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2巻
2-1
プロローグ
『アナザーディメンションオンライン』、通称ADO。
今、VRゲームの中で、特に人気の高い作品だ。
俺、郷野健吾も薬師のマックとして、がっつり楽しんでいる。
とはいえ、俺は剣で魔物を倒して楽しむんじゃなくて、フラスコや乳鉢などの調薬器具を使った薬師や、錬金釜を使う錬金術師としてプレイしている。
いわゆる、生産組というやつだ。
腕の立つプレイヤーとパーティーを組んでいるわけでもなく、一人黙々と生産しているので、基本はソロで活動している。
レベルはそこそこでも魔物を倒す火力がないので、俺は三番目の街、トレで工房を買って、拠点にした。
そして、最近このADOの中で、恋人が出来た。
その恋人は、キラキラの金髪に森を思わせるような深い緑色の瞳、そして整った顔に素晴らしい筋肉を持った、最高に格好いい門番さん。
ADOのゲーム内にいる、いわゆるノンプレイヤーキャラクター、NPCと言われる人だ。
名前はヴィデロさん。
俺がドラゴンに襲われた時に、彼は、その身を挺して俺を助けてくれた。……でも、その時に致命傷に近い傷を負ってしまって、ポーションを飲む力すら失われつつあった。そんなヴィデロさんを助けるために俺が取った方法は、口移し――
復活したヴィデロさんは、俺の服がボロボロだったことを気にして、門番さんの詰所にあるヴィデロさんの部屋につれてきてくれた。
そこで俺を抱き締めて、ヴィデロさんは真剣な顔で言ったんだ。
「ほんとは、ほんとはな……」
ヴィデロさんがそっと呟く。
「さっき、本当だったら少しくらいなら腕を動かせたんだ。だから、離そうと思えば、マックを離すくらいは出来たんだ。出血で身体が思うように動かなかったってのは本当なんだけど」
じゃあどうして、と聞いた俺にヴィデロさんは続けた。
「――もうだめだ、と思ったとき、マックが腕の中にいるならきっと最高の死だ、なんて思ってしまったんだ。だから、腕を離せなかった……」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
告白されたのなんて人生初めてだったんだ。しかも、こんな格好いい人に。
俺も、ヴィデロさんがもうトレの門に立たなくなると思ったら、気が気じゃなかった。
なりふりかまわず口移しでポーションを飲ませるくらいには。
そんな思いで、俺は、今度こそ人命救助じゃないキスを、受け入れた。
そして、いざ……という時に、俺のパンツが剥がれないことに気が付いた。
俺、まだ成人設定してなかったんだよ! すっごくいい雰囲気だったのに……!
そんなこんなで付き合い始めたヴィデロさんは、休みの日に俺とデートをしてくれるようになった。
そんな折、友達のハーフエルフでトレ雑貨屋の店主でもあるクラッシュから、一つの依頼が舞い込んだ。
どうやら六番目の街セッテで薬草が育たず、ポーション類が不足しているらしい。
クラッシュはその補填をすべく、トレの街からセッテに向かうことになったんだけれど、護衛してくれる人がいなかったんだそうだ。そんなわけで、俺に護衛依頼がやってきた。
ちょうど親友の雄太に『破格の値段の護衛には絶対に盗賊が出る』的なアドバイスを貰っていた俺は、できる限りの用意をして、その足でクラッシュと共にトレを発った。
途中までは順調だったその旅では雄太がフラグを立てたのか、しっかりと盗賊が襲ってきた。
俺とクラッシュはギルドから借りた馬車から落とされ、魔物の跋扈する森の中を逃げないといけなくなってしまった。
二人で必死に森の中を逃げ回り、冒険者に扮した暗殺者をなんとか倒したところで、絶対に近付くなよと言われていた、トッププレイヤーでも死に戻り必至の大型魔物と鉢合わせてしまう。
俺はいいけどクラッシュだけは逃げてほしい……! と必死になっていたところで、雄太率いるパーティーの『高橋と愉快な仲間たち』と話題沸騰中のダンジョン捜索者のセイジさんが助けに来てくれた。
流れでシークレットダンジョンを踏破して、安全なセッテの冒険者ギルドに転移魔法陣で連れてきてもらい、なんとかかんとかクエストクリアして――
けれど、そこでいざこざが起きて、ヴィデロさんからプレゼントしてもらった青い羽根のアクセサリーが壊れちゃったんだ。
「大丈夫、そういうのは作った場所に持っていけば直してもらえるんだから」
宿屋のおかみさんに元気づけられ、帰りにこれを買った店に寄ろうと気合いを入れたところで、さらにクエストが発生。その薬師クエストをクリアして農園を復活させ、ようやくトレ――ヴィデロさんの元に帰れることになったんだけど。砂漠都市で、俺達を乗せて馬車を牽いてくれていたクイックホースを預かるクエストまで発生してしまった。
そんな俺は一路トレ……の前にクワットロのお店に寄ることにした。
そこではイケメン執事風店主さんが快く、壊れたアクセサリーを直してくれたんだけれど。
「もう少しだけ、お待ち下さい。お客様の求めていたものが、手に入りますので」
意味深な言葉に、首を傾げる。
そしてイケメン執事さんにこの世界でのチェスを教えてもらっているうちに、来客があった。
「来たようですね。お待ち下さい」
イケメン執事さんが店に迎え入れたのは――
「マック、迎えに来た」
「ヴィデロさん……!」
確かに、俺が一番会いたかった人に、会えた。イケメン執事さんが言っていたのは、このことだったのかな。
ようやく会えた喜びを味わっていると、イケメン執事さんが、とてもいい笑顔で、意味深な言葉を口にした。
――運命は素晴らしい方向に動き始めました。お二人の未来に祝福を――
一、トレに戻ってきた
俺達は、イケメン執事さんの言葉に首を捻りながら店を後にした。
運命なんて、大げさな言葉だと思わなくもないけれど、あの人が言うと、それが真実だという気がしてくる。
――もしヴィデロさんがここまで来てくれなかったら、俺達は近い未来別れていたってこと?
