これは報われない恋だ。

朝陽天満

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259、もう一度修行しよう

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 新学期になって変わったことと言えば、バイトの回数が増えた。

 平日の放課後に、週三回通うようになった。内容は夜ご飯を作ることと、ちょっとした雑用。

 よくわからない物が保存されているディスクをまとめたり、頼まれたデータを打ち込んだり。あんまりキーボードって弄ってないからまだまだゆっくりだけど。

 そして夜の9時でバイトが終了し、家に帰る。だからか、平日のバイトのある日はあんまりログインできなくなった。

 学校にはちゃんとアルバイト許可を得ているから問題はなし。レベル上げの時間とヴィデロさんを愛でる時間が減るけど、こればっかりはヴィデロさんのためになるから頑張ることにした。

 そう、佐久間さんが正式に引き抜かれてヴィルさんの会社に来たんだ。そしてせめて夜飯くらいは手作りのが食いたいという主張のせいで俺のバイト時間が増えたともいう。たまに雑用がない時はヴィルさんのギアでログインしてジャル・ガーさんと調整しつつ遊んだりもするんだけど。たまにヴィデロさんが休みの時は一緒に行ってくれるからちょっとしたデートともいう。バイト代の発生するデートを許可してくれるヴィルさんって実は出来た人だよ。



 基本週末は前日の夜に呼び出しがない場合はバイトもないから、と俺は朝からログインしていた。

 ログインしてやることは、調薬、そして調薬。ヴィデロさんの顔を見ること。

 レシピを見つけた時点でセイジさんのクエストは灰色の文字から白い文字に変化していたけれども、まだ蘇生薬のレシピは灰色の文字のまま作れる状態じゃないから、このクエストのクリアはまだまだ先か。

 でもちょっと気になるのが、最後の一文。



『蘇生薬を精製しよう



 蘇生薬のレシピの断片が見つかった

 断片の一つ一つを繋ぎ合わせて、できることを駆使して「蘇生薬」を作り、それを必要としている人物に使おう



 クリア報酬:「世の理」 錬金術師 世界の恒久的平和 時の調べ

 クエスト失敗:蘇生薬の精製失敗 錬金術師消失 魔の復活 時の完全消失』



 クエスト内容はこれ。それの中の、「それを必要としている人物に使おう」ってところ。セイジさんに渡す、ってわけじゃないのが引っかかる。

 蘇生薬を必要としている人ってサラさんだよな。ってことは、俺がサラさんに使わないといけないってことかな。ってことは、最終的に俺も魔大陸に向かうってこと、なんじゃないのかな、なんて思ってみたり。まさかね。

 雄太たちと『白金の獅子』は多分絶対行くことは決まってるし、もしかしたら魔王と戦ったりするのかもしれない。でも、そんなところに俺が付いて行って、足手まといにならないのかな。

 このクエストが失敗した場合もすごく怖いし、クリア報酬が個人の手に入れる物を超越してるのも気になる。雄太たちにもこんな風に慄くような内容のクエストが行ってたりするのかなあ。

 もしもあの時セイジさんのお願いを断っていたら、このクエスト失敗の内容がどこかに出てきてたのかな。錬金術師の喪失とか。どう考えてもサラさんがいなくなるとしか思えないし。時の完全消失なんて、この世界ごとなくなるってこと? 絶対断れないクエストだし、絶対失敗できないクエストだよ。しかも魔の復活。あ、あれか。魔王が復活して、とうとうここまで飲み込むってことなのかな。……俺たちプレイヤーはそれでも何とかなるけど、ここの人たちは、勇者たち以外は絶対に誰一人生き残れないっていうこと。ってことは、ヴィデロさんも。



