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2巻
2-2
早速向き合って一口食べる。
「うま! うっまい!」
洋ナシに似た味と香りがすごくいいし、周りに使ったバターは花の香りがして、こってりした味をあっさり風味にしてくれる。上にかかったはちみつと合わさった果汁のナパージュが輝いていて見た目にもすごく美味しそう。
まさに大成功! って感じの出来上がりだった。
ヴィデロさんも、一口食べて目を瞠った。
「美味いな。食べただけで力が湧いてくるような、そんな味だ。流石マックだな。いい伴侶になる」
「へへへ、貰ってくれる?」
「勿論」
冗談で言ったのかもしれないけど、そう返してみると、ヴィデロさんは目を細めて嬉しそうに頷いた。
その笑顔に胸がズキュンと撃ち抜かれる。
とても幸せそうなその顔が、ずっと続いてほしいと切に願う。大好き。
そんな想いを込めて、俺は自分の分のタルトをフォークに刺して、ヴィデロさんにあーんをした。
結局その日は小さいままの姿で、ヴィデロさんとバイバイした。
ヴィデロさんは、そのままの姿で外に出ると子供を誘拐する奴に捕まるかもしれないから絶対に外に出ないように、と俺に言い聞かせて、後ろ髪をひかれるように振り返り振り返り帰っていった。
もしかして、子供の俺で楽しんでいたんじゃなくて、本当に俺が子供になったような気がしていた、とか……?
使ったのは『細胞活性剤 小』だから、普通の効能と副作用が同じであれば半日くらいで戻るんだけどね。
帰りの心配そうな顔を思い出して、思わず笑ってしまう。
でもさすがにこの格好では外に出る気になれず、俺は器用さプラス10の効果を堪能するかのように調薬をして、護衛で放出したポーション類をある程度補充してからログアウトした。
ちなみに、小さくてもやっぱりポーション類は効かなかった。
◆◆◆
「雄太、増田、ちょっと話がある」
昼休み、屋上に誰もいないことを確認すると、俺は雄太と増田を前にして、声を潜めた。
二人のうち、雄太は俺の腐れ縁の幼馴染で、増田はそんな雄太と一緒にADOでパーティーを組んでいる友人だ。
ちょっとだけイケメンな大男のようにぐんぐん育ちやがった雄太と、優男風の大人しい風貌の増田が、なになに、と興味津々で箸を動かす手を止めた。
こんな二人だけれど、ゲーム内ではいい感じではっちゃけていて、雄太は見た目と名字そのままをアバターに、増田は美人でグラマラスなキャラ、海里をアバターにして『高橋と愉快な仲間たち』というパーティー名で活躍している。
二人が俺に注目したので、俺はそっと口を開いた。
「セッテでヤバい果物を手に入れて、ヤバい食べ物作っちゃった」
「ヤバい食べ物?」
「掲示板には絶対に載せちゃだめなやつ。たぶん、あの果物を手に入れられる人は少ないだろうし、そうなるとトレアムさんに迷惑が掛かるだろうから」
俺が声を潜めると、雄太は「またかよ!」と真顔で突っ込みを入れてきた。
「なんで健吾はそんな変な物ばっかり手に入れられるんだよ。エルフの里に向かう地図といい」
「なんでだろう。それは俺もわからないんだけど。そんなことより、聞きたくないの?」
「ぜひ教えろ下さい健吾様」
俺が口を尖らせた瞬間、雄太が土下座のまねごとをした。
隣では増田が苦笑している。
雄太のつむじを見て満足した俺は、おもむろに口を開いた。
「――昨日自分の工房で作ったタルト、食べたらHPの最大値が五増えた」
そう教えた瞬間、二人は、俺がナニを言っているのか、全く理解できないように目を見開いた。
「「は?」」
二人の間抜けな表情に笑いをこらえながら、俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「昨日自分の工房で作ったタルト、食べたらHPの最大値が五増えた」
「ちょ、待て。おま、なに、それ」
「雄太、なんか挙動不審になってるよ?」
あまりの噛み具合についついツッコむと、今度は増田が困惑した顔で身を乗り出した。
「いや、いやいやいや、郷野? そんなあっさり言える事例じゃないよ? それって……まじ?」
まじまじ、と頷くと、二人ともすごい顔付きで距離を詰めてきた。
「くれ」
「それを俺達に教えてくれたってことは、郷野は俺達にそれをごちそうしてくれるってことで間違いないよね?」
「そのつもりだけど、俺今トレの工房。こっちまで来れるの?」
ぐいぐい来る二人にそう返すと、二人は即座に「行くに決まってる」と答えた。
今まだ雄太達はエルフさん達の所にいるらしい。自力で戻ってくるのはかなりつらいはずだけど――と思っていると、二人が作戦会議を始めた。
「ハルポンさんに帰りたいって泣きついてみるか。理由を聞かれたときは、答えていいのか?」
「元になる素材がほぼ手に入らない物だから、あんまり広まっちゃうと俺的にアウトなんだけど……でも、あの人なら、大丈夫かな。中の人達を大事にしない人には絶対に知られたくないけど」
「「ああ……」」
二人とも、俺の言葉にそっと目を伏せた。
俺とセブンのやり取りを目の前で見ていたから、思うところがあるんだろう。
あの時は雄太に怒ってもらえて嬉しかったよ。なんていうか、そういうのとか、助けに来てくれたのとか、その他諸々のお礼がしたかったんだ。だからこその、極秘情報の開示だった。
そこで、あ、と思って俺は顔を上げる。
「あ、ちなみにあの羽根のお守りは直してもらったから」
にっこり笑うと、二人ともほっとしたように表情を緩めた。それからこっそりと、俺が出て行ってからの話をしてくれる。
「あのセブンな、あの後食堂のおばちゃんに叱りつけられててちょっとだけ見ものだったぜ。その後は一人でどっか行ったからあとは知らんけど」
「そっか。でも俺、もうフレンド解消したんだ……」
「健吾がそこまで静かに激怒するなんてちょっとびっくりしたけど。まあ、ADOをそこら辺のオンラインゲームと同じように考えているやつだったしな」
雄太は、あっさりと微笑む。
増田も頷きつつ、食後のデザート、と言って俺にチョコパイを渡してくれた。
「羽根が直ってよかったね。あの羽根すごく綺麗だったから、気になってたんだ。誰かに貰ったんだろ?」
「うん。大事な人に。あの羽根、その人と一緒にクワットロの裏路地のその裏にある『呪術屋』っていう店で買ったんだ。プレイヤーが入れないところの」
チョコパイに嚙り付きながら教えると、雄太がまたもがっくりと項垂れた。
「またか……その店、俺も知りてえ……」
「今度雄太達を連れてっていいか、店主さんに聞いてみる」
「つうかそこ、どうやって行ったんだよ。裏路地にいくクエストとかそこらへんに落ちてんのかよ」
「あ、クエストじゃなくて、デート……」
「門番さんかよ! お前、街の守護者、門番さんを連れて隣町に行ったのかよ!」
「あの時は非番だったから」
なんか、この話題になる度に雄太の目がらんらんと輝いている気がする。ユイと雄太の交際が発覚するまで、俺達に恋愛系の甘酸っぱい話は皆無って言ってもいいくらいゲーム関連ばっかりだったから少しだけ面白い。
雄太も彼女が出来てそういう話に興味が出てきたのかな。
そんなことを考えていると、増田が目を丸くして俺を見ていた。
「郷野、門番さんとデートとかする仲だったんだ。でも門番さんに女性っていたっけ?」
「いやこいつの彼氏は筋肉ガツンと乗ってるばっちり雄な門番さんだから」
増田の疑問に、雄太がおかしな言い方で俺の恋愛事情を教えている。
ばっちり雄って。雄……っていう響きがすでにエッチな気がするからやめてほしい。
でも、エッチをするときに俺を見下ろしているヴィデロさんは最高に雄って感じの顔をしているから、あながち間違いではないけれど。
すごくエロくて、かっこよくて、セクシーで……はっ、いけないいけない、ここは校舎の屋上だった。
思い出し勃ちするところだった。ここではパンツが剥がれないわけじゃないから、勃ったら一発でバレる。危ない危ない。
ふー、と大きく息を吐きながら横を見ると、雄太と増田が目を細めて、遠くを見るような目で俺を見ていた。そこには揶揄いの雰囲気はなくて、むしろ気遣わしげな感じすらした。
「郷野、それ、不毛な恋じゃない? 後から郷野が辛くなりそうだよ」
ぽつりと、増田が零した言葉が、胸に突き刺さる。
――知ってる。知ってはいるけれど、はいそうですかって気持ちを切り替えるのはとてつもなく難しいんだよ。だって、こんなにヴィデロさんが好きだから。
へへ、と笑うと、雄太の手が伸びてきて、軽く頭を小突いた。
「そんな顔で笑うなっての。おい増田、不毛かどうかはそれこそ健吾が決めることだ」
「……そっか、そうだね、ごめん」
「いいよ」
頭を下げる増田に首を振りながら、俺は改めて、雄太と友達でよかったと再確認した。
ほんと雄太はいい奴だよね。ハイポーションぼったくろうとしてごめん。もうしないとは言わないけど。
◆◆◆
帰宅してログインすると、身体が元に戻っていた。
よかった。見た目は子供、頭脳は大人になるところだった。
めちゃくちゃ安心した。もうこれでヴィデロさんとサイズ感が親子じゃない。
ちなみにログインしたときの俺の格好はインナー上半身だけ、袖が肘までまくり上げられていて、あとはデフォのパンツだけだった。溜め息を吐きながら袖を戻す。
その上にローブを羽織って外に出る準備をしながら、ふと雄太が言っていた言葉を思い出した。
『そこら辺に生えてるもん鑑定したら、全部『謎の素材』ってしか出ない』
――エルフの隠れ里には錬金術師がいるってことなのかな。それとも『謎の素材』があるだけなのかな。でも十中八九錬金に関係しているよね。一度行ってみたい。切実に。
クラッシュのお母さんにそのことも訊いてみようかな。今日会う約束をしているし。
エルフの里が錬金用素材の宝庫ってことは、もしかしたらクラッシュのお母さんが隠れ錬金術師だったとか、そういうのないかな。クラッシュの店で錬金釜を扱っていたんだし。
色々と考えを巡らせながら歩いていると、すぐに冒険者ギルドに着いた。
中に入ると、様々な装備をした人達がたむろしている。
中には強そうな装備の人とかもいて、一つのテーブルを囲んでいる。
パーティーでクエストの相談とかだろうか。楽しそうだ。
ギルド内の雰囲気を楽しみながら、受付の女性に「統括と約束していた者ですけど」と声を掛ける。
――受付内部がざわっとなった。
そして、すぐさま受付カウンターの奥の階段に案内されてしまった。
え、俺、なんかした?