俺は隣に立つヴィデロさんを見上げた。
別れたくない。でも実際にはヴィデロさんとはこのADOの中でしか会えないわけで。
イケメン執事さんの言葉を反芻すると、だんだん意味がわからなくなっていく。どこまで行っても、どう頑張っても、ヴィデロさんとの未来は分かたれるしかないモノだから。
じわっと湧き上がった寂しさを振り払うように、そっとヴィデロさんの腕をつかんだ。
「どうしたんだ? トレに帰ろう、マック」
「うん」
返事をしたところで、暗がりからクイックホースが出てきた。
隣に、普通の馬もいる。二頭並んでいると馬の親子拡大版って感じがして、可愛い。
「ヴィデロさん馬に乗ってきたんだ」
「ああ、馬車はもう出ていないし、こっちの方が早いからな。通信魔道具で連絡が来ること自体がすでに大事だから、詰所の馬を快く貸してもらえたんだ」
「そうだったんだ。可愛いなあ。あ、メイレの実、食べる?」
馬の目っていつ見ても優しそうだよね、とさっきの寂しさも忘れてインベントリを弄り始めると、ヴィデロさんが苦笑したのが耳に入った。
「さっきレガロさんに言われたばかりだろ。その実は特別な実だって。それなのにそんな簡単にあげていいのか?」
「でも俺、他にあげられそうなもの持ってないんだ。パンは馬の身体によくないかもだし」
トレからずっと走り通しだったなんてさ、絶対お腹減っているだろうし喉も渇いただろうから。
メイレの実を二つ取り出して、クイックホースとヴィデロさんの馬の前に差し出すと、馬は嬉しそうに食べ始めた。
でもクイックホースは俺の手を鼻でグイッと押して、馬の目の前まで持っていった。
この子にあげるの? いい子。
手が空くと、俺はクイックホースの胸を撫でた。
でも、どうやって帰ろう。クイックホースで帰ると、普通の馬のヴィデロさんを置いていっちゃうんじゃないかな。
それより何より、俺はクイックホースの背中に自力で乗れない。大問題だ。店に戻ってイケメン執事さんに脚立でも借りようかな。
そんなことを思っていたら、ヴィデロさんがクイックホースの鼻を撫でて「俺も乗せてくれないか?」と頼み出した。
クイックホースはちらりとヴィデロさんと俺を見て、グイッと自分の身体をヴィデロさんに寄せた。いいってことか。ほんといい子。
ヴィデロさんは鞍に手を掛けると、とんとんひょいっと背中に乗ってしまった。
す、すごい。ヴィデロさん、かっこいい。好き。
そして、クイックホースの背の上から、俺に向かって手を差し出した。
ギリギリ届くくらいのヴィデロさんの手に掴まった瞬間、俺の身体もひょいっと引っ張り上げられ、いつの間にやら鞍の上、ヴィデロさんの前にすっぽりと収まっていた。
ふあああああ! 今の持ち上げ方かっこいい! 好き!
「ここの街の門にこの馬を預けていくから」
馬の手綱を握ると、ヴィデロさんは俺の耳元でそう教えてくれた。
「よ、よかった」
ヴィデロさんの声が近い。カッと頬を熱くしながら、なんとかそれだけ返す。
そうだよね、俺、今ヴィデロさんの前にすっぽり収まってるから近くて当たり前だよね。背中がヴィデロさんに密着していて、心臓が煩い。
このドキドキがバレてないといいんだけれど。
街中はゆっくりと歩き、門の所でクワットロの門番さんにヴィデロさんが乗ってきた馬を預ける。クイックホースは門を抜けた瞬間、徐々にスピードを上げ始めた。
夜の景色がまるで新幹線に乗っているみたいに後ろへ流れていく。
俺一人で乗っていた時より確実に速いのは、ヴィデロさんの腕がしっかりと俺の身体を支えていて乗り手が安定しているからだと直感した。そうだよね。俺一人では不安だよね。スピード出すには。ハハハ……
でも実際、一人で乗っている時よりも格段に安定度は増している。ヴィデロさんの頼れる胸板と力強く俺を支える腕に最高に安心できた。
……ちらっと後ろを向くと、その都度微笑んでくれるその顔が好き。
「マック、疲れないか?」
「全然、大丈夫。ヴィデロさんが支えててくれるから、すごく快適」
「そうか。この調子だと、すぐにトレの街に着いちゃうな。夜中の騎乗デート、もっと楽しんでもいいくらいなのに残念だ」
「うん。ほんとに」
夜中の騎乗デートなんていうドキドキワードをさりげなく呟くヴィデロさんが好きだな。
俺ももっと楽しみたい。けれど、俺、トレの冒険者ギルドにこのクイックホースを届けるクエストの途中だったんだよ。
でも、着くまでは楽しんでもいいかな。なんて思っていたら。
「まあでも、マックが腕の中にいるだけで最高の気分だな」
耳元で囁かれて、ついでに耳にチュッとキスされた。ちょ、ヴィデロさん、走るクイックホースの上で誘惑しないで!