 セイジさんはクリアオーブを五個手に入れたって言ってたから、あと二個。その間に俺は蘇生薬を完成させないといけないんだ。

 工房でちんたら調薬してて間に合うのかな。なんて不意に不安が沸いてきた。



 もう一度、師匠の所に弟子入りしに行こうかな。

 そう思い立った俺は、調薬セット一式をインベントリに押し込んで、魔法陣を描いていた。







 相変わらずジャル・ガーさんの所は人気スポットだった。



「あ、おにいちゃん! 来てくれてありがとう!」



 そしてユイルはジャル・ガーさんの肩にへばり付き、遊びに来ているプレイヤーたちとお話をしていた。

 いつ見ても可愛いなあ。

 ユイルは俺の姿を見ると、ジャル・ガーさんの肩からジャンプして、凄いスピードで人の間を縫って俺の腕の中にスポッと納まってしまった。思わず頬擦り。可愛い。

 ジャル・ガーさんの隣には、ケインさんもしっかりと来ていて、飛び出したユイルに「こら!」と焦っていた。



「おお。マックじゃないか。今日は仕事じゃねえのか?」



 ケインさんが俺の肩を確認して、首を傾げる。そして発せられたケインさんの言葉に、俺は苦笑した。いつもはヴィルさんのお使いでここに来ているから。その時は大抵ヴィル鳥を肩に乗せてるから、獣人さんたちがすごく気持ち悪がってるんだ。



「違います。今日はヒイロさんに用事があって。でも、村に跳ぶの難しいですね。人が一杯で……」

「ああ、待ってな。俺が連れてってやる。ユイル、おにいちゃんをおじちゃんの所に連れてくよ。おいで」

「僕おにいちゃんと一緒がいいなあ」

「とうちゃんは⁈ とうちゃんもユイルと一緒がいいなあ!」

「おとうしゃんはいっつも僕をだっこしてくれるけど、おにいちゃんはたまにしか一緒にいれないから。ね、おとうしゃん」

「く……!」



 ケインさんは悔しそうに奥歯をギリィ……と噛み締めてから、はぁ、と一つ落ち着くように息を吐いた。

 そしてケーン! と一声鳴くと、俺たちの周りに幕の様な空気の層が出来た。え、今何したの?



「毎回こうやって魔法陣を描く所を人族たちに見えないように目隠ししてるんだ。そこら辺からこっちは皆に見えない状態になったから、行くよ」

「え、あ、はい」



 ってことは、ケインさんと共に俺の身体も一瞬にして消えたように見えるってことかな。……うん。しばらく掲示板とか見るのはやめとこう。

 オランさんがいた洞窟はあんまり人がいないイメージがあるから、今度はそっちから村にお邪魔したほうがいいのかな。

 ユイルを抱っこしてケインさんに触れながら、俺は密かにそんなことを考えているのだった。





 久しぶりの獣人の村は、相変わらずののどかさだった。

 広場を通ると、肉食系の獣人さんたちが魔物の肉を分けていたり、果物がなっている木の下に小さな獣人さんたちが集まって何とかして実を採ろうとしていたり。

 槍とか装備してる人は、村のはずれを歩き回っていて、魔物が入ってこないかを警戒している。



「獣人さんたちの村って、ここだけじゃないんですよね」

「そうだな。西の洞窟のモロウさんの村はこっちじゃないよ。あと南のセイレンさんの村もまた違うところにあるねえ」

「結構あるんですか?」

「うん。全部で7つの村があるよ。でも村を指し示す数字を教える権限を持つのはその村の長たちだから、俺は教えられねえんだ」

「あ、いえ、訊きたいわけじゃないんです」

「ならいいけど」



 ヒイロさんの家まで向かいながら、ケインさんが俺の疑問に色々答えてくれる。

 教えられないことはしっかりと「それは聞かない方がいい」というふうに教えてくれるから、凄く助かる。そう言われたことは他の人に訊いちゃダメなことってことだからね。

 ユイルを撫でながら歩き、ヒイロさんの家に着くと、ユイルはようやくケインさんの腕の中に納まった。ようやくほっとした顔をしたケインさんに、もしかしてすごく悪いことをしちゃったのかな、なんて罪悪感が沸いてくる。

 ちょうどその時、後ろのドアが開いた。



「お、マック。久しぶりだな」



 ヒイロさんが出てきて、気軽によ、と手をあげる。俺も挨拶を返して、最後にユイルの首もとをひと撫でした。

 家に招いてもらって、ヒイロさん特製聖水茶をふるまわれる。もう毎日飲むのが日課になってるらしい。この村のほとんどの獣人さんたちが「祈り」を使えるようになったんだとヒイロさんが笑っていた。そして他の村にもただいま浸透中なんだそうだ。