急かされるように階段を上ると、一番奥にあるドアに向かうように言われた。
遅刻でもしちゃったのかな、と首を捻りながら指定されたドアをノックする。
「はーい開いているわよ」
するとそんな返事が来たので、俺は挨拶と共にそっと部屋に入った。
奥の大きな机には、書類の山に埋もれたクラッシュのお母さんがいた。
んー……やっぱりクラッシュと同年代にしか見えない。
俺はそう思いつつ、クラッシュのお母さんに視線を向けて、頭を小さく下げた。
「お忙しいのに時間を取っていただいて、すみません」
そう声を掛けると、クラッシュのお母さんはスクッと立ちあがって「こっちよ」と俺を手招いた。
そして隣にいた秘書さんに声を掛ける。
「大事な来客だから仕事はまたあとでね。あとしばらく人払いしといて。クラッシュの大親友よ」
「わかりました」
秘書さんはスッと頭を下げて、俺に一礼して出ていった。それを見届けたクラッシュのお母さんは、奥にある応接ソファに俺を招きながら、目を細めて微笑む。
「この部屋ね、ドアを閉めると防音になるのよ。そういう魔法陣をセイジが描いてくれてね。便利でしょ。ささ、どうぞ、そこに座って」
クラッシュのお母さんに座り心地の良さそうなソファを勧められて、腰を下ろす。
近くにあった給湯設備からお茶のセットを持ち出すと、彼女も目の前に腰を下ろした。
国の英雄手ずから、お茶を淹れてくれる。温かな湯気が上がるカップが目の前に置かれ、俺は恐縮しながらそれを見下ろした。
手に取るタイミングがわからないでいると、クラッシュのお母さんが勧めてくれる。
「遠慮しないで飲んで。味はちょっと保証できないけど」
「……頂きます」
ドキドキしながら手を伸ばして、一口だけ口に含む。
あ、うん……苦い。普通に苦い。なるほど味の保証がない……でもせっかく淹れてもらった物を残すのはいけない。
顔を顰めないように頑張ってちょびちょびとお茶をいただく。そうしながら、俺は目の前に座るエルフの女性を観察した。
見れば見るほどクラッシュにそっくりだ。クラッシュのことも最初から美形だと思っていたけれど。お母さんがこの顔だったら納得だ。
エルフの里ってこういう美形がいっぱいいるってことかな。
どんな所だろう、とちょっとだけ思いを馳せていると、クラッシュのお母さんが口にお茶を含んで目を丸くした。
「うそ、すっごく苦い! やだ、飲めたものじゃないわ……ごめんなさい、無理しないで」
申しわけなさそうに手を合わせて、サッと茶器を下げる。
この苦さがエルフにとって美味しいと思うわけじゃないことに、なぜだかホッとした。
「あの、クラッシュのお母さん」
声を掛けた瞬間、クラッシュのお母さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
でもその後、ううんと咳払いをして、表情を改めた。
「エミリと呼んでくれるかしら。クラッシュのお母さんと呼ばれるのはとても嬉しいのだけれど、ちょっと長いから言いづらいでしょ」
そう伝えられた瞬間、ピロンと通知音がした。
表情を改めた次の瞬間にはまた崩して嬉しそうな顔をするエミリさんに、俺もつられてしまう。
あ、とても嬉しいんですね、わかります。にこやかな表情がすでに物語っています。
クラッシュは愛されているなあ、と微笑ましく思っていると、エミリさんが「本題に入るわね」と仕切り直した。
「まずは、報酬の話とあなたの話とどちらからがいいかしら」
「じゃあ、俺から先にお話ししてもいいでしょうか」
まずは伝えてしまいたい。
背筋を伸ばすと、エミリさんが頷いた。
「この間のポーションの護送依頼なんですが、ちょっと気になったことがあって」
瞬間、エミリさんの目がキラリと光る。瞬きひとつで次を促されたような気がして、俺は続けた。
「途中、俺達が通る道に、明らかに俺達に的を絞った賊が待ち構えていました。山賊とか積み荷を狙った奴らじゃなかったです。弓矢でこっちを狙ってきたので、確実にクラッシュ狙いだったと思います」
状況を説明すると、エミリさんは口元の笑みを消した。
「そう。他には?」
「下っ端はクラッシュを殺そうとしていて、上の奴は逆に捕まえるよう言われていたみたいです。あとは二人で逃げたのでわかりません。……クラッシュが遠出することを、ギルド外に漏らしましたか?」
「いいえ。緘口令を敷いたわ」
エミリさんの言葉に、やっぱり、と溜息を呑み込む。
エミリさんも険しい表情だった。
「結構緊急だったのよ。セィもセッテもポーション不足になってしまって。それで薬の取り扱いにおいて一番信用できるのがクラッシュだったの。ギルドではランクCのポーションまでしか取り扱えないし、基本ポーション類は王都から納品されるから」
ゲーム内では聞き慣れない言葉に、俺は顔を上げた。
「王都って……?」
「セッテの南の方にあるセィ城下街が、グランデ王国の中心地である王都なのよ」
この国にちゃんと『グランデ王国』という名前があったことがびっくりだった。
俺達はここを『ADO』と呼んでいるから。少し考えれば、それが国名なんかじゃないのくらいはすぐ気付くはずなのに。
王都なんてあったんだ……と呟くと、エミリさんはようやく表情を緩めた。
「あったのよ。一応王様もいるわね」
「知らなかった……」
「ふ、フフ……っ、王様もそんなちっぽけな存在になったものねえ……係わらなくていいならそのほうがいいわよ」
きっぱりとそう言い切ったエミリさんは、短い溜息を吐いて、話を戻した。
「クラッシュへの依頼は、要請が来てすぐに出したから、ギルドの外に告知する時間はなかった。まぁ、セィがポーション不足にならなかったら、そこまで緊急に扱われなかったでしょうけど」
「やっぱりセッテの農園が閉まっていたことが響いてたんでしょうか」
「そうね。それもある。それと王都にいる者達が色々とね……」
遠い目になったエミリさんは、暗い表情でクッと口角を上げた。
そして、ぱん、と手を叩き、雰囲気を一新した。
「教えてくれてありがとう。――私は懐にとんだ爆弾を抱え込んでいたってことかしら」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないです。俺がちょっと疑問に思っただけなので。ただ、もしそういう人がいたとしたら、俺がこういうことをエミリさんに伝えた瞬間逃げるかもと思って」
「そうね。ありがとう。そのことを知っているだけでも心構えが違ってくるわ。あとはこちらに任せておいて大丈夫よ」
エミリさんがそう言うのなら大丈夫なのかな。
俺が頷くと、エミリさんが「じゃあ次ね」と明るい口調で続けた。
「クイックホースに関しての報酬を渡したいわ。ただ、ガルと冒険者レベルを上げるくらいしかあげられるものが思いつかないのよ」
エミリさんが苦笑して肩をすくめる。
俺はそれを聞いて、静かに頷いた。
ガルはADO内の通貨単位だ。
でも、報酬はクラッシュ護衛の時に貰ったし、ギルドの冒険者レベルが上がったとしてもはっきり言って俺にはあんまり関係ないんだよね。
クラッシュ専属薬師(笑)だし。
「その前に訊いてもいいですか?」
だから報酬が決まってしまう前に、と俺は口を挟んだ。
「エミリさんは、セッテの奥にあるエルフの里を知ってますか?」
エミリさんが驚いたように目を丸くした。
「知っているも何も、私が生まれたところよ。マックこそどうして知っているの?」
「今友人がそこに行っていまして。それで、あの里にある素材を鑑定してもほとんど『謎の素材』と出るっていう話を聞いてしまって」
エミリさんはふと視線を外に向けた。
視線が向いた窓の先には、和やかな街並と、遠くに連なった山々が見えた。
その視線が、何かを探すように細められ、彼女の顔に少しだけ影を作る。
「……そうね、私もあの里にある草の名前を、昔は知らなかったわ。たぶん、里の人達も知らないんじゃないかしら。それがなんなのか知っているのは、長老様と私の親友だけだった。楽しそうに名前を教えてくれて、効能や使い道を教えてくれたわ。でも、それがどうしたの?」
あ、ビンゴだ。錬金術師、いたんだ!
仲間を見つけた興奮に、俺は身を乗り出すようにして、頭を下げた。
「エミリさんの親友さんを、紹介していただけないでしょうか。色々聞きたいことがあって」
鼻息荒くそうお願いした瞬間、エミリさんの声が少しだけ震えた。
「してあげたいけれども、それだけは無理なの。ごめんなさい」
「え、無理?」
下げていた頭をパッと上げると、エミリさんは泣いているように見えた。けれど、それも一瞬で消えていく。
次の瞬間には、エミリさんは優しい笑顔になっていた。
「ええ、マックは知っているかしら。十五年前に魔王を討伐しに行った仲間の一人である、サラっていう大魔法使い」
「ええと、勇者のパーティーが魔王を倒したってことだけは知っています。そしてそのパーティーの一人がエミリさんだっていうのはクラッシュから聞きました」
俺の言葉に、エミリさんはそうね、と少しだけ寂しそうに笑った。
「一緒に行ったのは、私と勇者アルフォード、そして魔法使いサラと、賢者ルーチェの四人。でもその後、無事王都まで帰ってきたのは、私とアルだけだったわ。サラはその時に……」
「あ……」
一気にテンションが下がり、乗り出していた身をすとんと椅子に下ろす。
俺はなんて無神経だったんだろう。
四人で向かって、二人しか帰ってこないなんて――そんなの……
「すいません、俺、無神経なこと言って……」
俯いて謝ると、頭にポン、と手が置かれた。
「大丈夫よ。そんなに気を使わないで。でもそうね……彼女の話なら大歓迎。楽しい子だったのよ。色んな変なものを変な釜で作り出しちゃうような」
「錬金術……ですか」
ふふ、とエミリさんの笑い声が聞こえたので、顔を上げると、エミリさんは何かを思い出しているようにとても優しい顔をしていた。
「そう、それ。私の里に二人で行った時の彼女のはしゃぎっぷりはすごかったわ。『宝の山よ……!』なんて感動して。片っ端から鑑定していって。変なものをたくさん作ったの」
「すごい……」
「普段の魔法でもとんでもなく強いのに、あの謎の素材で作られた薬とか爆弾とかを使い始めた彼女はほんと無敵に近かったわ。先頭に立っていたはずのアルも顔を引き攣らせていたくらいだったもの。普通魔法使いって言ったらほら、ふふ、後ろの安全なところから攻撃するはずなのにね」
「うわぁ……」
サラさんという人の話をするエミリさんは、すごく楽しそうだった。でもその人、魔法使い兼、錬金術師だったんだなあ。亡くなったのが惜しまれる。
「会ってみたかったなあ。どうせなら錬金術のこと教えてほしかったです」
ぽつりと呟いたら、エミリさんが小さく「大丈夫よ」と頷いた。
……何が大丈夫なんだろう。
首を傾げると、エミリさんが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「サラが残していった謎の物がたくさんあるのよ。私の故郷の物なんだけれど、見てみる? サラが『これはエルフの里から持ち出し禁止』とお触れを出してしまって今は全く里の外に出ていないんだけれどね。自分ではたんまり持って帰ってきていたのよ」
思わぬ言葉に、俺は間髪容れず「はい!」と返事した。
ほしい。錬金素材ほしい!