ぞくぞくしてドキドキしてヤバいから! 俺、お年頃なんだから!
トレの冒険者ギルドに着いて、クイックホースの背中から降りる頃には、俺は満身創痍だった。
ヴィデロさんがずっと耳元で囁くんだもん。今度はこういう体位もいいなとか。でも顔が見えないのは残念だとか。
俺がワタワタしてたのが楽しかったみたい。ぶ、無事着いてよかった。そして俺、パンツ剥がれない状態でよかった。そうじゃなかったらきっと下半身が大変なことになってたよ……
「ここまで俺を連れてきてくれてありがとね」
クイックホースの鼻を撫でながら、俺はクイックホースとお別れした。
ギルド前に着いたクイックホースは、すごく凛としていて、自分の使命を全うしたっていう誇りがにじみ出ていてかっこよかった。
ギルドでクイックホースを連れてきたことを報告すると、ギルド職員さんが「少々お待ち下さい」と席を立って奥にある階段を上っていってしまう。
すぐに戻ってきた職員さんの後ろには、クラッシュそっくりの超美人な女の人がいた。
耳はクラッシュと同じように尖っていて、若々しい。スタイル抜群でとても快活そうな雰囲気だ。
彼女は俺をじっと見つめてから頷いた。
「あなたが、マックね」
「はい。ええと、もしかして、クラッシュのお姉さんですか? あれ、でもクラッシュって一人っ子だったんじゃ……」
――お母さんが旅に出ている間、お父さんと二人でいたとか言っていたような。んん?
考えていると、横からヴィデロさんがそっと教えてくれた。
「彼女が、ギルドの統括で、クラッシュの母親だ」
「え」
だって。見た目完璧クラッシュと同年代なんだけど。お、お母さん……?
混乱している俺があんまりにも可笑しかったのか、目の前の超美人は口を押さえて笑い始めた。
「やだお姉さんだなんて。ふふ、なんていい子なの。さすがクラッシュのお友達ね。気に入ったわ、マック」
「あ、りがとうございます……?」
俺のお礼に、クラッシュのお母さんはさらに笑みを深めた。
でもなんで、ここにギルドの一番偉い人が出てくるんだろう。
「クイックホースを届けてくれた報酬と、クラッシュを助けてくれた報酬の話をしたいのだけど」
「クラッシュの方はもうセッテのギルドで報酬を受け取りましたよ?」
すると、クラッシュのお母さんはハッとした顔をした。
「ごめんなさい、報酬なんて言っちゃだめね。クラッシュと仲良くしてくれている子にお礼をしたいだけなの。まずはクイックホースを連れてきてくれた報酬なんだけれど……何も考えてなかったのよね。こんなにすぐ戻ってくると思わなかったし。かといって今の情勢でクラッシュを砂漠都市まで向かわせたくなかったし」
その言葉に、一瞬自分の顔が強張るのを感じた。
「……情勢って。もしかして、今回の襲撃と関係あるってことですか?」
「まあ、ねえ……」
クラッシュのお母さんが視線を床に向ける。俺はこっそりこぶしを握り締めた。
――やっぱりあの襲撃はクラッシュ本人を狙ったものだったんだ。
雄太の言っていた「高い報酬の護衛クエストは襲撃がある」っていう言葉で納得しちゃっていたけれど、やっぱりそれだけじゃない。クラッシュが依頼を受けてあの道を通ることを知っていた誰かが襲撃を最初から準備していたってことだ。
プレイヤーである俺達にとっては特殊クエストの一つだけだけど、それで終わらせていいのかな。
どこかで情報が洩れていた、とかだったら、クエストクリア! の一言では終わらないよね。
「あ、の、お願いがあるんですけど」
単なる疑問でしかないけど。もしかしたらもうクラッシュのお母さんは気付いているのかもしれないけれど。余計なお世話かもしれないけど。
「今度、二人だけで話をさせてもらってもいいですか?」
十五年前の英雄であり、ギルドの創始者に向かってこんなことを言うのはどうかと思う。
でもどうせなら少しでもクラッシュが安心していられるように、今の俺の推測や、護衛の時に感じたことを伝えたい。あの場にいたのはクラッシュと俺だけだったんだから。
俺の言葉に、クラッシュのお母さんは破顔した。
「やだ、デートのお誘い? いいわよ、いつにする? 私はいつでもいいわよ」
冗談めかして了承してくれるクラッシュのお母さん。
よかった、とホッとした瞬間、手をきゅっと握られた。
横を向くと、真顔でヴィデロさんがこっちを見ている。
え、なんか雰囲気が怖い。
「……マック、明日は非番だから」
ぽそっと呟かれて、じゃあ明日はダメだな、と考える。
「明後日の夕方はどうですか?」
「空けとくわ。でもね、門番くん。私にはライアスという最愛の夫がいるから、そんな顔しなくても大丈夫よ。ふふ。マック、頑張って」
「え?」
何を頑張るんだ?
