これは報われない恋だ。

朝陽天満

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258、出来上がった装備品は

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 今日は頼んでいたものが出来上がる日。

 ヴィデロさんの交代時間を待って、並んで防具屋さんに向かった。

 朝早くから夜も更けるまで開いている店は、今も店が開いてる札がぶら下がっていた。ちゃんと休みとか取ってるのかな。

 ドアを開けて中に入って行くと、俺たちの顔を見た防具屋のおじさんが笑顔で出迎えてくれた。



「二人ともよく来たな。待たせちまってすまなかったが、出来たぞ、俺の最高傑作が」



 おじさんは満面の笑みで、二つの装備を作業台の上に並べた。

 そこに黒い鎧が出てきたことに、ヴィデロさんが驚いている。ただ単にあれから顔を合わせられなくて言いそびれただけなんだけど、出来上がるその日に実はね、なんていうのも今更かなと思ってサプライズにしたんだ。もしいやだったら装飾品は外すこともできるって防具屋のおじさんも言ってたし。



「マック? この鎧」

「ごめんね。俺が勝手に頼んじゃったんだ。俺もあの雷の魔物からすごくいいドロップ品が出たからさ」



 それをちょっと錬金したらすごくいい物が出来上がったから、と心の中で付け足す。

 ヴィデロさんの驚いた顔を見た防具屋のおじさんは、「サプライズプレゼントだったのか」と苦笑していた。



「まあ、ヴィデロ君が唸るほどいい出来だぞ。見ろこれを」



 おじさんが胸部分を持ち上げて、中心に埋め込まれている宝石を見せた。

 鎧に組み込まれてなお中心にピリピリと電気を走らせている『喰雷の義玉』は、黒い鎧の中心でとても存在感を放っていた。



「これを組み込んだら面白いことに闇属性の他に雷の属性もついたんだ。きっとあまりにもこの義玉の力が大きすぎて闇を食っちまったんだな。普通は鎧に二つの属性が付くのはとんでもなく珍しいことなんだよ」

「……おじさん、すごい」



 とんでもないことをしでかしてくれた防具屋のおじさんに素直に感嘆の声をあげると、おじさんも満更でもなそうな顔で説明を続けた。



「闇無効は今まで通り、そして、雷魔法を打たれると、この鎧に雷が蓄積される。そしてな、その蓄積された物が溜まると、一時的に雷系の魔法が打てるようになる。溜められた雷の分だけたっぷりとな。ただし、ここだけは申し訳ない。蓄電率が50%を超えると、隠蔽が効かなくなっちまうんだ。どう頑張ってもそこは直らなかった。まあ、着てみて試してみるのが一番だな。ヴィデロ君。ちょっと袖を通してみてくれないか」



 説明の内容に驚いているヴィデロさんは、言われるままに防具屋のおじさんにさっさと鎧を身に着けさせられてしまった。

 おじさんは、ヴィデロさんがしっかりと鎧を着込んだのを確認すると、スッと店の明かりを消した。

 闇の中、ほんのりと鎧の胸の石が光る。でも闇の中だとパチパチも身を潜めてか、ほぼわからなくなる。

 そこに、いきなりおじさんが「数多鳴る雷の聖霊よ、闇に潜む鎧にお前の自慢の鉄槌を打ち落とせ。サンダーランス!」と雷魔法を唱えた。

 店の中に稲光が走って、ヴィデロさん目がけて突き刺さっていく。



「ヴィデロ君動くなよ。俺は狙いをつけるのが下手くそなんだ。マック君はそのまましゃがんでいろよ」



 間近の雷にビビッてしゃがみ込んだのを、おじさんはちゃんと見ていたらしい。恥ずかしい。いきなりじゃなければ別にここまでは焦らないんだけど。

 雷を受けた当のヴィデロさんは表情も変えずにそこに仁王立ちしていた。豪胆すぎる。

 二度三度と同じ雷魔法を繰り出したおじさんは、ヴィデロさんの鎧の透かし模様がぼんやりと緑の光を発した辺りで手を止めた。

 魔力切れらしい。

 はぁ、と息を吐いて店の明かりを灯した。



「俺の雷魔法程度じゃせいぜい20%ってところか。薄っすらと光ってるのがわかるだろ。この溝の光が雷が溜まるゲージみたいなもんになってる。50%を超えた辺りで大分光り始めるせいか、その時点で隠蔽は解かれるから気を付けてくれ。でもそのたまった分の雷は使えるから、ここぞって時に繰り出すと、ちょっとした保険にはなるんじゃないか?」

「使える?」

「ああ。その胸の義玉を媒体に、たとえ魔力が切れていても、溜まっていた雷の分だけは雷魔法が使える」

「この宝石をマックが」



 ヴィデロさんは鎧を着た手甲で、胸の宝石をひと撫でした。

 気に入ってくれたってことかな。



「ためらいなくこれに着けてくれと持ってきたな。鎧をマック君の工房に置くんだって? いやあ、思わず吹き出しそうになっちまったよ。そんなもんが置いてありゃ、誰のお手付きか一発でわかるもんな!」



 ニヤニヤしながら防具屋のおじさんがバンバンヴィデロさんの背中を叩く。ヴィデロさんはきまり悪そうな顔で口を閉じた。



「さてと。次だ。マック君ちょっとローブとカバンを作業台に置いてくれ。胸当てもいいもん着けてるなあ。この鎧の作り主と同じ甲冑師が作ったやつだな。細工の繊細さが最高に素晴らしいな」



 しげしげと胸当てを見てから、防具屋のおじさんが俺の腰に白い布を巻いた。

 留め具が黒っぽい金具で出来ていて、まるで胸当てとおそろいっぽい色合いと細工が入っている。ところどころ同じ色の金具で補強してあって、なかなかにかっこいいデザインだった。ちんまりと付いている飾りには、深緑色の宝石が飾られていて、俺の羽根のアクセサリーとこれまたおそろいかなっていう石の雰囲気だった。話を聞く間の一瞬でこういうのを見極めてその人にとって最高に似合う物を作っちゃうこういう人が本当の職人なんだろうな。



「どうかな、ヴィデロさん」

「すごく似合う。可愛い」

「え、かっこいいじゃなくて?」

「マックはかっこいいし可愛いよ」

「いや俺じゃなくてこの腰巻マーロが」



 ヴィデロさん褒めどころ間違えてるよ。

 そう言うと、防具屋のおじさんが笑い出した。



「そういうのは工房でやりなさい。でも、気に入ってもらえたようで何よりだ。俺も、久しぶりに胸躍る仕事だった」



 俺たち二人を見て満足そうに頷いた防具屋さんは、ヴィデロさんに俺の腰巻の料金を、俺にヴィデロさんの鎧の加工料金をちゃんと請求してくれた。ヴィデロさんが両方払おうとするのを止めて、「ヴィデロ君が払っちまったらマック君からのプレゼントじゃなくなっちまうだろ」なんて注意までしてくれた。なんか嬉しかった。

 ホクホクと顔をだらしなく緩めながら工房に帰ってくると、キッチンの隅にちょこんと置かれている鎧台に気付いたらしく、そこで足を止めた。



「これはマックが?」

「うん。だって飾っておきたいじゃん。倉庫にしまっちゃうといざって時ヴィデロさんが着れないし。あ、そうだ。この工房、俺の返事がなくても勝手に入っていつでも鎧を着ていいからね。ちゃんと不動産屋さんにそういう登録してもらったから」



 不動産屋さん独自の魔法で家の鍵設定をしてもらってる俺は、ヴィデロさんは俺の許可なくいつでも工房に入れるようにしてもらってたんだ。いつか、一緒に住むために。他の人はここに入るには俺の許可が必要なんだって。たとえフレンド欄にチェック入れていても。そもそもチェックを入れてない人は工房に足を踏み入れることもできないらしい。特に生産者たちはそういう設定を好んでたから、工房関係の鍵は年を追うごとに複雑化してるみたい。でもそろそろオープン化してきてるけどね。最近薬師さんたちは頑張ってるから。