俺の返事に笑い声を上げると、エミリさんは持ってくるわね、と腰を上げた。
里の物を持ち出し禁止にしたのは、エルフ達じゃなくて魔法使いのサラさんだったんだ。
確かに、錬金術って色々ヤバい薬が作れるから、知っていたなら絶対広めないだろう。
それに比べて薬師の薬はなんて平和なんだ。
わくわくしながら待っていると、エミリさんが大きな袋を抱えて戻ってきた。
「これよ」
エミリさんが袋を開けて中身を取り出してくれる。
片っ端からそれらに鑑定を使って、素材を確認した。
どれもこれも全部が初めて見る素材だ。ハルポンさんが興奮したのもわかる。すごくわかる。
キラキラとした白い鋭利な羽根、宝石みたいな赤い石、枯れているようにしか見えない植物――
「『紅の炎』『水切り羽根』『たたらショウブ』……うわ、すごい。初めて見るのばっかりだ」
こんなに錬金素材があるなら、レベルが上がったら絶対釜を持参してエルフの里に行ってみないとだめだな。楽しすぎる。
エミリさんの存在も忘れて素材鑑定を楽しんでいると、名前を呼ばれた気がした。
顔を上げると、エミリさんが驚愕の表情を浮かべている。
「マック、これがなにか、わかるの……?」
「あ、えと」
内緒にしろってセイジさんに言われていたの、興奮で忘れていた。
い、今更わかりません、なんて通じないよね。
クラッシュのお母さんだし、錬金術師と友達だったら、いいかな……
そう結論を出した俺は、はい、と頷いた。
エミリさんがさらに問う。
「もしかして、あなたもあの変な釜を持っていたりするの?」
「変な釜……ええと、クラッシュに売ってもらって、使っています。もとはセイジさんの物だって言ってましたけど」
「そう、そうなの。セイジの……」
エミリさんは両手で顔を覆い、そのまま動かなくなってしまった。
もしかして、泣いてるのかな……
身動きしちゃいけないような気がして俺もじっとしていると、エミリさんはしばらくしてようやく顔を上げて、はー、と大きく息を吐いた。
そして、「決めた」と口元をニッと上げた。
「報酬はこのサラの持ち物一式でどうかしら。どうしても手放せなかったけれど、セイジが釜をすでに手放していたのだったら、私もそうすることにするわ。マック、受け取って」
まだまだ素材が入っているだろう袋をボンと渡されて、戸惑う。
「え、でも、大事な親友の物なんじゃ」
「だからこそよ。使わない素材なんてゴミと一緒。使ってこそ価値があるのよ」
きっぱりと言い切ったエミリさんは、何かを吹っ切ったようなすっきりした顔をしていた。
「それにしても、クラッシュの友達がサラの釜を使っているなんて、なんだか運命的な巡り合わせね」
「えっ!?」
錬金術師ってそんな大事だったの!? っていうか、俺の使ってた釜は魔王討伐メンバーの一人が使っていためっちゃレア物だったなんて……
「あれ? でも、じゃあなんでセイジさんが持ってたんだろ……」
「そうね……今言えるのは、偶然が重なって釜はセイジのところに来た。そしてそれは巡り巡ってマックの手に渡ったってこと。だからマックは気兼ねなく使ってね。それはもうあなたのものよ」
激レア職になってラッキー……程度にしか思ってなかった。袋を抱えたまま感動とはひと味違った意味で心を震わせている俺を、エミリさんはすごくいい笑顔でまっすぐ見つめていた。
なお、またしてもピコンという通知音が響いたけれど、放心していた俺は、しばらくステータス欄を開けなかった。
三、遠出デート!
思ったよりもすごい物を貰ってしまった。
工房に帰ってきた俺は、インベントリに入れていた『サラの物』を取り出すと、次々と机に並べていった。
本当にすべてが見たことのないアイテムだった。
こういうものが里にはゴロゴロしてるのか。行ってみたいなあ。
錬金レシピ集を取り出して、ノートに目の前の素材が記されているか確認していく。
「すごい。ちゃんと名前が書かれていく」
パラパラとページをめくっていくと、なんちゃって薬膳スープのレシピにあった空欄が、綺麗に埋まっていた。今までは素材が手に入らなくて二つほど空欄があったんだ。それが今回の品物入手で埋まったようだ。
作ってみよう。出来上がったら『呪術屋』のイケメン執事さんに持って行かないといけないし。
でもその前に……と、俺はクエスト欄を開いた。
『クイックホースを連れ帰ろう
森ではぐれたクイックホースが砂漠都市で発見された。
クイックホースは一度受けた依頼が達成されるまで次の仕事をしない性質を持っている。
トレの街の冒険者ギルドまで連れて行って、クイックホースの仕事を全うさせてあげよう。
クリア報酬:???
クエスト失敗:クイックホースを連れ帰れない状態 ギルド所持クイックホース一頭消失
【クエストクリア!】
クイックホースを無事トレの冒険者ギルドまで連れてくることが出来た!
クリアランク:B
クリア報酬:サラの荷物』
この【クエストクリア!】の文字を見ると、いつもホッとする。毎回ギリギリのクエストが多い気がするのは気のせいかな。冒険者ギルドのクエストはそうでもなかった気がする。ポーション類を買い取ってもらえなくなってからはほとんど顔を出していないからいまいち覚えてないけど。
クエスト欄を閉じると、もう一つびっくりマークが付いている欄が目に入った。
フレンドリストだ。そういえばエミリさんに名乗られたとき、ピコンって鳴ってたよ。
リストを開くと、既存のプレイヤーネームの一覧とは別の場所にビックリマークが付いていたので、そこをタップし、裏リストを開いた。
ヴィデロさん、クラッシュ、カイルさん、トレアムさんと、名前を教えてくれた街の人達の名前が並ぶ下に、『エミリ』と入っていた。
「エミリさんも親愛度が上がったってこと? クラッシュの友達だから上がりやすいのかな?」
首を捻りながら、フレンドリストを閉じる。
それから息を吸い込み、俺は自分の工房を見回した。
――さて、では本格的に『薬草の色とりどり薬膳スープ』を作りますか!
