櫻雨-ゆすらあめ-

弓束しげる

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◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月

それぞれの形

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 斎藤と藤堂が揃って振り返ると、そこには明るい笑みを浮かべた愁介と、少しばかり気まずさを誤魔化せずにいるような微笑を浮かべた沖田が立っていた。

「はい、藤堂さんもこれ、食べる?」
「え、あ……松平」

 立ち止まったこちらに駆け寄って来て、愁介は手に持っていた紙袋を藤堂へと差し出してきた。が、藤堂は面食らった様子でわずかに視線を泳がせる。それこそ、沖田以上に気まずそうな、ばつの悪い表情だ。

 ――あの日、藤堂が江戸から不意に帰還した直後のこと。山南の介錯を務めた沖田を殴ろうとして、しかしそれをかばった愁介を誤って殴りつけてしまった時のことを、恐らくこの三人はそれ以降、特に話もしていないはずだ。

「藤堂さんって甘い物好きだっけ? 好きなら絶対美味しいよ!」

 が、愁介はそんなあれそれを覚えてもいないと言うように、以前と変わらない『落胤らくいん同士の気安さ』を持ってにこにこと菓子らしきものを藤堂に差し出している。

「……愁介さんって、本当に物怖じしないというか何と言いますか。ああいうところ、素直に尊敬します」

 つつつと、沖田が斎藤の傍らに寄って来てこっそり言う。

「……私ね。最初……藤堂さんに謝りたいって言ったんですけど」

 その言葉に、斎藤も戸惑って沖田に視線を返す。

 が、沖田はふるりと首を横に振って、笑みの中に苦みを湛え、静かに答えた。

「愁介さんに、謝っちゃいけないって叱られちゃいました」

 ――確かに山南の一件に関して言えば、沖田とて何ひとつ悪いことはしていないのだ。藤堂とて、内心ではそれを理解しているはずだと斎藤は思っている。

 だからこそ。

「『謝っちゃ駄目だ。謝ったら、藤堂さんに勘違いをさせてしまう。山南さんを仲間に殺されたんだと、したくもない勘違いをさせてしまう。そっちのほうがよっぽど酷だ』って……本当、その通りかもなって」

 言って、沖田は困ったように目を伏せた。

 斎藤は応とも否とも答えられなかった。確信を突いているとも思ったし、反対に、果たしてそれは『勘違い』なのだろうかとも思って、だからこそ何も答えられなかった。

 ただ、その『勘違い』が真実であれおためごかしであれ、藤堂にそうヽヽ思わせることが非常に酷である、というその一点においては同意しかない。藤堂自身、新選組の仲間を恨みたくないと思っていることは明らかであるし、それを『恨め』と強要することなど、誰であろうと行使する権利はない。

「……これ、どこのお菓子?」
「木屋町通りのとこに、こぢんまりしたお店があってね、そこの干菓子」

 改めて見やれば、藤堂は諦めたように苦笑して、踏み込むことも引くこともせず、愁介に倣って菓子袋を覗き込んでいた。

 そんな藤堂に説明を返しながら、愁介は菓子をひとつ手に取って「はい。ほら」と藤堂の口の中へ菓子を放り入れる。

 それをもごもごと咀嚼し、ふと口元をほころばせた藤堂を見て、愁介もふわりとやわらかく瞳をなごませる。

「ね、美味しいでしょ?」
「うん、美味いね」
「……美味しいものを美味しいって言うことは、そんなにしんどくもないでしょう」

 微笑んだまま、愁介が何気なく言う。

 藤堂は菓子を口に含んだまま「んふふ」と肩を震わせて、「たしかに」と幾度か頷いた。

 そんな二人のやり取りに、先ほどの土方と藤堂のやり取りが、思い返される。

 土方も藤堂も、やはり互いにわかっていたヽヽヽヽヽヽのだなと実感させられた気がした。

「――どうやら平助は」
「え?」
「俺達よりも、よほど大人らしい」

 斎藤がそう呟くと、沖田は目を瞬かせた後、何かを察した様子で「ああ」と相槌を打って、あごを引いた。

「……ですね」

 藤堂と愁介は、そのまま話を弾ませて、二人ともが声を上げて笑っている。

 あれもまた、ひとつの『支え』の形なのだろうと、改めて思い知らされた気がした。沖田の言った通り、それを物怖じせずやってのけてしまう愁介も、やはりすごいと思う。

「……『拠り所』というものは、必ずしも女である必要はないのかもしれないな」

 斎藤が小さく独り言つと、愁介から話を聞いていたのか、沖田がまた噛み締めるように「ですねえ」と笑みを深める。

「原田さんと永倉さんが、たまたまそういう形だったってだけなんだと思います。少なくとも今は」

 沖田も独り言を言うように小さく話す。斎藤はそれ以上の言葉は返さず、ただ小さくあごを引いた。

「なあ、はじめ。松平と総司も屯所に戻る予定だったらしいから、このまま四人で帰ろ」

 藤堂が笑みのままこちらを振り返るので、斎藤も薄く口の端を上げて「わかった」と二人に並ぶ。沖田もこれに並び、広い通りを、先ほどまでとは打って変わって賑やかに進んでいく。

 斎藤はほぼ三人のやり取りを聞いているだけだったが、それでも、屈託なく笑っている――……少なくともそう見える愁介と藤堂の表情に、自然と肩から軽く力が抜けたような気がした。
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