そう首を傾げると、ヴィデロさんはちょっとだけ気まずそうな表情をした。クラッシュのお母さんはまたふふふと笑って、俺の注意を引くように手を軽く叩く。
「報酬は、話し合いの時に用意しておくわ。すぐ出せればいいんだけど、ごめんなさいね」
「いえ、こっちもクイックホースに連れて帰ってきてもらった形になったので、助かりました」
いまだクエストクリアのマークが出てこないのは、多分報酬がまだだからなんだろう。
クエストボードの画面を横目で確認しながら、ヴィデロさんと並んでギルドを出た。
すでに深夜になっている。
ヴィデロさんは詰所に戻るんじゃなくて、工房に向かっている。
明日が休みって言ってたから、泊まってくれるのかな。
「泊まっ……」
「今日は泊まってもいいか……?」
「もちろん……!」
泊まってほしいと言おうとした俺の声に、ヴィデロさんの声が重なる。
ヴィデロさんも離れがたいと思ってくれていたのかなと、ちょっと嬉しくなる。
ヴィデロさんは、時折周りを確認しながら、俺と繋がれた手をしっかりと握って無言で歩いていた。
しばらくぶりの工房に入ると、途端に安心感が込み上がった。
ずっと緊張の連続だったからだろう。雄太達はずっとああいう行動をしているんだ。やっぱり俺には生産職が合っているよ……!
ヴィデロさんを招き入れるために振り返った瞬間、力強い腕に抱きこまれて、上を向かされ、キスされた。
「ん……ぁんん」
貪るようなキスに、少しだけ驚く。
けれど、久しぶりの深いキスに、胸が熱くなっていく。
ヴィデロさんの首に腕を回して、自分からも舌を絡める。
この感覚も、久しぶり過ぎて、なんか泣きそう。
気持ちいい。嬉しい。
唇が離れると、ヴィデロさんが俺の顔を覗き込んだ。顔が近い。
「マックは……統括に、惚れたのか……?」
「え?」
そして開かれた口から飛び出してきた言葉に、目が点になった気がした。
どうしてそうなるんだろう。
首を傾げてヴィデロさんを見ると、ヴィデロさんはあくまで真顔だった。
「二人きりで会うってどういうことだ?」
え……と考えて、あっ! と気付く。
あの言葉に、ヴィデロさんは焼きもちを妬いていたのか! 違うのに!
「そ、それは、あの、そうじゃなくて、クラッシュが」
「クラッシュと二人で出かけてる間に、クラッシュとも何かあったのか?」
「違うって!」
ヤバいどうしよう、ヴィデロさんが嫉妬している! クラッシュとクラッシュのお母さんに!
違うのに!
でも焦ってはいるものの、嫉妬されたことがちょっとだけ嬉しい。
「違うの。人前で話せない話をしたかったんだよ。二人で出た依頼の時の話」
「そうか、クラッシュと一線を越えてしまったから、そのことで統括に挨拶に行くのか……マック、俺との将来の約束は、忘れたのか……?」
「ちょ、ヴィデロさん! 違うよ! 俺はヴィデロさん一筋だよ! 誤解しないで! 俺が好きなのはヴィデロさんだけだってば!! 大好き!」
そう叫んだ瞬間、ヴィデロさんの口元がニッと笑った。
え、もしかして、揶揄われていた……?
ああ、クラッシュのお母さんが頑張ってって言ったの、もしかしてこういうこと……? ヴィデロさんの焼きもち、気付いていたんだ……
「知ってる。でも」
「知ってたんなら……!」
「でも、嫉妬はするし、焦りもする。だってあの二人はすごく綺麗だから」
「ヴィデロさん……」
一瞬だけ揶揄われたことに憤ったけれど、その次のヴィデロさんの言葉で、瞬時に怒りは消え去った。
そうだよね。ヴィデロさんの前で別の人と二人っきりで会う約束をした俺が悪かった。
俺がヴィデロさんにそれをされたら、やっぱり嫌だもん。
俺は少しだけヴィデロさんと身体を離して、彼の胸板に体重を預けた。
「ごめんなさい。……でも、あそこでは話題にできないことを伝えないといけなくて」
「ああ。道中、気付いたことがあったんだろ?」
「うん。でも、ごめんなさい。俺が無神経だった」
「いい。マックのことでは、俺の自制が利かなくなるんだ。『運命』と言われて駆け出してしまうくらいには」
「ヴィデロさん……」
自嘲するその顔をいつもの顔に戻したくて、俺はヴィデロさんの頬を手のひらで挟んだ。
背伸びをして、ちゅ、と唇をくっつける。屈んでもらわないとディープキスも出来ないこの身長差、ほんとにジャスト恋人身長差なのかな。もっと大きくなりたい。
「もう遅いから明日に響くのはわかっているけど……マックを抱きたい」
「俺も……ヴィデロさんを感じたい」
あえて時間には目を瞑り、俺は、倉庫から『細胞活性剤 小』を取り出した。
久しぶりのヴィデロさんの腕の中は、想像以上に熱くて、そして幸せだった。
お互いの肌をくっつけて、身体の一番奥でヴィデロさんの熱を感じて。
すっぽりと包まれるように抱きこまれて、胸いっぱいに広がった幸せが、目元からこぼれた。
そのこぼれた幸せを、ヴィデロさんの唇が吸い取っていく。
「マック」
「大好き……っ」