レシピを開いて、使う素材を次々並べていく。
「『雪森草』なんて素材も必要だったのか。雪の結晶みたいで可愛い葉っぱ」
まるでレースのように穴の開いた、白い葉っぱ。
効能は『中和』となっていた。うん、よくわからない。
「あとは、『ナナフサ』……っと。黒っ。これ入れて大丈夫なのかな。カクカクしててちょっと可愛い」
十五年以上前の素材だけれど、ちゃんと作れるのかな。
作るのが食べ物なだけに、そこだけは心配だ。
「よし、じゃあ作ってみますか」
釜を用意して、MPを釜に注いで透明な液体で満たす。
ふー、と深呼吸してから、素材を投入した。
一つ消えるまで丁寧に混ぜ、消えたらまた次を入れる。
入れるたびに液体の色が変化するのが、この『薬草の色とりどり薬膳スープ』の特徴だ。でもどれだけ丁寧に作っても斑模様のちょっとヤバ目な見た目にしかならなかったんだけど……
ドキドキしながら『ナナフサ』を入れた瞬間、パァッと全体が一気に黒く染まった。
「うわ、やっぱり黒……っ、え、これ失敗じゃないよね。ボンッてなってないもんね」
ドキドキしながら、最後の素材『雪森草』を投入する。
その瞬間、真っ黒だった液体はサァッと透明になった。
「う~……この変化がたまらないよね……! ここからは色が変化するまでかき混ぜる……と」
ドキドキしながら透明の液体を撹拌棒でグルグルかき混ぜる。
透明だから、最初に戻ったみたいな錯覚に陥るけど、ここで止めたらきっと失敗してしまう。
俺、ここでいっつも気を逸らしちゃうから失敗するんだよね……今日こそは頑張る。
攪拌するたびMPもスタミナも消費されていく。でも途中で手を止めてポーションを飲んだりすると失敗になるから、とにかく手を動かす。
腕が怠くなってMPが残り二割くらいになったところで、ふわっと全体が緑色になった。
「出来た!」
撹拌棒を取り出して、釜を持ち上げ、用意していた瓶に液体を注ぎ込む。
すると、あらゆる緑色が綺麗な層になったような液体が出来上がった。
下の方が濃い深緑、途中黄色っぽい黄緑に変化してはっきりした緑、間に明るいエメラルドグリーンみたいな色を挟んで、上の方に行くと青に近い緑が層になっている。
「わ、綺麗……だから色とりどりって名前なんだ」
思わず感想を口に出してしまうくらい、瓶の中はあらゆる緑色で溢れていた。
瓶を傾けてみても、色の層は変わらない。すごい。これ、グラスに注いだらどうなるんだろう。今までのは本当に途中経過というか失敗作に近いものだったんだ。
あまりの見事な層に感動しながら鑑定して、その効能に目を瞠った。
『薬草の色とりどり薬膳スープ:数種類の薬草類を使った薬膳スープ
状態異常無効化とスタミナを強化する
見た目と味でも楽しめる
一定時間状態異常無効 一定時間スタミナ減少無』
状態異常無効……
つまり、毒を受けても麻痺とか混乱とか受けても全然効かないってことだ。
すごいな。量産したい。けれど、貰い受けた素材は各五個くらいしかなかったから、全然量産なんてできない。
それに、MPとスタミナの消費が今までよりも多かった。
横目で自分のMPを確認すると残り二割ほど。ギリギリもいいところだよ。もっとMPを増やしたいなあ。……パーソナルレベル、魔物を倒して上げようかな。
溜息を吐いてから、マジックハイポーションとスタミナポーションをがぶ飲みして、俺はもう一度釜に向きなおった。
◆◆◆
翌朝、俺のカバンの中には、四つの『薬草の色とりどり薬膳スープ』が入っていた。
昨日の夜作った物だ。残念ながら一つは失敗して、素材ともども消滅してしまった。すっごく悔しかった。貴重な素材だったのに俺のバカ……
明日、というかもう今日は、ヴィデロさんを誘ってクワットロの『呪術屋』まで行こうかな、なんて余計なことを考えていたら失敗した。
やっぱり詰めの詰めで気が抜けて失敗する俺って全然成長していない。
はぁ……
トコトコと門まで歩きながら、溜め息を一つ吐く。もうしばらくは手に入らない素材なのに。
俯きながら歩いていたら、誰かにぶつかり、倒れそうになって身体を支えられた。
「うわ、すいません! ……ヴィデロさん?」
ぶつかっちゃった! と慌てて顔を上げると、そこには愛しい人の困ったような顔があった。
俺の身体をその逞しい腕が支えてくれている。ヴィデロさんは微笑んでから、そっと俺の身体をまっすぐに戻してくれた。
「マック、何度も呼んだのに。どうしたんだ? 心配事か?」
「ちょっとぼーっとしながら歩いてて。ごめんね、全然気付かなかった……ダメダメだ、俺」
「ダメってことはないだろ。でも、俺以外の奴の胸にこういうふうに飛び込んでいくのはちょっとやめてほしいかな」
「ごめんなさい、気を付ける……」
謝りながら、どさくさに紛れてヴィデロさんの胸筋をそっと堪能しておく。
そして、名残惜しげに腕から離れた。ヴィデロさんはそんな俺を見て、微笑んでいる。
「今マックの所に行こうと思っていたんだ」
「俺も、ヴィデロさんの所に行こうと思っていたんだ。とりあえず、工房に来ない?」
「行かせてもらおう」
俺が誘うと、ヴィデロさんが破顔した。
そのまま並んで工房に向かう。
すれ違うプレイヤーは、週末とあってグループだったり一人で歩いていたりと様々だったけれど、かなりの人数で賑わっている。
俺も今日と明日はヴィデロさんと過ごすぞって意気込んでログインしてきたわけだし。
隣にヴィデロさんがいるのが嬉しくて、ちらっと見ては、えへ、と不審者顔負けの行動をしてしまう。
そんな俺のにやけ顔を見下ろして、一緒に微笑してくれるヴィデロさんはすごくかっこいい。好き。
「どうしたマック。そんな可愛い顔して」
「一緒にいられるのが嬉しくて……変な顔しててごめん」
にやけ顔を戻そうとしても、口元が緩んで全然戻らない。
ぐいぐい頬を押さえていたら、ヴィデロさんがプッと噴き出した。
「変な顔なんかじゃないから大丈夫だ。……今すぐ食いたいくらいすごく可愛い」
最後の一言は耳元で、囁くように言われてしまって、俺の胸は撃ち抜かれた。
――好き!
その笑顔でその言葉、道端ではダメです。俺が撃沈する。
グワッと熱くなる頬をそのまま手で押さえて、高鳴る胸に翻弄される。
なんでこんなに眩しいんだ、ヴィデロさん。好き。
不整脈と挙動不審と変な顔をもてあましながら、なんとか工房にたどり着く。
ドアを閉めた瞬間に、俺の身体はヴィデロさんの腕の中へ引き込まれた。
俺が驚く隙も与えずに、ヴィデロさんは俺の口をパクリと食べる。
「ほんとに食べた……」
「言ったろ、今すぐ食いたいって」
色気を滲ませるヴィデロさんに、俺はそっと倉庫のインベントリから『細胞活性剤 中』を取り出した。小だと今日だけで効果が切れちゃうから。
今日と明日はいつでもどこでも愛し合えるよ、と気合満々で、俺はヴィデロさんをベッドに誘った。今が午前中だっていうのは気のせい気のせい。
◆◆◆
お昼過ぎまでヴィデロさんと愛し合って、ふと、立てていた計画を思い出した。
ガバッと起き上がり、高くなった陽を見て、がっくりと項垂れる。
「マック?」
「そうだった忘れてた。今日はヴィデロさんをクワットロまでデートに誘う予定だったんだよ……」
ヴィデロさんのむき出しの筋肉質な胸に額をくっつけて溜め息を吐く。ヴィデロさんはよしよし、と俺の髪を撫でてくれた。
「これから行くか? それとも今日は二人で一日裸で過ごすことにして、明日、行くか?」
「んー……どうしよう」
はっきり言って、裸で過ごすというのもやぶさかではない。
でもヴィデロさんの二日しかない非番だ。
俺も学校が休みでしっかりログインできるのはこの二日間だけだから、時間がもったいない……
そんな結論が、俺の中でチーンと浮上した。
「裸もいいけど、でもデート! とうとうあのレシピのお代が出来上がったんだよ!」
ヴィデロさんにも一つプレゼントしようと思っていたんだ。
起き上がってごそごそと服を身につけると、部屋に入ってから投げ捨てていたままだったカバンから一つ『薬草の色とりどり薬膳スープ』を取り出した。
下だけ身につけ、素晴らしい腹筋を披露したままのヴィデロさんの前に立って、それをハイと差し出す。
ヴィデロさんは驚いたように、俺を見つめた。
「マック、これ」
「これ、ヴィデロさんにプレゼント。いざというときに飲んで。ひとつは、ヴィデロさんに持っていてほしくて。あと一つは、『呪術屋』の店主さんに」
瓶を傾けても変わらない層のスープを手に取って、ヴィデロさんが瓶をじっと見る。
何かを言いかけて、閉じ、ふっと目元を緩ませた。
瓶を持ってない方の手のひらを、俺の頬にそっと這わせる。
ちゅ、と軽く、唇を啄ばまれて、思わずヴィデロさんの手に自分の手を重ねた。
「こんな……貴重なものを」
「ちょっとした保険。状態異常無効とスタミナ減少がなしになるスープだから、もしすごくヤバい敵が出てきても、時間内ならずっとトップスピードで逃げられるんだ。あと、見た目と味でも楽しめるって」
その説明に、ヴィデロさんが息を呑むのが聞こえた。
前に作った未完成品はとにかくすべてにおいて凶悪な感じだったけれど、今回は見た目がすごくいいから渡しやすい。ヴィデロさんが息を呑むくらい性能は凶悪だけど。
しみじみ成功したことを喜んでいると、はぁ、と息を吐きだしたヴィデロさんが、おでこをこつんとくっつけてきた。
美形アップ目の保養ですか。大変に保養になりますありがとうございます。
「これは、人前では飲めないな。というか、マックはこういうものを不用意に外で出すなよ。変なやつに因縁を付けられて拉致されるとか、死ぬまで閉じ込められて薬を作らされる毎日になってもおかしくないからな。そんなのは嫌だろ。俺も嫌だ。それよりもいっそ俺が外に部屋を借りてマックを監禁……」
ヴィデロさんの呟きを聞いて、ヴィデロさんになら監禁されてもいいかもってちょっと思ってしまった。どっちにしろ俺はログアウトすれば自由だから。
まじまじと見つめていると、ヴィデロさんの緑の目が少しだけ照れくさそうに細められる。
「――なんてのは冗談だけど、マックの手にはそれくらいの価値があることを、自覚してくれ」
「うん。肝に銘じる」
ヴィデロさんが俺を心配してくれるのが嬉しい。嬉しさのあまり目の前の立派な胸筋に抱き着くと、しっかりと筋肉がついている腕で抱きしめられてしまった。至福すぎる……
「じゃあ、今日はクワットロまで行こうか、夜までには帰ってこられるだろ。もしくは、クワットロで一晩明かすのもいいかもしれない」
お泊りデートですねわかります! どんとこいです!
大いにはしゃいだ俺によって、その後すぐに俺達は出発することになったのだった。
馬屋さんで馬を借りて出かける、という案もあったけれど、お泊りデートならゆっくりでもいい。そんなわけで、俺達は乗合馬車でクワットロまで行くことに決めた。これなら値段は馬を借りる半分以下だ。
だって今日は、多分チビ扱いされないから! ドーピングではあるけれど、ちゃんと身長も伸びていて、ヴィデロさんとの身長差が十センチ弱くらいまで縮まっているからね!
意気揚々と馬車に乗り込み、道中馬車に向かってくる魔物をヴィデロさんとともに倒しながら、俺はのんびりと馬車デートを楽しんだ。
「お兄さん達強いなあ」
「ありがとう。安全に進むことができたよ」
馬車を降りる際、俺とヴィデロさんは御者さんと乗客にそんな声を掛けられた。
今日は頑張ったなチビ! と言われなかったことに気を良くして、ヴィデロさんの手に支えてもらいながら地面に足を付ける。
「楽しかったね」
「……っ、そうだな」
ヴィデロさんはそんな俺を見て、笑いを堪えていた。
大きい人にはこの気持ちはわからないよね。でも笑いをこらえるヴィデロさんが可愛いからオッケー。
なんの問題もなくクワットロの地に降り立った俺達は、この街の名物を出してくれるという食堂に寄ってから、裏路地へ向かった。
年季の入った『呪術屋』の建物が、俺達を迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました」
いつも通りにイケメン執事さんが出迎えてくれる。
「保留になっていた本の代金が出来上がったので、持ってきました」
早速完成品を渡すと、彼はほぅ、と感嘆の吐息を吐いた。
「これは……素晴らしいです。さすがはお客様。では、『澄果実』を頂いたお礼もお渡ししなくてはいけませんね。こちらもどうぞ」
イケメン執事さんは早速薬膳スープをしまいに行くと、手に何かを持って戻ってきた。
ふわり、とそれが目の前に置かれる。
綺麗なレース編みの四角い布だった。
「うま! うっまい!」
洋ナシに似た味と香りがすごくいいし、周りに使ったバターは花の香りがして、こってりした味をあっさり風味にしてくれる。上にかかったはちみつと合わさった果汁のナパージュが輝いていて見た目にもすごく美味しそう。
まさに大成功! って感じの出来上がりだった。
ヴィデロさんも、一口食べて目を瞠った。
「美味いな。食べただけで力が湧いてくるような、そんな味だ。流石マックだな。いい伴侶になる」
「へへへ、貰ってくれる?」
「勿論」
冗談で言ったのかもしれないけど、そう返してみると、ヴィデロさんは目を細めて嬉しそうに頷いた。
その笑顔に胸がズキュンと撃ち抜かれる。
とても幸せそうなその顔が、ずっと続いてほしいと切に願う。大好き。
そんな想いを込めて、俺は自分の分のタルトをフォークに刺して、ヴィデロさんにあーんをした。
結局その日は小さいままの姿で、ヴィデロさんとバイバイした。
ヴィデロさんは、そのままの姿で外に出ると子供を誘拐する奴に捕まるかもしれないから絶対に外に出ないように、と俺に言い聞かせて、後ろ髪をひかれるように振り返り振り返り帰っていった。
もしかして、子供の俺で楽しんでいたんじゃなくて、本当に俺が子供になったような気がしていた、とか……?
使ったのは『細胞活性剤 小』だから、普通の効能と副作用が同じであれば半日くらいで戻るんだけどね。
帰りの心配そうな顔を思い出して、思わず笑ってしまう。
でもさすがにこの格好では外に出る気になれず、俺は器用さプラス10の効果を堪能するかのように調薬をして、護衛で放出したポーション類をある程度補充してからログアウトした。
ちなみに、小さくてもやっぱりポーション類は効かなかった。
◆◆◆
「雄太、増田、ちょっと話がある」
昼休み、屋上に誰もいないことを確認すると、俺は雄太と増田を前にして、声を潜めた。
二人のうち、雄太は俺の腐れ縁の幼馴染で、増田はそんな雄太と一緒にADOでパーティーを組んでいる友人だ。
ちょっとだけイケメンな大男のようにぐんぐん育ちやがった雄太と、優男風の大人しい風貌の増田が、なになに、と興味津々で箸を動かす手を止めた。
こんな二人だけれど、ゲーム内ではいい感じではっちゃけていて、雄太は見た目と名字そのままをアバターに、増田は美人でグラマラスなキャラ、海里をアバターにして『高橋と愉快な仲間たち』というパーティー名で活躍している。
二人が俺に注目したので、俺はそっと口を開いた。
「セッテでヤバい果物を手に入れて、ヤバい食べ物作っちゃった」
「ヤバい食べ物?」
「掲示板には絶対に載せちゃだめなやつ。たぶん、あの果物を手に入れられる人は少ないだろうし、そうなるとトレアムさんに迷惑が掛かるだろうから」
俺が声を潜めると、雄太は「またかよ!」と真顔で突っ込みを入れてきた。
「なんで健吾はそんな変な物ばっかり手に入れられるんだよ。エルフの里に向かう地図といい」
「なんでだろう。それは俺もわからないんだけど。そんなことより、聞きたくないの?」
「ぜひ教えろ下さい健吾様」
俺が口を尖らせた瞬間、雄太が土下座のまねごとをした。
隣では増田が苦笑している。
雄太のつむじを見て満足した俺は、おもむろに口を開いた。
「――昨日自分の工房で作ったタルト、食べたらHPの最大値が五増えた」
そう教えた瞬間、二人は、俺がナニを言っているのか、全く理解できないように目を見開いた。
「「は?」」
二人の間抜けな表情に笑いをこらえながら、俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「昨日自分の工房で作ったタルト、食べたらHPの最大値が五増えた」
「ちょ、待て。おま、なに、それ」
「雄太、なんか挙動不審になってるよ?」
あまりの噛み具合についついツッコむと、今度は増田が困惑した顔で身を乗り出した。
「いや、いやいやいや、郷野? そんなあっさり言える事例じゃないよ? それって……まじ?」
まじまじ、と頷くと、二人ともすごい顔付きで距離を詰めてきた。
「くれ」
「それを俺達に教えてくれたってことは、郷野は俺達にそれをごちそうしてくれるってことで間違いないよね?」
「そのつもりだけど、俺今トレの工房。こっちまで来れるの?」
ぐいぐい来る二人にそう返すと、二人は即座に「行くに決まってる」と答えた。
今まだ雄太達はエルフさん達の所にいるらしい。自力で戻ってくるのはかなりつらいはずだけど――と思っていると、二人が作戦会議を始めた。
「ハルポンさんに帰りたいって泣きついてみるか。理由を聞かれたときは、答えていいのか?」
「元になる素材がほぼ手に入らない物だから、あんまり広まっちゃうと俺的にアウトなんだけど……でも、あの人なら、大丈夫かな。中の人達を大事にしない人には絶対に知られたくないけど」
「「ああ……」」
二人とも、俺の言葉にそっと目を伏せた。
俺とセブンのやり取りを目の前で見ていたから、思うところがあるんだろう。
あの時は雄太に怒ってもらえて嬉しかったよ。なんていうか、そういうのとか、助けに来てくれたのとか、その他諸々のお礼がしたかったんだ。だからこその、極秘情報の開示だった。
そこで、あ、と思って俺は顔を上げる。
「あ、ちなみにあの羽根のお守りは直してもらったから」
にっこり笑うと、二人ともほっとしたように表情を緩めた。それからこっそりと、俺が出て行ってからの話をしてくれる。
「あのセブンな、あの後食堂のおばちゃんに叱りつけられててちょっとだけ見ものだったぜ。その後は一人でどっか行ったからあとは知らんけど」
「そっか。でも俺、もうフレンド解消したんだ……」
「健吾がそこまで静かに激怒するなんてちょっとびっくりしたけど。まあ、ADOをそこら辺のオンラインゲームと同じように考えているやつだったしな」
雄太は、あっさりと微笑む。
増田も頷きつつ、食後のデザート、と言って俺にチョコパイを渡してくれた。
「羽根が直ってよかったね。あの羽根すごく綺麗だったから、気になってたんだ。誰かに貰ったんだろ?」
「うん。大事な人に。あの羽根、その人と一緒にクワットロの裏路地のその裏にある『呪術屋』っていう店で買ったんだ。プレイヤーが入れないところの」
チョコパイに嚙り付きながら教えると、雄太がまたもがっくりと項垂れた。
「またか……その店、俺も知りてえ……」
「今度雄太達を連れてっていいか、店主さんに聞いてみる」
「つうかそこ、どうやって行ったんだよ。裏路地にいくクエストとかそこらへんに落ちてんのかよ」
「あ、クエストじゃなくて、デート……」
「門番さんかよ! お前、街の守護者、門番さんを連れて隣町に行ったのかよ!」
「あの時は非番だったから」
なんか、この話題になる度に雄太の目がらんらんと輝いている気がする。ユイと雄太の交際が発覚するまで、俺達に恋愛系の甘酸っぱい話は皆無って言ってもいいくらいゲーム関連ばっかりだったから少しだけ面白い。
雄太も彼女が出来てそういう話に興味が出てきたのかな。
そんなことを考えていると、増田が目を丸くして俺を見ていた。
「郷野、門番さんとデートとかする仲だったんだ。でも門番さんに女性っていたっけ?」
「いやこいつの彼氏は筋肉ガツンと乗ってるばっちり雄な門番さんだから」
増田の疑問に、雄太がおかしな言い方で俺の恋愛事情を教えている。
ばっちり雄って。雄……っていう響きがすでにエッチな気がするからやめてほしい。
でも、エッチをするときに俺を見下ろしているヴィデロさんは最高に雄って感じの顔をしているから、あながち間違いではないけれど。
すごくエロくて、かっこよくて、セクシーで……はっ、いけないいけない、ここは校舎の屋上だった。
思い出し勃ちするところだった。ここではパンツが剥がれないわけじゃないから、勃ったら一発でバレる。危ない危ない。
ふー、と大きく息を吐きながら横を見ると、雄太と増田が目を細めて、遠くを見るような目で俺を見ていた。そこには揶揄いの雰囲気はなくて、むしろ気遣わしげな感じすらした。
「郷野、それ、不毛な恋じゃない? 後から郷野が辛くなりそうだよ」
ぽつりと、増田が零した言葉が、胸に突き刺さる。
――知ってる。知ってはいるけれど、はいそうですかって気持ちを切り替えるのはとてつもなく難しいんだよ。だって、こんなにヴィデロさんが好きだから。
へへ、と笑うと、雄太の手が伸びてきて、軽く頭を小突いた。
「そんな顔で笑うなっての。おい増田、不毛かどうかはそれこそ健吾が決めることだ」
「……そっか、そうだね、ごめん」
「いいよ」
頭を下げる増田に首を振りながら、俺は改めて、雄太と友達でよかったと再確認した。
ほんと雄太はいい奴だよね。ハイポーションぼったくろうとしてごめん。もうしないとは言わないけど。
◆◆◆
帰宅してログインすると、身体が元に戻っていた。
よかった。見た目は子供、頭脳は大人になるところだった。
めちゃくちゃ安心した。もうこれでヴィデロさんとサイズ感が親子じゃない。
ちなみにログインしたときの俺の格好はインナー上半身だけ、袖が肘までまくり上げられていて、あとはデフォのパンツだけだった。溜め息を吐きながら袖を戻す。
その上にローブを羽織って外に出る準備をしながら、ふと雄太が言っていた言葉を思い出した。
『そこら辺に生えてるもん鑑定したら、全部『謎の素材』ってしか出ない』
――エルフの隠れ里には錬金術師がいるってことなのかな。それとも『謎の素材』があるだけなのかな。でも十中八九錬金に関係しているよね。一度行ってみたい。切実に。
クラッシュのお母さんにそのことも訊いてみようかな。今日会う約束をしているし。
エルフの里が錬金用素材の宝庫ってことは、もしかしたらクラッシュのお母さんが隠れ錬金術師だったとか、そういうのないかな。クラッシュの店で錬金釜を扱っていたんだし。
色々と考えを巡らせながら歩いていると、すぐに冒険者ギルドに着いた。
中に入ると、様々な装備をした人達がたむろしている。
中には強そうな装備の人とかもいて、一つのテーブルを囲んでいる。
パーティーでクエストの相談とかだろうか。楽しそうだ。
ギルド内の雰囲気を楽しみながら、受付の女性に「統括と約束していた者ですけど」と声を掛ける。
――受付内部がざわっとなった。
そして、すぐさま受付カウンターの奥の階段に案内されてしまった。
え、俺、なんかした?
