これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
182 / 830

182、王の間

しおりを挟む

「マック……まさかこれは……」

「ジャル・ガーさんと同じような、獣人の石像……」

「何てことを……」

「これに触ったら、俺のディスペルハイポーションじゃ呪いが解けないから、触らないでね。でも、複合呪いって、こんなことをする人族を許さないってこの獣人さんが言ってるみたいで、なんか」



 心臓部分から微かに魔力ってことは、もしかしたらまだ意識があるのかもしれない。こんな風に砕かれてなお。どうしたらいいんだろう。何も出来ない。ごめんなさい。



「ごめんなさい……」



 奥歯を食いしばって上半身だけの石像から目を逸らす。



「行こう、マック」

「……うん」



 ヴィデロさんに肩を押されて、その部屋を後にする。

 斜めになった本を棚に綺麗に収めると、またもゴゴゴゴと音がして、隠し扉が閉まった。



 俺もヴィデロさんも、後ろから覗き込んだユキヒラですら、押し黙ったまま教皇の私室から出てきた。

 反対奥にある扉に無言で向かう。

 口を開くとすごい目でこっちを睨んでる教皇に向かって罵詈雑言を飛ばしそうだから。

 反対奥の扉を開けて中に入ると、奥にある質素なチェストの蓋の間から見慣れたカバンの紐がはみ出していた。

 チェストを開けると、無造作に俺のカバンとローブが入っていた。ローブを持ち上げて羽根が壊れてないか確認すると、着ていた教会のローブをそこに投げ捨て、自分のを羽織る。

 胸に羽根があることに酷くホッとしながら、カバンをたすき掛けに掛けた。



「あったよ、待たせてごめんなさい」



 待っていた人たちに一言そう言うと、近衛騎士団が幹部たちを引きずるように歩き始めた。

 ヴィデロさんは俺を振り返って俺が近付いていくのを待っている。

 横に立つと、そっと手を差し出してくれた。

 その手を握り、力を込める。

 手を繋いだままユキヒラと近衛騎士団の後ろをついて足を進めた。









 アドレラ教総本山の建物から出て、バラの生け垣の間を通り、王宮に進む。

 王宮と総本山の間には近衛騎士団の詰所があり、生け垣が壁のような役割を果たしているその道はまるで、アドレラ教が王にまで手を伸ばすのをギリギリのところで防いでいるように思えてならない。

 だって王宮の敷地内に、しかもこんな風に並んだところに建物を建てるなんて、かなり進出してきてるじゃん。

 でも外から見ると、総本山の建物はまだ建築されてそれほど時間が経っていない様相だった。

 そっとヴィデロさんに聞くと、ヴィデロさんがセィの貴族街で暮らしていた時に建てられたらしい。

 教会トップと近衛騎士団一行は、王宮の裏の方の入り口から中に入ると、全く飾られていない廊下をただ進み、途中で合流した近衛騎士団の人たちに幹部たちを託していた。幹部たちは地下にある魔法使い専用の牢屋に入れられるらしい。俺達と一緒に歩いてきた騎士団は、教皇だけを引き連れて、階段を上に上に進み始めた。

 何階分登ったのかわからなくなってきたあたりで、ようやく横移動になる。

 途中教皇がへばって足を止めていたけれど、近衛騎士団の人が無理やりスタミナポーションを口に突っ込んで回復させて歩かせていた。教皇がすっごい顔をしていたから、劣悪スタミナポーションだろうと推測される。俺は飲みたくない。

 こっそりヴィデロさんにもスタミナポーションを渡して飲んでもらった。あれだけ血を流したせいか、途中ふらついてたから。早めに造血剤を作りたい。



 途中からふわふわの絨毯が敷かれた廊下になり、さらにそこから進んで行くと、ずらりと近衛騎士団が並んだ広い通りに出た。

 槍を手にした近衛騎士団に見守られながら、赤いふわふわの絨毯を進んで行く。

 すると、とても立派な扉が見えてきた。

 扉は開かれており、近衛騎士団はその扉を守るように立っている。



「御前、失礼いたします」



 先頭を歩いていた近衛騎士の人が扉の前で敬礼をする。



「よい、入れ」



 扉の奥から、威厳のある声が聞こえてきた。

 ちょっとビリっとするから、きっと威圧とかそういうのが込められてる声だ。

 もしかして、中にいるの、ここの王様……?