ゆっくりと動くヴィデロさんの動きに合わせて、快感が次々湧き上がっていく。
「ふ……っ、あ、ンん……好き、ヴィデロさ……ぁん」
「マック……愛してる」
俺も。
言葉にしようと口を開くと、嬌声が漏れる。
すごく会いたかったんだ。クラッシュと馬車に乗っているときも、森で必死に逃げているときも。隣にヴィデロさんがいたら、って、ずっと考えていた。
でも、隣に本当にヴィデロさんがいたら全部任せっきりにしちゃって、きっとダメな俺になっていたと思うから、やっぱりいなくてよかった。
内臓を抉られた俺を見られなくてよかった。弱い俺を見られなくてよかった。
無事な姿で目の前に立ててよかった。
ヴィデロさんの背中を手のひらで堪能しながら、そう安堵した。
ヴィデロさんは俺の傷を手のひらで撫でて、新しい傷がないか確認しつつ、その都度俺が締め付けるのを堪能しているみたいだった。
俺の掻っ切られた腹は、しっかりと元の古傷のみの肌に戻っている。
「切られたのは、ここか……?」
「……っ! あ、ぅん……っ」
「腹が半分になって、卒倒しそうだったって、クラッシュが言ってた」
「や……っ、指で、たどらな……っで、んん、そこまでは、酷くな……っあん」
「自分では確認できなかっただけなんじゃないのか……?」
手で傷をたどりながら、ヴィデロさんが奥を突く。
目の前が白くなって、下腹部の熱が飛び出す。
でも、まだ奥にはヴィデロさんの熱があって――
「あ、あぁ、あ! あ……っ、や、待って、ダメ、は、あ!」
かああっと頭が熱くなって、ヴィデロさんの背中に回した手に力がこもる。
次から次へと溢れるように湧き上がる辛いほどの快感に、身体が小刻みに震える。
「……っ、締め過ぎ、だ」
それに合わせて、ヴィデロさんのゆっくりだった動きも速くなって、グン、と最奥に突き刺さる。
熱が身体の奥にじわっと広がった瞬間、俺の熱も一緒になって放出された。
ぐったりとした身体で、奥から抜けていくヴィデロさんの熱を名残惜しく締める。
「ヴィデロさん……好き」
「マック、愛してる」
軽いキスを繰り返して、ヴィデロさんの腕を頭の下に感じながら、俺は目を閉じた。
◆◆◆
ふと目を開けて、アレ、と思う。
いつもの、俺の部屋だった。
あの後、ログアウトしたんだっけ。いや、そんな記憶はない。だから、寝落ちかも。
それよりも、ヴィデロさんを隣に寝かせたままログアウトしちゃったのかな。
寝ぼけ眼で、目覚まし時計を探る。
今何時かな、と時計を見て、一瞬にして目が醒めた。
「八時三十分……!」
完全に遅刻だ。ゲームをやっていて寝不足で授業を受けられなかったなんてことになったら、ヘッドギアを両親に隠されかねない。
慌てて起き上がって、用意をする。
バタバタと下に行くと、すでに二人とも仕事に出ていたようで家は無人だった。
ホッとしつつもご飯を食べている時間はなくて、髪も手入れしないでそのまま家を飛び出した。
途中、ぐううと腹が鳴る。
ううう、腹減った。
俺、朝からがっつり食えるから、朝食を抜くのはつらい。
でも、せっかく久しぶりにヴィデロさんと再会できたのに、顔を見ただけでログアウトなんて出来るわけないじゃん。
……寝坊してでも、愛し合いたかったんだ。
慌てていた足を止め、そっと腹を手のひらで押さえる。
本当にこの中にヴィデロさんと愛し合った証拠が残ってればいいのに。
なんて、バカなことを思ってしまう。
すでに遅刻確定だし。と腹から手を離して、俺は顔を上げた。
ちょうど隣にはファストフード店があった。
コーヒーが本格的という謳い文句のそこは、朝の通勤ラッシュ後の時間帯だけあって、結構空いている。
「なんか食べてこ」
腹が減ってはなんとやらだ。
カランカランとドアベルが鳴るドアを開けて店内に入っていく。
カウンターで注文して、イートインスペースにトレイを持って進む。
寝不足でぼんやりする頭に喝を入れながらテーブルに向かっていると、カツン、と何かに躓いた。
「うわ!」
身体がつんのめって、転ぶ! と思わず目を瞑る。
次の瞬間、胸を抱きこまれるように身体を支えられた。
「ごめん、大丈夫か?」
すぐ間近から聞こえた声に、目を開ける。
案の定トレイの上で飲み物と食べ物はすごいことになっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
――この声。
どこかで。
見えてきたのは、高そうなスーツと――
「……ヴィデロさん……?」
思わずそう呟いてしまうほど、ヴィデロさんによく似た顔の外国人さんがいた。
二、びっくりは突然に
ヴィデロさんそっくりの外国人さんは腕一本で俺を支えたまま、大惨事になった俺のトレイの上を見て眉尻を下げた。
「大丈夫か? 悪かったな。俺の足に引っ掛けてしまったみたいだ」
「い、いえ」
困ったような顔に、ハッとする。
こんなところにヴィデロさんがいるわけないじゃん。
よく見ると髪の色が違う。顔のパーツも少しずつ違う。
……違う、よね?
二度見するくらいには、ヴィデロさんにそっくりだった。
ああでも、腕の筋肉はヴィデロさんの方があるけれど……
俺は慌てて体勢を立て直した。
そこでようやく腕が離れ、なんとなく、腕が離れたことにほっとした。
ヴィデロさんのそっくりさんは、俺のトレイを見て申しわけなさそうに眉を下げている。
「ああ、これはもう食べられないな。同じものをお詫びに奢る」
「……いえ、俺の不注意だったので、気にしないで下さい」
そう言って断ると、ヴィデロさんのそっくりさんは少しだけ目を瞠った。
そして、スッと目を細めた。
「そうはいかない。これは見たところ朝食だろ。朝を抜いたら午前中使い物にならない」
「でも」
「デモはいらない。俺の責任だから、お願いだから奢らせてくれ。ごめんな、俺の足が長いばかりに」
ヴィデロさんのそっくりさんは冗談めかしてそう言うと、肩をすくめて立ち上がった。
俺の視線が一気に上に向かい、見上げる角度がきつくなる。
いや、さっきの言葉、あながち冗談じゃないかも。足なっが! 俺の腰まで足があるってどういうこと。
身長……頭一つくらい違わない?
ADOでは少し身長を盛っているから、その盛りを減らした状態の俺とヴィデロさんの差が、もしかしてこんな感じ……?
彼が立つと、余計にヴィデロさんなんじゃと錯覚してしまう。
確実に雄太よりデカい。雄太がこの間百七十八センチって言っていたからそれ以上ってことか。
そう思った時には声がこぼれていた。
「つかぬことをお訊きしますが……身長、何センチ?」
訊いた後にもの凄く後悔した。初対面の人に何訊いてんの俺。
反省していると、ヴィデロさんのそっくりさんがプッと噴き出した。
「そうだな。いつ測ったかは覚えていないが、六フィートは超えていたかな」
「六フィート……?」
普段使わない単位に戸惑っていると、ヴィデロさんのそっくりさんはニヤッと笑って教えてくれた。
「正しくは、百八十四センチ」
聞くんじゃなかった。二十センチ以上違った。うん、忘れよう。
ずうんと落ち込んだ瞬間、トレイをひょいっと奪われ、手を取られた。
「おいで」
ヴィデロさんのそっくりさんは少しだけ強引に、でもスマートに俺をカウンターまで連れていく。
「すみません、俺の不注意で彼の朝食をこんな風にしてしまったので、同じ物を注文したいんですが」
「はい、少々お待ち下さい」
断る前に頼まれてしまった。じゃあせめて料金は自分が、とカバンを探ろうとしたけれど、片手を握られているので財布を出すことも出来ない。彼がすっと懐からカードを取り出すのをただ見ていた。
一連の行動がスマートすぎて驚きだ。俺もあんな大人になりたい。外身じゃなくて中身だけでも。
すぐに出てきたトレイを受け取ると、彼はそのまま俺の手を引いて自分が座っていた席にそのトレイを置いた。
「あの、お金払います」
「それは受け取れない。さ、座って。食べよう。俺も途中だから」
「でも」
席はたくさん空いていますとも言えず、仕方なく俺はヴィデロさんのそっくりさんの向かいに座った。
「ありがとう、ございます」
お礼を言うと、彼は笑顔で「どういたしまして」と言って、自分のハンバーガーに齧り付いた。
なんていうか、リアル美形だ。そして、やっぱり笑顔がヴィデロさんに似ている。
引き寄せられる視線を無理やり引きはがし、俺も買ってもらったものに手を伸ばした。
「それにしても、この時間に制服なんて、もしかして寝坊か?」
「はい。ちょっと夜中まで起きてて。朝起きたらもうこんな時間だったから、諦めて何か食べてから行こうと思って」
「あはは、俺と同じだな。俺も夜中までイイコトをしていて、朝起きたらびっくりの時間だったんだよ」
「イイコト……」
――美形だからね。モテるだろうな。リア充か。
ヴィデロさんそっくりの顔がリア充ってことに、ちょっとだけ胸がちくっとする。でも彼はヴィデロさん本人じゃないからと自分で自分に言い聞かせ、俺はカップのストローを咥えた。
そんな俺を見て、彼は緑色の瞳を丸くしてから柔らかく緩めた。
「イイコトと言っても、仕事だからな。そんな汚らわしいものを見るような目で見ないでくれ」
「えええ、そんな目で見てませんって」
「見てた。俺、そんな遊び人じゃないからな。誠実だから」
「あはははは」
「そこで笑われるとなかなかくるものがあるな……」
初対面なのにフレンドリーな人だ。仕事がどうの、授業がどうのと、思った以上に話しやすく、初対面だったのにもかかわらず会話が弾む。
トレイの上の物がなくなっても、しばらくヴィデロさんのそっくりさんと話をしていた俺は、ファストフード店の時計が十時を示す音を鳴らしたことで我に返った。
「そうだった。流石に全部サボりはだめだった」
「そうだ、俺も会社に行かないといけないんだった。予想外の楽しさに時間を忘れてしまった」
「俺もです。今日はありがとうございました。あの、やっぱりお金……」
「受け取り拒否。俺に奢られろ。俺の長い足が原因なんだから」
「確かに長いけど。じゃあえっと……」
返せるものなんて持ってないけど、いつも持ち歩いているお気に入りの飴がある。ポケットの中をごそごそと漁って、俺は飴を取り出した。
「これをどうぞ」
大好きな桜味ののど飴を、ヴィデロさんのそっくりさんに差し出す。
ほのかに塩味で、でも優しい甘さで、すごく好きな飴なんだ。
ヴィデロさんのそっくりさんは、それを受け取って、ふっと柔らかく微笑んだ。
うん、美形。
「ありがとう。よければ名前を教えてくれないか? 俺は、ヴィルフレッド・ラウロ。ヴィルって呼んでくれ」
「郷野健吾です」
「おお、強そうないい名だな」
俺の名前を聞いて、ヴィルさんが微笑む。
そう、俺の名前って響きだけは強そうなんだよ。『吾、健やかに』って思いで父さんが付けたらしいから、全然身長が健やかに育っていない今、名前負けもいいところだけど! もっと健やかに上に向かって育ちたい。
それにしても、これから先ヴィルさんの名前を呼ぶ日が来るのかな。
今日のは単なる偶然だし。俺が寝坊しなかったらここに来なかったし、ヴィルさんも寝坊しなかったらここにいなかったかもしれない。そういう偶然。
俺達は二人一緒に席を立ち、店の前で手を振って別れた。
俺とは反対方向に進んでいくヴィルさんは、桜の飴を持ったまま鼻歌を歌いながら駐車場にむかっていった。
俺は少しだけその背を見送ると、ハッと時間を思い出し、慌てて足を速めた。
休憩時間にそっと席に座ると、雄太に「重役出勤」と言われたので、とりあえず「ひねりがない」と一蹴しておいた。
授業が終わると、俺は急いで家に帰ってADOの世界に飛び込むためのヘッドギアを手に取った。
ヴィデロさんを放置したままログアウトしちゃったから、その後どうなったのか気になって仕方なかったんだ。
お泊り、したんだよね。もう帰っちゃったかな。俺の工房にいてもやることないだろうし、帰ったかも。そうしたら、門まで行こう。
そんな決意でログインした俺の目の前には――
「……ヴィデロさん……」
美形のドアップが目を瞑っていた。
し、心臓に悪い。格好いい。
腕枕をされていて、その腕が思ったよりも柔らかくてキュンとする。ぎゅっと力を入れるとカチカチになるそのギャップが最高。
……もしかして、ずっと動けないでいたから、暇で寝ちゃっていたのかな。ヴィデロさんの寝顔、すごくかっこいい。まつげ長い。髪の色と同じ、綺麗な金色のまつげがしっかりと下を向いていて、俺は思わず見とれてしまった。
腰のあたりにかかる腕の重みが心地いい。
それじゃあしばらくヴィデロさんの寝顔を堪能――と思った瞬間、目が開いた。残念。
深緑色の綺麗な瞳が、バチッと開いたまつげの間から俺を見つけ、焦点を合わせた。
「マック……」
少し掠れた声が、下腹部を直撃する。
もう活性剤の効果が切れているから、今誘惑されてもパンツは脱げないんだけれど。
その声だけでその気になりそうになった。
目を瞑り、少し深呼吸して自分を落ち着かせる。改めてヴィデロさんをちらっと見た。
「ごめんヴィデロさん、暇してなかった……?」
ずっと動けないでいたヴィデロさんにそう謝ると、ヴィデロさんの目がすっと細くなった。
「こんなにゆっくり寝たのは久し振りだ……」
「え。もしかして、ヴィデロさんも、ずっと寝てた?」
「ああ……でも、マックの寝顔を堪能するはずだったのに、少し悔しいな」
そう言って優しい顔をしたヴィデロさんが、俺の唇にちゅ、とキスをくれた。
途端に雰囲気が甘くなる。
昨日の夜も、外が明るくなるまでヴィデロさんを堪能したのに。
俺はおずおずと枕元の『細胞活性剤 小』を手に取り、ヴィデロさんに見せた。
「する?」
そう直球で訊くと、ヴィデロさんが苦笑した。断られなかったってことは――いいよね?
むくっと起き上がって、瓶を手に取って、一口だけ飲む。
そしてしっかりと蓋をしてから横を見ると、驚愕したヴィデロさんの顔が目に入った。
「ヴィデロさん?」
どうしたのと訊こうとして出した自分の声に、俺もびっくりする。
いつもより、妙に高い。
「え?」
「マック、その薬……副作用出てないか……?」
裸のまま起き上がったヴィデロさんの身体がいつもより大きく見える。
あ、ヴィデロさんパンツ穿かないで寝ていたんだ……って、そこじゃない。
ヴィデロさん、いつもよりかなりでかくない?
ナニがじゃなくて、その存在自体が。
――と思う俺の視線の高さが低いと気が付いたのは、ヴィデロさんの言葉があってのことだった。
「マック……小さくなってる」
慌てて立ち上がって鏡に向かう。
そして自分の姿を見た瞬間、俺は頽れた。
うん。完璧小学生。歳が今回は逆行している。なんでだ!!
