櫻雨-ゆすらあめ-

弓束しげる

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◇ 二章四話 太陽の別れ * 元治二年 二月

ずるい我侭

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「切腹は、暮六つにおこなう」

 副長室にたどり着いてすぐ、土方の正面に腰を下ろすや否や、低い掠れ気味の声で簡潔に告げられた。

「……決定事項ですか」

 据わった目でこちらを見据える土方に問い返せば、小さな溜息と共に「当たり前だろう」と念押しされる。

「お前を呼んだのは、他でもない。お前に介錯を頼みたいと思ってる。お前なら腕も確かだし……下手に、苦しませるようなこともないだろう」

 それが最大の譲歩だとでも言うように呟いて、土方は顔を俯けた。

 斎藤はわずかに口を開き、しかし結局、言葉は出さずそのまま口を閉じた。

 ――会津の一件。土方に話そうかとも考えたのだが、今さら伝えたところで切腹の時刻が変わるわけでもあるまい。暮六つということはあと一刻二時間ほどしかなく、やはり会津からの許可と山南の引き抜きは、切腹までには間に合わないだろう。であれば、下手に告げるより、永倉に避難が向けられぬよう根回しを考えるほうが、よほど優先度合いが高いのではないかと思案した。

 そんな時ふと、土方が開け放たれた障子の向こうに悠々と広がっている空を見上げた。その、何かをこいねがうかのような視線につい首を傾けると、途端にどこか皮肉めいた自嘲が土方の口から零れ落ちる。

「……少し前、島田を凝華洞ぎょうかどうへ向かわせたんだ」

 独り言めいたささやかな呟きだったが、他に人のいない室内にはよく通った。

 斎藤は、わずかな動揺を押し隠すように、ゆっくりと瞬きをして土方を見据えた。が、土方は気に留めた様子もなく、くしゃりと片手で額を覆うように髪をかき混ぜ、深い溜息を吐く。

「……会津に、山南さんを引き抜いてもらえりゃ……会津の命で、一日ばかり姿をくらましてたんだってことになりゃ、脱走ヽヽじゃなくなるだろう」

 思わず、口元がわずかに歪む。まったくどこかで聞いたような話だ。さすがに視線を泳がせてしまう。

 それでも、やはり余裕なんてないらしい土方は、斎藤のほうを見ることなく続けた。

「暮六つは……いい返答がもらえた場合に会津から届く、最速の時刻だと思う。そこまでが、俺にできる精一杯だった。けどよ……」

 改めて、土方が緩慢な動作で顔を上げる。先ほど見た強く希うような視線をそのままに、斎藤をひたと見据えて言う。

「なァ……俺は、ずるいか」

 斎藤は無意識に視線を横へ受け流し、口の端を薄く引き上げた。

 ――「何だか少し、嬉しかったです」
 ――「……何が」
 ――「斎藤さんが、思っていた以上に人情家だったこと、って言えばいいですかね」

 先ほどの、沖田との会話。

 もしかしたら沖田は、知っていたのだろうか。それとも、単に『土方もやりそうなことだ』と感じていたのだろうか。

 何にしても。

「……実は先ほど」

 斎藤の苦笑に土方が訝るより前に、斎藤は無意識に力の入っていた肩をゆっくりと下ろした。

「永倉さんも、凝華洞の会津本陣へ向かいました」
「永倉が……?」
「まったく同じ理由ですよ」

 気負いなく打ち明ければ、土方が豆鉄砲を食らった鳩のような顔で目を丸くした。

 かと思えば、皮肉とも、どこか泣きそうとも見えるような歪な笑みを浮かべて「ハ」とささやかな笑い声を立てる。

「そうかよ」
「はい」
「……ずるいな、俺達は」
「そうですね」
「だが、わかっていても……我を通したくなっちまう」

 土方はわずかに気が抜けたように、両手で顔を覆って再び大きな息を吐いた。溜息というよりは、気分を切り替えるような深呼吸にも聞こえた。

「……ですが」
「うん?」

 斎藤が言葉を付け加えると、土方も再び顔を上げる。

「そんなあなたや局長だから、ついて行こうと思う者も、大勢いるのだと思いますよ」

 言えば、土方は照れたような寂しいような、そんな表情で破顔していた。
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