急かされるように階段を上ると、一番奥にあるドアに向かうように言われた。
遅刻でもしちゃったのかな、と首を捻りながら指定されたドアをノックする。
「はーい開いているわよ」
するとそんな返事が来たので、俺は挨拶と共にそっと部屋に入った。
奥の大きな机には、書類の山に埋もれたクラッシュのお母さんがいた。
んー……やっぱりクラッシュと同年代にしか見えない。
俺はそう思いつつ、クラッシュのお母さんに視線を向けて、頭を小さく下げた。
「お忙しいのに時間を取っていただいて、すみません」
そう声を掛けると、クラッシュのお母さんはスクッと立ちあがって「こっちよ」と俺を手招いた。
そして隣にいた秘書さんに声を掛ける。
「大事な来客だから仕事はまたあとでね。あとしばらく人払いしといて。クラッシュの大親友よ」
「わかりました」
秘書さんはスッと頭を下げて、俺に一礼して出ていった。それを見届けたクラッシュのお母さんは、奥にある応接ソファに俺を招きながら、目を細めて微笑む。
「この部屋ね、ドアを閉めると防音になるのよ。そういう魔法陣をセイジが描いてくれてね。便利でしょ。ささ、どうぞ、そこに座って」
クラッシュのお母さんに座り心地の良さそうなソファを勧められて、腰を下ろす。
近くにあった給湯設備からお茶のセットを持ち出すと、彼女も目の前に腰を下ろした。
国の英雄手ずから、お茶を淹れてくれる。温かな湯気が上がるカップが目の前に置かれ、俺は恐縮しながらそれを見下ろした。
手に取るタイミングがわからないでいると、クラッシュのお母さんが勧めてくれる。
「遠慮しないで飲んで。味はちょっと保証できないけど」
「……頂きます」
ドキドキしながら手を伸ばして、一口だけ口に含む。
あ、うん……苦い。普通に苦い。なるほど味の保証がない……でもせっかく淹れてもらった物を残すのはいけない。
顔を顰めないように頑張ってちょびちょびとお茶をいただく。そうしながら、俺は目の前に座るエルフの女性を観察した。
見れば見るほどクラッシュにそっくりだ。クラッシュのことも最初から美形だと思っていたけれど。お母さんがこの顔だったら納得だ。
エルフの里ってこういう美形がいっぱいいるってことかな。
どんな所だろう、とちょっとだけ思いを馳せていると、クラッシュのお母さんが口にお茶を含んで目を丸くした。
「うそ、すっごく苦い! やだ、飲めたものじゃないわ……ごめんなさい、無理しないで」
申しわけなさそうに手を合わせて、サッと茶器を下げる。
この苦さがエルフにとって美味しいと思うわけじゃないことに、なぜだかホッとした。
「あの、クラッシュのお母さん」
声を掛けた瞬間、クラッシュのお母さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
でもその後、ううんと咳払いをして、表情を改めた。
「エミリと呼んでくれるかしら。クラッシュのお母さんと呼ばれるのはとても嬉しいのだけれど、ちょっと長いから言いづらいでしょ」
そう伝えられた瞬間、ピロンと通知音がした。
表情を改めた次の瞬間にはまた崩して嬉しそうな顔をするエミリさんに、俺もつられてしまう。
あ、とても嬉しいんですね、わかります。にこやかな表情がすでに物語っています。
クラッシュは愛されているなあ、と微笑ましく思っていると、エミリさんが「本題に入るわね」と仕切り直した。
「まずは、報酬の話とあなたの話とどちらからがいいかしら」
「じゃあ、俺から先にお話ししてもいいでしょうか」
まずは伝えてしまいたい。
背筋を伸ばすと、エミリさんが頷いた。
「この間のポーションの護送依頼なんですが、ちょっと気になったことがあって」
瞬間、エミリさんの目がキラリと光る。瞬きひとつで次を促されたような気がして、俺は続けた。
「途中、俺達が通る道に、明らかに俺達に的を絞った賊が待ち構えていました。山賊とか積み荷を狙った奴らじゃなかったです。弓矢でこっちを狙ってきたので、確実にクラッシュ狙いだったと思います」
状況を説明すると、エミリさんは口元の笑みを消した。
「そう。他には?」
「下っ端はクラッシュを殺そうとしていて、上の奴は逆に捕まえるよう言われていたみたいです。あとは二人で逃げたのでわかりません。……クラッシュが遠出することを、ギルド外に漏らしましたか?」
「いいえ。緘口令を敷いたわ」
エミリさんの言葉に、やっぱり、と溜息を呑み込む。
エミリさんも険しい表情だった。
「結構緊急だったのよ。セィもセッテもポーション不足になってしまって。それで薬の取り扱いにおいて一番信用できるのがクラッシュだったの。ギルドではランクCのポーションまでしか取り扱えないし、基本ポーション類は王都から納品されるから」
ゲーム内では聞き慣れない言葉に、俺は顔を上げた。
「王都って……?」
「セッテの南の方にあるセィ城下街が、グランデ王国の中心地である王都なのよ」
この国にちゃんと『グランデ王国』という名前があったことがびっくりだった。
俺達はここを『ADO』と呼んでいるから。少し考えれば、それが国名なんかじゃないのくらいはすぐ気付くはずなのに。
王都なんてあったんだ……と呟くと、エミリさんはようやく表情を緩めた。
「あったのよ。一応王様もいるわね」
「知らなかった……」
「ふ、フフ……っ、王様もそんなちっぽけな存在になったものねえ……係わらなくていいならそのほうがいいわよ」
きっぱりとそう言い切ったエミリさんは、短い溜息を吐いて、話を戻した。
「クラッシュへの依頼は、要請が来てすぐに出したから、ギルドの外に告知する時間はなかった。まぁ、セィがポーション不足にならなかったら、そこまで緊急に扱われなかったでしょうけど」
「やっぱりセッテの農園が閉まっていたことが響いてたんでしょうか」
「そうね。それもある。それと王都にいる者達が色々とね……」
遠い目になったエミリさんは、暗い表情でクッと口角を上げた。
そして、ぱん、と手を叩き、雰囲気を一新した。
「教えてくれてありがとう。――私は懐にとんだ爆弾を抱え込んでいたってことかしら」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないです。俺がちょっと疑問に思っただけなので。ただ、もしそういう人がいたとしたら、俺がこういうことをエミリさんに伝えた瞬間逃げるかもと思って」
「そうね。ありがとう。そのことを知っているだけでも心構えが違ってくるわ。あとはこちらに任せておいて大丈夫よ」
エミリさんがそう言うのなら大丈夫なのかな。
俺が頷くと、エミリさんが「じゃあ次ね」と明るい口調で続けた。
「クイックホースに関しての報酬を渡したいわ。ただ、ガルと冒険者レベルを上げるくらいしかあげられるものが思いつかないのよ」
エミリさんが苦笑して肩をすくめる。
俺はそれを聞いて、静かに頷いた。
ガルはADO内の通貨単位だ。
でも、報酬はクラッシュ護衛の時に貰ったし、ギルドの冒険者レベルが上がったとしてもはっきり言って俺にはあんまり関係ないんだよね。
クラッシュ専属薬師(笑)だし。
「その前に訊いてもいいですか?」
だから報酬が決まってしまう前に、と俺は口を挟んだ。
「エミリさんは、セッテの奥にあるエルフの里を知ってますか?」
エミリさんが驚いたように目を丸くした。
「知っているも何も、私が生まれたところよ。マックこそどうして知っているの?」
「今友人がそこに行っていまして。それで、あの里にある素材を鑑定してもほとんど『謎の素材』と出るっていう話を聞いてしまって」
エミリさんはふと視線を外に向けた。
視線が向いた窓の先には、和やかな街並と、遠くに連なった山々が見えた。
その視線が、何かを探すように細められ、彼女の顔に少しだけ影を作る。
「……そうね、私もあの里にある草の名前を、昔は知らなかったわ。たぶん、里の人達も知らないんじゃないかしら。それがなんなのか知っているのは、長老様と私の親友だけだった。楽しそうに名前を教えてくれて、効能や使い道を教えてくれたわ。でも、それがどうしたの?」
あ、ビンゴだ。錬金術師、いたんだ!
仲間を見つけた興奮に、俺は身を乗り出すようにして、頭を下げた。
「エミリさんの親友さんを、紹介していただけないでしょうか。色々聞きたいことがあって」
鼻息荒くそうお願いした瞬間、エミリさんの声が少しだけ震えた。
「してあげたいけれども、それだけは無理なの。ごめんなさい」
「え、無理?」
下げていた頭をパッと上げると、エミリさんは泣いているように見えた。けれど、それも一瞬で消えていく。
次の瞬間には、エミリさんは優しい笑顔になっていた。
「ええ、マックは知っているかしら。十五年前に魔王を討伐しに行った仲間の一人である、サラっていう大魔法使い」
「ええと、勇者のパーティーが魔王を倒したってことだけは知っています。そしてそのパーティーの一人がエミリさんだっていうのはクラッシュから聞きました」
俺の言葉に、エミリさんはそうね、と少しだけ寂しそうに笑った。
「一緒に行ったのは、私と勇者アルフォード、そして魔法使いサラと、賢者ルーチェの四人。でもその後、無事王都まで帰ってきたのは、私とアルだけだったわ。サラはその時に……」
「あ……」
一気にテンションが下がり、乗り出していた身をすとんと椅子に下ろす。
俺はなんて無神経だったんだろう。
四人で向かって、二人しか帰ってこないなんて――そんなの……
「すいません、俺、無神経なこと言って……」
俯いて謝ると、頭にポン、と手が置かれた。
「大丈夫よ。そんなに気を使わないで。でもそうね……彼女の話なら大歓迎。楽しい子だったのよ。色んな変なものを変な釜で作り出しちゃうような」
「錬金術……ですか」
ふふ、とエミリさんの笑い声が聞こえたので、顔を上げると、エミリさんは何かを思い出しているようにとても優しい顔をしていた。
「そう、それ。私の里に二人で行った時の彼女のはしゃぎっぷりはすごかったわ。『宝の山よ……!』なんて感動して。片っ端から鑑定していって。変なものをたくさん作ったの」
「すごい……」
「普段の魔法でもとんでもなく強いのに、あの謎の素材で作られた薬とか爆弾とかを使い始めた彼女はほんと無敵に近かったわ。先頭に立っていたはずのアルも顔を引き攣らせていたくらいだったもの。普通魔法使いって言ったらほら、ふふ、後ろの安全なところから攻撃するはずなのにね」
「うわぁ……」
サラさんという人の話をするエミリさんは、すごく楽しそうだった。でもその人、魔法使い兼、錬金術師だったんだなあ。亡くなったのが惜しまれる。
「会ってみたかったなあ。どうせなら錬金術のこと教えてほしかったです」
ぽつりと呟いたら、エミリさんが小さく「大丈夫よ」と頷いた。
……何が大丈夫なんだろう。
首を傾げると、エミリさんが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「サラが残していった謎の物がたくさんあるのよ。私の故郷の物なんだけれど、見てみる? サラが『これはエルフの里から持ち出し禁止』とお触れを出してしまって今は全く里の外に出ていないんだけれどね。自分ではたんまり持って帰ってきていたのよ」
思わぬ言葉に、俺は間髪容れず「はい!」と返事した。
ほしい。錬金素材ほしい!
