろうか?」と心配するほどで、「近頃は病気が怖いからあれくらいのものをかぶるのが体に良いのかもしれない」という意見もちらほら出てきている。
だいたい彼が「カンオケ」を被り出し今のあだ名で呼ばれるようになったのには誰もが納得せざるを得ない理由があったので、面と向かってとやかくいう者はおらず、しずかな日々はめったに揺さぶられることなく過ぎている。
それに彼は接する人を魅了するというふしぎな長所があったから、頭に棺を被った程度どうってことない。象徴的な事件を一つあげよう。今から二十年ほど前、彼がまだ40代だった頃の出来事だ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
くすのき君は妖怪が見えるけどそれはともかく趣味の人である。
くずもち
キャラ文芸
楠 太平は模型作りが趣味の高校生である。
彼には昔から妖怪という普通の人間には見えない存在が見えているのだが、それはそれとして楽しく暮らしていた。
そんな太平の通う学校に、神木杏樹という転校生がやって来る。
彼女にも実は妖怪が見えているらしいのだが、どうやら彼女は妖怪が見えることを持て余しているらしい。
そんな神木さんに見えることが速攻でバレた楠 太平はマイペースにやっていくつもりが、彼女のペースに呑まれてゆく。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる