これは報われない恋だ。

朝陽天満

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183、それでは実践してみましょう

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「……陛下、このローブ、呪いが掛かっております。これを羽織るものを魅了する呪いです。この薬師の行動から、触れただけで呪いに掛かると思われます」

「魅了の呪い……?」



 宰相の言葉を繰り返すように呟く王様は、落ちているローブをまるで得体の知れない物を見るような目で見降ろしている。

 教皇がそれを見て、声を荒げる。でも、どの口が言ってるんだよ。



「それはきっとこの者が私を貶めようと呪いを掛けたに違いありません!」

「それがあった部屋の奥には、石像の欠片がありました。あの呪いの石像の欠片です。ライオンの獣人の身体の一部です。その頭部は、この教皇の私室の奥に隠された部屋に置かれていました」



 きっとチンクェ大砂漠の北部の洞窟で、ジャル・ガーさんと同じように獣人の村に行く入り口を長年守っていたはずの獣人さんだ。あんなところであんな姿になっていていいわけないんだ。

 思い出すと怒りが沸いてきて、せめて目の前の教皇だけでも引き摺り降ろしたいというどす黒い感情が浮かんでくる。



「教会の総本山に魅了の呪いに掛けられる石像の欠片があり、そしてこういうローブがある。それが、どういうことかわかりますか王様。王様が信者とおっしゃる国民は、全員とは言いませんが多くがこの人によって呪いを掛けられて、信者となった人なんです」



 なあなあで済まそうとなんてさせない。

 しっかりとその目で本当のことを見て、聞いて、そして、この男を切り捨てて、国民がどうのなんて甘い言い訳なんて絶対にさせるもんか。

 そんな気概が伝わったのか、宰相が小さく溜め息を吐いた。



「マック殿、私からの依頼は、完成したのですか?」



 張り詰めかけた空気を緩和させるように、宰相がことさらやんわりと俺に話しかけてきた。

 俺は王様から視線を宰相に移動して、頷いた。



「どういう物を作ったのですか? よければ、陛下の御前で見せていただきたいのですが」

「もちろんです」



 きっと詳細までこの人は知ってるんだと思う。でもここで訊くことに意義がある、とばかりに知らないふりをしてくる。俺は頷くと、ディスペルハイポーションを取り出して、宰相に渡した。



「呪いを解く薬です。ただ、まだ複合呪いを解くには至ってません。でもきっとそのうち作ります」

「複合呪い……それは、確か今は誰も解くことが出来ない呪いです。もしそんな薬が出来たら、きっと呪いは怖い物じゃなくなりますね」



 ディスペルハイポーションの瓶を見下ろしながら宰相が呟いた内容に、びっくりした。

 じゃああの石像に誰かが触ったら、ヤバいってことだよな。そんな物を抱えていたなんて。



「司祭の人たちでも複合呪いは解けないんですか?」

「前教皇は聖魔法に長けたとても素晴らしいお方で、その方だけは複合の呪いも解けたのですが……14年ほど前に何の因果かその複合の呪いがもとでお亡くなりになってしまいました。惜しい人を亡くしたものです」



 宰相の言葉に、息が詰まった。

 複合の呪いで死んだって、それってまるで。



 縛られて跪かされている教皇を振り返る。

 教皇の視線はひたすら王様に向けられており、俺の方は見ようとはしなかった。



「……前教皇って」



 この眼の前の人に意図的に呪わされて殺されたんじゃ……。

 息を呑んでいると、宰相が眼光を鋭くした。



「何か、見ましたか?」

「はい。拉致された際に無事近衛騎士団たちと合流した後、奪われたこのカバンとローブを探しに教皇の私室に入った時、隠し部屋を見つけてそこで呪いの石像を見つけて。その石像が、触れると複合呪いに掛かる石像だって、鑑定で」



 支離滅裂になってしまった俺の言葉に宰相は深く頷いて、近くにいた文官のような人を呼んだ。



「すぐに教皇猊下の私室を調べてきてください」

「はい」



 返事と共に出て行こうとしたので、呼び止める。隠し扉の仕掛けを教えると、教皇が「そんなのでたらめだ!」と喚き始めた。



「でたらめかどうかは、私の部下に確認していただきましょう。では改めてマック君、この薬を試してみてもいいですか?」

「試すって、どうやって……」

「魅了の呪いというものはですね、それにかかっている時に熱心に何かを訴えると、掛かっている者が、それが至高だと盲目的に信じてしまうような一種の洗脳の呪いなのですよ。では、そこの君、こちらへ」

「は!」



 宰相は壁に立っていた近衛騎士の一人を呼ぶと、ローブを拾ってから羽織るように命じた。

 成り行きを見ていると、恐る恐るローブを拾って羽織った人の耳元に、宰相が囁くように何かを呟いた。



「我らがアドレラ教は最高にして至高の教え。そこに君臨する教皇聖下は神の次に至高の存在です。あなたはこれで私たちの仲間。同胞です。アドレラ教万歳。アドレラ教の未来を我らと共に作っていきましょう」