俺の返事に笑い声を上げると、エミリさんは持ってくるわね、と腰を上げた。
里の物を持ち出し禁止にしたのは、エルフ達じゃなくて魔法使いのサラさんだったんだ。
確かに、錬金術って色々ヤバい薬が作れるから、知っていたなら絶対広めないだろう。
それに比べて薬師の薬はなんて平和なんだ。
わくわくしながら待っていると、エミリさんが大きな袋を抱えて戻ってきた。
「これよ」
エミリさんが袋を開けて中身を取り出してくれる。
片っ端からそれらに鑑定を使って、素材を確認した。
どれもこれも全部が初めて見る素材だ。ハルポンさんが興奮したのもわかる。すごくわかる。
キラキラとした白い鋭利な羽根、宝石みたいな赤い石、枯れているようにしか見えない植物――
「『紅の炎』『水切り羽根』『たたらショウブ』……うわ、すごい。初めて見るのばっかりだ」
こんなに錬金素材があるなら、レベルが上がったら絶対釜を持参してエルフの里に行ってみないとだめだな。楽しすぎる。
エミリさんの存在も忘れて素材鑑定を楽しんでいると、名前を呼ばれた気がした。
顔を上げると、エミリさんが驚愕の表情を浮かべている。
「マック、これがなにか、わかるの……?」
「あ、えと」
内緒にしろってセイジさんに言われていたの、興奮で忘れていた。
い、今更わかりません、なんて通じないよね。
クラッシュのお母さんだし、錬金術師と友達だったら、いいかな……
そう結論を出した俺は、はい、と頷いた。
エミリさんがさらに問う。
「もしかして、あなたもあの変な釜を持っていたりするの?」
「変な釜……ええと、クラッシュに売ってもらって、使っています。もとはセイジさんの物だって言ってましたけど」
「そう、そうなの。セイジの……」
エミリさんは両手で顔を覆い、そのまま動かなくなってしまった。
もしかして、泣いてるのかな……
身動きしちゃいけないような気がして俺もじっとしていると、エミリさんはしばらくしてようやく顔を上げて、はー、と大きく息を吐いた。
そして、「決めた」と口元をニッと上げた。
「報酬はこのサラの持ち物一式でどうかしら。どうしても手放せなかったけれど、セイジが釜をすでに手放していたのだったら、私もそうすることにするわ。マック、受け取って」
まだまだ素材が入っているだろう袋をボンと渡されて、戸惑う。
「え、でも、大事な親友の物なんじゃ」
「だからこそよ。使わない素材なんてゴミと一緒。使ってこそ価値があるのよ」
きっぱりと言い切ったエミリさんは、何かを吹っ切ったようなすっきりした顔をしていた。
「それにしても、クラッシュの友達がサラの釜を使っているなんて、なんだか運命的な巡り合わせね」
「えっ!?」
錬金術師ってそんな大事だったの!? っていうか、俺の使ってた釜は魔王討伐メンバーの一人が使っていためっちゃレア物だったなんて……
「あれ? でも、じゃあなんでセイジさんが持ってたんだろ……」
「そうね……今言えるのは、偶然が重なって釜はセイジのところに来た。そしてそれは巡り巡ってマックの手に渡ったってこと。だからマックは気兼ねなく使ってね。それはもうあなたのものよ」
激レア職になってラッキー……程度にしか思ってなかった。袋を抱えたまま感動とはひと味違った意味で心を震わせている俺を、エミリさんはすごくいい笑顔でまっすぐ見つめていた。
なお、またしてもピコンという通知音が響いたけれど、放心していた俺は、しばらくステータス欄を開けなかった。
三、遠出デート!
思ったよりもすごい物を貰ってしまった。
工房に帰ってきた俺は、インベントリに入れていた『サラの物』を取り出すと、次々と机に並べていった。
本当にすべてが見たことのないアイテムだった。
こういうものが里にはゴロゴロしてるのか。行ってみたいなあ。
錬金レシピ集を取り出して、ノートに目の前の素材が記されているか確認していく。
「すごい。ちゃんと名前が書かれていく」
パラパラとページをめくっていくと、なんちゃって薬膳スープのレシピにあった空欄が、綺麗に埋まっていた。今までは素材が手に入らなくて二つほど空欄があったんだ。それが今回の品物入手で埋まったようだ。
作ってみよう。出来上がったら『呪術屋』のイケメン執事さんに持って行かないといけないし。
でもその前に……と、俺はクエスト欄を開いた。
『クイックホースを連れ帰ろう
森ではぐれたクイックホースが砂漠都市で発見された。
クイックホースは一度受けた依頼が達成されるまで次の仕事をしない性質を持っている。
トレの街の冒険者ギルドまで連れて行って、クイックホースの仕事を全うさせてあげよう。
クリア報酬:???
クエスト失敗:クイックホースを連れ帰れない状態 ギルド所持クイックホース一頭消失
【クエストクリア!】
クイックホースを無事トレの冒険者ギルドまで連れてくることが出来た!
クリアランク:B
クリア報酬:サラの荷物』
この【クエストクリア!】の文字を見ると、いつもホッとする。毎回ギリギリのクエストが多い気がするのは気のせいかな。冒険者ギルドのクエストはそうでもなかった気がする。ポーション類を買い取ってもらえなくなってからはほとんど顔を出していないからいまいち覚えてないけど。
クエスト欄を閉じると、もう一つびっくりマークが付いている欄が目に入った。
フレンドリストだ。そういえばエミリさんに名乗られたとき、ピコンって鳴ってたよ。
リストを開くと、既存のプレイヤーネームの一覧とは別の場所にビックリマークが付いていたので、そこをタップし、裏リストを開いた。
ヴィデロさん、クラッシュ、カイルさん、トレアムさんと、名前を教えてくれた街の人達の名前が並ぶ下に、『エミリ』と入っていた。
「エミリさんも親愛度が上がったってこと? クラッシュの友達だから上がりやすいのかな?」
首を捻りながら、フレンドリストを閉じる。
それから息を吸い込み、俺は自分の工房を見回した。
――さて、では本格的に『薬草の色とりどり薬膳スープ』を作りますか!