「これで、他に遊びに行っても聖水茶が飲めるってことだろ。いいことじゃないか」

「あ、そうですね」



 やっぱり聖水茶はいまだに流行だったんだ。苦笑していたら、今度は薬草を育てる時に聖水を撒いて育ててみよう、なんていう試みも始めたらしい。そ、それは考えもしなかった。



「どうなりました?」

「薬草が変化しちまって、少しだけ市場が揺れたなあ。でもまあ、何とかなったけどな」

「薬草が変化って。大事だった……」

「変化って言ってもそこまでの変化じゃねえんだけどな。水と養分を運ぶ葉脈が、聖水なんて言う異物を吸っちまったせいか変色してな。『月光薬草』なんていう変な名前になっちまったんだ」



 えええ、ここにきて新アイテム。気になる。

 ワクワクした顔をしたのが伝わったのか、ヒイロさんが待ってろと言って席を立った。

 そして持ってきてくれたのが、本当に葉脈が目で確認できるものだった。緑色の葉の中に、黄色いラインがぼやけるように染み出していて、そこに葉脈があるんだってことを目で教えてくれる。



「でも、これで子供たちに色々教えるのが楽になったっていえば楽になったな。だって一発で葉脈がわかるから、これで練習させていざちゃんとした薬草で調薬させると大抵一発でうまくいくんだよ。我ながらなかなかな物を作ったもんだ」

「確かにそうですね。俺もそうやって育ててみようかな」



 葉っぱを手にしながら、思わず頭の中でプランター置き場と薬草の苗の値段を算出した俺。やってみよう。





「で、今日は何か用事があったんだろ」



 お互いの近況を報告し終えたところで、ヒイロさんからそう言って切り出してくれた。

 俺が「またヒイロさんのもとで腕を磨きたいんです」と言ったら、ヒイロさんは口元を上げて、軽く「いいよ」と答えてくれた。







 奥の部屋の中心にあるテーブルに俺の持ちえる限りの調薬キットを取り出して並べる。

 一番大きいのだけ出したら、「もっとあるだろ。はい出し惜しみしないで並べて並べて」と言われたので、簡易キットから上級キットまで三個すべて並んでいる状態になったんだけど。これでどうやるんだろう。

 と首をひねっていたら、ヒイロさんも俺と同じように自分の前に器具を並べた。



「一回一回やってると効率が悪いんだよ。右手で回してる時は左手が空いてるだろ。それを使わない手はない」



 そう言うと、ヒイロさんは粉状になっているあらゆる素材を並べて、全てのキットに色んなものを次々詰めていった。

 そしてすべてに順番に水を注ぎ、アルコールランプの様なものでグツグツ始めた。



「最初に一気にやると、この小さい物から順に出来てくだろ? 小さいのが出来て、瓶に詰めた辺りで中くらいの物が出来上がる。それが終わると大きいやつが出来上がるんだ。それを考えると、ただ一つだけを見つめてグルグル回すだけなんて時間が勿体ないだろ」

「な……なるほど師匠。でもこれ、なかなかに、難し……あ!」



 さすがに三個同時は難しくて、まんなかに置いたキットはまんまと黒くなった。小さいのを詰め替えてるうちに煮詰まっちゃって黒くなったんだ。手際が悪いから。で、真ん中を分ける作業がなくなったからこそ大きいのが何とか失敗せずに終わったという体たらく。

 これをヒイロさんみたいにスムーズにやるのには、どれくらい慣れないとだめなんだろう。

 黒い物体をインベントリにしまい込みながら溜め息を吐いていると、スキル欄の所にビックリマークが出ていた。

 あれ、なんか新しいスキルでもあるのかな。

 思わず開いてみると、そこには「複合調薬」というスキルが現れていた。調薬スキルが上位スキルに進化したらしい。おおお! すごい! でもまたレベル1からだ。頑張ろう。

 そしてアッと思わず声を出す。



 灰色の文字のままだった『蘇生薬』が、白い文字に変化していた。





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