その場に蹲った俺を、下半身に衣類をしっかりと着けたヴィデロさんが掬い上げた。
お姫様抱っこだ。でも鏡を見ると、寝ている子供を布団に運ぶお父さん的な絵面になっている。
「なん、なんで……」
なかなかショックから抜けられない俺を、ヴィデロさんが抱っこでテーブルまで運んでくれる。
頭を撫でられ、椅子に下ろされるなんて、俺、まんま子供じゃん!
「副作用のことは何か書いてなかったのか?」
隣で俺の頭を撫でるヴィデロさんにそう言われて、俺はハッと『細胞活性剤 小』の説明を開いてみた。
「……ええと『使いすぎは逆効果』ってなってる……」
「それだな」
効果欄に追記されている一文を呆然と読むと、ヴィデロさんは納得したように頷いた。
逆効果って、枯れるとか育たなくなるとか、そういう効能だと思ってたのに、若返るって……
確かに逆の効果になっているけれど!
テーブルに突っ伏すと、とりあえず俺はそう心の丈を叫び声に乗せた。
「せっかくヴィデロさんと久々にゆっくりできるハズだったのに、こんなのってない……」
呟きも叫びも、小学生並みの高い声になってしまい、自ら傷を広げてしまう。
すると、ヴィデロさんが朗らかに笑った。
「何も身体を重ねることだけが愛を育むわけじゃないだろ。今日は小さなマックを堪能させてくれ。こんな機会なかなかないからな」
「でもこんな姿で外に行きたくない……。それにこんな小さくて出来ることって言ったら……」
そこまで言って、ふと思い出した。
ピエラのタルトの作り方を教えてもらったんだった。
どうせ外に出られないし、かといってイチャイチャもできないし。
俺はむくっと顔を上げ、ヴィデロさん――の後ろの調理器具を見る。
「今日は料理の腕を上げる日かな」
「それでこそマックだ」
食べてくれる人もいるし、と見上げると、ヴィデロさんがまた俺の頭を撫でた。
テーブルから降りると、ずるっと肩から服の布が落ちる。それから袖口を何回まくったかわからない。ズボンは諦めて、シャツがスカート状態だ。
ヴィデロさんの彼シャツインナーじゃなくて俺自身のインナーなのが、ちゃんとあれでも大きかったんだな、という事実を示していた……。くそ。
俺が慌てて服を整えると、ヴィデロさんは微笑ましそうな表情になった。
レシピを開いて、材料を取り出す。
倉庫にあるものと手持ちの物、色々とテーブルに取り出していく。同時並行でレシピを調べた。
ヴィデロさんにはボウルと泡だて器を持ってもらって、準備完了。
そしておもむろに椅子の上に立ち上がって。ヴィデロさんに視線を合わせた。
椅子に乗って立ってもなお、ヴィデロさんと視線の位置が合わない。
でももうこうなったらしょうがない。気を取り直してナイフを手に持った。
「ヴィデロさん、これ、蜂蜜を入れて白くトロットロになるまで掻き混ぜて」
「了解。あ、ナイフは俺が」
「出来るから大丈夫! 子供じゃないから」
「見た目だけが子供だな。可愛いよ」
何か頼むたび頭を撫でて、刃物を持った瞬間にヴィデロさんの目が焦る。
ヴィデロさんの目には、俺が完璧に小さな子に映っているらしい。
……この見た目じゃ仕方ないけれど。
しかも傍から見たら完璧親子クッキング教室。先生が子供。こんなんでいいのか……?
とはいえ、二人で笑いながら料理をするのは、ちょっと楽しかった。いや、ちょっとじゃなくとても楽しかった。
小さな身体でもなんとかピエラのタルトはしっかりと形になり、あとは竃で焼くだけ。その後、火の調整をしようとしたらまたもヴィデロさんに「俺が」と止められるハプニングもありつつも、今、俺達の目の前には無事出来上がったピエラのタルトが湯気を伴って美味しそうに鎮座している。
「すごいね。綺麗にできた」
「ああ。すごく美味しそうだ」
「うん……嬉しいなあ。ヴィデロさんとこうやって一緒に何かを作れるなんて」
微笑むヴィデロさんと一緒に、俺もニコニコと笑顔になる。
あのセッテの農園で味わったあの味は再現できてないと思うけれど、二人で作ったってことがすごく、すごく楽しかった。
記念にちょっと鑑定しよう。
『ピエラの澄果実のタルト: ピエラの澄果実を使って丁寧に作られたタルト
食べることによって体力が底上げされる(HP最大値+5)
器用さ+10 幸運+3』
「え……」
思わず目を見開いた。
HPの底上げって、どういうこと? そんなアイテムは今まで見たことない。
装備やレベルが上がるとHPも上がるけれど、こんな風に食べ物でHPの最大値を増やすとか聞いたこともなかった。
錬金術と違って料理だから人に出せないなんてことはないよね。ヴィデロさんと一緒に食べられるよね。
うむむ、と唸って、ハッと気付く。もしかして、これが澄果実の効能なのかも。
とりあえず、ヴィデロさんが強くなる分には大歓迎なので、たくさん食べてもらおう。
タルトを四つに切って、俺は一切れ、残りをヴィデロさんの前に差し出すと、ヴィデロさんは心得たように頷いた。
「あーんしてほしいんだな。甘えてくれるのが可愛いなマック」
「違うから」
なんかヴィデロさん、わざと俺を子ども扱いして楽しんでないかな。ヴィデロさんが楽しそうだからいいけれど。いや、心情的にはよくないけれど。
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