レシピを開いて、使う素材を次々並べていく。
「『雪森草』なんて素材も必要だったのか。雪の結晶みたいで可愛い葉っぱ」
まるでレースのように穴の開いた、白い葉っぱ。
効能は『中和』となっていた。うん、よくわからない。
「あとは、『ナナフサ』……っと。黒っ。これ入れて大丈夫なのかな。カクカクしててちょっと可愛い」
十五年以上前の素材だけれど、ちゃんと作れるのかな。
作るのが食べ物なだけに、そこだけは心配だ。
「よし、じゃあ作ってみますか」
釜を用意して、MPを釜に注いで透明な液体で満たす。
ふー、と深呼吸してから、素材を投入した。
一つ消えるまで丁寧に混ぜ、消えたらまた次を入れる。
入れるたびに液体の色が変化するのが、この『薬草の色とりどり薬膳スープ』の特徴だ。でもどれだけ丁寧に作っても斑模様のちょっとヤバ目な見た目にしかならなかったんだけど……
ドキドキしながら『ナナフサ』を入れた瞬間、パァッと全体が一気に黒く染まった。
「うわ、やっぱり黒……っ、え、これ失敗じゃないよね。ボンッてなってないもんね」
ドキドキしながら、最後の素材『雪森草』を投入する。
その瞬間、真っ黒だった液体はサァッと透明になった。
「う~……この変化がたまらないよね……! ここからは色が変化するまでかき混ぜる……と」
ドキドキしながら透明の液体を撹拌棒でグルグルかき混ぜる。
透明だから、最初に戻ったみたいな錯覚に陥るけど、ここで止めたらきっと失敗してしまう。
俺、ここでいっつも気を逸らしちゃうから失敗するんだよね……今日こそは頑張る。
攪拌するたびMPもスタミナも消費されていく。でも途中で手を止めてポーションを飲んだりすると失敗になるから、とにかく手を動かす。
腕が怠くなってMPが残り二割くらいになったところで、ふわっと全体が緑色になった。
「出来た!」
撹拌棒を取り出して、釜を持ち上げ、用意していた瓶に液体を注ぎ込む。
すると、あらゆる緑色が綺麗な層になったような液体が出来上がった。
下の方が濃い深緑、途中黄色っぽい黄緑に変化してはっきりした緑、間に明るいエメラルドグリーンみたいな色を挟んで、上の方に行くと青に近い緑が層になっている。
「わ、綺麗……だから色とりどりって名前なんだ」
思わず感想を口に出してしまうくらい、瓶の中はあらゆる緑色で溢れていた。
瓶を傾けてみても、色の層は変わらない。すごい。これ、グラスに注いだらどうなるんだろう。今までのは本当に途中経過というか失敗作に近いものだったんだ。
あまりの見事な層に感動しながら鑑定して、その効能に目を瞠った。
『薬草の色とりどり薬膳スープ:数種類の薬草類を使った薬膳スープ
状態異常無効化とスタミナを強化する
見た目と味でも楽しめる
一定時間状態異常無効 一定時間スタミナ減少無』
状態異常無効……
つまり、毒を受けても麻痺とか混乱とか受けても全然効かないってことだ。
すごいな。量産したい。けれど、貰い受けた素材は各五個くらいしかなかったから、全然量産なんてできない。
それに、MPとスタミナの消費が今までよりも多かった。
横目で自分のMPを確認すると残り二割ほど。ギリギリもいいところだよ。もっとMPを増やしたいなあ。……パーソナルレベル、魔物を倒して上げようかな。
溜息を吐いてから、マジックハイポーションとスタミナポーションをがぶ飲みして、俺はもう一度釜に向きなおった。
◆◆◆
翌朝、俺のカバンの中には、四つの『薬草の色とりどり薬膳スープ』が入っていた。
昨日の夜作った物だ。残念ながら一つは失敗して、素材ともども消滅してしまった。すっごく悔しかった。貴重な素材だったのに俺のバカ……
明日、というかもう今日は、ヴィデロさんを誘ってクワットロの『呪術屋』まで行こうかな、なんて余計なことを考えていたら失敗した。
やっぱり詰めの詰めで気が抜けて失敗する俺って全然成長していない。
はぁ……
トコトコと門まで歩きながら、溜め息を一つ吐く。もうしばらくは手に入らない素材なのに。
俯きながら歩いていたら、誰かにぶつかり、倒れそうになって身体を支えられた。
「うわ、すいません! ……ヴィデロさん?」
ぶつかっちゃった! と慌てて顔を上げると、そこには愛しい人の困ったような顔があった。
俺の身体をその逞しい腕が支えてくれている。ヴィデロさんは微笑んでから、そっと俺の身体をまっすぐに戻してくれた。
「マック、何度も呼んだのに。どうしたんだ? 心配事か?」
「ちょっとぼーっとしながら歩いてて。ごめんね、全然気付かなかった……ダメダメだ、俺」
「ダメってことはないだろ。でも、俺以外の奴の胸にこういうふうに飛び込んでいくのはちょっとやめてほしいかな」
「ごめんなさい、気を付ける……」
謝りながら、どさくさに紛れてヴィデロさんの胸筋をそっと堪能しておく。
そして、名残惜しげに腕から離れた。ヴィデロさんはそんな俺を見て、微笑んでいる。
「今マックの所に行こうと思っていたんだ」
「俺も、ヴィデロさんの所に行こうと思っていたんだ。とりあえず、工房に来ない?」
「行かせてもらおう」
俺が誘うと、ヴィデロさんが破顔した。
そのまま並んで工房に向かう。
すれ違うプレイヤーは、週末とあってグループだったり一人で歩いていたりと様々だったけれど、かなりの人数で賑わっている。
俺も今日と明日はヴィデロさんと過ごすぞって意気込んでログインしてきたわけだし。
隣にヴィデロさんがいるのが嬉しくて、ちらっと見ては、えへ、と不審者顔負けの行動をしてしまう。
そんな俺のにやけ顔を見下ろして、一緒に微笑してくれるヴィデロさんはすごくかっこいい。好き。
「どうしたマック。そんな可愛い顔して」
「一緒にいられるのが嬉しくて……変な顔しててごめん」
にやけ顔を戻そうとしても、口元が緩んで全然戻らない。
ぐいぐい頬を押さえていたら、ヴィデロさんがプッと噴き出した。
「変な顔なんかじゃないから大丈夫だ。……今すぐ食いたいくらいすごく可愛い」
最後の一言は耳元で、囁くように言われてしまって、俺の胸は撃ち抜かれた。
――好き!
その笑顔でその言葉、道端ではダメです。俺が撃沈する。
グワッと熱くなる頬をそのまま手で押さえて、高鳴る胸に翻弄される。
なんでこんなに眩しいんだ、ヴィデロさん。好き。
不整脈と挙動不審と変な顔をもてあましながら、なんとか工房にたどり着く。
ドアを閉めた瞬間に、俺の身体はヴィデロさんの腕の中へ引き込まれた。
俺が驚く隙も与えずに、ヴィデロさんは俺の口をパクリと食べる。
「ほんとに食べた……」
「言ったろ、今すぐ食いたいって」
色気を滲ませるヴィデロさんに、俺はそっと倉庫のインベントリから『細胞活性剤 中』を取り出した。小だと今日だけで効果が切れちゃうから。
今日と明日はいつでもどこでも愛し合えるよ、と気合満々で、俺はヴィデロさんをベッドに誘った。今が午前中だっていうのは気のせい気のせい。
◆◆◆
お昼過ぎまでヴィデロさんと愛し合って、ふと、立てていた計画を思い出した。
ガバッと起き上がり、高くなった陽を見て、がっくりと項垂れる。
「マック?」
「そうだった忘れてた。今日はヴィデロさんをクワットロまでデートに誘う予定だったんだよ……」
ヴィデロさんのむき出しの筋肉質な胸に額をくっつけて溜め息を吐く。ヴィデロさんはよしよし、と俺の髪を撫でてくれた。
「これから行くか? それとも今日は二人で一日裸で過ごすことにして、明日、行くか?」
「んー……どうしよう」
はっきり言って、裸で過ごすというのもやぶさかではない。
でもヴィデロさんの二日しかない非番だ。
俺も学校が休みでしっかりログインできるのはこの二日間だけだから、時間がもったいない……
そんな結論が、俺の中でチーンと浮上した。
「裸もいいけど、でもデート! とうとうあのレシピのお代が出来上がったんだよ!」
ヴィデロさんにも一つプレゼントしようと思っていたんだ。
起き上がってごそごそと服を身につけると、部屋に入ってから投げ捨てていたままだったカバンから一つ『薬草の色とりどり薬膳スープ』を取り出した。
下だけ身につけ、素晴らしい腹筋を披露したままのヴィデロさんの前に立って、それをハイと差し出す。
ヴィデロさんは驚いたように、俺を見つめた。
「マック、これ」
「これ、ヴィデロさんにプレゼント。いざというときに飲んで。ひとつは、ヴィデロさんに持っていてほしくて。あと一つは、『呪術屋』の店主さんに」
瓶を傾けても変わらない層のスープを手に取って、ヴィデロさんが瓶をじっと見る。
何かを言いかけて、閉じ、ふっと目元を緩ませた。
瓶を持ってない方の手のひらを、俺の頬にそっと這わせる。
ちゅ、と軽く、唇を啄ばまれて、思わずヴィデロさんの手に自分の手を重ねた。
「こんな……貴重なものを」
「ちょっとした保険。状態異常無効とスタミナ減少がなしになるスープだから、もしすごくヤバい敵が出てきても、時間内ならずっとトップスピードで逃げられるんだ。あと、見た目と味でも楽しめるって」
その説明に、ヴィデロさんが息を呑むのが聞こえた。
前に作った未完成品はとにかくすべてにおいて凶悪な感じだったけれど、今回は見た目がすごくいいから渡しやすい。ヴィデロさんが息を呑むくらい性能は凶悪だけど。
しみじみ成功したことを喜んでいると、はぁ、と息を吐きだしたヴィデロさんが、おでこをこつんとくっつけてきた。
美形アップ目の保養ですか。大変に保養になりますありがとうございます。
「これは、人前では飲めないな。というか、マックはこういうものを不用意に外で出すなよ。変なやつに因縁を付けられて拉致されるとか、死ぬまで閉じ込められて薬を作らされる毎日になってもおかしくないからな。そんなのは嫌だろ。俺も嫌だ。それよりもいっそ俺が外に部屋を借りてマックを監禁……」
ヴィデロさんの呟きを聞いて、ヴィデロさんになら監禁されてもいいかもってちょっと思ってしまった。どっちにしろ俺はログアウトすれば自由だから。
まじまじと見つめていると、ヴィデロさんの緑の目が少しだけ照れくさそうに細められる。
「――なんてのは冗談だけど、マックの手にはそれくらいの価値があることを、自覚してくれ」
「うん。肝に銘じる」
ヴィデロさんが俺を心配してくれるのが嬉しい。嬉しさのあまり目の前の立派な胸筋に抱き着くと、しっかりと筋肉がついている腕で抱きしめられてしまった。至福すぎる……
「じゃあ、今日はクワットロまで行こうか、夜までには帰ってこられるだろ。もしくは、クワットロで一晩明かすのもいいかもしれない」
お泊りデートですねわかります! どんとこいです!
大いにはしゃいだ俺によって、その後すぐに俺達は出発することになったのだった。
馬屋さんで馬を借りて出かける、という案もあったけれど、お泊りデートならゆっくりでもいい。そんなわけで、俺達は乗合馬車でクワットロまで行くことに決めた。これなら値段は馬を借りる半分以下だ。
だって今日は、多分チビ扱いされないから! ドーピングではあるけれど、ちゃんと身長も伸びていて、ヴィデロさんとの身長差が十センチ弱くらいまで縮まっているからね!
意気揚々と馬車に乗り込み、道中馬車に向かってくる魔物をヴィデロさんとともに倒しながら、俺はのんびりと馬車デートを楽しんだ。
「お兄さん達強いなあ」
「ありがとう。安全に進むことができたよ」
馬車を降りる際、俺とヴィデロさんは御者さんと乗客にそんな声を掛けられた。
今日は頑張ったなチビ! と言われなかったことに気を良くして、ヴィデロさんの手に支えてもらいながら地面に足を付ける。
「楽しかったね」
「……っ、そうだな」
ヴィデロさんはそんな俺を見て、笑いを堪えていた。
大きい人にはこの気持ちはわからないよね。でも笑いをこらえるヴィデロさんが可愛いからオッケー。
なんの問題もなくクワットロの地に降り立った俺達は、この街の名物を出してくれるという食堂に寄ってから、裏路地へ向かった。
年季の入った『呪術屋』の建物が、俺達を迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました」
いつも通りにイケメン執事さんが出迎えてくれる。
「保留になっていた本の代金が出来上がったので、持ってきました」
早速完成品を渡すと、彼はほぅ、と感嘆の吐息を吐いた。
「これは……素晴らしいです。さすがはお客様。では、『澄果実』を頂いたお礼もお渡ししなくてはいけませんね。こちらもどうぞ」
イケメン執事さんは早速薬膳スープをしまいに行くと、手に何かを持って戻ってきた。
ふわり、とそれが目の前に置かれる。
綺麗なレース編みの四角い布だった。
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