 ドキドキしながら近衛騎士について足を踏み入れる。

 何で俺王様の所に行くんだろう。今日は宰相の人との約束の日のはず。

 途中拉致されるというハプニングもあったけれど、王の前に行くなんて、そんな予定は。

 と気後れしながら頭を上げると、威厳のある人が立派な玉座に座っており、その隣に俺が今日会うはずだった宰相が立っていた。

 え、何であの人がここに? と驚いている間に、周りの人たちの頭がざっと下がった。

 宰相がくすっと笑ったのが目に入って、俺が無礼にも頭を下げてないことに気付いた。一人ひょこっと突っ立ったままの間抜けな状態で我に返り、急いで頭を下げた。

 「面を上げよ」という王様の声に、皆が一斉に頭を上げる。

 王様は目の前に引っ立てられた教皇を無表情で見下ろした。



「その様な状態で余の前に連れられてくるとは、珍しいな教皇殿」



 王様の声に、サッと近衛騎士の人が教皇の猿轡を外す。教皇は声が出る状態になった瞬間、噛みつくように身体を乗り出した。



「陛下、あなたの近衛騎士の教育はなっておられませんな! この私にこんな縄を掛けるなど、一体どういう躾をされているのか!」



 この人王様にそんな上から目線で文句言ってるけど、いいのか?

 心の中で突っ込みつつ、黙って成り行きを見ていると、近衛騎士の人が敬礼をした。



「恐れながら陛下、私に発言の許可をお願いいたします!」

「よい。話せ」

「ありがたき幸せ!」



 うわあ、目の前で配信動画とか映画でしか見たことない様な光景が広がってる。

 少しだけ引いていると、近衛騎士の人が敬礼したまま事の成り行きを王様に報告した。



「この者が、宰相閣下へのお客人である異邦人を闇魔法を使い不当に拉致し、害しようとしておりました。その際、アドレラ教の全ての幹部が闇魔法を使用したのを、私が直に確認しております」

「闇魔法……それは真か?」

「は」



 近衛騎士からの報告に、王様の目がスッと細められる。

 そしてその目が騎士と教皇の上を滑り、俺の元に。

 目が合ってしまった。

 王様はそのまま俺をしばらくの間じっと見つめていた。

 威圧をひしひしと感じる。でも森の魔物とかそういうのと対峙したことのある俺にとって、王様の威圧はただ不快なだけで他の感情は浮いてこなかった。

 セイジさんの話を聞いていたからかもしれない。エミリさんに対する行いとか、セイジさんから聞いていたから、俺は王様が好きじゃないんだ。



「……こやつの言う異邦人とは、そこの者の事か?」



 ふいっと目を逸らして、王様が隣の宰相に声を掛ける。宰相は俺を見てから「はい、その通りです陛下」と答えた。



「お前の客人とは、どのような客人だ」



 王様の言葉に、俺はちょっとだけ驚いた。

 騎士の人が言ってたのは、教皇の悪事の事だったんだよな。それを俺の話題に持ってくなんて、話をすり替えてる?



「陛下、私にも私事はあるのですよ。そういうことを詮索しないで、まずはこの者をどう処分するかと」

「私を処分などして、同胞が黙っているとお思いか!」



 宰相が話の筋を戻してくれたことにホッとするけれども、王様はまるで興味ないかのように教皇を一瞥するのみだった。



「処分、と。しかしお前の客人はそこに五体満足でいるのだろう。ここで教皇の悪事を追求し、処分するとなると、アドレラ教の信者たちが心の支えをなくしてはしまわないか」

「陛下は信者のためにこの男を野放しにするとおっしゃられるのか」

「野放しとは言っていない。確かに最近はこの王宮にも進出してきているのは憂いていた。だが、アドレラ教を心の支えにしている者たちも数多く民にいるのだ」



 王様の憂えた目は、確かに民のことを考えているような顔つきだった。

 でも。

 なんかセイジさんが言ってることが分かった気がした。

 いい王様なのかもしれない。けど、大局にばかり目を向けて、個々の機微は歯牙にもかけないんだ。そういうのが帝王学なのかもしれないけど、確かにやられた方はたまったもんじゃない。



「王さ、陛下、ちょっといいですか」



 俺は近衛騎士の間から手を挙げて口を開いた。

 俺の発言に、王様と宰相が少しだけ驚いたように目を開く。その後、王様が半眼のままに「よい」と一言言った。寛大な返答ありがとうございます。



「この場に鑑定が出来る人はいますか」



 一歩前に出てそう訊くと、宰相も一歩前に出た。



「私が鑑定しましょう。して、何を鑑定するのですか?」



 知ってる人が出てきたことにちょっとだけホッとしながら、俺はインベントリに突っ込んでいた呪いを解く前のローブを取り出した。ディスペルハイポーションも一緒に。だって触ると魅了の呪いが掛かるんだもん。即飲めば魅了だからそこまで被害は甚大にならないし。ポイっと宰相の前にありがたい呪われたローブを投げ捨てる。雄太に見せるために持ってきたのに、思わぬところで出す羽目になったなあ。でも、信者がどうのっていうのは、このローブが解決してくれると思うからさ。

 宰相は目の前に投げ捨てられた教皇が着ているのと装飾は違えど同じ色のローブを手に取ろうとして、俺がディスペルハイポーションを飲むのを目にしたのか、手に取る前に動きを止めた。



しおりを挟む
感想 511

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...