 ヴィデロさんは早速着ていた鎧を慣れた手つきで甲冑台にセットしていった。

 すべてが台に乗ると、鎧はちゃんと防具屋さんで売られてる時の様な状態になった。うん。カッコいい。飾られている時も装飾から微かにわかる光は消えてないから、脱いでも蓄電はそのままらしい。もう何も出来ないっていうときに一発でも雷魔法が打てるのはかなりのアドバンテージになるよね。もし運よく相手が雷で麻痺したら、その隙に逃げれるかもしれないし。さすが防具屋さん、いい仕事する。



 俺もヴィデロさんの横に立って、鎧を見つめた。でもこれが蓄電率50%超えた時はどこまで光るんだろう。この、微かに光の当たり具合で見えていた繊細な細工がすべて緑色に光るってことだろ。隠蔽が効かないってことは、すごく光るんだよな。見てみたい! 絶対かっこいいよ。この細工が光ってる鎧を着てるヴィデロさん。見惚れちゃって魔物を相手にできなくなるかも。

 きっとヴィデロさんもドン引くような緩んだ顔で鎧を見上げていると、ヴィデロさんがそっと頬と顎に手を添わせて、ヴィデロさんの方に向けた。

 鎧もかっこいいけど、ヴィデロさん自身がやっぱり一番だ。好き。



「マック。愛してる」

「うん? え、あ、うん。俺も……」



 臆面もなく愛を囁かれて、俺もためらいながら小さな声で「愛してる」と返す。好きっていうのはいくらでも声を大にして言えるけど、愛してるはいまだに照れる。だって絶対俺の顔で「愛してる」キリッなんてしても似合わないし。



「剣も鎧も、ブルーテイルのアクセサリーも、大事にする。ありがとう」

「そこまで大事にしないでね。あの、危なくなったらさっさとそれを破棄して逃げてね」



 例えば剣が弾かれた時とか。ちゃんと違う剣で戦ってね。鎧も耐久値が下がったらちゃんと買い替えてね。作り方がわかったから、素材さえ手に入れば宝石類なんてまた作れるんだから。

 すべて、ヴィデロさんの身を護るため。

 多分ヴィデロさんも同じ思いで俺に装備品を買ってくれるんだと思う。一緒に行動はなかなか出来ないから、一緒にいないときでもせめて相手が無事でいるように。

 こんな危険が周りにたくさんある世界だから余計に。



 その日から俺の工房には、黒い鎧という見た目的にすごく存在感がありそうなのに実はそうでもない同居人(中身は空)が増えたのだった。

 薄っすら光ってるから、足元灯みたいなのがいらなくなった気がする。日常的にちょっと便利。







 新学期が始まった。

 去年度後ろの席だった雄太は、すぐ横の席になった。クラスの面子が同じ顔ぶれなせいか、あまり目新しさはなかった。

 そして、話題もやることもあんまり変わりなし。

 昼には増田も顔を出して、三人で雄太と俺の机を囲んだ。

 話題はだいたいがADO。

 そして、一足先に、増田が18歳を迎えていた。



「昨日誕生日が来たから、制限を解除してみたよ。アレ、結構めんどくさい手作業だった」

「どうやって解除するんだ?」

「ええと、ギアに登録された誕生日が過ぎてることを確認されて、案内に従って設定していくんだ。何度かやったことない操作をしたから、それは誕生日が来た時のお楽しみね。そしてログインしたんだけど、少しだけ髪が伸びて、少しだけ大人な感じになったよ。まあ設定次第で元に戻せるらしいけど。下着、脱げたよ」

「おおおお!」



 増田のセリフに思わず興奮する俺。

 しかもアバターが課金もせずに少し大人びるって。それって、すごい!

 きっとめんどくさい設定の中にそういうのがあるんだろうな! 俺も早く大人になりたいなあ。

 雄太はあんまり反応なく「ふうん」で終わったけれど、まあリア充だからね。

 俺が未来の俺のアバターに思いを馳せていると、雄太がニヤリと笑った。



「まあ、背が伸びるといいな」



 嫌味にしか聞こえないよね。



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