 宰相がすごく嫌そうな顔でアドレラ教のありがたみを説いていた。途端に羽織った騎士の目がトロンとなる。あ、魅了された顔なのかなアレ。



「アドレラ教万歳。教皇聖下、万歳」



 熱に浮かされたように呟き始める近衛騎士を、周りが何か恐ろしい物を見るような目つきで注目していた。

 王様もさすがに信じがたい光景を見たように目を見開いた。



「その者に訊きたい」

「は、何でありましょう陛下!」



 王様の声に応える騎士の声がさっきまでとは全く違う張りのある声なのが、逆に違和感を煽った。



「余と教皇殿、どちらにその魂を預ける」

「もちろん、教皇聖下にございます。教皇聖下は至高の存在。私が命を懸けるのは、教皇聖下にございます」



 一瞬にして、口調に熱がこもり、張りがなくなった。

 うわ、この呪いのローブ怖い。そしてあのうっとりとした顔もすごく異質だった。目の当たりにすると嫌悪感がさらに募る。



「陛下、ご覧になりましたか?」

「うむ……」

「陛下、彼は私の命で呪いに掛かった者にございます。この者の忠誠が陛下ではなくこの教皇猊下に移るということで御気分を害するのは承知でやらせたので、もし罰するのであれば私をお願いいたしますね。では、今度はこの薬を試してみましょう」



 宰相は俺が渡したディスペルハイポーションを騎士の人に渡した。



「これを飲めと教皇聖下がおっしゃっておりますよ」

「は!」



 当の教皇から横やりが入らなかったので不思議に思っていたら、教皇はすでに他の騎士の手によってまたも口を布で覆われていた。

 騎士の人が「ありがたき幸せ」と呟きながらディスペルハイポーションを受け取る。

 あ、でもそれじゃダメだ。



「宰相さん、この人まだローブ羽織ってるから今それを飲んでもまた呪われます。まずはローブの呪いを解かないと」



 インベントリからディスペルハイポーションを取り出すと、騎士さんの頭から掛けてまずはローブの呪いを解く。鑑定で呪いが解けたのを確認してから、ディスペルハイポーションを飲むよう促した。じっと見ている宰相の人もしっかりと鑑定をしているようだった。

 薄い青色の液体を見つめ、騎士の人が瓶の蓋を開ける。一気に煽り、大きく息を吐いた。



「スタミナポーションをどうぞ。呪いが消えるのにはスタミナを使うので」

「ありがとうございます」



 騎士はそれもまた一気に飲み干すと、バッとローブを脱いだ。

 鑑定をしていたらしい宰相の人が満足そうにそのローブを受け取る。



「ではもう一度問います。あなたは陛下と教皇猊下、どちらに魂を預けますか?」



 宰相の人の質問に、近衛騎士の人はビシッと敬礼を王様に向けた。



「私がこの命を懸けるのは後にも先にも陛下以外ありえません。そのように誓い、この鎧を身に付けました!」



 さっきとはまるで違う、真摯な目で王様を見上げる騎士さんに、王様はもう一度唸った。

 一部始終をその目で見た王様は、何かを考えているかのようだった。視線を教皇に固定し、睨め付けている。

 そんな中、先ほど出ていった人が数人の近衛騎士と共に帰ってきた。



「確かに教皇猊下の私室の奥に隠し部屋があり、そこから呪いの石像の頭部が見つかりました。複合の呪いに掛かる石像ということで動かすことが出来ませんでしたが、私と供の騎士が確認しております」

「わかった」



 宰相の部下の報告に、王様は眉間に深い皺を刻んだ。

 じろりと威圧たっぷりで教皇を睨みつけ、口を開いた。



「……貴様を教皇の任から外す。貴様は余の国民の憂いを取り除くためにアドレラ教の教えを民に広めたのではないのか? 貴様が教皇の地位に着いたときに、真摯な目で余にそう言っただろう。余は貴様のその言葉を信じていたのだが……。余の民を、単なる金の生る木と、傀儡にしようとしていたとは……。貴様は地下牢で沙汰を待て。しかし貴様も余の国の民、最後の慈悲で楽に逝かせてやろう」



 もうその姿も見たくないとでも言うように、王様が手を振った。すると、敬礼をした近衛騎士がモガモガ喚いている教皇を引き摺って部屋から出ていった。

 王様はもうそっちに目を向けることもなく、立ち上がった。

 宰相を一瞥した後、じろりと俺を見下ろす。



「異邦人であるそなたには詫びをしよう。後で余の私室に来るがいい。宰相、即座に教会の後釜を探せ。聖魔法に長けた者を厳選せよ。必ず聖魔法を使える者だ。そして城下街の教会を本山とせよ。そこの建物は何人も立ち入りを禁ずる。ローブの着用も禁ずる。この状態でアドレラ教をなくすわけにはいかないのだ。聖魔法の使い手を伝承できる者が消えてしまう」

「かしこまりました」



 王様の言葉に宰相が恭しく頭を下げる。

 その場にいた人全員が頭を下げ、俺もちょっと遅れて頭を下げると、王様は踵を返して重厚なカーテンの奥の華美な扉に消えていった。







 扉が閉まった音を確認すると、俺は頭を上げた。

 思わず王様の前に飛び出したけど、あんなことをして無礼じゃないのかな、なんて思いがすべて過ぎ去った今になってじわじわと浮かんでくる。

 思わず盛大な溜め息を吐くと、宰相の人が目を細めてくすっと笑った。



「ユキヒラ君、マック殿、そして、オルランド卿子息ヴィデロ君。君たちは私の私室に来てくれませんか」



 宰相が俺達を手招きし、ヴィデロさんに視線を向けた。

 ヴィデロさんが「恐れながら」とまっすぐその視線をはじき返し、口を開く。



「その名は爵位の返上と共に陛下にお返ししました」

「知っています」



 何事もなかったようにそう頷いて、宰相が踵を返す。

 オルランドって、ヴィデロさんの姓なのかな。初めて聞いた。でも本人はもう捨てたつもりだから呼ばれたらいやだよな。心に秘めておくだけにしよう。

 ちらりとヴィデロさんを見上げて、並んで宰相の人の後を付いていく。

 ユキヒラは伸びをしながら「予想外に大変な仕事だったぜ。あんたも人使いが荒い」なんて宰相に軽口を叩いていた。



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